老婆の休日

「ローマの休日」でオードリー・ヘプバーンを見に行くのではない。
「とげ抜き地蔵」に行き、オールド・ヘップ婆さんに会うのだ。

長唄をよくやり日舞も堪能な粋な趣味に生きる40年来の友人の強い誘いに重い腰を上げて付き合うことになった。

下町の人情とか情緒とかをこよなく愛してやまないこの友人の誘いは、どちらかと言えば苦手ななのですが、乗ってみるとそれなりに味わい深いものもあるので、その都度、重い腰を上げてきた。

その友人のガールフレンドである老婆の休日に付き合うので「お前も来いよ」と、半ば強制的呼び出された次第。

相変わらず元気な老婆の群れでひしめき合っているこの街の老いのエネルギーには圧倒される。

さて件の老婆だが、寡婦となって20年。
最近、好きな人ができたらしく、その話を友人にしたいらしい。

友人は1人で相手するのは耐えられないので私を引っ張り出したというのが真相だということが分かった時には既に遅し。

その老婆の機関銃のような話の連射をあびる羽目にになってしまった。

1日に発する言語は、男は7,000語 女は20,000語といわれている。
ところが、その老婆は平均はるかにしのぐ10万語くらいを発したのではなかろうか。

70歳半ばの時ならぬ恋に興奮した様は、可愛いというか、気持ち悪いというかなどというのは後での感想であり、その時はただひたすら相槌をうちつづけるのが精一杯。

忍耐と苦渋の2時間近くの難行苦行でした。
珈琲一杯に水を3杯。それでも、苦痛とストレスで喉はカラカラ。

老婆はその相手と結婚したいがどうだろうと友人に相談をしたいのが主旨だったようだ。

その相談を私に振りたい友人の魂胆をうまくはぐらかして、他用を捏造してその場を離れ、街の雑踏に身を投じて難を逃れた。

妙に生々しく迫ってくる老婆の群れに辟易しながら地下鉄の駅に逃げ込みやっと人心地がついた。

とんだ下町の人情、とてもじゃないが耐え難い下町情緒にほとほと参ってしまった。

婦人に会う前に友人と2人で食べた「上等のうな重」が食道に逆流するような不快感を覚えた。

夜遅く、友人から侘びの電話がきた。
「俺も参ったよ」と。
口直しにまた近いうちに企画するからとのこと。

願わくば、次回は「老婆の原宿」ではなく、本当の原宿か表参道にしてもらいたい。
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.30 2016 未分類 comment0 trackback0

「老いは いつでも 初舞台」

言うまでもなく、小椋佳作詞作曲、梅沢富美男の歌からのもじりでですが、近ごろとみに心に感じるものがある台詞です。

小椋佳さんの作詞には、若い頃から心動かされるものが多々ありましたが、「恋は いつでも 初舞台」という歌詞からのもじりである「老いは いつでも 初舞台」というこの表現にはほとほと参っています。

小椋佳さんといえば、若い頃何度かゴルフをしたことがありますが、彼の作品とは相容れない力み返ったショットと遥か彼方に消え去るOBボールが懐かしい。

ところで、歌詞通りに、生まれてこのかた毎日毎日が初舞台の人生を生きて来たのですが、それでも若い頃はまだ連続性を感じていたように思う。

今日立てる明日の予定はほぼ実行できていたように思う。
ところが、近ごろはそうはいかない。

「けいこ不足を 幕は待たない 恋はいつでも初舞台」。いや、「老いは いつでも 初舞台」だと、つくづく感じることが多くなった。

昨日、計画を立てた自分と今日の自分がまるで別人のごとく違っている。

気力体力がまるで違っていて、想定外の舞台に立たされて呆然としている役者に似ている。

とりあえずアドリブで所定の時間は消化するものの、とても舞台で演じられる役者とはいえない。

体の調子が違う。だから気持ちが違う。
舞台でドギマギしているうちに持ち時間はあっという間に過ぎ去ってしまう。
そして今日という時間が空く終わってしまう。

やはり、少しは「頑張る」ということも必要なのかもしれない。
.30 2016 未分類 comment0 trackback0

「頑張れっ」とは言い難い世の中

「頑張る」あるいは「頑張れ!」と、普通に言い、言い合っていた頃が懐かしい。

近頃は、「頑張らなくていい」あるいは「頑張るな」という言葉が適切であるとさえ言われることが多い。

尤もなことだと思うようになった。

何年か前、大学の後輩の某医師がこのようなことを主張していた。当時は、なんと甘ったるいことをと、嫌悪感を持って聞いていた。

肉体的、精神的に頑張りたくても頑張れない。「頑張れ」と言われると重圧を感じて心身に障害を生じさせる人たちには残酷な言葉であることは確かである。

「頑張る」、「頑張れ」で生きてきた私自身も、最近は、「これ以上は頑張らない」という選択をすることが増えてきた。

そういえば、若い頃も、「頑張った」代償として僅かな成果を得て、多くの大切なものを失ってきたような気がしている。

それでも、1つのことを追い求めて我を忘れて夢中になって頑張れるのも若さの特権なのかもしれないし、無知ほど強いものはないという特有の現象なのかもしれないし。

74歳になった今、私は別人のごとくなり、とにかく頑張らない生き方を心がけるようになった。

肉体的には怪我をする。精神的には再起できないほどのダメージを受けることが明らかであり、そのような事態を可視的にイメージできるからである。

どんな状況であれ、頑張って食べない。頑張って運動しない。頑張って付き合わない。

適度な食事。適度な運動。適度な交際。
そして。十分な睡眠。

苦笑せざるをえないが、自分の人生から「頑張る」という言葉を消している。

昨日もジムで顔なじみから「頑張って!」と声をかけられた。
なんだかその気になりかける自分を抑えて、適度なところで済ませてきた。

「頑張れ」と言われて前のめりにならないように。踏ん反り返って引っくり返らぬように。

頑張らなくても、気をつけなくてならないことが増えてきた。
.30 2016 未分類 comment0 trackback0

法華津寛選手(馬場馬術) オリンピック出場辞退

今朝、ウオーキングに出かける前のNHKニュースで知った。

愛馬 (ウィスパー号だと推察する)の体調がよくないとのこと。愛馬がバテたらしい。
「同年齢のジイさんの励みになればいい」と言っていた同選手の辞退は極めて残念。

以下ウィキペディアより転載
2008年開催の北京オリンピックでは、ウィスパー号とペアを組み、馬場馬術団体、同個人で出場。日本選手としては、ソウルオリンピックに馬場馬術で出場した井上喜久子を上回る史上最高齢(67歳)でオリンピックに出場した。44年ぶりの出場も史上最長記録。また、北京オリンピックに出場した全選手中でも最高齢であった[5]。馬場馬術個人の1次予選(同団体の決勝を兼ねる)では34位で1次予選落ち、団体では9位だった。

2012年3月1日にフランス・ヴィドーバンVidaubanでの国際大会で優勝し、翌3月2日に国際馬術連盟が発表したランキングでロンドンオリンピック出場枠を獲得[6] [7]。この結果を受け、日本馬術連盟は3月5日に法華津をオリンピック代表に決定した。ロンドンオリンピックに出場し、自身の史上最高齢記録を塗り替える71歳での出場となった[7][8]。オリンピック史上においても1920年のアントワープオリンピックの射撃で銀メダルを獲得した、スウェーデンのオスカル・スヴァーンの72歳10か月、1936年のベルリンオリンピックの馬術に出場した、オーストリアのアルトゥール・フォン・ポングラッツArthur von Pongraczの72歳1か月に次ぐ歴代3位の記録となる[9]。ギネス・ワールド・レコーズは東京オリンピックからロンドンオリンピックまでの出場期間について最長の世界一を認定した[10]。

史上最高齢となる出場に関して法華津は「国際大会である程度活躍する事によって同年代のじいさんの励みになれば、これほど嬉しい事はない」と心境を語った。
以上、ウィキペディアより。

1941年3月生まれの法華津選手は1942年2月生まれの私より丸々1年先輩。

全選手、全種目の中で私が1番応援していた選手でした。
マスコミの流れにも乗らず淡々として出場していた法華津選手は、私にとって他の誰よりも素晴らしいスター選手でした。

愛馬はバテたが、ご本人はご無事ですのでお間違いなきよう。
追悼文に非ずです。
.18 2016 未分類 comment0 trackback0

グルテンフリー食を実行できるか?

テニスのジョコビッチは、ある時自分はグルテン不耐性の体質であることが分かり以来徹底したグルテンフリー食を実施しているとのこと。

この食事が、彼のテクニックに加えて、超人的な体力と集中力と持続力の源泉になっていると言われている。

錦織選手が疲れを訴え、帰国したいなどと弱音を吐くのとは大きな違いに関心が集まっている。

ジョコビッチ選手とは違い、グルテン不耐性でもなさそうな私がこの食事を実践しようとなると気が狂いそうなくらい現実味がなくなる。

私が富豪で、食事担当のマネージャーや専属のコックでも雇える身分なら兎も角、とてもとても無謀な試みでもあることは明らか。

それこそ餓死しかねないくらいのことになる。

しかし、小麦グルテンの作用機序を知れば可能な限り排除することは大きなメリットにつながることは確かなようだ。

この作用機序については後述する。
.12 2016 未分類 comment0 trackback0

気が狂いそうなグルテンフリー食

グルテンとは小麦やライ麦、大麦などに含まれている植物由来のタンパク質のことです。実は、パンにふかふかとした柔らかい食感をもたらす正体です。

このグルテンを完全排除しようとすると食べる物が殆ど無くなるくらいたいへんなことになります。

因みに、グルテンを含む原料と食品を列挙してみますと下記のようになります。

 ・グルテンを含む原料
小麦
オートムギ
ライムギ
デュラム小麦

・グルテンを含む食べ物
小麦粉、ライ麦粉
パンケーキ、ホットケーキ
インスタントのお茶やコーヒー
ドーナツ、スコーン、マフィン、クッキー
焼き菓子やスナック菓子全般
ケーキ類
ピザ
パスタ、スパゲティ
スープ類
コーンフレーク、シリアル
シチューやカレー
シチューやカレーの市販ルー
ラーメン
そば(十割そば除く)、うどん
そば粉(つなぎに小麦を使用)
フライの衣、てんぷらの衣
ハンバーグ(つなぎにパン粉を使用)
たこ焼き、明石焼き、お好み焼き
あんまん、カレーまん、中華まんなど
餃子、焼売、ワンタン
各種ソース
ドレッシング
しょうゆ
スパイス(固着防止剤としてグルテン使用)
加工食品や食肉加工食品(結着材に小麦を使用)
ブルーチーズ
玄米シロップ(大麦麦芽酵素を使用)
ビール、発泡酒
スピリッツ類(麦焼酎、スコッチ、バーボン、ウォッカ)
モルトビネガー
モルトやモルト香料(大麦麦芽)
デキストリン
たんぱく加水分解物
分散剤(セルロース、クエン酸)
乳化剤
でんぷん(小麦由来)
植物油(小麦胚芽油)
植物油(グルテン添加剤を使用)
穀物酢(小麦を使用)
サプリメント(カプセルの結着剤に使用)
化粧品(たんぱく加水分解物として小麦を使用)
増粘剤として利用されることも(整髪ジェルや歯磨き粉)
.12 2016 未分類 comment0 trackback0

ジムに復帰は良いけれど

水曜日は週の中でも時間の余裕がある日なので、久しぶりにジムに入り浸ってみた。

昼頃から、ローインパクトというエアロ、ヒップホップ風のジャズダンス、今のジムで1番激しいというエアロダンス、 ボディーコンディショニングの4つのプログラムに参加した。

それぞれの空き時間に、ゴルフの練習やライトな筋トレなども行った。

風呂でゆっくり疲れを癒して夜の10時前に帰宅したのですが、アキレス腱のあたりが少しおかしい。

風呂で疲れを取るというのは考えもので、やりようによっては却って疲れを増してしまう。
私の場合は、暖かい季節になると湯船は短時間にしてシャワーを浴びながらお湯で体を洗い短時間で済ますのが良いようです。

さて、治癒して間もないアキレス腱は、今日のようなハードスケジュールにはまだ耐えられないようです。

帰宅後、該当部位が多少腫れてしまい、圧痛を感じるほどになりました。

湿布をして一晩寝たら、今朝はすっきりしていました。

今日はボクシングエアロというプログラムに参加の予定でしたが、患部を休ませることにしました。

週に2日くらいのペースで参加して、2日くらいは休養というあたりが適当なようです。

筋トレは、ハードなものを1回に5分前後を週に一回のペースです。激しく壊して数日かけて修復してというわけです。

スタジアムダンスプログラムも、週に2度くらいにして数日空けたほうが良さそう。

老化と疲労の蓄積の所為で起きたと思われるアキレス腱の断裂だと自己診断しているのですから、遣り過ぎは避けなければなりません。

老人らしいペース。
これに尽きるようです。
.12 2016 未分類 comment0 trackback0

解禁日の悦楽

ストイックな食生活ばかりでは人生は面白くない。これを持続させるには適当な解禁日が不可欠である。

酒を飲まない私はご多聞に洩れず大の甘党です。ほっておけば幾らでも甘いものを食べてしまう。

だいぶ前になるが、私の好物の饅頭、博多の千鳥饅頭を40個戴いた。それを、3日で食べてしまったことがある。その後の体重増を調節するのに10日ほどかかった苦い日々があった。

私の解禁日は、友人達との外食の時である。
一切の論理や拘りを頭から排除して、その店のメニューの中から好きなものを選び心ゆくまで味あう。そして諸氏との会話を楽しむ。

パーティでは、私の食事の主義に従ってチョイスするが、会食では完全なる転向者として振る舞う。そして、正直なところ美味しいし愉しい。

但し、後の数日間は倦怠感があり、体重増に悩むことになるが、それらに対処することは、普段の自分の食生活を功罪を再確認する意義ある日々でもある。

そして、二ヶ月に一回くらいだが、自分が好きな和菓子を買ってきて悦楽の境地に浸ることがある。

根が意地汚いせいか、食べるときは量が多いので反動が大きい。
適正体重に戻すのに苦労することになる。

こんな自分が脳の求めるままの食生活をすればどんな悲惨なことになるかは、減量する前の自分を思い出すだけで十分。

脳の求めるままとは、あのレストランで食べたい、あのシェフの料理を食べたい、あの料理人の天麩羅を食べたい、まだ食べたことのないあの料理を経験したい、あの人とあの店で食事したい、などである。

これはこれで結構なことだが、命がけの行為であることは確かである。体力のある若い時代に散々体験して、その罪と罰を償ってきたのだから、もはやそれも卒業。

回数もめっきり減ったゴルフ場のレストラン、仲間達との会食。
これらの解禁日が待ち遠しく、また、その日の食事は美味しい!

普段の食生活がストイックな生活だとは、実は思っていない。

安全な脂や油。
安心なたんぱく質。
汚染度の低い魚。
農薬の少ない野菜や果物。

これらを選んで、低糖質食を心掛けるというだけのことだから、実は格別耐え忍んだ生活をしているわけではない。

医療費や薬代に相当するものを食品代に充当しているに過ぎない。

何も投資しないで利潤は上がらないのである。
医療費がかからなければ食品代がかかる。
医療費・薬剤代に相当するものが日常生活の中で食品代以外にもちゃんと要求されているということである。

どう転んでも金はかかる。
ならば、健康であることに投資することの方がマシである。

そのような生活がストイックであるとは思わない。
.11 2016 未分類 comment0 trackback0

グルテンフリーな生活

もう5年以上、ご飯・ウドン・ラーメン・パスタ・蕎麦などの米や麵類を食事から排除している。

ただし、パンは好きなので全粒粉100%のパンは食べてきた。

北海道産の小麦を使ったパン。
だからといって、遺伝子操作された北海道産の小麦ではないという保証はない。

パンの生産者を信用するしかない程度のこだわりだった。その先の小麦の生産者までの調査はしていない。

主食。
子供の頃以来、主食のご飯という概念はいまだにつきまとっている。

だから、主食のご飯の代わりに全粒粉100%のパンを選んできた。
玄米ご飯には私は耐えられないからだ。だから、ご飯なら玄米、パンなら全粒粉パンという程度の考えにしかすぎない。

最近声高に取り上げられている低糖質食という点から考えると全粒粉100%のパンといえども、精白小麦のパン以上の糖質を含むパンである事は確かだ。

私は、高血糖でも糖尿病でもないので、日に一片や2片のパンを食べても支障はないので、主食として、或いは、バターやチーズの乗せ台としてパンは格好の食べ物だからという理由と食べ慣れると全粒粉パンの味にも馴染んでいたからだ。

何度も書いてきたように、ピーク時の体重から30kg近い減量ができたのは、上記のように米と小麦が原料の麵類を排除したことが大きく寄与していることは間違いない。

ここのところ、主食とはなんだ。副食とは何だ。このようなことについて殊の外考えるようになり、些か腑に落ちないことであるということに思い至った。

そこで、全粒粉100%のパンを思い切って排除することに決断した。つまり、主食というものを排除した。主食という呪縛から離脱した。

クッキーや菓子類はもとより、ベーグルやマフィンなどというものは既に口にしなくなって長年なので、私の食生活から小麦由来の食品は消えてしまうことになった。

以来、一ヶ月。
食事の度に、芝居や映画を最後まで観ないで途中で出てきたような感じ。何となく中途半端な不満足感が続いていたが、それにもやっと慣れてきた。

それでなにか体調が良くなったのかといえば、格別感じることはない。
幸い、治すべき病もないので顕著な効果は感じない。

今回の試みは、グルテンの摂取を止めたということ。
老化が進行する自分の身体にグルテンがボディブローのように効いてくるのはこれからだという危機感からの試みだから。

なぜグルテンの排除を決断したかについては後日、記してみたい。
.11 2016 未分類 comment0 trackback0

ジムに完全復帰

アキレス腱に異常を感じてから3ヶ月。
部分的ながら切断を自覚してから2ヶ月半。

異常を感じたことの記憶をつぶさに思い出してみると、実は昨年の11月の頃だったような気がしています。
やはり、ステップ運動のときに多少右足のアキレス腱を切ったかなという感覚がありました。

そのまま大して気にもせずジム活動を継続してきていたことになります。

平素、運動慣れしていないことが危機に鈍感だったのでしょう。

老化と疲労。それに、ごく軽傷とはいえその折にすでに腱が切れかかったことが相俟って、今回の部分切断に至ったのです。

50年以上のゴルフ歴で、脚が攣るなどのこともなく怪我とは無縁できていましたので、スポーツ外傷には全く鈍感だったと今更ながら悔やんでいます。

老人とアキレス腱の切断は割合多いらしい。
回復が思わしくなく、この怪我を機に寝たきりという生活を余儀なくされる人も多い。

日毎に衰えていく老人とスポーツはよくよく慎重でなければならないようです。
当然といえば当然なのですが、昨日の続きが今日とはならないことは強く自覚しておかなければならない。

昨日鍛えた体だから今日は大丈夫とはならない。

昨日、疲労させたのだから今日は昨日より慎重に注意しなくてならないと考えるべきなのでしょう。

我々、老化街道の旅人は昨日より今日は衰えていると考えるべきなのでしょう。

今日という1日は、今日なりの体力、身体コンディションの下にある。
だから、今日は今日の取り組み方があると思わざるをえません。

今回の怪我は、今までなまじ元気でこれた故に無防備で危機意識があまりにも欠落していたのだと思います。

これからのジムライフは、毎日の決算の上に次があるのではなく、その日その日の決算をして、明日は全く未知の世界が待っていることを自覚しなくてはならないのでしょう。
.01 2016 未分類 comment0 trackback0
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プロフィール

Author:須藤文弘




歯科医師(1942年2月生まれ)
医事評論家
歯科医療コンサルタント
NPO法人日本歯科保健機構 理事長
東京医科歯科大学 昭和43年卒

 

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