アンジェリーナ・ジョリー 監督作品の非公開

以前、遺伝子診断で乳がんに罹患する確率が高いということで乳房切断除去をして注目されたハリウッドの女優であることはよく知られています。
その彼女は、最近、卵巣と卵管を除去したらしい。

やはり、遺伝子診断で同部位のがん罹患率が高いということで除去したということで再び注目されています。見かけどおりの大胆な女性で、他のことと異なり、おいそれと追随するわけにはいかない大英断といえます。

人として、女性として深謀遠慮の末の英断だとは思いますが、一部のアメリカ人の合理的思考に彼我の差が大きく、あらためて感服の極みです。
彼女の強烈な思考法は、アメリカでも賛否両論の大きな渦が湧いているそうです。

ここでは、そのことではなくて、彼女が初めて監督をした映画の話です。
「アンブロークン」という映画で、米国人元オリンピック選手であるルイス・サンペリーニが主人公。
(以下、ネットより引用)
アンジェリーナ・ジョリー氏の新作の映画が日米双方の波紋を引き起こしている。映画『アンブロークン』は、ローラ・ヒレンブランド氏のベストセラー小説を映画化したもので、第二次世界大戦中に日本軍の戦争捕虜となったアメリカ人のルイス・ザンペリーニ氏を主人公にしている。

 映画の中では、ザンペリーニ氏が捕虜中に日本軍に受けた虐待が描かれているが、さらに原作では「捕虜たちが焼かれたり、人体実験で殺されたり、人食いの風習で生きたまま食われたりした」と描写されていることが問題視され、配給元のユニバーサル・ピクチャーズ社が日本での公開を思案している。

 このことを受けて海外メディアは、「そういった行為は日本が過去から学ぶ機会を奪うものだ」「日米双方ともに過去から学ぶべきだ」「過去の否定は真の和解の妨げになる」と指摘している。(引用終了)

この映画のことを知ったとき、日本での公開を楽しみにしていましたが、近頃の『自粛』の影響で鑑賞できそうにないことになりそうで残念でなりません。

こんな自粛は、日本をますますガラパゴス化することになり、世界に認識と日本人の認識の差を拡大する以外の何ものでもない。

キャスターを替え、コメンテーターを替えて、「ぼくちゃん、言うことを聞く良い子だよ」現象を競い合っているマスコミで取り上げられことはあり得ない。

なんだか「雲行き」が怪しい」段階を越えて、可視域に暗雲が差し迫る今日となりました。

アメリカの属国化の深度がまし、深刻な事態になってきている危惧をぬぐえません。

軍備を備えた普通の国になることを否定はしませんが、思想の自由と表現の自由は断固と残したいものです。

自粛の次は密告、統制、強権発動の時代が来そうな不安があります。

所詮戴きもの、到来物の民主主義が1mmも育たないうちに再び統制の世の中が戻ってきそうな気配が濃厚になっていると言えば大袈裟だと一笑に付されそうですが、あながちそうでもないのが実情ではないでしょうか。

「アンブロークン」を観ることが出来なければDVDになってから観ることになりますが、最近(昔から)語学力の衰えが著しい私としては難儀な話です。

この自粛現象一つをとってみても、これからはフィルタリングされたは金太郎飴のような情報の中で生きてくことになるのでしょうね。

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.30 2015 未分類 comment0 trackback0

座ションと残尿感

座ションとは、座って小用をたすということです。男性がです。
庭の隅で男性が座ってションするのではなく、トイレで便器に座って排尿をするということです。

株式会社バルクが男女1.045人に行った「トイレに関する調査」というのがあり、現代の男性のトイレ事情が明らかになっています。

トイレで「座りション」と「立ちション」の割合は
「座りション」が30.4%で、「立ちション」は53.3%となりました。
これは、年代別でみると、20代では「座りション」が「立ちション」をわずかに上回ったようです。

この結果は、女性が想定する半分の男性が「座ション」だろうと思っていたのを下回る結果となりました。
女性からすれば、「立ちション」は尿の飛沫などが散らばるので不潔であり、現代の男性は多分座って用を足す人が多いはずだという希望的想定を裏切りました。

ウォシュレット(TOTO社が登録商標を持つ名称)は1980年に売り出され、2011年1月には累計3000万台を突破したようです。現在では4000万台近いのではないでしょうか。

我が家では、1982年に設置しました。
その頃のウォシュレットには温風が出る機能があり、施工業者が決まり悪そうに、「お湯で洗った後、先に紙で拭いたあとに温風で乾燥させてください」と、説明してくれたのを懐かしく思い出します。

私は、この便器を導入したのを契機に、小用は座って行うことに自発的に決めました。
「男子も座して小用すべし」と紙に書き、壁に貼り付けて、来客にも座して小用を促しました。

その所為か、トイレは清潔が保たれました。家人の掃除も楽であり、飛沫が飛び散ることによる汚れも、異臭もなく、快適なウォシュレットライフを継続してきています。

ただ、私はウォシュレットでの「座ション」には問題があると思っています。

使用開始してからしばらく経過するにつれ、私の肥満が進行しました。肥満とウォシュレットには何ら関係はありません。

肥満時代に感じたのですが、下腹周辺の内臓脂肪と皮下脂肪が厚くなると、便器に坐した際に尿道が圧迫されているような気がし、幾ばくかの残尿感を覚えるようになったのです。
泌尿器の機能に障害が生じるのではないかという不安がいつもありました。

これは、便器を改善すべき問題ではなく、自分が体重を落とすことが先決であることは当然です。そのような不安を感じたころより30キロほど減量した現在は、不安は消えましたが、なんとなく達成感が足りない気は残っています。

外部で、男性専用小用便器で立って用を足したときは本当に出し切った達成感があります。
青空の下でやれればもっと爽快で気分もいいのでしょうが、そんな贅沢を現代は許してくれません。

我が家では、トイレの清潔のためにこれからも「座ション」を継続しますが、外出先で男性用便器に向かって排尿するときの幸福感は何とも言えないものがあります。

ウォシュレットでの「座ション」の残尿感については、誰も発言していないようですし、もちろんデータもありません。
ですから、私や少数の人の感覚の問題かもしれません。

腎臓内科医と泌尿器科医にこの話をしましたが、さして問題にはされませんでした。
彼らは、自宅でも「立ちション」をしているそうですから、問題意識がなかったのかもしれません。

トイレの清潔を大事にするか、仕事(排尿)の達成感を大事にするか、トイレの
中で悩むのも現代なのでしょうか。

便利さと快適さは、別の副作用をもたらすのは常識。
現代をうまく生きるのもなかなか大変なようです。
.30 2015 未分類 comment0 trackback0

修道女の脳はボロボロだった

1990年代中頃、心筋梗塞により85歳で亡くなったバーナデットという修道女がいました。彼女は670余名の修道女と同じく、亡くなったら、その脳をデビット・スノウドンという疫学者の研究に提供することになっていたそうです。

スノウドンとは、『100歳の美しい能脳―アルツハイマー病に手をさしのべた修道女たち』という刺激的な著書を出し、ミネソタ州マンケートのノートルダム修道女会の名を世に知らしめた人です。

修道女たちは、教えの言葉を常に学び、精神のあり方を探求するのはもとより、社会問題についても語り合い、常に頭を鍛える生活が常でした。
そして、その多くが100歳を超えるまで長生きをする。

なかでも、シスター・バーナデットは特に興味が惹かれる。
彼女は、最晩年まで認知力テストで上位10%に入る高成績を誇っていたそうです。

亡くなってから、その脳を調べたところ、アルツハイマー病のせいで大半がボロボロになっていた。
海馬から大脳皮質に至るまで、組織にはアミロイド班だらけ。その上、はなはだしい神経原線維変化が認められた。

さらに、彼女はアポE4変異体(後述)の保有者であった。

彼女は、人格を喪失してもおかしくないほどの認知症になっていても不思議ではなかったのですが、脳に重篤なダメージを受けていたにもかかわらず、最後まで鋭敏な知力を失うことはなかった。

スノウドンは、認知力には予備の部分があるのではないかと推測している。
脳は、損傷の埋め合わせをするために、ダメージを受けている部分の仕事を他の部分に肩代わりさせられるというのだ。

シスター・バーナデットは、最晩年になっても人々を導き、頭を働かせ続けた。
彼女は、頭を働かせ続けたことによって、その脳は訓練され、遺伝による影響を迂回させていたのだろうと推測された。

※ アポE変異体とは
認知症を発症させる遺伝子はたくさんあります。その一つが、アポリタンパク質(アポ)E4変異体です。
アポE4変異体は、アルツハイマー病患者の約40%が保有者だが、全人口の30%が保有している。
アポE4変異体保有者でなくともアルツハイマー病を発症する人は大勢いる。
遺伝子は、発症に影響するが、ライフスタイルや環境も、発症を招いたり抑制したりする原因となる。(以上)

長らく、脳細胞は死滅する一方で、他の体細胞のように再生することはないとされてきました。ところが、近年、運動により脳神経細胞の嗄声が認められ、ニューロンは再生されるということが定説になってきました。

ハーバード大学のジョンJ.レイテイは、その著書:the Revolutionary New Science of Exercise and Brain (最新科学で分かった脳細胞の増やし方)の中で、『脳を鍛えるには運動しかない(和訳された本のタイトル』とまで言い切っています。

運動をして、脳細胞を増やす。
知的仕事をして脳のニューロンのネットワークを増やす。

私たちは、生き方によって脳を活性化、呆けない生活ができるのだということを証明してくれています。
バーナデット修道女のようでありたいと思います。

(この項、ジョンJ.レイテイの著書:「脳を鍛えるには運動しかない」ないから引用させていただきました)
.28 2015 未分類 comment0 trackback0

アルツハイマー病は脳の糖尿病 Ⅲ型糖尿病か?

「血液脳関門」というものがあります。
脳の働きに大切な神経細胞を有害物質から守るバリアー機能で、アミノ酸・糖・カフェイン・ニコチン・アルコールなど一部の物質しか通さない。
脳以外での毛細血管では、内側にある細胞同士の間に大きなすき間があり、大きな分子も楽々と通過できる。一方、脳の毛細血管は内側の細胞がギッシリ並んで間隙がなく、物質が入り込めない。

脳にとって必要な物質は、血管の内側の細胞の中を通り抜けて内部に入る。血液が流れる側の細胞の表面にあるタンパク質が物質を認識し、捕まえた物質と一緒に細胞を通過するといわれている。

つまり、血液と脳のあいだには「血液脳関門」と呼ばれる関所があって、血液中の物質を簡単には脳に通さないしくみになっている。
本態は、まだよく分かっていない。
分子量の小さい物質のほうが、血液脳関門を通りやすいように思われるが、必ずしもそうでない。
[インスリン]のような大きな分子でも、楽々関所を通るかと思えば、分子量が100以下の小さな物質でも簡単には通らないものもある。

Ⅰ型糖尿病は、すい臓がインスリンを産生しない。あるいは、産生が少なすぎて、血糖の調整、制御が行われない。したがって、生涯、定期的にインスリンを注射して血糖値を適度に保たねばならない。

Ⅱ型糖尿病は、すい臓は正常な量のインスリンを分泌できるが、体細胞がインスリンの作用に無反応になる。インスリンの作用が起きるには、より多くの量が必要になる。この状態をインスリン抵抗性という。このⅡ型糖尿病患者では初期の段階では、インスリン抵抗性を乗り越えられるだけの大量のインスリンをすい臓は分泌地出来るが、時間と共にインスリンの分泌地多さがすい臓に負担をかけインスリンの産生量が減りはじめる。

近年になって、Ⅲ型糖尿病と呼ばれる3つ目の糖尿病の存在が認められるようになった。

インスリンには血糖調整以外にも重要な役割がある。
それは、通常の認知機能にも関わっているのです。

インスリン抵抗性の弊害は、身体のあらゆる臓器に及ぶ。神経は、血液中の糖分とインスリンの濃度の上昇に非常に敏感である。インスリン抵抗性が慢性的になると、神経を傷つけ、糖尿病性神経障害という状態を引き起こす。

脳細胞は、寝ているときでさえ常に働いており脳を囲む体液から絶えずグルコース(糖)を取り込んでいる。グルコースの供給が途絶えれば壊滅的な事態に陥る。それは、栄養を供給されない脳細胞・ニューロンは死滅してしまうということになる。

脳細胞が死滅するような脳の状態はどうかというと、脳内にグルコースがあふれてグルコース漬けになっていると言ってもよいようです。

細胞に取り込まれないグルコースは血中に長時間残り、血漿タンパク質や脂質と結びついて有害な物質となり、それが炎症、糖化、酸化を促進して、神経変性疾患であるアミロイドβペプチドやアミロイドプラークの形成の一因となっているのです。
なぜ、そのようになるのか。

冒頭の血液脳関門です。
全身の体細胞に引き起こされるインスリン抵抗性は血液脳関門にも起きるのです。
グルコースは通過させるが、インスリンの通過を阻害するのです。

従って、脳内に神経細胞に必要なグルコースは存在するが、それを調節するインスリンの量が不足するという事態になっています。そうなると、脳細胞は徐々に減っていくことになります。

これが、アルツハイマー病は脳の糖尿病であると言われるゆえんです。
糖尿病の人はアルツハイマー病になりやすいと言われてきた由縁でもあります。

普段から、糖分や炭水化物(糖と同じ)の摂取を控えることが大事です。
糖尿病予備軍と言われる人は特に糖・炭水化物の摂取は控えたほうが良いでしょう。

病気の状態によっては、糖質制限食もアリですし、軽度の場合は摂取を大幅に控える必要があるでしょう。

甘いものが好きな人、麺類が好きな人、ご飯などの穀類が好きな人は、好きなものを末永く楽しむためには摂取量を検討する必要があるでしょう。

「呆けないために」、あるいは、「これ以上ボケが進行しないため」にも。
.22 2015 未分類 comment0 trackback0

下戸はアルツハイマー病になりやすい?

日本人の完全な下戸は約4%だそうです。
私も下戸ですが、多少なら飲んで飲めないわけではありません。しかし、翌日に疲れが残り、強い方ではないので飲酒は避けています。
自分では下戸だと思っていますので、このアルツハイマー病になりやすいという説には関心があります。

飲酒した際、エチルアルコールが体内で退社して出来るアセトアルデヒドを分解できるか否かが愛飲家と下戸を分ける分水嶺です。

このアセトアルデヒドとヒドロキシノネナールとの化学構造がよく似ているからだそうです。アルデヒドとナールは共に(-CHO)という構造を持っているからです。
従って、アセトアルデヒドを分解できない下戸の人は、神経毒であるヒドロキシノネナールも分解できないからというのがその根拠です。

では、下戸はどうすればよいのか。
山嶋哲盛氏によれば、下戸の人は普段摂取する食用油に格別の配慮が必要だと警鐘を鳴らしています。つまり、精製された食用油が危ないということです。

ではそれはどういうことかといいますと、
ヒドロキシノネナールに問題があるそうです。
コーン油や大豆油、べに花油などに多く含まれるリノール酸が加熱されると発生する神経細胞毒が「ヒドロキシノネナール」という物質なのです。

食用油(サラダ油)の生産過程では、
生産効率を上げるために原材料にヘキサン(灯油の成分)を加えて加熱して大量の油を抽出します。このステップでヒドロキシノネナールが発生します。

次に、ヘキサンの除去と脱臭のため再び200~250℃の高温で加熱処理をします。ただし、化学薬品は完全には除去できない。このステップで再びヒドロキシノネナールができます。

そして、透明感のあるきれいな食用油として店頭に並び消費者に購入されます。
その後、家庭で、あるいは料理屋で料理の際また加熱され、ヒドロキシノネナールがここでも発生します。

食用油として、安価な食用油、サラダ油、植物油を使うなということです。
ということは、惣菜のコロッケ、天麩羅、ドーナツ、フライドチキン、ポテトチップスや揚げ物は食べるなということ。マヨネーズもです。
食品を買う時に、そのような油を使用しているものを避けよということ。

さらに、マーガリンやショートニングという加工油脂があります。
これらは、自然界には存在しない物質であり、身体にはとても有害なものです。
そうなると、ケーキや洋菓子はとても危険な食品ということになります。

人体を構成する全身の細胞の細胞膜は脂肪で出来ています。悪質な脂肪を摂取すると細胞の機能を阻害します。脳細胞においても同じです。悪質な油の摂取が脳細胞を死滅させてしまうのです。その一つがアルツハイマー病なのです。

我が家の台所からこれらの食用油を一掃してからすでに足かけ5年になります。
惣菜は勿論、外食の天麩羅、トンカツ、天丼などを食べなくなったのも同じです。
とても窮屈です。外で食べるものが無くなってしまいました。
だから、外食は例外を除いて原則として、していません。

今我が家では、揚げ物や炒め物用としてオリーブ油(エクストラバージン)とココナッツオイルと低温抽出のゴマ油を使っています。
サラダドレッシング用として、オリーブ油(エクストラバージン)、亜麻仁油、荏胡麻油を。
飲用の油として、ココナッツオイルと亜麻仁油と荏胡麻油を置いています。

かなりきつい生活ですが、医療を受けているわけでもなく、薬を何も飲んでいませんし、サプリメントも一種類だけという生活です。栄養は食事からというのが方針ですから多少エンゲル係数が高くなっても仕方がないと思っています。

かつては盛んに食べまくった美味しい外食のものは、TVのグルメ番組をたまに見てレポーター(命がけ!気の毒!)が「美味しい」「旨い」「ジューシー!」「柔らかい!」と命がけの絶叫しているのを聞いて、食べたような気になることで満腹になり満足しています。

まだまだ「呆けたくない」の一心で耐えるところは耐えています。
.21 2015 未分類 comment0 trackback0

テレビ鑑賞?テレビ観賞?

ある大手企業の面接官が嘆いていました。履歴書の趣味欄に「テレビ鑑賞」と記入している学生に「テレビを鑑賞するのですか?」とたずねると、「そうです」と平然としていたというのです。

定着している用語に、テレビ視聴者があります。視聴率というのもあります。
「テレビ観聴者」もなければ「鑑聴者」もない。もちろん、「見聴者」も「見聴率」もない。

ニュース番組を鑑賞したとも、観賞したとも言い難い。
スポーツ番組は、観戦という言葉から「観た」とは言い得る。

テレビで、ドラマを「観賞した」とは言えるかもしれないし、クラシック音楽を「鑑賞した」とは言えそうだが、バラエティー番組やクイズ番組を「鑑賞した」とも「観賞した」とも言い難い。

かといって、「視た」というほど注意深く熱心に見ることも少ない。

地上波放送の内容は、「見る」か「みる」という表現が適当な気がします。
「聞く」か「聴く」かは内容次第。

従って、テレビ業界の言う「視聴する」という機会はあまりないような気がします。

テレビの黎明期に家の中の一段高いところに置いてありがたがっていた時代は終わり、一部屋に一台の時代になり、その存在価値も変遷してきました。

まともなニュース番組を視て、ドラマを観て、コンサートを鑑賞してバラエティーとニュースショーを見たといことで良さそうです。

音声の方は、「聴く」か「聞く」かは本人の価値観次第。

そうすると、「視聴率」というのも微妙な立場になる。
「見聞率」か「見聴率」か、はたまた、「観聴率」か「観聞率」など、内容によって仕分けが必要かもしれない。

テレビの視聴率が下がったという。
そりゃそうでしょう。
事前に装着された機器で自動的に集計しても、視聴率からみるテレビ離れは進行しているようです。

もし、一人一人に当たって調べれば、「見たけど聴いていない。見て聞いただけ」とか、「確かに、視て聴きました」とかなど多様な結果が出るはずです。

新聞が「チラシ挟み」になり、テレビがCMの合間に気忙しく内容を放映するようになって久しい。

今や、テレビでは視聴者という思い表現は実情に合わなくなっている。

記述文では、「テレビを観た」というのが多いようだがこれも些か気になる。
無論、「鑑た」というのも相応しくない。

これからは、私は、「テレビをみた」と書き、さらに必要なら「ニュースを視聴した」と書くようにしたい。

報道バラエティーとその他クイズやお笑いショーは「見た」と書き、ドラマは「観た」と書いたときは良いドラマ。
「見た」と書いたときは、みるに値しないドラマということ。

総じて、これからはテレビについては「みる、見る」、「みた、見た」と表現するのが適当ではないかと思っています。

冒頭の「テレビ鑑賞」を趣味とする人は、おそらく「鑑賞するにふさわしい番組」を鑑賞しているのかもしれない。

それを、世間常識に照らして笑い者にするのは間違いかもしれない。

その表現にはその人の主張と嗜好がしっかりと込められていると思えなくもない。
.16 2015 未分類 comment0 trackback0

冬に飽きた

昨年の11月半ばからかれこれ4ヶ月あまり、そろそろ冬の生活に飽きました。
移り気な日本人とは言われますが、私も紛れもなくその一員のようです。

冬着もいつの間にか同じものを羽織るようになってしまい、そのような衣類で身を整えるといつもと同じ発想しか湧いてこない。

移動空間はマンネリ化し、思考回路も目減りするほど同じ処を堂々巡りします。
食べ物も、食材こそ微妙な変化はありますが概ね冬の定番料理となります。

春はすぐそこです。
しかし、春は長い冬のトンネルから抜け出た晴れやかな気分に浸っているうちに瞬く間に梅雨の陰湿な気候に包まれてしまう。

すると、いきなり猛暑が列島を覆い、エアコンの効いた場所と猛暑の戸外との温度差は身体に過酷な戦いを強います。

延々と続いた猛暑がその勢いを無くする10月末頃には、我々は猛暑との戦いに無残にも疲れ果て、清麗な寒さの冬の訪れを心待ちにする。

思えば、最近は春夏秋と冬の2シーズンのような気がしています。
酷暑という一時期を伴う過ごしやすぃ春秋と、豪雪を伴う極寒の冬の2シーズンです。

夏着の薄物で春が始まり、夏着の厚着で秋が終わる。冬着は全く別物ですが、ほぼ2シーズンだと思えばそれ程面倒ではない。

我が家の電気代で見ると、春夏秋の平均と冬の平均とは4倍の開きがあります。
ここ数年、このような数値で推移しています。

猛暑は短期間あるものの、概ね冬以外の季節は生活しやすくなってきているのかもしれません。

春物、夏物、秋物との厳密な仕分けが不要になった分、冬の生活に従来より配慮が可能かもしれません。

高齢者の体にとって、猛暑下での脱水など過酷な事態は否定できませんが、極寒の過ごし方に力点を置くこともたいせだと思います。

家屋においては、まず第一はトイレの設備。第二は風呂場の設備です。

トイレと風呂場を寒暖の差がないようにすることは欠かせない健康対策でしょう。

人生の冬、景気の冬、夫婦関係の冬、親子関係の冬、乗り切らねばならない、あるいは乗り切る必要もない冬が多々あります。

猛暑の一時期と、4ヶ月に及ぶ寒さが心身にどれほど大きな影響を与えるかということを思うと、冬対策が老後の生活のQOL(生活の質)を決定する看過できない要因だと思います。

春を迎えるにあたり、今年の冬を振り返り、改善の余地有りや無しやを考察してみたい。
.16 2015 未分類 comment0 trackback0

コレステロールの役割

身体のあらゆる組織が正しく機能するためにはコレステロールは大切です。
コレステロールは体のすべての細胞の中にあります。

体細胞は、脂質(脂肪とコレステロール)の膜に包まれていますし、その細胞の中の細胞小器官でさえも資質によってコーティングされています。
コレステロールは、細胞及び細胞小器官を包む膜として不可欠の物質なのです。

包む膜の構造、厚さ、透過性、変形など、細胞膜の特徴的な性質に影響が強いという点でコレステロールには比類がない。ある種のホルモン、脂質、タンパク質が細胞を出入りするためにもコレステロールが必要です。

コレステロールは細胞膜の成分の20~30%を占めており、細胞膜の一部では40%ちかくになる。
神経細胞などの細胞ではさらにコレステロールの比率は高くなる。

細胞が正常に機能するためには十分な量のコレステロールが必要です。
新しい細胞を作り、傷ついた組織を修復するためにも、コレステロールは絶えず供給され続けなければならない。

その他には
・ホルモンの前駆体
 アルドステロン、エストロゲン、プロゲステロン、テストステロン、コルチゾール、そのほか、ステロイドホルモンはすべて、もともとはコレステロールなのです。
これらのホルモンは、性分化と性行動を制御し、排卵期と妊娠を調節し、腎臓による塩分と水の排出をコントロールし、炭水化物、タンパク質及び脂質の代謝に作用する他、炎症反応やストレスに対応する機能などを含む多種多様な生体機能に大きな影響を及ぼす。

・胆汁も、もとはコレステロールです。
 胆汁は肝臓から分泌され、堪能に蓄えられる。食事をすると胆汁が消化管に放出され、植物脂肪と脂溶性の栄養素を乳化して消化と吸収を促す。胆汁は、私たちに必要な脂質の省かを担っています。

・体内でビタミンDを生成。
V・Dは、免疫系のサポート、骨や歯を強くするなどの機能があります。また、糖尿病、心臓病、腎臓病、高血圧症、がん発生の危険性の軽減にも関与しています。
さらに、脳が健康に機能するために必要不可欠だと言われています。

・免疫系への機能
血中コレステロール値が低いと、免疫系の主力である白血球の生成が不足し、感染症を排除したり、毒素を中和したり、がん細胞を駆除する力が弱まってしまいます。さらに、コレステロールは、病原菌が分泌する毒素を無力化する解毒剤の役割も持っています。

・強い骨を作り、骨粗しょう症を防ぐ。
骨組織は常に破壊と再生を行っています。年齢を重ねるにつれ、破壊が再生を上回るようになり、骨密度は加齢とともに低下する。血中コレステロールが高いほど、高齢者の骨密度は高く、骨折も少ないという関係にあります。
コレステロール値を下げれば、骨は脆くなり、骨粗鬆症の危険性は高まると言えます。

・脳のコレステロール
脳の重量は体重の2%にすぎないが、身体全体のコレステロールの25%近くが脳にある。脳では、肝臓で生成されるコレステロールを補完するために、脳の支持組織であるグリア細胞がコレステロールを作っているほどです。
脳神経細胞のニューロンの長い軸索を包む髄鞘の主成分と、脳神経細胞膜のかなりの部分を構成するのはコレステロールです。
神経組織の主成分であるコレステロールは脳内で最も多い成分です。

このような重要な働きをするコレステロール値を、人それぞれの最適量を考慮せずに、薬剤などで強制的に降下させればさまざまな不都合が生ずることは明白。
降下剤の副作用でウツになるのもむべなるかなです。

メタボ健診業界の擁護。
降下剤の副作用が危険視されているにもかかわらず処方される我が国の現状に、利権擁護と製薬資本の跳梁が前景化してきていると言えるでしょう。
陰謀論は好きではありませんが、業界の陰謀を内部告発する意見に同調したくなりますよ。
.09 2015 未分類 comment0 trackback0

コレステロール神話

 コレステロールは皆が信じ込まされているほど悪いものではない。
身体にとって重要な働きをする必須の構成要素なのです。
コレステロールがなければ我々は到底生きてはいけない。

人体は一日に約1000mgのコレステロールを作り出します。その80%は肝臓で作られ、食べ物に由来するのは20&だと言われています。

人それぞれに遺伝子によって決定されている必要にして好ましいコレステロール値というものがあり、常にその値を保とうとする。コレステロール・ホメオスタシスと言われるものです。

人によってその値は異なり、疾患があればその値は変動するが、
185mg/dlの人もいれば、260mg/dlの人、あるいはそれ以上の人もいる。
人によっては、300mg/dlが正常で最適のばあいもあるそうです。
因みに、私の値は30歳代後半からつい最近までは常に300mg/dl近い。最近まではということは、ここ一年ほどは検査をしていないからです。

降下剤を処方されたことがありますが使ったことはありません。自分にはこの阿知賀適正なのだと思い放置しています。そもそも、平均値なるものに信を置いていませんので・・。

肝臓はバカなのか?
コレステロール原因説をとる人たちは、食事として摂りいれるコレステロールと飽和脂肪酸(動物性脂肪)が多ければ多いほど血中のコレステロール値は高くなるという。
体内コレステロールのほとんどは肝臓で作られる。つまり、肝臓は材料があればあるだけひたすらコレステロールを作るというのです。

そうではありません。人体臓器はそれほど無制御ではありません。
肝臓は、成長、消化、防御に必須な何百種類もの化合物を作り、そのバランスを精巧に制御しています。

血中コレステロールは、食べるものに安易に左右されるようなものではありません。
肝臓は自ら作れるものを無差別に作っているのではなく、作るには具体的な理由があるのです。

コレステロールの産生量は、ホメオスタシス(生化学的平衡)を達成し、それの維持を行うよう、慎重にコントロールされているのです。
コレステロール原因説をとる人たちが考えるほど肝臓はおろかな臓器ではありません。

また、肝臓はコレステロールを作るのに飽和脂肪酸や食物のコレステロールを必要としません。他の脂質や糖分や炭水化物からでもコレステロールを作ることができます。

ですから、他の脂質や炭水化物を無視して、飽和脂肪酸とコレステロールだけが血中コレステロール値を上げると主張するのは理に適っていないのです。食べたものに十分な量のコレステロールが含まれていなければ、肝臓はそれ以外のものからコレステロールを作り出します。

食事から摂るコレステロールや飽和脂肪酸―卵やウニ、肉やバターなどーを急激に減らしても血中コレステロール値にわずかな変化しか見られないのはこのためです。

いまや、欧米のコレステロールの研究者たちのほとんどは、血中コレステロール値が高いことと心臓病や循環器系の病気とは関係がないと判断しています。
いまでは「コレステロール神話」と言われています。

一方、日本では、「コレステロール含有が少ない」、「コレステロールを減らす」と謳えば、それは「健康食品」であると持て囃され、動脈硬化などにならなくて済む「よい食品」と思われています。

降下剤の莫大な利益は隠された重要な副作用の上に成り立っています。日本社会に縦横に張り巡らされた強固な神話の呪縛から解放されるのは何時のことになるのかわかりません。

これもまた、前回記した米国の新見解の発表という「外圧」を待つ他はないのかもしれません。

しかし、「神話の復活」ということがないとは言えません。
だから、健康学説や栄養学説は当てにならないところがあるのです。
ですから、あれだけ大量の健康本が平然と書店の棚を飾ることができるのでしょう。


文中、コレステロール原因説とは、アテローム性動脈硬化症などの原因であるとする説のことをさしています。
.08 2015 未分類 comment0 trackback0

コレステロール摂取の心配は不要、米指針で新見解

(CNN) 米厚生省と農務省が5年ごとに発行している米国人の食生活に関するガイドラインの改訂に向けて、専門家でつくる諮問委員会が「コレステロールは過剰摂取を懸念すべき栄養素とは見なさない」とする見解をまとめた。

この見解は食事ガイドライン諮問委員会がまとめた2015年版の報告書に盛り込まれた。「これまでのガイドラインでは、コレステロールの摂取は1日300ミリ以内に抑えることを勧告してきた。2015年版のガイドラインにはこの勧告は盛り込まない。食事によるコレステロールの摂取と血清(血中)コレステロールの間に特段の因果関係はないことが実証されている。コレステロールは過剰摂取を懸念すべき栄養素とは見なさない」と明記している。

コレステロールはこれまで50年以上の間、米心臓協会なども警告の対象としてきた。しかしクリーブランドクリニックの心臓血管専門医、スティーブン・ニッセン氏によれば、「飽和脂肪とコレステロールを制限しなければならないという考え方のために、米国人はバランスの取れた食事から糖分の多い食事へと移り、食べる量が増えてさらに太った」という。

諮問委員会では飽和脂肪や糖分、ナトリウムの摂取量を抑えた食生活を奨励している。
米厚生省と農務省は同報告書などをもとに、改訂版のガイドラインを発行する。

先月、2月20日に報道された記事です。(アンダーラインは筆者がいれました)

アメリカのLDLコレステロールの基準値は、薬物治療開始ラインが190mg/dlで、生活習慣の改善目標値が160mg/dlです。つまり、160mg/dlまでは生活習慣の見直しも不要だということになります。(補足:リスクファクターがない場合)

2004年8月1日、米国の新聞ワシントンポストに世界で最も権威のある医学雑誌であるニューイングランドジャーナルオブメディスンの名誉委員長のKassirer JP氏が、2面ぶち抜きの記事を書き、医学会と製薬企業との不正な経済的結びつき(利益相反)を内部告発しました。これ以降、利益相反の強い人は、公的な委員には就任できなくなりましたし、医学論文の投稿時や研究補助金の申請時には製薬企業との経済的な関係を公表することが義務付けられるようになりました。

 するとどうでしょうか、2006年以降に発表された無作為化試験では、従来スタチンが必要と思われていた糖尿病患者、家族性高脂血症、大動脈狭窄症、慢性心不全、心不全患者、血液透析患者、心筋梗塞患者でもスタチンが不要とされる結果になっているのです。

米国コレステロール治療ガイドラインは2004年にマイナーな変更が行われて以降は、発表されることはなくなりました。米国では、内科医師会が1996年、2004年、2007年と繰り返し声明を発表して、コレステロール値を測定する必要があるのは、若い人で家族性高脂血症の疑いのある人のみとして、検査そのものを制限していました(ACP Ann Intern Med 1996;124:515-517)

2010年、利益相反の総本山であった米国心臓病学会(AHA)でも「心血管系疾患のない人たちの血圧やコレステロール検査は5年に一回でよい」としました(ACCF/AHA Circulation 2010;122:e584-e636)。英国から発信されている信頼性の高い診療指針であるCOCHRANEは2011年に、日本のように健康診査を受けてコレステロール値が高いというだけの人にはスタチンの処方は不要と結論しました(COCHRANE Statins for the primary prevention of cardiovascular disease 2011)。

日本国内ではコレステロールの問題は悩ましいものとして燻っている。

私は、若い頃から高脂血症と言われてきましたが、薬は無論飲んだことはありませんし、卵などの高コレステロール食品を控えたことはありません。

コレステロールは豊富なほうが健康に良いという説に組しているからです。
さらに、コレステロール降下薬で体力や気力を減退され、うつなどの症状を抱えている人を自分の患者さんなどで多くみて来たからです。

今でも時折血液検査をしてもらうと必ず日本での基準を上回り、当然のごとく降下薬の処方箋を出されますが、そっと病院外のゴミ箱に破って捨てています。

そんな薬より、食べ物全般にわたって考慮したほうが体に良いと信じているからです。勿論、コレステロールが高いと言われる食品を排除するものではありません。

私の命が主として何を原因として失はれるかは、その時が来て初めて証明されるものですから今は分かりません。
私の身体にはこれくらいのコレステロールが必要とされているのだと思っているのです。

わざわざ病人にされて薬害で廃人同然になりたくない。
その思いだけです。
.07 2015 未分類 comment0 trackback0
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プロフィール

須藤文弘

Author:須藤文弘




歯科医師(1942年2月生まれ)
医事評論家
歯科医療コンサルタント
NPO法人日本歯科保健機構 理事長
東京医科歯科大学 昭和43年卒

 

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