冬は楽しい

今冬は暖冬だとの長期予想が出ていたように記憶していますが、天気キャスター諸氏は同じ口から寒気団の情報を連日金切り声で報じています。温暖化の影響による暖冬がいつの間にかエルニーニョ現象による寒気だとのこと。

経済予測と天気予測は当たらないと思って聞いているので気にもしませんが、当たれば大したものだと褒めてあげたいくらいです。一昔前から比べると随分と当たることが増えたとは思っています。当たらないのは経済予測です。でも、知らぬ顔の半兵衛で経済本で書店の棚を埋めているのをみますと懲りない人たちだと、その厚顔ぶりのほうに感心しています。

列島の日本海側の豪雪では日常生活を阻害されたり破壊されたりの看過しがたい被害が出ているようでまことにお気の毒と言うしかありません。
冬は楽しいなどと呆けたことを言うと非難囂々であろうかと思います。

楽しいのは、季節の冬と人生の冬との比較のことです。

季節の冬は、寒い寒いと耐えているうちに必ず春が訪れます。

もう少しすると、あの垣根越しに紅梅の梅の花が見え、あのうちの庭に沈丁花の蕾が膨らみ、あの角の家の白木蓮の枝先に鶯色の花芽が育っているのが目につくようになります。どこからともなく漂い鼻をくすぐる木蓮の香りに頬が緩む日々が来るのです。

だから冬は楽しいのです。
明るい暖かい春が約束されているからです。

一方、人生の冬に入ると春の到来がありません。
80歳に至ると、また40歳になり再び活力ある人生を営めるというわけにはいきません。
超極寒に至り、身も心も凍り付いて終焉を迎えるほかはない人生と比べれば季節の冬はほんの一時期を過ぎればよいのですから楽なものです。

子供の頃と比べれば近頃の生活暖房と社会暖房の状況は驚異的に変化しました。特に、首都圏に住む者にとっては夢のような時代を生きています。
加えて、防寒衣料の進化は目を見張るものがあります。

こうなれば、人生の冬期を生きているとは言うものの恵まれた時代の冬期を生きていると言えます。

軽量級の衣類の発達は高齢者の外出を随分と楽にしてくれました。
何十キロもの重量の衣類をまとって外出していた時代と比べればまさに隔世の感です。

普通の体力と気力さえあれば、真冬の外出を躊躇うことはありません。
冬には冬の愉しみ方がります。
年齢相応の健康さえ維持できていれば、炬燵に蹲って背を丸くして置物のような生活をしなくてもよくなりました。

超軽量の防寒着は身体の動きを阻害することはない。
積極的に外出が可能です。
そうこうしているうちに、季節の春が到来し老若等しく謳歌できます。

恵まれた時代の人生の冬期を生きていることのメリットを最大限に生かしたいものです。
スポンサーサイト
.11 2015 未分類 comment0 trackback0

見事な転び

交差点で、車道から舗道に至る段差で高齢の男性が足を引っ掛けて転びました。
痩せた小柄の方でしたが、上手に転んで一回転。スローモーションの映画を観ているようでした。

映画のロケでもやっているのかと、思わず周りを見渡してしまいましたが然に非ず。
前のめりに倒れる前に自ら倒れ、身体を丸めて一回転。
スルリと回転した後は何事も無かったかのごとく立ち上がりスタスタと歩いて行かれました。

「こんなことは想定内のことだよ」と、言わんばかりの冷静さでした。

倒れた拍子に手をついて身体を支えたら、場合によっては手首を痛めるか下手をすれば肘で支えようとして脱臼か骨折を起こしていたかもしれません。
柔道などの武術の心得がある方なのかもしれません。

その見事な危機の回避の美技に感動してしまい、その方の後姿を追ってしまいました。
やや前のめりながら、足早に歩いて行かれる後ろ姿には何ら迷いがない。その歩道で段差に躓いてもくるりと柔らかい回転をする光景が連想されました。

年寄りに受け身の練習をさせるのはイイのかもしれません。
転ばないようにする注意は無論大切ですが、転ぶことがあることを前提にした危機回避の身のこなし方を身につけさせる必要をつくづく実感した一場面でした。
.11 2015 未分類 comment0 trackback0

初詣

なんのことはない、普段毎朝訪れる神社に行くのですから格別の思い入れも感動もない。ウォーキングで来て参拝し、ストレッチをし、ラジオ体操をする自分フィールドですから、初詣とは今年初めて訪れたというに過ぎません。

なぜ他の所に行かないかと言いますと、此処には「鐘つき堂」があり、参拝者が自由に鐘を撞けるからです。ただし、一発だけです。鐘撞き堂は神仏習合時代の名残なのです。

今年で4回目の鐘撞となりますが、年々スキルが向上しました。去年までの鐘を撞けるという嬉しさだけと違い、今年の目標は一回のチャンスにどれだけ素晴らしい音色を響かせるかにあります。

初めての時はひたすら力強く撞いた。二年目は大勢が並んだために、堂の上に三人が上がり後続の人々に急かされたため、ポイントを外しくぐもった音色で不満を残しました。

昨年は、頃合いを見計らいさほど混まない時間帯に訪れ前後に余裕をみたのですが、スキルが及ばすやはり慚愧に堪えない結果でした。集中度に問題を残しました。

今年は満足のいく音色を求めて、混雑する元旦と2日を外し今日3日に選び鐘つき堂に行きました。幸い、人は並んで居ない。

ゆったりと階段を登り腹式呼吸で呼吸を整え、ゆったりと撞木の縄を握り、梵鐘のポイントを狙って二度ほど弾みをつけて念を入れて撞きました。

見事な音色が境内に響き渡り、誠に心地よい。満足な演奏ができたソリストの気分とはこのようなものかと言えば大袈裟に過ぎますか。

雑味のない透きとおった珈琲を味わったような心地よさでした。
私の思いと入念な撞木の操作に梵鐘は応えてくれたのでしょう。

今年の初詣は、マイ・イベントがことのほか成功し、とても心豊かなものになりました。

その後、約束があったので、明治神宮に参拝しました。
観光型初詣、奴隷の行進型初詣、疲労困憊型初詣、皆が行くから俺も行く主体性喪失思考停止型初詣。大型スーパーの福袋狙い型初詣、アリーナ満員の雑踏コンサート型初詣となりました。

自宅近くの混雑しない神社で、ゆったりとした時の流れの中で好き勝手ができる自由度の高い参拝ができるのですから、来年からは大型観光神社はやめようと思いました。

田舎の鄙びた神社の方が高級専門店のようです。高級専門店とはいえ、お賽銭は同じで済むのですから、満足度がはるかに高い。

ご利益はもともとなにもないのだし、ひとえに自分の心の問題なのですから、心豊かになれる方が良いことは自明です。
それにしても、寒さ厳しき初詣でした。
.03 2015 未分類 comment0 trackback0

新年の初外出と初会食

いつものよき友でありよき喧嘩友(議論好き)と昨晩秋に約束した新年の会食に参加のため新年早々に外出しました。
渋谷東急本店のレストラン街の鰻屋が会食の場所です。
予約していないので、場合によっては並ぶことも織り込み済みでしたが、幸い並ばなくて済みました。

都心の老舗デパートの新年の営業初日は福袋に殺到する客でごった返すので、比較的ペリフェリに存在する東急百貨店本店にしておいたのです。

予想通り、営業初日にしては落ち着いた雰囲気でホッとしました。

鰻重を食べながら、「油物は控えたいね」、ご飯を食べながら「炭水化物も控えたいね」などと矛盾することを話しながらの会食です。

昨年、スキヤキ屋で会食した時は、「牛肉は控えたいね」とか呟きながら一人当たり300gくらいは食べてしまう変な仲間たちです。

ステーキ屋で会食した時は、「こんなものは食べてはいけないね」などと言うものですから、肉を焼いてくれている人が目を白黒させていたのが愉快でした。

私もそうですが、愉快な仲間と外食する時は特別のハレの日なのです。
普段の食生活をあえて外す日なのです。

食べたいものや、脳を満足させる欲望食とはサッパリと縁を切って、平素は食材を選び簡単な調理で腹七分を守っている連中です。

1人は軽い糖尿病、1人は高脂血症、他の1人は変形性膝関節症、私は片耳難聴と夫々なんらかの生活習慣病とか老化現象と言われるものを背負って生きている者たちです。

夫々が医療を業として生きている者たちですから、それなりに対処しながら注意深く生活しているようです。

「来年は鰻から始めようぜ」と提案したのはMR高脂血症でした。
「いいねー」と誰も小賢しく言挙げしない。

今年も、時折あえて外しながら「健やかに老化する」ことを願いながら、頑張らないけどほんの少し頑張るつもりです。

つまり、思い切って欲望食を堪能した後の数日の調整は夫々が人知れず行っているということです。

「次は どぜう屋だ」と提案したのは私です。勿論躊躇する者は誰も居ません。

皆が元気で「どぜう屋」に集合する日を楽しみにして街に散って行った今日でした。

それにしても意図的に外した日にしか口にしない「鰻」は格別に美味でした。
欲望食に耽った若き頃の日々が懐かしい。

今や、脳が喜び身体が泣く飽食・呆食とは無縁の生活になりました。
不思議なもので慣れるのですね、身体は。
.02 2015 未分類 comment0 trackback0

謹賀新年

皆様のご多幸とご健康を心から祈念いたします。
 
紅白歌合戦を全部視聴するという初めての大晦日を過ごしました。
一生のうちに一度は国民的テレビ番組なるものをを視ながら暮を過ごすのも一興と思ったからです。

私が思っているNHKがNHK的でないということに驚きました。
NHKの事情の押しつけ、芸能界事情の押しつけで終始する内容にびっくりしました。
昔の紅白との比較をするデータは持ち合わせませんのでそのことに言及はできません。

もう少し品の良いものかという期待はものの見事以上に打ち砕かれてしまいました。
放置されて腐臭が充満した下水道に誘導されてしまったかのような数時間でした。

途中で視聴を止めようか衝動に何度も襲われましたが、一生に一度ことだからと自らを宥めて最後まで視ました。

性別が定かでない醜悪な者たちが文脈もなく現われては消え、いまやテレビでは大御所と持ち上げられ「・・様」と呼ばれているという、これも性別が定かでない奇怪な歌手が登場したときはさすがにトイレに逃げてしまいました。

それにしても、お笑い芸人なるものの跳梁跋扈はいつの頃からなのでしょうか。
ただ騒がしいだけの彼らは何ができるから重宝がられているのかが皆目理解できません。

この紅白に出場したことが去年一年間の最大の汚点であるのではないかという本格的なミュージックエンタテイナーも数人いたようです。
金と権力を振りかざす客の座敷に無理やり呼ばれて、時間が過ぎるまでじっと耐え忍んでいる芸者の如き表情を隠せない歌手も数人いたような気がします。

あと何年生きられるか分からない年齢になりましたが、もう視なくてよい。
一度は視てみたいと思っていたことは確かでしたから、これで気がすみました。
そういう意味でよい年末を過ごしました。

.01 2015 未分類 comment0 trackback0
 HOME 

プロフィール

Author:須藤文弘




歯科医師(1942年2月生まれ)
医事評論家
歯科医療コンサルタント
NPO法人日本歯科保健機構 理事長
東京医科歯科大学 昭和43年卒

 

最新トラックバック

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR