一生モノ

フォックス・ファィアー(Foxsfire)のショルダーバックを買いに渋谷東急本店に行ってきました。
現在愛用している同社製品の損傷が進み、使っていて恥ずかしくなったからです。
平気で愛用していたのですが、ある時急に気になり始めたらもう我慢ができなくなったからです。

同じタイプのフォトトレッキング用のショルダーバックはすでに生産中止とのこと。
まったく同じバッグを新調しようとした私の目論見は叶いませんでした。

バッグマニアの私はたくさんのバッグを所有しています。
船旅行用のカバンから、散歩用の簡便なものまで含めるとかなりの数になります。

ご多聞にもれず、使用頻度の高いものは5個くらいで、殆どの物は押入れや物置きに眠っていて、自分でどんな物を持っているのか記憶も定かではありません。

その中で、フォックス・ファィアーのショルダーバックはとりわけ使用頻度が高く、撮影散歩のみならず日常のタウン散歩、ゴルフプレー時の雑品入れ、買い物時など常に愛用する一品でした。

私がこれから購入するものはおそらく文字通りの「一生モノ」となるでしょう。

同じタイプのバッグが買えたら、そのバッグは私が自立して動ける間の一番の相棒となってくれるはずです。

ところが同じバッグは生産中止。
誰もが私と同じように優れて便利なグッズだと思ってくれたら、ロングセラー商品としていまだに存在しているはずです。

私にとっての逸品は必ずしも他者のソレにはあらず。とはいえ、どうしてこんなに優れた機能性とデザインのモノの寿命は短いのでしょう。
使う度に、よほど頭のいい人が設計図を描いたのだろうと感心するほどの優れものも、最早その存在価値は無くなっていたのです。

カメラ、釣りなどのアウトドア用グッズではフォックス・ファィアーの製品を愛用する私は、ここで踏ん張りました。
現存する製品の中で選ぶことにしました。
「一生モノ」を選ぶ情熱を掻き立てました。いろんなものを手に取りためつすがめつして慎重に、私の「一生モノ」を決定し購入しました。

機能性は少し落ちますが、高齢化した私の機能性よりは優れているでしょう。
軽くて堅牢、色合いは渋くて大きさも程よい。

腰を落として杖に頼りながらも肩にかけて歩けそうです。
その頃の中身は、ハンカチとちり紙くらないなものかもしれません。
オヤツの饅頭くらいは2~3個、形崩れさせずに入れておけるかもしれません。

今回程、「一生モノ」を意識したことはありません。
これから購入する物の一部は紛れもなく「一生モノ」となるのでしょう。

純金の仏像や仏壇ならともかく、私の「一生モノ」が遺品となっても全てはゴミとなることは間違いない。

たとえゴミとなる定めでも私にとっては「一生モノ」の逸品。

これからの買い物は楽しみです。
なにしろ、使い勝手や自己満足や見栄や体裁で選んでいた品物を本物の「一生モノ」としての視点からも選べるのですから。

そして、その品物をこよなく愛して愛用するという強い意志を発揮できるのですから。

私の人生の終焉と同時にゴミとして私の「一生モノ」もその役割を終える。
まさに私と共に生き、私と共に処分される。紛れもなく、文字通りの「私の一生モノ」なのですから。

古い方のバッグを包装してもらい、買ったばかりのバッグをぶら下げての帰路、なんとなく心が弾み温かい感動に包まれたのは、格別の思いで手に入れたからなのでしょう。
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.30 2014 未分類 comment0 trackback0

エレベータ婆さんとエレベーター爺さん

場所は問わず、数人がエレベーターに乗ると操作盤の前に陣取って離れない人が必ずいます。特に高齢者に多い。目的階に着くとスルッと起用に素早く降りてしまう。
要領よく生きているつもりなのでしょうか。昔は、「そんなところにへばりついていると邪魔だよ」とか「・・・・ですよ」と言って注意していましたが、毎度のことなので最近は言わないことにしています。

その代り、乗るときに「何階を押してください」と頼むことにしています。
つまり、エレベーターガールとして働いてもらうことにしたのです。そうです。エレベーター爺さんと婆さんとしてです。基本的に好人物が多いのか、断られることはありません。
もし、断られる事態が起きれば待ってました、ということになり愉しい遣り取りができるのですが、その経験はありません。

しかし、今日はさすがに腹に据えかねるというほどではありませんが老婦人に注意をしてしまいました。

改札階から地上に出るエレベーターに向かって居ましたら、あと数歩のところでドアが閉まり始めました。
足を差し込んで止めて中に入りますと、入り口に背を向けた老婦人が「閉」のボタンを押していたのです。

こんなことは今まで何度も経験してきました。だから、確信犯・常習犯的な人の見分けはついているように思っています。

ドアの外に気を配ったり、背後を振り返ればエレベーターにアプローチ中の人が居ることは分かるはずです。
ところが、確信犯・常習犯は絶対にそのような行動はしません。
一切を無視して操作盤を押すのです。

なぜか、女性に多い。
それも高齢婦人に多い。
どちらかと言えば、風体・身なりはいい方に属する人に多い。
何もなければ、どこかの奥様かと言うタイプに多い。
しれっと自己中行為をはたらいて何食わぬ顔で「ざあます」言葉。

「乗ってすぐ閉ボタンを押したら、乗れる人も乗れませんよ」
「私は知りません。押してません。見てただけです」
水掛け論巧者でした。女性特有のしらばっくれ戦法です。

「そうでしたか。せっかちなのはエレベーターなんですね」
「・・・・」
「これは三菱ですね。三菱のは相当せっかちですね」
「・・・・」

地上階に着きました。
奥にいたご婦人に「どうぞお先に」と言いましたら、降りる間際に、硬い表情で「すみませんでした」と咬みながら言ってくれました。

「私は知らない」
「私はやっていない」
このバックレ戦術にはほとほと手を焼きます。挙句の果てに
「そこに置いていたあなたが悪いのよ」の矛盾は未解決のままという不可解。

さしずめ、この場合は、「こんなときに乗り込んでくるあなたがいけないのであって、私は何もしていない。私は悪くない」
という遣り取りになるのかもしれません。

今回は、三菱製のエレベーターを悪者にして明るく処理できましたので、私もさほどストレスを感じないで済みました。
もうこんなことはしないつもりですが、やるなら明るくやりたいですね。

「お・も・て・な・し」
なんて本当にできるのでしょうか。
今一つの気がしますがね。

私もなかなか枯れきれない。
まだまだ成仏できそうもありません。
.28 2014 未分類 comment0 trackback0

一日入院 一年老化

先日、自宅玄関ホールから二階の書斎に20㌔ほどの荷物を運びました。
ダンボール箱の横幅が広く、階段の両側の壁ギリギリでしたので両腕を箱の下側に入れて運ぶことになりました。高さは、私の頭部より上になり前方はふさがれる状態でした。

登り始める前に自分が後方に転倒するイメージが浮かび上がり、次に骨折をして事態は容易ならざることになりそうな予感がありました。
ここまで、イメージしたのだからその逆をやればいいではないかと多少の懸念を残しながらも階段を上がり始めました。

7段上がって90°向きを変えるときそれは起こりそうになりました。箱の左側の角が壁に当たり私の方に勢いがありましたので反動は大きく上体が大きく反り返り、荷物を抱変えたまま後ろにひっくり返りそうになりました。

もし、そのまま後ろ向きに転倒すれば、後頭部を強く打ってしまうか、腰部の骨折は避けられなかったでしょう。頸椎の骨折と言うことになれば事態はより深刻だったかもしれません。

事前に、最悪の事態を予測して決行したにもかかわらずそのような危険をたまたま間一髪で回避できたのが幸いでした。

せっかちな性格の故か、老化によるバランスの崩れか、単なる筋力の衰えか、原因は分かりませんが、問題は何らかの外傷を生じた場合です。

当然入院と言うことになるでしょう。
専門家によると、70歳過ぎの老人は多くの場合、入院すると一日に一年のスピードで老化が進行すると言います。
2週間も入院すればたちまち80歳台半ばの老人になってしまうことになります。

私は、子供の頃から筋肉は十分についている方で、青年期・中壮年期は強靭な足腰と腕力にはそれなりの自信がありました。ところが、50歳代半ばから10年間ほどの間はかなりの肥満体になり、運動も途絶えがちになっていました。

身体の筋肉預金を取り崩しながら僅かの預け入れをしていたような期間がありました。
厚い皮下脂肪の下で筋肉がかなり減少したことでしょう。差引マイナスの筋肉赤字生活を続けてきたわけです。

このような私が、10日~2週間とはいえ入院して日本の病院方式で完全に束縛され徹底的な監視体制下に置かれれば、その後のリハビリは相当な時間を要するでしょう。

ましてや、運動不足の老人は、皮膚の下にごく僅かの筋肉しか蓄えがありません。このような老人が何らかの理由で入院すればその後はほとんど動けなくなるでしょう。下手をすれば、それを機に寝たきりの生活になるやもしれません。

そうなれば、筋肉から分泌される成長ホルモンが期待できない。筋肉の修復も再生も不可能になってしまいます。

私は、平素の運動もアクセルとブレーキの両方を使いながら行っています。
年齢相応の守りに入りながら適度にアクセルをふかせています。

今回も、転落・転倒をイメージしたのですから箱ごと運ばないで中身を出してして少しずつ運べば危険は最初から回避できたのです。

己を知らないとはこういうことを言うのでしょう。
若い頃からの延長線にあるという思いが、急速な老化の進行に追いついていないのでしょう。

今度からは、最悪をイメージしたら作戦を変更するという手間を惜しんではならないとつくづく思い知らされました。

死に方はもう少し格好良くありたい。
段ボール箱を抱いたまま転落転倒で打ち所が悪くて・・では、さぞかし笑いものになるでしょうし、あの世でも恥ずかしくて本当のことを申告できないでしょう。
.28 2014 未分類 comment0 trackback0

お爺さんも笑ってる

外出先からの帰り、駅の茶店でひと休みをしていました。
隣席の二人掛けの席には60歳代と思しき女性が賑やかに話を撒き散らしていました。
さながら、一台の車にハンドルが二つ、ドライバーが二人いるような好き勝手な話題の広がりと混乱が面白い。

たまたまハンドルの切り方が一致したときは話題が同期していますが、左右に引っ張りあったり急ハンドルで事故を起こしそうになっていてもお構いなしの無頓着な話の展開にはいつも感心してしまいます。

1人の女性が相手の肩越しに目にした、パソコンで年賀状を作成中の客のことに話題を転じました。今度は、年賀状が面倒くさいとか、義理年賀状みたいなものを貰っても嬉しくもなんともないなど悪態をつき始めました。
パソコンで作った年賀状には辛辣な批判を展開。

私も、その前日にパソコンで年賀状作業を終えたばかりでした。
ですから、作成中の若者に心の中で頑張れよと声援を送っていました。
女性二人の話も愉快だし、必死で作業する若者にも好感が持てましたので、つい、笑顔で作業に目をやっていました。

唐突に、二人連れの一人の女性が、「お爺さんも笑ってる」と私の方を見て親しげに笑いかけてきました。
自分のことと気が付くのに数秒を要しました。
私は、笑顔を崩して剣呑な表情にするわけにもいかず、笑顔のまま凍り付いてしまいました。

「貴方」「○○子」と呼び合っていた夫婦が、子供を得たのを境に「パパ・ママ」とか「お父さん・お母さん」に変わり、孫が出来た後は「おじいちゃん・おばあちゃん」と呼び合い方が変遷することが多い。

私たち夫婦は、自分たちの呼び方を変えることはなく来ていましたし、孫の前ではおじいちゃんと呼ぶ息子の嫁も、普段はお父さんと呼びかけてくれますので、第三者からまともに「お爺さん」と呼ばれた経験はありませんでした。

ところが、いきなり見知らぬご婦人たち、それも明らかに老年期に入っている人から「お爺さん」と呼ばれて、いささか戸惑いを覚えたことは確かでした。

「お爺さんと言う呼称童貞」としましては不満なシチュエーションでの童貞の喪失になってしまった感をぬぐえませんでした。
フリーズさせた笑顔を気付かれないようにゆっくり解凍、さりげない表情に作り変えて間もなく席を立ちました。

来年は73歳。紛れもなく「お爺さん」ですから、年齢相応の生き方もしなくてはなりません。
最近の風潮は、年齢より若いこと、いつまでも溌剌としていることが価値あることとされています。私も専らその方向に進路をとっていますが、もう一つ、年齢相応と言う進路を歩むことも必要かと思います。

若い頃は、この歳ではすでにこの世にいないかもしれないと思ってもいました。
でも、歳相応に思考する時間を持たなければ、行き止まりのイメージが湧いてこないような気もします。

今はまだおぼろげな行き止まりが次第に前景化すようになるのでしょうから、そのことの意識なり認識を持つことも大事なことだと思います。

思いがけない外圧で軌道が多少修正されたようなひと時でした。
.25 2014 未分類 comment0 trackback0

ノロ感染とインフルエンザのダブル・パンチ  その2

やっとノロ騒ぎが落ち着いたころ、今度はインフルエンザ感染です。
免疫学の専門家や腸の専門家の説を実証したようなものでした。

ノロ感染で腸の機能に障害を起こし、腸内細菌にダメージを与えたことは確かです。
そうすると、身体の免疫力が壊滅駅な打撃を受けることは知られています。
それと、ストレスが持続すると免疫力は落ちるとも言われています。

ノロ感染で腸内細菌のバランスを崩した頃、ストレスを感じる事態が続き、免疫力にとっては極めてよくない状態になっていたのでしょう。
風邪をひいてしまいました。

39°C近い熱が出て、インフルエンザ感染特有の症状を出してしまいました。
ノロ感染で体力を消耗し、腸内免疫システムを破壊した上にストレスフルな生活をしていたのとインフルエンザ感染の拡大のタイミングが合致してしまいました。

教科書通りの経過をたどったということが笑えるのですが、私の体力も大したことがないことは自覚させられました。
普段、病気一つせず服用する薬は皆無という自慢の鼻も一挙に折られた感じでした。
全般的に老化が進行している老人の一人だということを思い知らされました。

二つの事件をとおして、健康を害するということがいかに情けないことかと教えられました。これが、怪我で骨折と言うことであれば寝たきりの生活を強いられるでしょう。
そうすれば、筋力が落ちてしまい・・・。
考えただけでも恐怖の日常に身を置かされてしまいます。

老人である己を自覚して慎重に生活すべきであると改めて認識させられました。

治療法
ノロ感染の時。
二日間の断食をしました。
それ以外には何もしませんでした。

インフルエンザ感染の場合
二日間の断食。
薬は葛根湯とビタミンCの大量摂取(一日6000mg)。
あとは、汗をかきながらひたすら休養していました。

どちらの場合も、
少し調子が良い時に、アイソメトリックの運動をして筋肉の減少を防ぐようにしていました。
症状が治まった後、いつものように動けるように心がけていました。
.22 2014 未分類 comment0 trackback0

ノロ感染とインフルエンザのダブル・パンチ  そのⅠ

11月の半ばにノロに感染。12月のはじめにインフルエンザ感染。
これには参りました。

11月にゴルフに行き、普段は食べない昼食を摂りました。
私は現在、食事は朝と夕の二度しか食べません。
朝はしっかりと食べて、夕食は腹八分か七分にしています。

ゴルフの日は、折角のことだからと、平素は食べもしない「カキフライ」を食べようと思ったのが間違い。一口食べた時に「うっ?」と違和感を覚えたのですが同伴者の手前もあり美味しそうに装い旨そうに食べてしまいました。

夕方から消化器に異常を感じましたが、ちょうどその日はパーティーがあり挨拶をする役目がありましたので、苦渋の表情を笑顔に無理やり作り変えて何とか役目を果たしました。
もう限界でした。嘔吐と下痢が猛烈に襲ってきたのです。

危険を感じていましたので、会場のホテルに部屋を確保していましたから大急ぎで部屋に駆け込み、嘔吐と下痢、上下から排出するという修羅場に身をおきました。
はじめての体験とは言え、情けないやら恥ずかしいやら、生きているということの試練に涙が出そうでした。

あとで、友人に話しましたところ、「今は、ゴルフ場の食事は危ないのは常識だよ」といわれました。そんな常識は持ち合わせてはいませんでした。
経営が苦しいゴルフ場業界では、厨房に経費削減を強要することは当然考えられます。
一流と言われるゴルフ場でも油断はできないとのこと。

怪しげなところで食べるときは十分に火が通ったもので安全がわかりやすいモノしか食べないこと。一流と言われる場所で食事をするときも同じように注意することは今や常識となっているようです。

そういえば、サバにアレルギー反応が出たのも有名な寿司屋でシメサバを食べた時からです。この時も一口食べた時に「うっ?」と感じたのですが、空腹だったのとその寿司屋には信を置いていましたので完食したのです。
以来、生のサバを口にできません。

その日、予感がしてホテルの部屋を予約していたのは正解でした。
もし、電車に乗っていたらと考えただけで冷や汗が出ます。どんな愁嘆場を呈したかと思うとゾッとします。
.22 2014 未分類 comment0 trackback0

いまどきの若者は言う・・・いまどきの老人はマナーが悪いと

その文章を読んだ時の事例は、複数の老婦人たちが電車の中で通路を挟んで向かい合い大声で喋りあっていたとのこと。

大人が大人の矜持を保ったまま消えていく時代ではなく、大人がさらに歳を重ね高齢者という老人になっても消えていかない時代になりました。

そうなると、矜持は崩れ去り各種のタガが外れ、精神も肉体も不具合を起こしてしまいます。ある表現をすると幼児化が進行します。「幼児化というより老児化」と言った方が適当かもしれません。

この「老児」を教育する大人はいません。
そのような事態は想定されていませんし、誰がどこから手を付けていいのか想像をしがたい事態です。

耳が遠くなれば話し声は多くなる。聞き返されるからさらに声は大きくなる。
動きは鈍くなるので人ごみの中では流れに竿をさすことになる。
判断力落ちているので、買い物をしても支払い時にモタモタして渋滞の原因となる。

先ほどの老婦人たちにしても、夫が居る人は夫から離れ、独り身の人は仲間と共にいることの喜びだけに浸りきって周囲にまで気配りができないのです。
それが老人というものです。

このような現象は、若い者たちにも頻繁に見られる現象です。
老若お互いさまのことなのです。

幼児や若者は自由度が高い。
老児はさらに高い自由度を持っています。
年齢が進むにつれて、老児独特の自由度は増していきます。

標準的に生きることを強制されそれに順応すべく努力中の世代の人から見れば眉をひそめる光景は増加するでしょう。
しかし、老児たちは、そのような標準的であろうと努力して生きた時代を乗り切ってきた人たちなのです。

人から嫌われるということは、それだけ自由に生きているということなのです。
心理学者アドラーの言にもあるように、
嫌われる生き方と言うのはそれだけ自由に生きているからなのです。

老児の段階に入って初めて自由を満喫している人が増えているのです。

幼児から青少年時代、管理された窮屈な時代を経てやっと解放された時代を堪能している老人・老児はますます増えます。
このような老人たちが、政治経済とは違った側面から、人類が初めて体験する高齢化社会の未来像を具現化してくれているのです。

幼い子供がはしゃぎ騒ぐ姿をほほえましく感じるのと同じ眼差しを向けてあげてもよいのではないでしょうか。

貴方がた若い方も必ず同じ道をたどることは確かです。

目に余るような無謀な人たちには、優しく注意するのもいいでしょう。
脳の崩壊が顕著な人以外は、ちゃんと聞き入れて恥じ入るとともに素直に受け止めてくれるはずです。

社会が子供の教育を放棄してきたようなことが老児にも起きるとすると、この社会は収拾のつかない混乱を呈するようになるでしょう。
「タガが外れた老児」を上手に諭すことを放棄してはならないと思います。
.22 2014 未分類 comment0 trackback0

今日は冬至

暦の上では規則正しく季節が移り変わります。
現実の意識とは若干の違いはありますが、今年は特に違いが著しい。

急速に冷え込んだ今年の晩秋はまさに冬の到来。
身体の方が追い付かず、守りに入ってしまいました。
習慣の早朝ウオーキングも数日は控えめにしてしまいました。

朝出かけるときに逡巡しないように気構えを構築していますが、どう考えてもこの急速な冷えに身体が追い付いていないと判断した結果です。

ここで、気力で乗り切ろうとしないこと、乗り切れないのが高齢化したということなのでしょう。
いつもの、ラヂオ体操とストレッチを室内で行う日が数日ありました。
いつものように思いっきり外気を吸いながら、特に神社境内の神気・霊気をほぼ独占状態で呼吸しながらのそれとはいささかの違いがあります。

それは、さながら手作りの温かい料理を食するのと、出来合いのお惣菜でなんとなく整えた料理を食するのとの違いがあります。

どのような素材をどのように調理したか。
それを食するときの環境、条件、気分によって味が違い身体への影響が違うように、運動も外に出て空を見ながら清涼な空気を呼吸し、樹林に囲まれていたりしてはじめて身体が躍動し、体が反応する。

私が、ジムに行かないのもこの気分になれないからです。
ジムでの運動に自然との一体感を感じないからです。
さながら、受刑者が監視の下に必要な運動を義務的に行っているかのごとき鬱屈した気分に陥ってしまうからです。

新鮮な安全素材を、自然な味付けで自前で作った料理を安心して食するのと同じような運動が出来た時に、心も身体も自然に湧き上がる満足感に浸れるような気がします。

今年に冬がどの程度のものか不明ですが、身体もやっと馴染んできましたので現在はいつものとおりに朝のエクササイズを愉しんでいます。
.22 2014 未分類 comment0 trackback0

急に増える早朝ウォーカー・・・恐るべし、医療健康バラエティー効果

そして、急速に減少するウォーカー。
スーパーの棚から売り切れになってしまう食材。
しばらくすると、再び山積みになる現象は邯鄲の夢の如し。
栄枯盛衰の儚さを象徴する出来事のようです。

ある朝、いつものように早朝ウォーキングをしていますと異常な現象が起きました。
途中の辻から、四つ角から、見知らぬ高齢者のウォーカーが出てくるのです。
さながら、高齢者が湧きでてくかのようでした。

この数年時折起きていた現象であることに気付きました。
帰宅後、数日前の医療・健康バラエティー番組を調べてみましたところ、「行列ができる・・・」という番組で、健康長寿者が毎日ウォーキングを欠かさないことが健康の秘訣であることを強調(本人は強調していませんが、番組製作者側が大袈裟に強調)している番組でした。

ここで、一念発起、毎朝ウォーキングをするぞ!と思い立つ人々が居ても不思議ではない。
見知らぬ高齢者(中には、スキーのストックを両手に器用に操る人も)が支流から本流に流れ込むように入ってきて、私と同じ八幡神社の方に、メッカに向かう中世のキリスト教徒さながらに歩いていく。

初日は肩に力みを感じる勢いの良さを感じる。
ただし、普段の生活のリズムを無視して急にバラエティー番組に共感して思い立って早朝にウォーキングをすることがその人にとって良いことか否かはわからない。

その人の、生活習慣と身体の事情に従って、最適の時間帯と運動量があると思います。
そもそも、私がやっているような早朝のウォーキングが私にとって健康づくりと健康維持に最適か否かわわからない。

ただ、毎朝決まった時間に目が覚める。習慣になっているので自然にウォーキングに出かけるべく諸々の準備をしていつもの時間に出かける。
起床から外出までに頭に去来する諸々の思考や思惑を一切排除することを習慣づけしていますので、毎朝淡々と行動しているのです。

この結果が、私の健康に寄与するのか、日々疲労を積み重ねて健康を阻害するのかはわが身が自己責任で引き受けるものですから、何とも言えません。

今生きている、いまは生き続けている生身の人間がやっていることを、たまたま現在体調が良いからと言って「いいよ」「いいよ」とお勧めする自信はない。
これで、仮に健康長寿が幸運に得られたとしても、健康の原因はたくさんありますので、日々のウォーキングの一つを効果があると強調するわけにはいかない。

でも、適当な運動ならば悪いわけはなさそうです。
ここ数日、医療・健康バラエティーの一部分のいいとこ取りをして始められた人たちはできれば継続していただきたいとは思います。

ただし、季節を考慮し、歩く時間帯もそれぞれに適合するものがあるでしょうから、楽しく無理なく継続できる方法を模索していただきたいものです。

案の定、急に湧き出てきた人たちは、一人減り二人減りしているうちにほぼ全員の姿が消えたのは10日ほど経過した頃でした。
再び、明けきらぬ寒空の下、メッカに向かうウォーカーは私一人になってしまいました。

スーパーの棚から忽然として姿を消した健康食材が再び山積されるまでの期間は、もう少しは長いような気がしています。
.17 2014 未分類 comment0 trackback0

お2Fにどうぞ

何が目に入っても驚かなくなって久しい。
驚きはしませんが呆れるということはあります。
「てにおは」が変な政治家やアナウンサーや大学教授がTVに出ていても驚きはしませんが、気に障ることはあります。

表記の「お2Fへどうぞ」のサイインボードが張られた喫茶店があることに気付いたの
はほんの2~3日前のことです。
私が常に乗降するJR駅の近くの喫茶店です。

歴史がある古い町ですので、昔ながらの純喫茶店がたくさん残っています。
今まで何回も利用していたのですが、入り口のすぐ脇にある小さなこのサインには気が付きませんでした。

ミスマッチな丁寧語の氾濫には閉口する昨今ですが、このサインには全身から力が抜ける思いをしました。
この日は2Fに至る階段を登る気が失せてしまい他の茶店に足を向けてしまいました。

「お階段で、おB1F」までお越しください。
「おステーキをどうぞ」
「おトンカツをお召し上がりください」
「おカバンはこちらのおスペースにお置きください」

などなど、「お」がやたらと使われる時代が来るのかもしれません。

「お山手線のお新宿駅」
「お地下鉄のお新宿線で・・」
想像しただけで行先を間違えてしまいそう。

「お・も・て・な・し」という薄気味の悪いパフォーマンスで世界に恥を晒した元女性アナウンサーがいました。その勢いが東京オリンピックに向けて加速しています。
東京と日本の観光スポットが集客のために競い合っているようです。

銀行員の慇懃無礼な頭の下げ方は、人間に対してではなく、その人間の持っている「カネ」になされているものだとは周知の事実。
拝金主義が日本中の隅々にまで浸透した現在、目に余る慇懃無礼が跋扈するようになってしまいました。

いまや、この国の「おもてなし」は、人間に対してではなく、落とされるお金にたいするものだという底が見えています。

丁寧に振る舞うのも、頭を深く下げるのも相手の人間にすると思えば腹が立つこともあるだろうが、相手の懐のカネにすると思えば腹も立たないと教育されたのではないかと思われる店員・スタッフが増えてきています。

図らずも、今日は衆院選挙運動の最終日。
地位の確保と金儲けしか念頭にない連中が、国家と国民を語り(騙り)、一票に向かって頭を下げまくっています。

一票だと思えば頭も下がる。
頭を下げても自尊心は傷つかない。
その前を、一票が意気揚々と通過したり、立ち止まったりしている。

育たないままの民主主義。
形骸だけの民主選挙。
年々劣化する政治家の質と量。

この人たちに、「お2F」に上がっていただいて、「おステーキ」を召し上がっていただいて、「お珈琲」で選挙戦のお疲れを癒していただくと良いでしょう。
「お果物」の「おパパイヤ」もサービスしてもよいでしょう。
.13 2014 未分類 comment0 trackback0
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プロフィール

須藤文弘

Author:須藤文弘




歯科医師(1942年2月生まれ)
医事評論家
歯科医療コンサルタント
NPO法人日本歯科保健機構 理事長
東京医科歯科大学 昭和43年卒

 

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