花見

春に3日の晴れ間ありというが、この三連休はまさにこのとおりの好天気が続いている。

老友たちと花見でもするかと企画していたのですが、まだまだ時期尚早。
だとは思っていたのですが、なにせ気が早いというか、せっかちというか、生き急ぎ癖が治らないというか、そういう人が1人いてこの人のペースで予定を立てていたのですが、案の定、天気は良いが花見には今ひとつ。

冬が去り始めて今年の冬を振り返ってみると、やはり暖冬だったのでしょうね。

数年前よりは、随分と軽装で過ごせたようです。去年今年と、私には画期的な軽装で過ごせたようです。

歳をとると、このことをすぐ自分の健康が優れているからだと思い込みたがるのですが、冷静に考えてみると、暖冬のよるものだと判断すべきなのでしょう。

今年も着用しなかった厳冬用の外出着をクリーニングに出さなくてはならない。
無駄な支出だから処分しようとも考えますが、来年、厳冬になるかもしれない。

寒さ対策もそうだが、災害対策なども、自分の年齢のことを考慮すると、若い人達と同じになってジタバタする気になれない。

外出時に災害対策用品をリュックに詰めて背負っている老人もいるようですが、まさに人それぞれで論評する言葉もない。

かと言って、今年、厳冬用の外出着などを処分して、もし来年が厳冬ならばその時はくたばっても良いと言うほどの決心はつかない。

平均寿命が新しく算出されて、男性は1年以上の伸びを示しているようです。

となると、平均寿命まであと10年近くあるとなると、厳冬用の外出着をシコシコとしまいこむしかなさそうです。

なんだか、年々歯切れの悪い人生になりそうですね。
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.19 2017 未分類 comment0 trackback0

危険がいっぱい

電車のホームが危ない。
交差点が危ない。
携帯スマホが危ない。
歩道が危ない。
など、挙げればキリがない。

ホームでも交差点でも、先頭に立つのはやめた方が良い。
歩道では、ウインドウなどを眺めながらあるくのは危ない。
もっとも、これは歩きスマホと同質の危険だ。

携帯スマホの危険はもうかなり危険な事態に至っているようだ。
便利この上ない携帯スマホだが、それ以上の危険が育って来ている。

電車のホームでは、いつ誰がバランスを崩し線路にドミノ倒しになるかわからない。
いつ誰が意図的に背中を押すかわからなくなった。

交差点では、止まるべき車は止まるだろうとの想定で渡り始めるのは危ない。
止まるべき車が止まらないばかりか、あらぬ方向からブレーキとアクセルを間違えた車が突進してくるかわからない。

携帯スマホでは、巧妙な危険サイトの罠にはまりやすい。
特に、老人はミスタッチによる危険の呼び込みがある。

視力が落ち、多少ブレる指先で意図に反してタッチしてはいけないメールや広告にミスタッチして、危険メールの洪水に喘いでいるようだ。

利便性と危険性は両輪でやってくる。

新米若造の無謀運転を上回る高齢ドライバーの惹起する事故は痛ましい。

多少は不便でも、安全な生活を営んだ方がよさそうだ。

安全な生活は、テレビコマーシャルとは無関係なところにあり、其処は個人の工夫によって可能な限り快適な生活が営めるようだ。

特に、年寄りは妙に現代的ぶらない方が安全なようだ。
.16 2017 未分類 comment0 trackback0

アンチエイジングゴルフ その4 街場でワンラウンド

近年、平日のゴルフプレーはカートを使ってのセルフプレーが主流だという。

気の利かないキャディーを脅したり賺したりしながらイライラを募らせるプレーよりは、セルフの方が何かと合理的な面が多く気に入って入る。

ところが、気の利かないキャディーとはまた一味違うイライラ源がセルフプレーにはある。

多少(だけ!)上手いゴルファーがそれである。
とても上手い本物の上級プレーヤーに見られない兆候が見られる。

他人のプレーには一切関心がなく、むしろ邪魔と思っているのではないかとさえ感じる。
自分が打った球のところに1秒でも早く行き、次のショットをしたいらしい。

このような輩は、カラオケでマイクを離さない無礼者と同じで、カートのハンドルを離さない。

多少上手いので、ダフったりトップでモタモタしている同伴プレーヤーに内心苛ついているのが手に取るようにわかる。

私は、こんな多少だけ上手い奴が大の苦手というか、大嫌いだから、あまりカートには乗らない。
できるだけ歩くようにしている。

そのせいか、カート使用のラウンドの割には歩数計が高い数値をカウントしてくれる。

でも、昔の徒歩でトボトボやっていた頃と比べると運動量が低いことが気に入らない。

ところが、街場の練習場で100〜150球打った上に歩数計で一万歩以上のカウントをだしていれば、昔のワンラウンドと同じかそれ以上の運動量になる。

片道約一五千歩の練習場に徒歩で往復し、100級前後の球を打てば良いのだから、簡単なことだ。あるいは、日常生活で一万歩以上は難しい話ではない。

セルフプレーの時は、ゲームを楽しむだけで満足して、運動量は他の方法で稼げば良いと思うようになった。
.16 2017 未分類 comment0 trackback0

腹がたたなくなった

横の連帯こそ我が命とばかりに狭い道路を塞いで歩く中学生の男女にも腹がたたない。

スマホを見ながらノロノロと電車を降りてくる若者や、スマホを見ながらノタノタと乗り込む若者にも腹がたたなくなった。

電車内化粧の老若の女性にも腹がたたなくなった。どころか、その変貌ぶりを楽しみに眺めるほどである。
顔さえあればなんとかなる技術の高さに感心している。

狭い道路をで道をあけてあげたのに知らん顔で通り抜ける自転車の若い女にもまるで腹がたたない。

歯にはさまったパン屑が見えているのに、大声で話し大笑いするおばさん達にも腹がたたなくなった。

頭の悪い国会議員や大臣たちの下手な政治家ごっこにも腹がたたなくなった。
地方議員の、政活費か生活費か性活費か訳わからないことにも腹がたたなくなった。

面白くもなんともないお笑い芸人達がテレビを席捲していることはもちろん、政治経済を語り倫理を語ることにも腹がたたなくなった。

政財界、医療界、教育界、法曹界の犯罪にも腹がたたなくなった。

いちいち腹を立てていては身が持たないという危機管理が働いているのかもしれない。

このような、無頼な人間と私のような不感症の人間ばかりなることを心から願っている人間達が存在している。
その時こそ出番だと、虎視眈々と狙っている人間達がいる。

その人間達の中から一歩先んじて出張ったのが「森友学園問題」となっているのだろう。

出番をじっと待っている中枢は高度な頭脳集団だろうが、手っ取り早く蜜の味にありつきたい貧相な顔つきと小さな脳で生きている先っパシリが必ず居る。

そのパシリが籠池氏であり、それと同じレベルが某国某総理夫妻となれば、高度な頭脳集団の連中が切歯扼腕するであろう。

最近、再び腹が立ち始めた自分を持て余している。
なんとか抑えないと、高齢者が切れるとロクなことはない。
.10 2017 未分類 comment0 trackback0

春めいた

すっかり春めいた今日。
しかし、なんだか信用できない。
いつ北風が吹き荒れるかしれない。

三月四月の長期予想では寒いと出ている。
ここ数年の傾向は連休頃までは三寒四温を繰り返し、春のような冬のような半端な時を過ごし、連休明けから一挙に温度が上がり夏日が到来する。

その夏日は、秋深くまで続き、ある日を境に急に寒気団に襲われる。

そして長い冬が始まり、初夏の頃まで冬物衣類を仕舞い込めない。

極暑と極寒の頃を真夏と真冬と心得、その前後を夏期冬期と思うようにしている。

昔のような、詩的であり牧歌的な秋冬は無くなったような気がしている。

この春冬の穏やかな季節が曖昧になり、夏か冬かということになると、日本人の気質も変化するだろうと想像している。

いわゆる、日本的、日本人的情緒は消滅し、寒さ暑さと闘う日本人となるのかもしれない。

四季折々の曖昧で緩〜い感じのはんなりした昔の京女ような日本人は姿を消し、白黒ハッキリした明快な気質になるのかもしれない。
.10 2017 未分類 comment0 trackback0
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プロフィール

Author:須藤文弘




歯科医師(1942年2月生まれ)
医事評論家
歯科医療コンサルタント
NPO法人日本歯科保健機構 理事長
東京医科歯科大学 昭和43年卒

 

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