ジムでの二度の怪我

書を捨て野に出よう。野も捨てジムに行こうもほぼ2ヶ月半。書の時間を少し回復してきた。朝のウオーキング以外にもともと野には出ていない。

カメラと三脚を担いで野山に行くか、竿を持って湖や海に行くことも無くなりましたので、カメラの手入れや、釣り道具の手入れの度にかつての味わいを反芻するのがせいぜいです。

しかし、手入れをしているのはその気になればいつ何時でも出かけようという気持ちはあるということです。
とは言え、車を止めた現在、これらの道具は重い。

身一つのウオーキングなどに傾いているのはその所為でもある。

ジムについて微に入り細を穿ってみると
チョイスするプログラムも分かってきて、だいぶゆとりが出てきた。

盆休みに夏休みと先ほどの5連休と休日に恵まれたこの時期、集中して通ったはいいが、二度軽度ながら怪我をしてしまった。

一つは、右足脹脛の筋肉の不具合と右足首の軽い捻挫です。
それゆえに10日間ほどは、激しい運動は敬遠してヨーガとか、マシーンでの筋トレをしていました。

運動に怪我は付き物だから、ジムには慎重でしたが、自分流の運動にマンネリと限界を感じていましたので会員になったのですが、夢中になる性格が災いして怪我に見舞われました。

幸い、軽微なものでしたので、いまはすっかり治りました。

お陰様で、冷静になれましたので、10月からの新しいスケジュール表からは、自分に適当なプログラムとマシーントレーニングをチョイスして生活に取り入れて気長に取り組んでみたい。

この2ヶ月半、身体的にどのような変化が起きているのか定かではありませんが、良く眠れるようになりました。

ジムでの運動で、適度な身体的疲労とストレスの処理が上手く出来ているのかもしれません。

身体内部の密室で進行していることは、どのような健康法でも同じで、よくわかりません。

結果です。それも、死ぬ間際になって自分の場合のごく一部が明らかにできることであって、判定のできない試みの連続です。

まあ、自分の身体で行っている人体実験の数々ですから。
他者に進めることでも、参考にしてもらえることでもありません。と、言ってしまうと身も蓋もありませんが。

書店に並んでいる健康指南書も、公式でもなければ定理でもありません。

自分の人生観や死生観とすり合わせながら、ゲームのように愉しめば良いような気がします。

各種健康法は日本人のレジャーでありお楽しみだという人もいますが、私もそんな気がします。

本当に個人に有効な個別の健康法や予防法が分かるのは、もっと科学と医学が進んでからでしょう。

それまでは、宝クジを買って当選発表までのお楽しみ期間と同じで、夢を買ってワクワクしながら愉しめば良いのではないでしょうか!
スポンサーサイト
.29 2015 未分類 comment0 trackback0

金木犀の香りに魅せられて

猛暑、猛暑と騒いでいたらあっという間の秋風に、今度は心が騒ぎ自律神経が不安的な毎日を送っている。

私の朝のウオーキングの道筋に4箇所の金木犀が、あるいは塀の中から、あるいは道沿いの畑の中から濃い香漂わせ、私の鼻の中に入り込む。

その度に足を止め思いっきり肺の奥まで吸い込むので、ウオーキングの時間が長くなってしまっている。

毎年のことなのに、年々このような季節の香りにことさら執着するようになった自分に怪訝な思いを向けることがある。

歳をったからだというのではなく、このようなな季節の風情に五感を傾け、五感を動員する気持ちと時間の余裕が出来てきたからだと思う。

沈丁花。私は相変わらず「マンジュウシャゲ」と呼んでいる。

子供の頃によく口ずさんだ「赤い花ならマンジュウシャゲ、オランダ屋敷に雨が降る、濡れて泣いてるジャガタラお春、未練の出船に‥嗚〜呼 雨が降る‥」という歌とともに身体に染み込んでいるからだと思う。

その頃住んでいた会社の社宅のどの家の庭にもマンジュウシャゲがたくさん生えていた。
そのうちの一軒は、私が密かに思いを寄せていた会社の付属小学校の女の先生のお宅があった。

マンジュウシャゲにこと寄せて、花の季節には何度もお訪ねした記憶がいじらしい。初恋の初期症状だったのかもしれない。

私の家にも、かれこれ3坪くらいの広さにマンジュウシャゲが咲き、その鮮やかな赤に魅せられていた光景が今でも浮かんでくる。

季節の移動が早い。
今年の金木犀の香りを胸いっぱいに吸い込んでおきたい。

来年は?
多分大丈夫。
.29 2015 未分類 comment0 trackback0

ゴミ屋敷に住む麗人とジムの風呂

ジムに開店と同時に入ってきて風呂やシャワーを使ってそそくさと帰っていく人が結構います。

朝のウオーキングの時にたまに出会い顔見知りになった老人もその一人で、風呂を使う目的のためだけに入会したそうです。

ジムで運動なんて面倒なことはしたくない。ウオーキングや自転車を乗り回して十分に運動をしているとのこと。

夜にジムに行くと、勤め帰りの人が風呂に直行する姿もよく見かける。
その中にOLらしき人もいる。いかにもキャリアウーマンといった感じの女性。

ジムと人の営みも百人百様と知ったのは最近ことです。運動の仕方も百人百様。
人間模様は実に面白い。

何かのコラムを読んだ時に、「ゴミ屋敷のような部屋に住むキャリアウーマンがジムの風呂を利用していることもある」という文章を目にしたことがある。

片付け屋さんの文章だった。
まさかそんな⁈と読み飛ばしていたが、どうやら本当にそのようなケースはあるらしい。

1LDKの部屋はうず高く積み上げられたゴミで足の踏み場もなく、キッチン台やバスルームまでゴミで溢れている。

僅かに寝る場所だけは確保されていて、あろうことか、ペットまで居るので悪臭すら充満しているそうです。

そういえば、こんな麗人がなぜ?というほどの人が電車の中で化粧をしている。こんなしっかりした感じの麗人が何故?というほどの人が毎晩決まった定食屋で食事しているそうです。

その足で、ジムに寄りバスを使い、帰宅してごく僅かの寝場所に横になる。
翌朝は電車の中で化粧をする。

会社では切れ者のキャリアウーマン。

部屋がゴミで溢れかえって寝場所にも事欠くようになると引っ越しをするそうです。かくして、片付け屋から実態が漏れ伝わってくる。

私が自分が行くジムで見かける、あの麗人や佳人は違うと思いたい。

しかし、そのような人が何故ジムのバスだけを使うのか。
思い巡らすと、碌でもないシーンが浮かんでくる。

もう関心を持つのは止めようと思うが、何故かやめられない。
この世の闇は深い。
.23 2015 未分類 comment0 trackback0

睡眠不足を思い悩む友へ

何人かの同年配と話をすると「眠れない」という人が居る。そのために思い悩み苦しんでいる。
睡眠不足が悩みならそこそこ恵まれていると思うが、本人には重いストレスとなっている。

話をよくしてみると、夜は8時に寝るとか、人によっては7時になると眠くなると言う。

新生児で20時間、小学生で10時間が必要だそうだ。脳が発達している年頃には長いメンテナンス時間、つまり、睡眠時間が必要だが、発達が終わる(歳をとる)と脳のメンテナンス時間は少なくなる。

睡眠時間が短くなるのは、体力がなくなるのと同じで、当然の老化現象。
昼間さえ元気に過ごせているのなら、短時間の睡眠でも案ずる必要はない。

7時間が理想的睡眠時間と言われても、個人差や年齢差が大きく、理想的平均睡眠時間に惑わされる必要はない。

夜8時や9時に寝る高齢者が夜中の2時3時に目覚めるのは当然。
そうなら、5時6時まで本でも読んで身体を横たえていれば良い。

夏など、4時頃起き出して家族に気を使ってこっそり散歩に出て朝陽を浴びると、だいたい16時間後には眠くなるようにホルモンが働く。

そうすると、その日の夕方には眠くなるのは自然な現象。

2時3時に目覚めて、「寝なくちゃ、寝なくちゃ」と思い悩むより、心静かに身体を横にしているだけでも身体は休まる。そこで起き出して働かなくちゃならない人に比べればどれほど幸せなことか。

早く寝るのなら、早く目覚めるのは当たり前なのだから、もう少し遅く寝ること。

境遇や環境の故に早く床にはいらねばならないのなら、目覚めた後の読書なりの工夫が要る。

くれぐれも、早くから身体を動かしたり朝陽を浴びたりして脳や身体を起こしてしまわないこと。

昼間、家にこもって昼寝三昧の生活をしないこと。動けるなら、昼間は出かけるなり家事をするなりして身体を動かす。

なんだかんだいっても、人は結構寝ている。連続7時間眠れなかったからといってなやむのはナンセンス。
その人に必要な睡眠はそれなりにとれていることがほとんど。

平均神話に惑わされないこと。人それぞれ平均以下ということは多いのだから。
平均以下に悩むなら、睡眠時間以外に幾らでもある。

俺の睡眠はこうなんだと開き直ることが大事だと思う。

睡眠を阻害するファクターが明らかなら、その対策が大事。
それすら判然としないのなら、自分の自然に従うしかない。

睡眠の専門家の講釈が罷り通るほど人は単純ではない。

開き直れば、結構眠れるものだと思っています。
.23 2015 未分類 comment0 trackback0

老人とジム その10 ジムは自発的デイサービスか?

今朝、ジムに行く途中、踏切のところで時折見かけるデイサービスのバスにあいました。

なんとなく車内に目をやると、数人の老人と介護士の姿が見えました。

自分は今からジムに向かっているところです。
「同じじゃないか!」と思いました。

片や、出迎えを受けてトレーニングの場所に連れて行かれている。片や、自分の意志で歩いてジムというトレーニングの場所に向かっている。

片や、運動が不自由になり、然るべき場所で身体を動かし、脳トレなどのメニューを受けるために運ばれている。
片や、身体を動かすことと脳の活性化のために自発的に然るべき場所に向かっているだけの違いで、目的は同じ。

たしかに、ジムでも脳トレのプログラムがあります。それ以外でも、各種リズムダンスのステップを覚えたり、ヨーガの手順を覚えたりする中に十分に脳トレの要素が多い。

エアロビクスやズンバなどのラテンリズムを踊りこなすには、見よう見まねでステップを覚え、通しのダンスをスムーズに踊りこなすにはボケてはいられない。

身体を動かし、筋力をも付け、脳が機能していなければやっていけないことばかりですから、目的はデイサービスと同じです。

しかし、これは老人にとってということです。

若い男性は強靭な肉体と成るべく鍛える場所であり、若い女性やいつまでも現役を目指す(?)女性にとっては美容と健康を手に入れる場所です。

ところが、老人にとっては、強靭な肉体とか美容と健康などは、まばゆいほどの高嶺の花の目的です。

少なくとも、私にとってのジムは、失った筋肉を探し求め、脳トレになりそうな要素を見つけては脳トレに励み、少しでも体力が向上すればそれだけでも上々という安堵と幻想を得る場所なのです。

彼我の差は果てしなく大きい。
.22 2015 未分類 comment0 trackback0

老人とジム その9 筋肉が減った

休日の今日、今まで避けていた「筋トレ」のプログラムに参加してみました。
驚愕と慚愧と猛省の1日となってしまいました。

このプログラムは、バーベルを使って行う筋トレですが、女性ばかりが参加しているクラスなので避けていましたし、甘くみていたところもありました。

休日で参加者も少ないので、顔見知りのトレーナーから誘われてその気になったのです。20人ほどの女性ばかりのところに入り、自分が使うバーベルの準備する段になり、さてどのくらいの重量にするか途方にくれました。

とりあえず、前後の60歳代の女性達と同じ4キログラムのものを両端に、計8キロを装着して開始を待ちました。自分としては軽すぎるが、まあ最初だからこれで様子見位の気持ちでした。

見栄を張るより、これくらいのところから始めてみようと思ったからです。
しかし、プログラムの進行につれて何度か上げ下ろしをしているうちに、非利き腕の左腕にかなりの負荷を感じてきました。

見栄を張るのを抑止したどころか、この重量でも自分にはかなりの無理があることに気付かされました。

終盤に至り、横になって上下の上げ下ろし10回が持たなくなり、8回位で根をあげたくなってしまったのです。

ところが、前後の女性達は軽々とこなしているではありませんか。
それを見ると、力が湧いてくるどころか、情けなくなりごく僅かに残っている力が抜けてしまい、10回目は上がらなくなってしまいました。

70歳前後の2年間で30キロ近くの体重を落としたのはいいが、筋肉もかなりの量を失くしたようです。

そのことが気になりジムに入会したのですが、ヨーガとかエアロビクスのほうが面白くて筋トレプログラムを避けていたことに今更ながら反省させられました。

細い身体の60歳代と思しき女性達に劣る筋力の自分を現実に見せつけられて、壊滅的な打撃を受けてしまいました。

ジムフロアーにある筋トレ機器を使い自分なりにお為ごかし程度のトレーニングはしていましたが、60分間のトレーニングは自分一人ではできません。
だから、していないに等しかったのです。

入会して、かれこれ2カ月になります。
これ以降のプログラムの選択を検討してみなければなりません。

失われた筋肉を探し求めて、数ヶ月間の苦闘が始まります。
少なくとも、50代60代の女性達並みになるのが当面の目標となります。

なんとも、複雑極まりない心境です
.22 2015 未分類 comment0 trackback0

ジムと老人 その8 ジムは身体を壊す処

入会して2ヶ月になろうとしています。
入会以来何かとジムの案内をよくしてくれる女性がいます。

その人から昨日、
「効果は出てきましたか?」と訊かれました。この人には感謝していますので真面目に応えました。そして、概略次のようなことを話しました。

・私はスポーツは体に悪いと考えている。
・私はジムを薬や食事と同じように捉えている。
・のみすぎず、食べ過ぎない。
・腹7部のつもりで運動をしている。

・インストラクターの都合には合わせない。
・インストラクターはインストラクターの思惑で指導している。
・インストラクターは客個別の身体事情に配慮ができない。仮に、そうしたくても不可能でしょう。

・インストラクターの提供するメニューを私の身体に合う範囲でとりいれている。
・ジムフロアーのマシンはバイキング料理が並んでいると思い、適度につまみ食いしている。
・インストラクターや指導員に気に入られようとしない。

・プログラムメニューは、どれほど楽しくても飲みすぎず食べ過ぎない程度にしか受け入れない。
・ジムのマシンは適度に使い、筋肉フェチと同じようなことはしない。

「元来、運度は身体に良くないのです」
「薬と同じで、不安だから飲み続けるのは良くない」
「ジムの提供するメニューは食事と同じで、自分の身体に合うものを腹七分で受け入れる方が良い」

などなどのことを話しました。
文字通り目を丸くしてビックリしている様子でした。

私がよほど熱心に取り組んでいると思っていたらしく、意外だったのでしょう。

入会当初、ジムの諸事情を知りたいのと、提供されるメニューの全容を知る為に熱心に参加していたからでしょう。

エアロビクス、ヨガを始め、あらゆる健康体操や体力アップの運動から太極拳の類までたくさんの運動が提供されますが、私が選ぶのはその三分の一ほどで、あとは不要だと判断しています。

まともに付き合っていたら、身体を壊され、副作用で寝込むことになりそうです。
不真面目程度が丁度良いと思っています。
.15 2015 未分類 comment0 trackback0

老人とジム その7 時間医学

朝、心身の調子が良くないときでも、風雨が強くなければ出かけることにしています。

ウォーキングのペースは心拍の調子に合わせてゆっくり。普段より周辺の景色に目をやり、呼吸を深くしながら歩きます。

不調な朝でも出かける理由は、
・朝の陽射しを浴びるー曇り空でも十分
・メラトニンとセロトニンの切り替え
です。
時間医学の研究結果を私が信用しているからです。

それと、できるだけ身体を動かして目覚めさせたいからでもあります。

ジムに通い始めてから睡眠の質はとても良くなったような気がしています。
毎朝、5時〜5時半には自然に目が覚めますが、ベッドインの時間が1時間ほど早くなりました。

夜9時には軽い睡魔に襲われ、10時には重い睡魔が襲来し、11時には完全にダウンです。

10時から11時の間にベッドインしますが、私の睡眠儀式である横になっての読書の必要がなくなりました。横になればたちまち寝入るからです。

それでも、長い時間の昼寝をしたらそうはいきません。
1時間、2時間の昼寝をした夜は就寝時間が遅くなり、睡眠の深さが足りません。

30分以上乗る電車の中、自宅で読書などをしているときに睡魔に襲われるとひとたまりもありません。

鳥と卵の例えではありませんが、私の場合は、朝の行事のメリハリが悪いとき。
睡眠の質が悪いとき。
胃腸の調子が悪いとき。何かの行事で平素の生活のリズムが狂ったときなどが原因です。

老人の残り少ないリソースを大事にするなら、質の良い睡眠は必須事項だと思います。

毎朝の起床時間を同じにする。
朝の陽光を浴びて睡眠から覚醒に切り替える。

適度な運動で身体に疲労を感じさせる。
社会や人間関係による適度なストレスを感じる。

食事の量と質。運動の量と質。休養の量と質。ストレスの量と質。そして、睡眠の量と質。

これらのどれか1つがうまくいっていないと、そこからの皺寄せが全体に及び心身の不調を引き起こします。

現役であれば、これらの生活の基本に加えて、仕事の量と質、成功と失敗、人間関係の強烈なストレス、家庭の諸問題などがあるわけですから、人が健康的に生きていくことは殆ど不可能ではないかと思うほどです。

これらをくぐり抜けて高齢者と呼ばれて今や社会の厄介者とされている人達は恵まれている(?)と言えましょう。

恵まれているということは、嫌われ、疎まれ、厄介者扱いされるものです。

心身のリソースを大事に使って、もうしばらくは嫌われ者、厄介者を演じていきましょう。
.09 2015 未分類 comment0 trackback0

老人とジム その6 朝のウォーキング


ジムに入会して50日くらいになりました。

猛暑の今夏、夏休みと盆休みをジム通いに当てましたせいか、あっという間に夏が終わったら、いきなり秋本番のような日々に少なからず戸惑っています。

「そんなに熱心にジムに通っているのに、朝のウォーキングもしてるのか?」と、先日、友人に訊かれました。
凝り性で、さんざん凝りまくってさっと身を引く私の傾向を知る友人は、現在進行形のジム通い症候群に罹っている私を多少揶揄気味に笑っているのかもしれません。

ジムのシステムに精通し、ジムの方針やインストラクターのレベルを知り、このジムというムラ社会の人間模様を探るためには一時期、集中的に通い詰めるのが私の遣り方です。

朝のウォーキングとエクササイズは継続しています。

これは、私にとってその日のコンディションを判断する総合診断科の役目もあるからです。

睡眠は足りているか否か。
スッと起き上がれるか。
身体が重くないか。
心拍に異常はないか。
目のぐあいはどうか。
足と手の指に力が入るか否か。
出かけて運動をする気力の有無。
肌の色艶は。
爪の色は。
排便排尿の調子とその形状や色の判定、

これらを総合的に判断してから、出かけるかどうかを決めます。

老人の残り少ない身体的リソースですから、慎重に検討してから行動するようにしています。

毎朝のウォーキングとエクササイズとラジオ体操は私の生活の定番であり、1日の開始のリズムになっています。
これに、ジムが加わったのですから身体は対応に苦慮しているのかもしれません。

だいぶジムの事情も分かってきましたから、ジムの方の調整はしなくてはなりません。

根性監督に率いられ、使い込み理事長が経営する頑張る学園の生徒ではないのですから、その日のコンディション、その日の身体からの申告に耳を傾けた上での運動でありたいと思っています。

とは言え、江戸末期人の祖父母と明治生まれの両親を持つ昭和初期人の短所である、合理を尊びながらも不合理にあえて突撃する精神をコントロールすることは結構難しい。

「年寄りの冷や水」どころか、「年寄りの氷水」という愚行をやりかねない自分の性格が厄介なことは確かです。

つまり、かなり無理をしていることは否定できません。
.09 2015 未分類 comment0 trackback0

老人とジム その5 心地良い劣等感!

ヨガで体が曲がらない。
エアロダンスで一拍遅れる。
ステップ昇降運動で躓きそうになる。
ズンバの回転で目眩がする。

何をやっても人並みにできない。
クラスの劣等生以外の何者でもない。

空いた時間があれば取り敢えずジムに行き、手当たり次第にスタジオプログラムに参加しています。

現在は6〜9月のプログラムを実施中のようです。私は7月半ばの入学ですので、授業に遅れた新入生ということになります。

他の皆さんはすでに各種目に習熟していますので、それはそれは見事に演技をしています。

エアロビックダンスも、ヨガも、ズンバダンスもインストラクターによって内容が異なり、私は戸惑うばかりです。

一人だけもたつく爺さんがいる。
これが、私の現状です。

それも、あろうことかセンターに居る。
インストラクターのど真ん前でできの悪いジジーがもたついている。

本人は劣等感を感じながら必死の思いでインストラクターを見習っているのです。

センターに居るのは、多少左の耳が聞こえにくいので、インストラクターの説明しながらの演技が聞こえるようにとしているためですが、もたつく割には図々しい奴だと思われているでしょう。

静止していれば、姿勢の良い白髪の老人です。しかし、ひとたび動き出せば、一人だけペースに乗れずに勝手な動きをする目障りな老人。

多分、疎まれているでしょうね。
鬱陶しい奴だと嫌がられているでしょう。

しかし、私自身は、心地良い劣等感を味わっています。
出来ない自分のことがとても心地良い。

皆さんに追いつこうという気があまりない。身体を動かしていることで十分満足しているのです。

他人に勝とうとか、褒められようとか、表彰されようとかの気がまるでない。

あんな婆さんがとてもうまく踊っている。負けてなるものか!という気にならないのです。

皆さんのペースを乱しているのではないかという気遣いもしない。
マイペースで愉しんでいます。
恐らく、皆さんは自分事が精一杯で他人の事など気にしているはずもないのではないでしょうか。

心地良い劣等感。
こんな感じを生まれて初めて味わっています。
.09 2015 未分類 comment0 trackback0
 HOME 

プロフィール

Author:須藤文弘




歯科医師(1942年2月生まれ)
医事評論家
歯科医療コンサルタント
NPO法人日本歯科保健機構 理事長
東京医科歯科大学 昭和43年卒

 

最新トラックバック

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR