「お父さん、最近映画を観てないんじゃない?」

突然、娘から言われました。

そう言えば、ここ1年以上映画を観ていませんでした。
私の話題から映画の話がなくなった事をそれとなく気にしていてくれていたらしい。

「毎月2本位は観た方がいいよ。カフェ代を含めて3千円あげるから必ず観てよね」ときました。カフェ代付きとは気の利いた話。ありがたい!

なにしろ、この数ヶ月はジム通いに時間を取られ、読書の時間の捻出に四苦八苦の状態の中で、映画を観ようなんて思いもしませんでした。

たまに会う娘ですが、あれほど映画好きだった私の口から映画の話を聞けない事と、上映映画の情報を集め、観映後に滔々とナンチャラカンチャラご託を述べるこれまでの父親ではない事に、「老い」を感じたのかもしれません。

そんな事はない。単に時間がなくなった事と、長いこと映画を観て来ると、筋書きのパターン化にウンザリしていたことも事実です。
ワザワザ映画館に足を運んでまで観る価値を感じなくなっていたからです。

そんなわけで、早速映画館に行きました。
一本の映画で1日が中途半端になるのは避けたいので、朝イチ開始の映画で適当なのを選ぼうという魂胆です。

内容の情報は一切なく出たとこ勝負。
9時15分開始の大泉洋主演のものを選びました。

彼の映画なら寄席に行ったような気分になれるだろうし、好感度も高い俳優だからという理由でした。
しかし、期待は裏切られました。

よくある、ウイルス感染によるホラー映画でした。
アメリカ映画の二番煎じで、開始後まもなくウンザリしました。
娘の好意だからと、ここは踏ん張って最後まで鑑賞というか、感傷という感じでした。

I am a hero.
映画のタイトルです。
つまらない映画でした。欠伸を3度ほどしてしまいました。

やはり、事前に下調べをして足を運ばなくちゃなりません。

でも、娘の提案を好機として、月に2回くらいの映画鑑賞の時間を捻出しようと思います。

娘から、「ボケ?無気力?」などと勘ぐられないように。

映画が「ボケ防止になる」とは、露ほども思いません。
ロクデモナイ映画はかえって脳を壊すのではないかとすら危惧します。

食べ物と同じ。
直接脳に作用するものですから、よくよく選んで、というほど深刻な問題ではありませんが。

深刻といえば、映画館で深刻になりたいとは思いません。若い頃はやたらと深刻な映画を好んだこともありますが、所詮笑止。

いまは、腹の底から笑える映画があれば、それが一番だと思っています。

喜劇の方が製作者にとっては難しのかもしれません。泣かせるほうが楽なのかもしれません。

それなら、心底泣かせる映画でもよい。
泣くか、笑うか。
邦画洋画を問わず、この線でチョイスしてみますよ。
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.30 2016 未分類 comment0 trackback0

漢字が怪しい

毎日、500字ほどの日記を書くことにした。
ゆくゆくは1,000字くらいにはしたいと思っている。

子供の頃以来、何度も挑戦してみた日記だが、継続できた試しがない。
文字通りの三日坊主、三日おじさん、三日爺さんの体たらくでなんとも情けない。

余白だらけの日記帳をまとめて処分するとき、自分の不甲斐なさを心底嘆き、2度とこの愚は繰り返さないことを誓ったものだ。

では、74歳の今になって何をトチ狂ったのだと笑われそうだが、今年の2月から書き始めた。元旦から力み返って始めるよりなんとなく始める感が良さそうだったから。

動機は、「漢字に自信が無くなってきた」ことです。

このブログを始め、長文のメール、短文のメール、コメントのようなSNSなど、毎日文章はたくさん書いている。

読書も消化不良と言えるくらい読み、歩止まりの悪さを嘆きながら、それなりに膨大な量の文字に接している。

ところが、漢字を書く自信が無くなってきた。
このままでは、外でなんらかの文章を書かなければならない事態に直面したときに大恥をかきそうな恐怖心に悩むようになった。

下手をすれば、簡単なメモですら仮名文字で誤魔化さなければならない。
簡単な漢字を書けないクイズ番組に出ているタレントを笑えない。

かといって、絶対に恥をかけない長文の恋文を書く旬はとうにすぎている。
長文で依頼したり、祝意を表したり、お詫びを述べる機会とてそれほどない。

日記が一番良いのではないかと急に思い立った次第です。

短い日記をiPhoneの辞書アプリを使い、わざと難しい表現を採用することで漢字の再確認をしながら書いている。

iPhoneの辞書アプリを使うと、文字を拡大できるし、机上を広く使える。

広辞苑や大漢和辞典などにも再び親しみたいのだが、これは辞書アプリの利便性に敵わない。

漢字を書くことに強くなりたいという動機で始めた日記は初めてのこと。
我が思いを子孫に残したいわけではなく、1日の終わりに今日の来し方を反省する気などさらさらなく、ただ漢字を使って文章を書くことが目的。

ですから、内容はとても他者に読ませられるものではない。

1日書いたらそのページを破り捨てたいくらいの内容が多い。
だからこそ、2ヶ月も継続できている(?笑)。

私がなんらかの理由で突然死ねば、嫌でも遺族の目に触れる。

遺族に読まれても恥ずかしくない文字を書けるようになるまでは、毎日処分しながら書いた方が良いのかもしれない。
内容の格調も上げておかなければなるまい。

誤字脱字だらけで低俗極まる日記を目にした遺族が呆れてしまい、今以上に愛想を尽かさないように。
.28 2016 未分類 comment0 trackback0

左手の衰え

左指で器物をねじるチカラが弱くなった。握力もだいぶ弱くなり、左腕の筋肉も逞しくない。

足脚の方は比較的左右均等に使っているが、手腕はどうしても利腕一辺倒になる。

今朝、ビンのメタルの蓋を外そうとして大変な苦労をした。蓋の周辺を叩いてから回せば楽に回せるものを、いきなり回そうとしてうまくいかなかったと言えばそれきりのことだが‥。

諸氏が諸説を述べている。

左手で歯を磨く。靴ベラを左手で使う。左手で箸を使うは噴飯モノとしても、普段出来るだけ左指、左手、左腕を使うことを推奨している。

このような説は概ね面白くないことばかり。長続きしそうにない。
説いている本人も恐らくやっていないだろうというようなことが多い。

私は、ゴルフの練習でこの問題に対処することにした。

元来、練習嫌いだがと言う人が多いが、私は練習が大好きだった。

忙中閑ありというチャンスは逃さず打ちっぱなし練習場に走ったものです。おかげさまで若い頃いちじはシングルになったことが、今では懐かしくもあり誇らしくもあるわけですが、今では恥ずかしいプレーばかりで、昔の面影これなしの現状。

そこで、思い至ったのは「ゴルフのスイングは左手主導」ということ。
これなら長続きする左腕強化法ではないかということ。

興味と欲とゲーム性を兼ね備えた格好の方法ではないか。

何か1つの目的のために黙々と1つの努力を地道に継続することが不得手であり、長続きしたことのない私には今のところこれ以上の強化法はない。

200ヤード以上の打ちっぱなし練習場では力み返って飛距離ばかりを追うことになる。
利腕の右手を繰り出して打ちまくることになるのが落ち。

ここは、室内練習場でひたすら左手を使う練習に集中したほうが正解のような気がする。
ゴルフの絶頂期には見向きもしなかった練習方法だが、今の目的のためにはこれが一番のようだ。

というわけで何回かやってみた。
道場の棒振り剣法の極みみたいなもので、コースはともかく、打ちっぱなし練習場に飛んで行きたくなり、その衝動を抑えるのに苦労する。

快感がない。
酔いしれるドーパミンが出ない。
達成感がない。

私の先祖は「富田清源流の小太刀の免許皆伝」だったと聞く。
室内剣法だ。

そうだ、先祖に習い、ここは短いクラブで小太刀の修行だと思おう。

この段階で本趣旨から逸れてくる。

そんな大袈裟なものではなく、左腕の強化だけの問題なのに、修行だの鍛錬だのと思考が蛇行し本道から逸れてしまうのが私の悪い癖。

しばらくの間、最も苦手な1つの目的のために1つのことを地道にコツコツとやってみよう。
狭くて息苦しい室内練習場で!
.27 2016 未分類 comment0 trackback0

デイサービスとワークアウト

昼間のジムに行くと老人達が多い。時間リッチな人達なのだから当然なのだが、何か違うなーという気がすることがある。

デイサービスという施設を体験したことがない。テレビなどで断片的に紹介されているのを見たことくらいしかない。

でも、このデイサービスとジムでの雰囲気にさして違いはないのではないかと思うことが度々ある。

自分でも内心、デイサービスに来ているようなもんだと自嘲的に思うこともある。

ジムに来てラウンジのマッサージチェアーに座ったきりで運動をしない人もいる。
風呂にだけ入ってそそくさと帰宅する人もいる。

開館から閉館まで滞在して、サイクリングマシーンを漕ぎ、ラウンジで読書と昼寝を繰り返す人もいる。

スタジオプログラムを済ませてからトレーニングマシーン・エリアで筋トレ。そこからプールへ走り、シャワーを浴びてスーパーへ買い物に走るひたすら欲張りで忙しそうな主婦らしき人もいる。

ジムに来る目的も100人百様。利用の仕方も100人百様。

膝が痛い、腰が痛いなどの症状がある人達が整形外科のリハビリの代わりにジムのトレーナーから指導を受けている場合もある。

ゴルフの室内練習場のみのワンポイント利用者も多い。社交ダンスやフラダンスのみの人も居る。

私は、ダラダラと会員で居続けただけで、たまのサウナ以外に利用しなかったジムというものを積極的に利用しようと一念発起して10ヶ月。

アキレス腱断裂というハプニングにより頭から冷水を浴びせられた。そのために3ヶ月近くをたまのゴルフの練習と風呂だけという利用者でいるほかはなかった。

5月に入ったら復帰できるのだが、今度は、ワークアウトという概念で利用してみたい。
トレーニングという概念からのシフトがうまくいくのかどうか疑問だが、この変化がどう効果を奏するのかが楽しみだ。

「これじゃあ、デイサービスの爺さんと同じじゃないか」という自嘲的気分に陥らない利用の仕方ができるのかどうか。

兎に角行けばトレーナーやインストラクターが何とかしてくれるというレベルから脱したい。

トレーナーやインストラクターとの義理に縛られない。実を言うと、これが一番難しい。

あの人は気が向いた時に来る人だと思ってもらわなくてはならない。必ず来る人だと思われると拘束や義務感が発生してくる。

すると、ワークアウトとは違ってくるような気がする。

銀座に「ワークアウト」というジムの店舗が出来たらしい。
ここならワークアウトに徹することができるかもしれないが、地理的に多頻度利用は不可能だし、ここでも恐らく日本人的人間関係で重く淀んだものになりそう。

自分も相手も日本人同士の人間関係だから所詮避けては通れない関係となるのは明らか。

されば、今のところで自分が変わらなければならないのだろう。

5月からのジム再開がトレーニングではなくワークアウトになるかならないか楽しみでもあり不安でもある。
.23 2016 未分類 comment0 trackback0

「今日ジムでトレーニングしてきた」と何気無く口にしていた言葉を、最近知人から直された。

日本では「トレーニング」を「運動する、体を鍛える」という意味で使っているが、アメリカでは「(軍隊の)訓練、(犬の)調教、(懲罰の意味合いを持った)鍛錬」といった意味で使われる。
あまりいい感じの使われ方ではない。

私のように、「昨日、ジムでトレーニングしてきた」などと言ったら、「無理やりやらされたの?」と思われるのも無理はない。
つまり、「トレーニング」には自発的に体を鍛えるというニュアンスがない。

例えるなら、自分から自発的に体を鍛えるのではなく、軍隊で兵士になるためのプログラムを遂行させられるような、そんな外部から与えられた目的のために鍛えるというイメージだ。

ワークアウトとは
自発的に、体を動かしたり、鍛えたりすることを「ワークアウト」と言う。

日本では「ワーク=仕事」「アウト=外す」と捉えてしまうので理解しづらいが、アメリカでは「解決策」という意味で使われている。美しくなりたい、筋肉を付けたい、健康になりたい・・・、そんな自分の目標達成のために自発的にやっている行為なので、「ワークアウト=解決策」と言うのが一般的だ。

だから、仕事の現場でも、上層部からの指令や命令ではなく、現場の社員が自ら解決策を考え実行していくことをワークアウトという。

1980年代に経営不振に陥ったアメリカのゼネラル・エレクトリック社(GE)では、「GE式ワークアウト」という組織風土変革メソッドを実施したが、これは業務改善案を募って現場主導で素早く具現化するプロセスを繰り返すという内容だ。

ワークアウトには「自発的」というニュアンスが強い。

これからは、ジムでワークアウトするとか、ジムでワークアウトしてきたなどと言うことにしよう。

でも、このような馴染みのない表現をすると、なんとなく意識も身体もバランスを崩しそうな違和感がある。
また、アキレス腱の断裂を起こしそうな気がしないでもない。
.23 2016 未分類 comment0 trackback0

老中会

これは、70歳代の者達の集まりで「ろうじゅうかい」と読みます。
このメンバーが80歳代になりますと「大老会」となり、運良くか運悪くか90歳代になる「「ご大老会」となり、我定かなりとは言え100歳を超えると「超大老会」となります。

ここのところ急増している団塊の世代と云われる60歳代の人達を「若年寄」と言い、新人であり見習いの老人扱いです。

「あ、若年寄ね」と、若輩扱いをし臣下の礼をとらせる決まりになっています。その年代の者をそう呼ぶだけで、彼が入会して来るはずはありません。

この分類は、大学同窓のほぼ同年代の者達の集まりのうち、最近1人をがんで亡くしたのを機に会の名称を変更しようということになり、不肖私が提案したものです。

生年に2〜3年の違いがありますから、20名のうち何人かが先に大老になると、残りの老中達は彼らに臣下の礼をとらねばなりません。

大げさな礼ではなく、娑婆の先輩後輩程度の礼をとろうということです。

大学では、同級生といえども、東大・京大を始めいろんな大学を卒業したり、中退して入学したものが多くいます。

大学同期といえど、2〜3年の年齢幅があり、中には5歳も上の者もいます。

老中から大老になる。
階級ではありませんが、年長者であることが明らかになったところで、大学では同期といえども娑婆のしきたりに習い年長者に礼を尽くそうというわけです。

これはいわば当然のことで、世の中は大学が全てではないにもかかわらず、年少者から「オイ」と言われ、年長者に「オマエ」と呼んできた無礼を少しでも正そうというわけです。

礼を尽くすと言っても、敬語ではなく丁寧語くらいは使おうという程度です。

今日の昼間、新名称の「老中会」を神田で開きました。
熊本地震に因み急遽開催したものです。

熊本大学医学部を卒業して私どもの大学の大学院を出たメンバーの1人からの要請によるものです。

何か支援が欲しい、何か支援したいというのが趣旨です。

取り敢えずは、熊本市の民間医療機関に薬品や他の物資を送ることにしました。
現地での医療行為への参加はかえって足手まといになるということで落ち着きました。
これ以外のことは個々に行うことにしています。

この会も、「ご大老会」となると何人が生き残って、しかも意識が定かなのかはわかりません。「超大老会」まで存続することはまず不可能です。

老中詰めの奥座敷が閑散とする前に解散か自然消滅となりましょう。

現在の「老中会」と次の「大老会」がせいぜいでしょう。

こうした分類の中に我が身を置いてみますと先が見えてきますね。
.20 2016 未分類 comment0 trackback0

平成28年熊本地震

昨夜は、長い付き合いの業界人からテレビドラマ「捜査1課庁」を観て欲しい、そして是非その感想を聞きたいとの強い要請があり、そのドラマを観ていた。

コマーシャルの合間に観せるテレビドラマには辟易としているので、昨夜は久しぶりに刑事ドラマを観る次第になった。

お決まりの、急速に解決に向かう無理な仕立てのドラマに不快感を覚え始めた頃、突然画面が地震速報に切り替わり、ドラマの再開はなかった。

津波を伴わない地震であったことが不幸中の幸いであった。
大小の島々が存在する場所なので、福島並みの津波があれば被害は予想がつかないほどの大惨事だったことだろう。

今朝になり、被害の実態が少しづつ明らかになってきたようだが、
病気で言えば今は外傷がわかるのみ。

内臓の障害とも言える深刻な被害は、はこれから時間の経過とともに徐々に明らかとなるだろう。

備えの大切さは分かるが、備えてばかりはいられない。

この列島に住む者は等しく地震の被害者になる危険からは逃れられない。
地球上ほぼ全域がその危険性と隣り合わせなのだから。

被災者の方々への衷心よりのお見舞いと亡くなられた方のご冥福を祈ることしかできない。

せめて最大限の国の補償がなされることを願うが、選挙対策という愚劣なレベルでしかなされないだろうことを思うと心が痛む。

安倍総理の知性と教養が問われる正念場だと思うが、この期待もそれがある人なればこそ。

これから今後多発を予想される地震災害、気候変動に伴う災害を思うと、我々は、人間として信頼のできる政治リーダーを選別しなければならない。

世界的に観察しても政治リーダーの劣化は明らかだが我が国も例外ではない。
いや、それどころか飛び抜けて憂うべき実態であることを認識しなければならない。

生活の基盤を根底から突き崩す自然災害という恐ろしい事態に対して個人個人ができることは限度はある。

権力に屈服してしまったマスコミ、権力に媚びて生き延びようとするマスコミひな壇の思考停止者達に期待はできない。

今日から、再び我が備えを見直すと共に、覚悟のボーダーについて思考しなければならない。
.15 2016 未分類 comment0 trackback0

アキレス腱損傷のその後

2月末にアキレス腱断裂という事故を起こしてからだいぶ時間が経過した。
多少の跛行は相変わらずだが、回復の兆候が明らかになってきた。

「アキレス腱断裂は若い人に多いのであって、貴方はだいぶズレてます。もう少し年齢相応に生きてください」という様なコメントをしてくれたのは、今月の初めに受診した整形外科のドクターです。

かれこれ10年ぶりくらいに医者の世話になりました。今回は、原因も怪我の程度も明らかなので、知り合いでもない最近開業した近くの整形外科クリニックに行ってみました。

初診日に、症状を訴えたわけですが、きちんと対面して話を聞いてくれる好感の持てる人物でした。

例によってレントゲンを撮りましょうと言う。
その結果を見て、念のためにMRIを撮りましょうか?、促されました。

「先生、MRIは不必要だと思います。アキレス腱の断裂は明らかですし、骨折の恐れはない。
それにどのように断裂しているかがわかっても大した意味はないと思います。」と言ってMRIはお断りしました。

レントゲンも不要だというのが私の本意ですが、それも断るとドクターに悪いと思い、そこは妥協しました。
「その代わりと言ってはなんですが、湿布を多めに処方してください」と頼みました。

「分かりました。それに飲み薬は何も出しませんよ」と、ドクターは「薬を出さない」ということを強調していました。

昨今の医療者に対する社会的力学に慎重に配慮する医療を行っていることが強調されたのだと思います。

その上に、MRIを拒否する私のような患者は可愛気がないと思ったかもしれません。

私も、受診前に予想した通りの展開でしたし、導入されているMRIのリース料のほんの一部に貢献しようかと思っていましたが、結局断ってしまいました。

その後、何度かリハビリという処置を体験してみました。機器で患部周辺を温め、別の機器でマッサージをして、最後に療法士による患部周辺の指圧をしてくれます。

これも体験だと思い、今までに3度ほど通ってみました。

体験だと言いますのは、これまで指圧マッサージの類をしてもらった経験が全くなかったからです。初体験ですので比較も何もできませんが、新規開業のクリニックらしく、スタッフは溌剌としていてとても感じの良い処置をしてくれました。

過剰もなく、無駄もなく、その上不快もなく、極めて快適なクリニック通いを体験できています。

今月いっぱいで概ね回復しそうですから、連休あけくらいから再びジムのプログラムに参加して飛び跳ねようと思っています。

受傷後も相変わらずで歩いていますし、先月末にはゴルフにも参加しました。

幸い、松葉杖やステッキを使わずにすんでいます。跛行にはいささか焦ったさは否定できませんが、可能な限り機能させながら回復させたいと願うからです。
.13 2016 未分類 comment0 trackback0

ヒトと文化的進化のギャップ

掃除ロボットがなぜ必要なのかが分からない。
なぜ、自動運転の自動車を作ろうとするのかが分からない。

狭い家屋と狭い道路なのにということではない。
なぜ、今以上にヒトを楽にする必要があるのかがよく分からない。

楽で便利な電化製品、楽して食べられる加工食品の数々、動く歩道にエレベーターやエスカレーター施設の過充実。
身体が不自由なヒト専用なら理解できる。

これまでの文明と文化の進化に対してだけでも、ヒトは享受する代償としての多大な犠牲をを払っている。

ヒトは動物としての自然の進化と文化文明の進化の間で、多くのものを代償として支払ってきている。

身体的不具合、精神の崩壊、社会システムの歪みなど、与えられる「便利と楽」に対して数倍の犠牲をを代償としてきている。

この世には、ヒト以外に、法人というヒトがもうひと種類存在していて、その法人というヒトが人類というヒトの生き血を吸って進化し続けているのかもしれない。

ヒトの一部は法人というヒトの奴隷と化し、同族のヒトの生き血を吸わせ、同時に自らの生き血を捧げ、家族の生き血を差し出しているのかもしれない。

目先の便利さを開発するイノベーションは束の間の成り金を生み、その数に比例してヒトは心身を生贄として差し出す。

「生活習慣病」と言われるものがある。

これは、過剰な文化的進化に翻弄される生活が生み出すものなのかもしれない。

これは、
「便利と楽の病」と言い換えなければならないのではないか。

「生活習慣病」というのなら、どんな生活をしようが勝手ではないかと反論される。

しかし、「便利と楽の病」ならば、便利と楽に対して支払っている身体と精神の犠牲ということを意識させるのかもしれない。

しかし、こう言えば、もう1つの存在である法人というヒト族からの猛反撃と恫喝に耐えきれないのかもしれない。

この不条理な現代にヒトを補食する敵は居ないと言える。
その代わり、人類のヒトを貪食する法人というヒト族が権力を持ち、我々ヒト族を補食しているのかもしれない。
.06 2016 未分類 comment0 trackback0

春と秋は短くなった

冬が終わり春の季節を迎えてもいつまでも体感的には冬を脱することができない。

昨年も、春をグズグズ過ごしているうちに連休頃から夏日が続き、梅雨のメリハリもなく真夏に突入。

残暑、残暑とウンザリしているうちに11月半ばから急に寒くなり、そのまま暮れから正月にかけて冬になってしまった。

春は桜で大騒ぎをし、秋は紅葉でシンミリする。
アナウンサーが息を切らせて吠えるように桜や紅葉便りを告げるのが季節の変わり目の恒例となったようだ。

季節の節目が無くなったわけではないが、春と秋は夏と冬の幕間の寸劇のように儚いものとなったような気がする。

私は昔から花見の宴が苦手で、好きでもない酒を強要され、挙句に酔いの冷えで風邪を引くのが常だった。

昔に思いを馳せてみれば、家族で花見をしたという記憶がない。
父が下戸なので、私と同じように花見の宴が好みではなかったのかもしれない。

当時住んでいた社宅の庭に大きな桜の木が一本在り、その花を何となく家族で話題にするくらいのことが、我が家の春の訪れであり桜の花見だったのかもしれない。

今でも、私にとって桜の花は季節の花の1つにしか過ぎず、通りすがりや、電車の車窓越しに見る桜で十分事足りている。

千鳥ヶ淵、北の丸公園、上野を始め都内各所の桜の名所の花は長く生きているおかげで、格別意図せずとも愛でる機会はあった。

わざわざ花見の宴を自分から望んだことはなかった。花見の宴に招待されることは度々あったが、正直なところ気が重いお誘いだった。

理由は、酒でした。
好きな人は自分で勝手に飲めばよいものを、ひつっこく人に勧める所作が腹立たしかった。酌をしてくれる人をひっぱたきなるほどでした。

酒好きが酒を飲む口実としての桜の花ならそんな花なら咲いてくれない方がよほどよいとすら思ったものです。

それでも、ある年、千葉県下の「蘇我」という処の桜を見たときは、心底綺麗だと思い、間も無く散りゆく桜にいろんな想いを重ねた記憶があります。

「蘇我桜」と比べれば、相変わらず都内の桜は汚れているようだ。

排気ガスを吸い、各種添加物にまみれた不健康な花に見える。疲れ果てた場末の酒場の女のようだ。

桜の花といえば条件反射的に春を感じ、好きな酒を心ゆくまで愉しめる人たちが、ときとして羨ましくもある。
.06 2016 未分類 comment0 trackback0

まだまだ駆け出しだね〜

今日、駅の書店に本を探しに出かけた折に近くのカフェで88歳の老婦人に言われてしまいました。

私がカフェに入って間もなく潮が引くように客が腰を上げ、店内が空席だらけになりました。
こんなこともあるのだと、しばし物思いにふけり始めた頃、右隣に老婦人Bが座り、さらに奥に老婦人Cが着座。

C⇨B あなたお幾つ?
B⇨C 82歳
C⇨B あら、お若い 私は88歳よ

2人はタバコをプカプカふかしながら話し始めました。
私はBさんの方がCさんより年配に見えましたが逆だったようです。外見では分かりませんね。

88歳のCさんは早くに夫を亡くし20年来気儘な一人暮らし。娘が近くにいるが寄り付かないとか、孫は全くあてにならないなどといろんなことを話し始めました。

顔にはなんにもつけていないとか塗っていないとかを盛んに強調していましたので肌に自信があるのでしょう。
Bさんがあまり関心示さないので、私がお節介とは思いましたが、お顔の肌がお綺麗ですねと口を挟みますと、満足げにニンマリと笑みを浮かべ、さらに話しに弾みがついたようです。

C: 私も元気だが、兄は90歳。彼も1人暮らしだが、料理も自分でするのは勿論、誰の世話にもならずちゃんとやってますよ。
たまに、娘が様子を見にきても何もさせずマイペースで生きてます。

兄のことまで自慢げに語り始めました。老婆然とした82歳のBさんもCさんの勢いにのまれ憮然としている様子。

仕方なく、私が相槌を打ち、Cさんの話したいことをすべて引き出す役目を引き受けました。この際老婦人の元気の秘訣を聞き出したい気分にもなりましたので‥。

すると、やおら、
C: あなたはお幾つ?
と聞かれましたので、
私: 74歳です
と、答えましたところ、
c: あら〜お若い!70代なんて青年みたいなものよ まだまだ駆け出しよ〜!
私も、これには閉口しました。

最近、年寄りぶりたがり、自分のことを年寄りと思うように努めている私にはショックなひと言でした。

C: 私の兄が70代の頃は、釣りに行くはゴルフに行くはでそりゃー元気でしたよ。社交ダンスの大会にも出ていたし、茶飲友達程度とはいえガールフレンドもたくさんいましたよ

参りました。話半分としても元気な老人は居るものですね!

皺々とした82歳の老婦人は唯々苦笑するばかり。皺々とした苦笑は、このご婦人は齢既に90歳を超えたかのように見せていました。

なんでも先取りする傾向のある私は、自分を既に高齢者、それも超高齢者と見立ててどうあるべきかを模索していたのですが、「まだ青年よ〜、」のひと言で、顔面平手打ちを食らった気分になってしまいました。

どのように人生するかの目標を失った気分になりました。

先入観なくしてB婦人とC婦人を見ると、年齢は逆に見えます。
外見では全く分からないということを思い知らされました。

B婦人も、C婦人の手前、自分の居ずまいに戸惑いを隠せない様子でした。

私は、根本から自分の在りようを再検討しなければならないような衝撃を受けてしまいました。

外には出るものですね〜。
いろんな人に会ってみるものです。

打ちのめされたような、励まされたような、釈然としない妙な気分のままカフェをあとにした次第です。
.03 2016 未分類 comment0 trackback0
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プロフィール

Author:須藤文弘




歯科医師(1942年2月生まれ)
医事評論家
歯科医療コンサルタント
NPO法人日本歯科保健機構 理事長
東京医科歯科大学 昭和43年卒

 

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