パチンコが認知症を予防?

光や音で娯楽を演出するパチンコを介護現場で役立てようと、桐生市の中古パチンコ台販売会社が、福祉向けの台の開発を続けている。

先月末からは市内のデイケア施設など2か所に試験的に設置。関係者は、玉の方向を考えたり、指先の力を調節したりすることが認知症予防につながると期待する。

 「あらやだ。大当たりがきちゃったわよ」。桐生市川内町の通所介護施設「モン・クール」に週2回通っている片所豊子さん(90)が声を弾ませた。
 広場の脇に設置された台が赤く点滅し、玉を引き込む中央の「羽」がパタパタと動き出す。「ここからの微妙な力加減が難しいのよ。どこに打てば入るかって考えながら打つから夢中になっちゃう」と、玉の行方を真剣に見つめる。

 施設長を務める柿沼博昭さん(47)は「試験的に導入したが、予想以上に楽しんでいる人が多い。考えながら指先を動かすのでリハビリにもなります」と振り返った。
 台を設置したのは、全国に中古台を通信販売する「グローバルスタンダード」(桐生市小梅町)。利用者が玉を口に入れないように受け皿の上にアクリルのカバーを付け、音や光も控えめに調整した。

 社長の野口智行さん(32)が介護現場向けの台の開発を始めたのは、2年前。テレビ番組で「お年寄りがゲームセンターに集まっている」というニュースを見たことがきっかけだった。同時期に、全国の老人福祉施設からの注文も増え、本格的な開発を始めた。
 
軟らかいボールを握る動きや、カスタネットを鳴らす動きなど、介護現場でリハビリとして導入されている動作を使った操作方法も開発しており、今後、実用化を検討する。

 野口さんは、「パチンコというとギャンブルというイメージを持つ人もいるが、目や耳、手足を複合的に動かすことで脳の刺激にもなる。
パチンコを経験した施設利用者も増えるので、専門家にも意見を聞きながら開発を続けたい」と話した。 (以上 ネットより引用)

私の周りにはパチンコ好きはいませんが、90歳の伯母がパチンコをよくしているようです。
未だに歌舞伎だの音楽会を始め民謡クラブや鎌倉彫りなどの趣味の会に通い、日常生活は全て一人でこなしている伯母です。

友達も多く、先日は秋田の温泉旅行をこなして元気に戻ってきたようです。
15年ほど前に乳がんで片方の乳房を切り取った人とは思えない生存の実態です。

パチンコが認知症予防に効くという発想はまるでありませんでしたが、こうして記事を読んでみるとあながち荒唐無稽なことではなさそうです。

施設などで導入されて、老人たちが愉しく過ごす様を想像するするとなかなか慧眼かと思います。

商人のあざとさを云々するより、この場合は商人の勝ちのようです。
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.26 2015 未分類 comment0 trackback0

清澄白河 話題のカフェと『健康同好会のオバサンたち』

先日、カメラ仲間と清澄白河の岩崎邸に撮影に行きました。岩崎邸は6年ぶりでしたが変わらぬ佇まいで安らぎます。

平日でしたが、外国人観光客が数組来ていました。大声で甲高く喋るのがお好きな某国からのグループがいなくなるといつもの静寂が戻り、撮影もはかどりました。

帰路、「そう言えばこの辺りに流行りのカフェがあるそうだから寄ってみないか」との提案があり、夕方まで間があることだしということでスマホのガイドで訪れてみました。ブルーボトルコーヒー清澄白河店です。

並んでましたね。約50人位。
若者が多いのはわかりますが、シニアのご婦人が多いのは意外でした。

ブルーボトルコーヒーとは、
クラリネット奏者だったジェームス・フリーマン(James Freeman)氏がその道を諦めた時に、彼のもう一つの情熱であるコーヒー、それも本当に美味しいコーヒーを作ろうと決心し2002年8月に自宅のガレージで始めたのがブルーボトルコーヒーである。

”自宅のガレージ”で始めたことから、コーヒー界の”Apple”と言われる所以があるようです。

清澄白河には日本に於ける焙煎の工場を作り、一号店のカフェを併設したらしい。工場の一角に、流行りかもしれませんがバラック小屋のような店です。

昭和人としては、中途半端で落ち着かない店構え。若者はこれがいいらしい。
と言うよりは、アメリカがやることなら人間以下の扱いでもトレンドだと言って信奉する若者たちらしい傾向なのでしょう。

50人位の行列の後に並んではみたものの馬鹿馬鹿しくなり始めた頃に、我々の後ろに50代とおぼしき女性のグループ5人が並びました。

「長生きできるんたって珈琲を何杯も飲めば」とか、「お茶と珈琲はとにかく健康にいいんだってよ。TVで言ってたわよ」と、TVの受け売りの情報交換と言うか、知っていることの放談会のような騒ぎでした。

私たち爺いグルーブはウンザリして誰からということもなくその場を離れてしまいました。

並ぶのがアホらしいことと、
『健康』、『長寿』と声高に叫ぶオバサンたちに辟易したからです。

がん研究センターと東大の研究グループにより、お茶と珈琲の健康効果が最近発表されたことは知っていますが、随分ラフな研究だという印象です。

でも、『健康同好会のオバサン達』には格好のネタでありカフェで井戸端会議のお墨付きを得たようなもの。
序でにケーキにパクつくのだから、どこまでが健康に良いのかわからなくなる。

眉唾ものの研究発表のような気がしてなりません。珈琲党の私には朗報のようですが、俄かに信じるわけにはいきません。

少なくとも、お茶の農薬には気をつけたほうが良い。

お茶を飲むときは、無農薬が保証されている場合を除き、お湯を注いですぐに飲むのではなく、急須に注いだお湯を
一度全て捨ててください。

熱湯をかける事で、農薬が染み出てきます。それをいったん全部捨てるんです。
そして二杯目からは湯呑みに注いで大丈夫です。これで農薬を飲む量がかなり少なくなります。

珈琲についても、一日3杯くらいに止め、夜8時以降は飲まないことをお奨めします。安眠のためです。

行列を離れホッとしながらも足取り重く駅に向かって歩く爺い4人は、何故か寡黙でした。
.25 2015 未分類 comment0 trackback0

漏らしていた老人

私が住んでいる街に、地下鉄の始発・終点駅があります。

ある日、電車を降りようと読書していた本を鞄にしまい立ち上がろうとすろと少し離れた位置に、気持ち良さげに眠り込んでいる老人が居ました。

近づいて肩を軽く叩き、終点であることを告げますと、人の良さそうな顔を上げ照れくさそうな笑顔で応じてくれました。

深く腰掛け身体が沈むよう状態で小柄な身体を捩らせながら立ち上がろうとしていたので、手を貸しながら立ち上がらせました。

するとどうでしょう、ズボンのお尻の辺り一帯が濡れているではありませんか。

私の方が周章狼狽しましたが、本人は何ら気にかけることもなくサバサバしていました。
「へへへ」と照れ笑いをしてはいましたがさして気にする風やでもなく立ち上がってスタスタと歩き始めました。

ホームからエスカレーターをのぼり改札口まで、多少の臭気は気になりましたがズボンの大きなシミを少しでも隠そうと後にぴったりつきながら歩きました。

老人の『尿漏れ』には他人事ならず関心を持ってはいますが、このようなかたちでその実際を見ることになるとは想像外でした。

私は今のところその兆候はありませんので、このシーンは衝撃的でした。
オムツを装着して外出すれば問題ないのかもしれませんが、なんとも遣る瀬無い。

『情けない』、『遣る瀬無い』日常が他人事ではない。そんな日がこれから来るのかと思うと、齢を重ねることが憂鬱になってしまいます。

先日の、『今日をどうして過ごす?』と問いかけた老人いい、この『お漏らし』老人も感じの良い好々爺です。

遠くから見れば元気な良い感じの老人です。しかし、個々にはさまざまな症状を抱えているということです。

現在73歳ですが、『75を過ぎると何かと違ってくるよ』とか、『80を過ぎるとガクッと違うよ』と先輩たちからアドバイスされますが、まだ実感はない。

自分という個体には何がどのようなかたちで発現してくるのか予想がつかないところが不安であり、不気味でもあります。

何が起きるのか楽しみに待っているなんて強がりは言ってられない。
何らかの対策を打ちながら症状の発現時期を遅らせるしかないのですが、今更何をすれば良いのか定かならずというのが真相です。

抗酸化、坑糖化を意識した食事と適度な運動と睡眠。
便秘をしないような食事とストレスリリース。
生来の貧脳をさらに劣化させない、歯を保ち目を酷使しない。
などの普通のことしかできない。

尋常ならざる老人を見るにつけ我が身を思い知らされます。

積極的で明るい老人の在り方などという文章を読めばますます消極的で暗い気持ちになってしまうのは、そのような文章は若い人が書いているからです。

老人にはそのような文章はとでも書けない。なぜなら、書いている最中にも老化が進行しているからです。
すべての言葉が絵空事であり、理想空想にしか過ぎないからです。

かといって、悲観的になってはいけない。苦渋に満ちた表情は、若い時分にはそのような男が好きな女の気をひくための演出にはなるが、老人がそれをやっちや〜お終い。

老いを先取りして『遣る瀬無く』生きるより、老いを忘れて『勘違い』して生きている方がまだマシ。

かくして、今日も勘違いしながら元気で溌剌らしく生きてますよ。
.24 2015 未分類 comment0 trackback0

今日、これからどのように過ごすのか?

錆び付いた脳と焦げ付いた身体を調えるために、仕事に出かける時、電車に乗る前か降りた後に喫茶店でコーヒーを飲むひと時を大事にしている。

ある朝、地元の喫茶店で寛いで出ようとしたら、店に入ってきた老人からいきなり話しかけられた。

「あんた これからどうする?」
見も知らぬ老人からのいきなりの問いかけにしばし呆然としていると、
「これからあんたがどのように一日を過ごすのかを知りたいのだ」
と、重ねて訊かれ、少し事態が飲み込めた。

私は、
「これから仕事に行くんですよ」
と、彼の質問(訊問のような気迫でしたが)に答えました。

すると、
「なんだ、まだ仕事してるのか。そんな奴に用はない」と、けんもほろろに突き放されてしまいました。『そんな奴』と言われ些かムッとはしましたが、概ね感じの良い老人でした。

やっと事態が飲み込めました。
80歳くらい(年寄りの年齢は分かりにくい)の老人です。

毎日が日曜日の生活が長く続くうちに、何をやっても感度もなく面白くもなくなったのでしょう。同じことを繰り返すことに耐えられなくなった。

ただ、身体も元気で気力もあるのでしょう。やや、自尊心と見栄を張る気持ちが衰退したと思われます。

眉間に深いシワを刻みつまらなそうにしている老人よりは、見知らぬ老人に声をかけてでも一日をいかに過ごすかのヒントを得ようとする積極性がある此の老人には好感を持ちました。

私が仕事で出かける日でなければ、
「少し話しましょうか」
とでも言って、彼の相手をしてみたいと後ろ髪を引かれる思いでその場を離れざるを得ないのが心残りでした。

ふと気になり振り返りますと、その老人が笑顔で手を振って居ました。
好感度の高い『奴』だなあとホッとしましながら、心の中で、「こんどゆっくりね」と呟きながら改札口を通過しました。
.24 2015 未分類 comment0 trackback0

ノルディックウオーキングが流行りそう!?

最近、私がウオーキングをするエリアにもストックを二本持って歩く老人がちらほら目につくようになりました。

腕を動かさずに歩く人に比べて、腕を使いかつ身体の後方に動かす此の歩き方の運動量は大きい。両手両足がよく動くその歩き方はいかにも運動効果が得られそうです。

若い人たちは、ジョギングの人が大部分なので心配ないが、此のノルディックウオーキングをする人が増えてくると、狭い日本の道路では危険だし、操作が上手くできない老人たちの中で盛んになると事故も多発しそうです。

スキーヤーがシーズンオフに練習として行う行為だとすると街中で行うのは間違っている。

傘を横に持って手を振りながら雑踏を歩く不心得者が居ますが、彼らはそのように歩いても何の障害もないローカルの出であるから、何度か注意されればそのうち学習するでしょう。

しかし、老人がノルディックウオーキングを始めると危険度はかなり高くなることは想像に難くない。

リズムもテンポも乱れる、ストックをあげる高さも一定でない、ストックに気を取られて足元が狂って転倒、など、後ろを歩く者にとっていつ何が起きるか分からない危機的状況となる。

ノルディックウォーキングは、
2本のポール(ストック)を使って歩行運動を補助し、運動効果をより増強するフィットネスエクササイズの一種である。

もとは、クロスカントリーの選手が、夏の間の体力維持・強化トレーニングとして、ストックと靴で積雪のない山野を歩き回ったのがはじまりである。

北欧ではスキーウォーキング、ポールウォーキング、フィットネスウォーキングとも呼ばれる。

日本国内ではポールを突いて後方に押し出して推進力にするものをノルディックウォーキング、前方に突いて歩行を補助するものをポールウォーキングやノルディックウォークと呼び、ポールウォーキングやノルディックウォークは本来のノルディックウォーキングとは区別される。(ウイキペディアより)

ストックの市場が開拓されたとばかりにいまから宣伝も盛んになり、歩き方教室が開かれ、実技講習会が開催され、それなりの市場が形成されのでしょう。

ゴルフクラブを振り回すことは公園などで禁止されている。
此のノルディックウオーキングも公園や人通りの多い所では禁止となることは明らかです。

実は、私はストックを購入しました。
歩き方を練習しているところです。
狙いは、これを機にたまには遠くの山野でノルディックウオーキングをしたいからです。

一度、毎朝のウオーキングで試してみましたが、後方に危険エリアを作るので落ち着かないウオーキングとなりました。

折り畳み式のストックを買い、リュックを背負ってどこかの山里にでも行かなければ安心できません。
これから何回できることやら‥。
.24 2015 未分類 comment0 trackback0

動かない生活

『応用生理学ジャーナル』にフランク・W・ブース等が発表したものに。『動かない生活がもたらす20以上の代表的慢性疾患』が発表された。もう、10年以上も前のことだ。
肥満もそうだが、そこには数多くの文明病が含まれていた。

うっ血性心疾患 冠状動脈不全 扁桃炎 心筋梗塞 高血圧 脳卒中 2型糖尿病 脂質異常 胆石 乳がん 結腸がん 前立腺がん すい臓がん ぜんそく 慢性閉塞性肺疾患
免疫機能不全 骨関節炎 関節リウマチ 骨粗しょう症 さまざまな神経疾患
などである。

このうち、慢性閉塞性肺疾患は非活動性と直接の因果関係はないとされている。しかし、発症しても運動によって改善が可能であることは明らかである。

上記の疾患が、社会に多大な医療費を負担させている事実を思うと、運動によってそれを防ぐ、あるいは治癒するということは大いに周知させるべきである。

しかし、医療費削減の論議の場において、それらの疾患が『動かない生活』に原因があることが論じられることはない。

現在TVで頻繁に流される『禁煙外来』の宣伝で(実際には製薬メーカーの宣伝)、禁煙すれば十年寿命が延びると喧伝している。
同じ本人が、喫煙を続行して寿命を終えることと、禁煙して寿命を終えることができない以上、10年という数字を明らかにはできない。
推計学、統計学をいかに駆使しても無理なものは無理だ。
『禁煙』は悪いことではないが、こんな無責任な宣伝が行われる割には、あえて触れられない聖域があることもまた確かである。

マイカーをやめて出来るだけ歩く生活をすれば、多くの疾患を免れるし、寿命が10年延びるという宣伝は行われるはずがない。
パソコンやスマホを止めて運動をすればかなりの疾患から解放されるが、そのような方向にはならない。

マイカーを所有して、非活動的(身体の)生活をし、食生活などを切り詰めて自動車関連の諸経費を払っている多くの庶民の生活は本末転倒だとは言わない。
もし、車を止めるために服用すべき薬が必要なら製薬メーカーが・・それでもあり得ない。

資本主義社会が回らなくなるようなことは絶対にしないことは当然である。
一方で、健康を推進しながら、一方で不健康な生活を推進するという、壮大な矛盾が現代の社会である。

時間をかけてコンセンサスを作り上げた『禁煙』が目下のところ金科玉条のスローガンとなっている。勿論、『禁煙』と『喫煙』を比較すれば、当然非喫煙の方が良いということは明らかのようであるから、そのこと自体を批判するものではない。

健康維持のために『運動をすること』をもっと本気で国民に推奨すべきであろうと思う。

キレる子供、キレる若者、キレる老人の問題。
子供たちの学力向上と精神の健全なる発達に『運動』のもつ効果・役割は計り知れない。

基本的に、生物として、動物としての生活を犠牲にしている現代人につける薬の最良のものは『運動』であることを強調したい。

運動をカプセルにして販売できなかと妄想している製薬コングロマットがあるかもしれない。
『嘘』をカプセルにしたり、錠剤にして巨額の利益を上げている『これこれ詐欺』や『それそれ詐欺』がおおっぴらに行われている現代ですから、あながちあり得ない話ではないのかもしれない。
.18 2015 未分類 comment0 trackback0

睡眠と寝具 温度調節の大切さ

人間は、人生の1/3~1/4の時間は寝ていることになります。
その睡眠の質次第で健康が左右されることはよく知られていることです。
そこで、健康的な睡眠のとり方について様々な方法が提示されています。

・早朝に太陽の光を言って時間浴びる。
・早朝のウオーキングなどで、睡眠時のメラトニンの分泌をはかる。
・カフェインの摂取は終身3~4時間前まで。
・就寝2時間前に入浴し、40℃くらいの温度で15分くらい、身体をじっくり温め、深部体温を徐々に下げる。
・昼寝は、午後三時以前までに15分から30分位にする。
・就寝時間間近までスマホやパソコンやTVのモニターをみない。
・枕の高さ固さは適正であるか。
・etc

などが推奨されています。
食べ物飲み物に至っては、睡眠医学専門家によってさまざまな物が挙げられており、それなりに効果があるのでしょうが、人それぞれに合うもの合わないものがあり選択に苦慮することも事実です。

推奨されている事柄のほとんどは、安眠を得るために予めしておいたほうが良い事柄です。
しかし、実際に就寝してからのことで看過できない大切なことがあります。

私も安眠と熟睡の確保には大変苦労しています。
就寝時に、副交感神経優位の状態にするためにすることと、睡眠中に交感神経が昂り睡眠が邪魔されないようにするにはどうすべきかは重大問題です。

日中の活動時でも、寒すぎたり熱すぎたりすると、交感神経が興奮し心身が落ち着かないことはよくあります。
外気温と自分の体温との相関が上手くいっているときは、そのようなことは意識に上ることはなく、快適に過ごせています。

就寝中でも同じことです。
寒くて落ち着かない。熱すぎて汗ばむようなときは、蹴脱いで片足を出したり、肩を出したりして自然に調節しているようですがそれが原因で身体が冷えて落ち着かない。


室温と湿度。夜具寝具の適正さが安眠の要諦だと思うことは常にあります。
安眠を妨害しないような寝具を選択しているか、それも、その時々で細心の配慮をしているかどうかが大事だと思います。

専門家が推奨する方法を真面目に実践している人もたくさんおられるでしょう。
一日中、安眠のために過ごし、確実に安眠を確保できている人もおられるでしょう。
しかし、現代人は、なにかと欲望に振り回されて安眠すら犠牲にしている人もまたたくさんおられるでしょう。
一番大事なことは、自分にとって必要な睡眠のための時間を確保できているか否かです。

外出時服装に気を遣うのと同じように就寝時の寝具には大いに配慮すべきだと思います。
私も歳をとってからは、四季を通じて服装には気を遣い、ショールやマフラーを持ち歩き、適宜使用することで、寒暖差で気持ちが高ぶらないように注意しています。

睡眠に当たっても全く同じです。
寝具には細心の注意をしています。
汗をかくほど温かくしない。冷えて身体が固くならない。
軽くて湿度の調節がうまくいく布団とシーツなどの試行錯誤を繰り返しています。
なかなか、理想的にいかないのです。
もっともっと検討の余地がありそうです。

余計なことですが、夫婦でもベッド・寝具は別にすべきでしょう。
温度調整能も、体調も違うのですから、結婚初期のめくるめくような時期が過ぎたら個々の身体の事情を重視したほうが良いでしょう。

睡眠を犠牲にしてまでも追い求めるいろんな欲望は捨て去ったほうが良いでしょう。
男女ともに「男捨離」まではする必要はないと思いますが、睡眠を削らなければ得られないような欲望は「断捨離」したほうが良いでしょう。
.13 2015 未分類 comment0 trackback0

彼奴の頭の中は筋肉仕様だ・・・コアラとホヤの脳

この言い方は、あながち間違ってはいない。
運動によって、筋肉は鍛えられるが、どうやら脳神経も運動によって鍛えられるようだ。

進化とは進歩であり、より大きくなり、より賢くなり、より複雑になり、場合によってはより美しくなり、と望ましい方向に進んでいくというのが相場になっている。
生物が、複雑になっていくのには膨大な時間がかかるので、複雑な生物はあとになって生まれてくるのが大方だが、生物の中には単純なものがあとになって生まれてくるものがある。

この例としてよく挙げられるのが、あの「コアラ」だ。

コアラの進化の歴史の初期には、その食性は多様だった。
生存競争に敗北を重ねてきた歴史を背負っているコアラは、いまやユーカリの葉しか食べず、ユーカリの木にへばりついて生きている。

その食性ゆえに、オーストラリアの至る所にあるユーカリの木を住みかとし、ユーカリを食べ、その木から離れることはない。
昼夜、木の枝に座り、世の中の推移を眺め、時折訪ねてくる人間たちを見物して、時には人間をからかいながら、日柄一日を過ごしている。

しかし、昔からそのような生き方をしていたわけではない。多様な食性の時代があった証拠が頭部に残っている。
コアラの脳は頭骨のスペースを満たしていない。

つまり、生活が単調になるにしたがって「脳が縮んだ」からであって、コアラの場合の進化はまだ、現在の脳の容量に合わせて頭骨を小さくできていない。だから、小さな脳が大きな器の中でころころしている。

一種類の食料と動かない生活。
進化に由来する大きな脳を失ったことはひとえに動かない生活が原因なのでしょう。

一方、ホヤはどうか。
未発達の神経系を持つ原始的な海生生物であるホヤは、生まれたばかりの時は海中を     しきりに動き回り、食糧の豊富な場所を探し回る。
そして、その場所を見つけるとそこに定着してしまう。

するとホヤは、自分の脳を食してしまう。
なぜなら、もう泳ぎ回って食料を探す必要がないから「脳は要らない」というわけだ。

動物は、生きるか死ぬか、食糧を求めて動き回らなければならなかった。
そこでは、「闘争か逃走」の局面にさらされ、記憶と経験、工夫と知恵で脳を大きく発達させ進化してきた。

運動と脳は密接に関係している。
そして、使われないものは消滅していくという原理が働く。

つまり、人間の場合も、動かなければ脳神経は委縮していき、脳は小さくなってしまう。
反対に、脳は運動によって脳神経細胞の新生が行われたり、シナップスの新たな連絡網ができあがり、脳の老化の先送りができるということである。

日本の各地で、認知症予防のために「脳トレ」が盛んにおこなわれています。
とても結構なことですが、基本的に運動が必要です。

.11 2015 未分類 comment0 trackback0

歩幅をもう10センチ広く

疲れているわけでもなく、身体を重く感じているわけでもないのに、ウオーキング中やタウンを歩行中に靴の底をズズーッと擦っていることに気付いたのは一か月ほど前のことです。

「足摺り3年」。
永田町では、足を擦りながら歩き始めると3年以内にはあの世に逝くということで、密かに期待される(?)と言われます。
私に場合は、早く逝くことを待たれるほどのことは無論ありませんが、強いて言えば、極々身近な者たちが密かに、なのかもしれません。

原因は、歩幅が狭くなり、次の一歩の際につま先がちゃんと上がっていないからであることと、ウオーキングシューズが原因だろうと思います。

歩幅が狭くなるのは「老化」。
ウオーキングシューズが原因とは、軽すぎるということだろうと思います。
各メーカーは新製品を開発したと言っては目新しいものを発売しますが、肝心なことは、古今あらゆるスポーツシューズの効果については科学的・医学的に検証されたことはありません。

「医学的」というと、最近は商業主義がちらつきますのでかえって信用性がないともいえます。私は、「医学的」よりは、このような場合は「生物学的」とか「動物学的」という方に信頼性の高さを感じています。

厚労省がウオーキングの試算に用いる平均歩幅は70cmということらしい。
私も、普段のウオーキングでは70cmを標準値としています。この歩幅で一日の歩行時間のうちの30分以上を目標としています。

それ以外に時は、おそらく60cmくらいの歩幅になっているのではないかと思います。
それに気づいて、歩幅を70cmに広げると「いかにも歩いています」という感じになって、なんとなく気恥ずかしい。

他人が歩幅を広くとって歩いているのを目にすると「偉く気張っているな~」という感じがしますので、70cmの歩幅をキープするときは人目の少ない道路を歩くときか、早朝のウオーキングの時に限っています。

ところが、街中で見まわしてみますと、ほとんどの人が70cmよりは狭い歩幅で急ぎ足で歩いている人が殆どのようです。若い人たちですらそうですから、高齢者に至っては何をか況やです。

「歩幅80cmで人生を変えよう」
このような記事を最近見かけました。

短足の私にとって、80cmのハードルは高い。
「足腰の強化と健康のために、私は歩いてます~!」という感じでないととてもこの歩幅は保てない。

この歩幅で、連続30分以上なら理想的。一日の歩行のうちトータルで30分以上なら合格ということらしい。
私は、朝のウオーキングで30分。その他でトータル30分以上になるようにしています。
この歩き方なら、つま先は上げざるを得ないし、踵から着地しなくてとても歩けたものではありません。

+10cmの効果は、
・正しい姿勢が取れる
・姿勢を正すことで、身体の力が抜ける
・集中力が高まる
・インナーマッスルで一番大きな大腰筋が鍛えられる
・すると、使う筋肉量が一気に上がり代謝が上がる
・テストステロンやドーパミンの分泌量が増える
・すると、堂々としたアクティブな感じになり男らしさが増す
・筋肉量と自信は比例するということになる
ということらしい。

多少恥ずかしくても、歩幅を10cm広くして「私は歩いてます~!」というくらのに感じで
元気よく歩いてみましょう。

歯を食いしばって必死の形相にならないように気を付けてください。
筋肉骨格だけではありませんからね。
心臓や肺の問題もありますから。
夫々、個々の事情の範囲で頑張ってみましょう。
.07 2015 未分類 comment0 trackback0

坂田利夫、自宅で転倒し大腿骨骨折! 

お笑い芸人、坂田利夫(73)が4月末に自宅で転倒して右大腿(だいたい)骨を骨折し、大阪市内の病院に入院していることが3日、分かった。人生初の入院生活で、近日中にも手術を予定しており、今月の仕事はすべてキャンセル。さぞや落ち込んでいるかと思いきや、関係者によると、独身の師匠は病院内で美人看護師を口説き、“婚活”に励んでいるという。「思わぬチャンス、到来やがな」と元気いっぱいだ。(

関係者によると、坂田は先月28日に大阪市内の自宅でつまずき、転倒。起き上がろうとしたが、足に力が入らなかったため、マネジャーらに電話し、タクシーで病院へ。検査の結果、医師から右大腿骨骨折と診断され、そのまま入院することになった。

 高齢で自然治癒力に頼ると時間がかかるため、近日中にも手術を受ける予定という。6月以降の仕事については医師の判断を仰ぐといい、坂田は「早く治して舞台に立ちたい」と早期復帰に意欲を燃やしている。(以上、サンケイスポーツ)。

座敷遊びの幇間を彷彿とさせる軽妙な芸風を私は好きです。
体型といい、容貌といい、「お笑い芸人」として実に恵まれた風体。
「アホの坂田」として、お笑いに徹底している彼の芸は、外連味がなく、飄々とした枯れた芸で、私は昔からファンでした。

1941年(昭和16年)10月生まれですから、私とは同学年になりますので、この骨折には一方ならぬ関心を抱きました。
最近はあまりみることはありませんが、舞台を飛んだり跳ねたりしているのですから、「転んで骨折」という報には意外でした。

軽量級ではあるし、稽古や舞台で鍛えられた体でしょうから、このまま長期入院、認知症という経過をたどることはないでしょうが、年齢的に心配ではあります。と同時に他人事ではないと気を引き締めている次第です。

最近、同年輩と一緒に歩いていると歩幅が狭くなったことに気付かされます。それとなく観察してみると、足の上がり具合にも微妙な衰えが見て取れます。

毎朝のウオーキングの折にも、高齢者の足はほとんど上がっていません。
それを見るたびに、私は意識して足を上げて歩くようにしていますが、なんとなくぎこちなく感じるということは、私の歩き方にも衰えが出ているということなのでしょう。。

こんな歩き方では、家の中は勿論、至る所で蹴つまずいて転ぶ自分を想像できますので、その都度背筋にひんやりとしたものを感じています。

アホに徹した「アホの坂田」の舞台をもう一度は観たい。
一日も早い回復を多くのファンの一人として祈りたい。

.07 2015 未分類 comment0 trackback0
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プロフィール

須藤文弘

Author:須藤文弘




歯科医師(1942年2月生まれ)
医事評論家
歯科医療コンサルタント
NPO法人日本歯科保健機構 理事長
東京医科歯科大学 昭和43年卒

 

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