冬のゴルフ

1月2月はゴルフは休みですが、例年のごとく11月と12月はゴルフの予定は過密です。

ところが、今年は想定外の寒波で戸惑いは隠せません。

それでも、中止の連絡は一切入らず皆さん予定通りに催行されることに異議を唱える人はありません。

今日も霞ヶ浦の近くのコースでコンペが実施されました。
朝暗いうちに待ち合わせ、車に乗り込みコースに向かいました。

参加者は、80歳近い人も多いにも拘らず、誰1人不参加を申し出る人はありません。

75歳間近の私が弱音を吐くわけにはいかず、勇躍ならず渋々参加してきました。

陽光は燦々でしたが、風が冷たく日陰は寒い。
防寒着を着たり脱いだりと落ち着かないラウンドになりました。

人生の先輩諸氏は、内心は読めませんが元気ハツラツ。スコアもソコソコにまとめあげ、優勝者は79歳の小柄な瘦せぎすの老人。

私は、3位でニアピン賞を獲得できましたが、青息吐息のラウンドでした。

同伴の78歳の老人が、力の抜けた枯れたスイングをするのに反して、力み返った私のスイングはミスだらけ、ドライバーの飛距離は5ヤードと違わない。

この人の、淡々とした枯れたスイングをこれから身に付けたいと染み染み思った次第です。

なんだか、普段の練習が滑稽に思え、根本的に発想を変えなくてはと、深く深く傷ついて帰宅しました。
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.30 2016 未分類 comment0 trackback0

ラフの食感

キャベツに挑戦している。
どちらかというと野菜が苦手な私は、生のキャベツにはとても手が出せないというか齒もたてられない。

たまに、とんかつ屋で食べるキャベツは食べやすい。機械で刻んだようなキメの細かさと鴨川で顔を洗って垢抜けした舞子のような白い刻みキャベツならいくでも食べられる。

しかし、何故か自宅で食べるキャベツは硬く歯ごたえがきつい。
キャベツの肌の色も、とんかつ屋のそれとは比べ物にならない野暮ったさ。

牛馬が草を食む食感はこんなものなのだろうかと、彼等に同情しながら生キャベツを噛み砕いている。

その感触はまさにゴルフイングで真夏の炎天下のラフでのショットに似ている。
硬くてこわいラフの感触がクラブのエッジを介して脳に達したあの感触にソックリ。

だから、生キャベツを食する時は、ショットを曲げてラフに入れた罰だと思いながら噛んでいるが、ラフではダフったりトップをよくするように、よく噛めなかったキャベツが胃の中に滑り込む。

やはり、とんかつ屋のキャベツが特殊に処理された代物で、自宅で食べるキャベツと比べると整形し厚化粧した汚染したものとは言わないが、不自然極まる整形美人キャベツなのだろう。

そのキャベツは、よく手入れが行き届いたなめらかな一級のベントグリーンの如し。
歯ざわり噛みごこちは格別。

とは言え、自宅で食べる、ダサくて硬いラフのようなキャベツの方が安全で栄養価も高いようだ。

牛馬に習い、ダラダラと噛み続け、よく砕いて唾液と混ぜてから胃に送り込むことにしよう。
あの、牧場における牛馬のごとき悠久の時を生きるようなゆとりがなくてはキャベツの恩恵は受けられないような気がしている。
.17 2016 未分類 comment0 trackback0

家庭回帰

何かいいことないか?
何か儲け話はないか?
夢を持って徘徊した結果、幾ばくかの収入は確保できたが、振り返ってみると払った犠牲が大きかった。

儲けを帳消しする出費が明らかになった時は既に遅し。
家庭は崩壊し、家族は分散。
女房は姿を消し、女から女のホテル暮らし。

グローバル人生と嘯き、大した用もないのに入浴みたいなニューヨーク行きをしてみたり、語学もままならないのに、香港やシンガポールの株に手を出す。

知力はともかく、体力があるうちはなんとか凌いでこれた。
しかし、体力の衰えは知力の無さを凌ぐようになってきた。

これでは限界と判断できるだけの森喜朗のサメの脳よりはるかに少ない知力は残っていた。

これからは、家庭大事にし、限られた収入の範囲で生活をしようと決心したが、生憎、パートナーの姿はない。

仮に、女房子供が残っていたとしても、自由主義とやらを自分都合のために家族に押し付けていたツケは莫大。

どこから手をつけて良いのか皆目見当がつかないほどの荒れ放題。

こうなれば、荒療治しかないと、錆はてた権力の残骸を振り回したから堪らない。
マグニチュード8ほどの強烈なリアクション。

アメリカは?
日本は?
世界は?
いったいどこに向かうのか。

隣家に喧嘩をふっかけて家族の団結を図るか。
なんてことにならなければよいが。
.14 2016 未分類 comment0 trackback0

クロネコヤマト社を名乗るガセメール

このところ、ガセメールに困っている。
クロネコヤマトのネット会員になっている私のiPhoneに、ヤマト便からのメールが入った。
いつものように何気なく開いたのを機に、ガセメールの大洪水が始まった。

このヤマト便を名のるメールが日に10数便入ることに業を煮やした私はクロネコヤマトに電話で問い合わせをした。

どうあれ、不在ならば不在通知が投函されているし、それに従って再配達を依頼すれば済むこと。

「預かっている」の、「今から伺います」の、「生ものようだ」のと、日頃のクロネコヤマトネットの連絡よりきめ細か。

クロネコヤマト社に電話をした。
ごく常識的なありふれたやり取りの後、やはりメールを開かないで下さいというところに帰結した。

このようなメールが出回っていることを御社でもご承知くださいね。
と、余計なお世話かなと思いつつ言葉にしたところ、
「はい。そのようなメールが出回っていることの連絡を幾つか頂いていますので、メールを開かないでください」ときた。

このやり取りは最後の最後に行ったものだ。

私が、不審メールについてさんざん訴えた時にはそのような気配は一切感じさせず、どうあれ、配達員が伺い不在伝票を残しますとか、通常業務は間違いなく遂行されていることのみを強調していた。

最初の方で、「当社を名のる不正メールが出回っていることは承知しています」のひと言があればどれほど良かったか。

あるいは、通常配信メールで「当社のネットメールを名乗る不正メールが配信されていますので、ご注意を!」
などの行為が行われてしかるべきだと思う。

ネット社会の危険は、自らが被り、自らが対策し、自ら撃退するに他の道は無しと改めて思った。

クロネコヤマト社は、自社のサービス行為が悪用されていることについては口を閉ざし、メールの被害者については見て見ぬ振りをす。

配達効率を上げて、利益向上機能だけは利用する。
付随して発生している顧客への迷惑行為については我関せずの態度らしい。

底の浅い顧客サービスと称する自社の利益向上機能によるメリットが得られれば良しとする無責任ぶりには呆れてしまった。

日本的サービス精神とか、「日本のお持て成し」にもどこか共通する下卑た精神が底に流れているような嫌悪感を覚えた。
.14 2016 未分類 comment0 trackback0

小春日和

鬼哭啾々たる冷気に閉ざされるあのスコットランドの冬にも小春日和があり、半袖の人々が厳冬のひと時に心を緩めることがあると、元駐在の商社マンに聞いたことがある。

昨日今日はまさに寒気の狭間の和みのひととき。心にも衣服にも布団にも、小春日和の優しい空気を吸わせ心和む自然からの贈り物としてありがたく拝受し感謝している。

寒気、寒風、雪混じりの冷たい雨も抗えない自然の采配なれば、あるがままに受け入れるが一番。

さすれば、昨今のような贈り物が舞い込んでくる。

寒いと思えばエアコンをつける。空気が乾くので加湿器をつける。
部屋の明かりを灯す。テレビをつける。パソコンなりiPhoneにタッチする。
人によっては、さらにイアフォンを耳に入れる。

空白の時間を一瞬たりとも許さないのか我慢できないのか、それとも恐怖に耐えられないのか、人は休むことなく何かに追いかけられるように、鬼気迫る顔をして生き急いでいる。

そのような状況と環境の中で、「ストレスからの脱出」などの本を読んでいるしまつ。

「ストレス解消法」という本を、ストレスだらけの状況でストレスフルに読んでいる。

しかし、小春日和を全身で愉しむべくユラユラと散歩していると、同じような感じの人とすれ違う。

心が和み、暖かい空気の外套に身を包まれた幸せに満ちた血液が身体の中を緩やかに流れるのを感じる。

先端機器で武装してガツガツすることはない。
子供が、仮面ライダーのお面をかぶっているのとなんら変わりがないように見える。

今日は、小春日和以外に何も要らない。
.13 2016 未分類 comment0 trackback0

義理コンペ

先の駄文をアップし終わった途端、1月のコンペの誘いが来た。嘘のようなタイミングに苦笑を禁じえない。

新年は、ここ数年、3月末の初打ち(?)までプランは空白にするのが定例になっているのですが、これは困ったお誘い。

なにせ義理がある人。
歳をとると義理断ちも安全に生きる知恵だが、この誘いを断るには多少自分が元気すぎる。

幸か不幸か、その日は空いている。
誘いに乗らざるをえない。

このグループには、「彼奴が寒中のゴルをやってるぞ」と情報を拡散する奴はいない。
全く閉鎖的なグループだから、その後怒涛のように誘いが入る恐れはない。

この義理という始末に困る非合理的な慣行は何も浪花節的日本独特の風習ではない。

義理人情は、アメリカにもスコットランドにも、ベトナムにもチベットに存在する人間関係の微妙な綾。

義理人情が人を生かしもし殺しもする。
それが、この義理人情の奥深いところであり痺れるとこである。

たかが寒中ゴルフ。
なにも、大袈裟に捉えることはないが、あの朝の縮み上がる冷気の中を出掛ける心境を想うと、今から一枚着込みたくなってしまう。

なあに、ゲートボールのようにシコシコと球を打ちながら18ホールズを全うすれば、義理も果たせれば友情も綻びない。

クラブはパターを入れて7本もあればよい。
いつの頃からか、ゴルフ関連業者に乗せられて14本もバッグに入れるようになってしまった。

全く使わずに終わってしまうクラブが毎回3〜4本はある。それでも、お守りではあるまいに毎度14本持ち歩く。

今度は10本に減らそうと思いながら、女々しいというか、未練たらしいというか、重いバッグを青息吐息で待ち合わせ場所まで運んでいる。

この決断のなさが、キレのないショットの原因なのだろうと内心思いながら、キレのないクラブ選択の故にダフったりトップしたりを繰り返している。

ゴルフを始めた頃のハーフセットに集約できれば、歯切れのよいゴルフができるのかもしれない。
.09 2016 未分類 comment0 trackback0

出走馬の奔馬たち

眉は吊りあがり眼は爛々。
小鼻は破れんばかりに膨れ上がり、吹き出す煙は漫画の如し。

頭の中は、夢と希望と欲ばかり。
その上、止せばいいのに優勝挨拶の言葉が渦巻く出走前のゴルファーたち。

背中は伸びて姿勢よし。
イケメンとブスメンを問わず、きりりと引き締まった表情は御前試合の剣豪の如し。

そのほとんどが、スタートホールの第一打を放ったあとは普段のとおり。

表情は見事に地崩れし、背中は曲がり顎を突き出し腰は落ちてしまう。

開いた小鼻は針の穴の如くなり、夢も希望も青空の彼方に飛び去り、このまま消えてしまいたいとでもいうような4人の奴隷かデイサービスの老人の行進。

今日はまた格別の寒さ。
体感は既に極寒の真冬の朝。

今日、誘われていたゴルフを断っておいて良かった。

今頃は、第一打を放った後、寒いの、手がかじかむの、鼻水が邪魔しやがったの、筋肉が硬いの、骨が軋むなどと言い訳しながら、もはや重い足取りで北風に向かっていることを思えば、なんと快適なウオーキングであることか!

これから先、3月末までのゴルフの誘いのかい潜り方は難しい。

夢と希望と欲。
これを膨らませるだけ膨らませて破裂した後の
奈落の底の奥座敷にもそれなりの快楽は有る。

球打ち50有余年、未だに懲りないところを見ると、この急上昇と急降下にもそれなりの快感があるのだろう。

これから年末まで、クリスマスコンペとか忘年コンペなどが数回控えている。
夢と希望と欲のゼットコースターは構わないが、血圧のゼットコースターは頂けない。

しかし、夢と希望と欲のないゴルフほどつまらないものはない。

事知り訳知りののゴルファーほど面白くないの者は居ない。
.09 2016 未分類 comment0 trackback0

稚気の極み 方言実行

「有言実行」というのがある。
私は、あまり出来た試しがない。どちらかというと「大風呂敷」の類なのかもしれないが、スポーツ選手にはよくある傾向だ。普通、この場合は士気を鼓舞して自らを沸き立たせる心理作戦でもあるので大目に見られる。

しかし、このようなスポーツ選手に対しマスコミは「大風呂敷野郎」と決めつけるので気の毒なことだと思う。

先のオリンピックにおける卓球選手も大風呂敷野郎だと言われていたが、銀メダルに輝き大いに面目を保ったのには感心した。

彼の日本人離れした派手派手しいパフォーマンスには閉口したが、新しいタイプの日本人が育ってきている兆候を感じた。

さて、表題の「方言実行」ですが、幾つかの友人グループの1つの話です。

現職の社長、元社長、医師2人、音楽家1人と大店の旦那に私の7人の仲間のことです。

今や昔日の面影もなく、黄昏男たちの時化た集まりですが、年に2回ほど会食をして、昨今の諸般の事柄についてとりとめもなく語り合っています。

いつのことだったかは忘れましたが、音楽家の提案で、皆それぞれの出身地の言葉で語ろうということになったのです。

経営者は、片や大阪、片や山梨。
医師2人は2人とも東京山手。
大店の旦那は東京下町。
音楽家は青森。
私は、北九州筑豊。

方言でといっても、東京は山手も下町も大した違いはない。子供の頃から、八九三や落語家のような言葉を使って育ったわけでもないので殆ど綺麗な標準語。
時折、大店の旦那が歯切りの良いべらんめえ調で喋るくらい。

富山と山梨も、本人達のせいでさほど強烈な特色は感じられない。つまり、疎開した親に育てられたので、ほぼ標準語。

となると、音楽家と私の方言がかなり際立ってくる。
特に、青森弁には聞き取り困難な時がある。

私は、筑豊の中でも二箇所に住み微妙な違いがあり、大分に2年、京都に2年住んだところから、大分弁も少し、京都弁も多少は話せる。
筑豊弁を一番得意としているが、東京住まいも半世紀を超えると、筑豊弁風味の半端な標準語となってしまった。

この6人が和食の座敷に揃うと、仲居さんがまず目を白黒させる。
この会を仕切っている青森弁の音楽家が一番よく喋り、オーダーも彼がやるからです。

仲居は、事情が許せば抱腹絶倒してひっくり返りたくなるほどだ。なぜなら、音楽家が芝居っ気タップリにやるからです。

一度は、名古屋出の仲居がいて、もろ名古屋弁で調子を合わせたから堪らない。我々が腹筋崩壊状態で爆笑して食欲がいや増したことがある。

是非、お試しあれ!
.06 2016 未分類 comment0 trackback0
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プロフィール

須藤文弘

Author:須藤文弘




歯科医師(1942年2月生まれ)
医事評論家
歯科医療コンサルタント
NPO法人日本歯科保健機構 理事長
東京医科歯科大学 昭和43年卒

 

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