輪上喫煙・・タバコを喫いながら自転車に乗っている老人 対 おばさん化老人

 こんな言葉があるのどうか知りませんが、つまりは吹かしながら自転車に乗っている人のことを表現しています。

今日出かけた帰り、電車を降りて帰宅する前に、30ページほど読み残しの本を読了したくて駅構内の喫茶店に入りました。
珈琲を手にやっと席に着きましたところ、隣は顔見知りの老人でした。なんとなく、胸騒ぎがしましたが、案の定彼がにじり寄ってきました。

おばさん化している老人なので適当にあしらうつもりでしたが、真面目な顔をして迫ってきましたので話を聞くことにしました。

「さっきね、交差点で自転車に乗ったままタバコをふかしている年とった男がいたので、路上では禁煙だぞと注意したら」
「『歩行中は禁止だが、自転車に乗っているときに禁煙とは聞いたことが無い』と反論してきたんだよ」
「さらに『自動車を運転しながらタバコを喫っている奴はいっぱいいるじゃないか』と言ってこれ見よがしに吹かし続けるんだよ」

老人が老人に注意している。これぞ高齢化社会ですね。

「そして言うに事欠いて、『あんた、つまらないことを気にしてないでもう少しましなことを考えなよ』と言うんだよ」
「もう腹が立って腹が立って掴み掛って自転車から引きずる降ろしたくなったよ」
「まだ怒りが収まらない。こんな奴は許せないよ。須藤さん、どう思う?」
ときました。

まともに応じる気になりませんでしたから、
「大変でしたね、ハッハッハ」と笑ってごまかし、バリアーを張ってしまいました。

「副流煙が嫌いなんだよね」と、ブツブツ言い続けていましたが無視しました。

私もタバコは多少やりますが、喫茶店では禁煙席に座ります。どうしても吸いたくなったら喫煙コーナーに行って素早く吸って済ませます。
私も、副流煙と言う人が吸った煙草の煙は苦手ですから。

昔、別の老人から、やはり舗道で、いうところの社会の窓のファスナーが開いたままの老人に注意したら、
「つまんねーとこを見てんじゃないよ。余計なお世話だよこのヤロ~」
逆襲されたという話を聞いたことがあります。
この注意したほうの老人の嘆くこと言ったらありませんでした。

どちらも、注意された方の老人の方に勢いがあり、なかなかの論客のようです。
社会の窓の件の老人の方は、その居直り方は大したもので、にたような修羅場を踏んできた経験があるのでしょう。
もっと大きな視野で世の中を見て、正すべきことを正しなよ。小さなことをいちいち気にするんじゃないよと、志が大きい老人だったのかもしれません。

輪上喫煙の老人の方は予め理論武装していたのかもしれません。
相手が警察官なら、自動車の運転中の喫煙の全面禁止まで話を発展拡大させようと腹をくくっているのかもしれません。

おばさん化した老人たちの負けですね。

おばさんは鬼婆化し、老男はおばさん化。
相手がご婦人でも、おばさんより鬼婆の方が強い。

長らく組織社会で反骨の芽を摘まれて老人社会に放り出された、心優しきおばさん化老人にとっては、厳しい試練が待ち受ける過酷な社会なのかもしれません。

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.30 2014 未分類 comment0 trackback0

高倉健さん

 高倉健さんがお亡くなりになり追悼番組が組まれています。
今まで、高倉さん主演の映画は一本も観ていませんので良い機会ですから鑑賞するつもりでしたが結局叶いませんでした。

有名俳優では高倉さんと吉永小百合さんの映画を観たことがありません。
映画はとても好きでたくさんの映画を観てきましたが、国民的スターと言われる人であるほど、なんとなく観る気になれませんでした。

ところが、お二人とは個人的には知遇を得て話をすることは何度かありました。
高倉健さんとは深夜の六本木のスナックでした。
共に、ジンジャエールを飲みながらです。二人とも下戸だからです。

酒が飲めない私も若い頃は無理をして飲んでいました。酒を介して、同業者や異分野の方々と盛んに交流していました。何故か、酒を介さないと社交が上手くいかない風潮があり、いやいやながら飲んでいるうちに酒になれてしまい、身体が悲鳴を上げていることに無頓着になっていたのです。

それでも、仲間と別れた後は、六本木界隈では、今ではEXシアターのあたりにあった小さなスナックで酔い覚ましをして帰宅する習慣になっていました。気のいい美心のママさんのケアが心地よかったこと思い出します。

ある日、店の奥の方で一人でじっと静かに座ってコーラを飲んでいる客のことが気になり、「あれは誰?」と訊きましたところ、「高倉健さんよ」とのこと。
「ご紹介しましょうか?」と言われましたが、彼の映画を観たこともないので逡巡していましたところ「ご郷里がお近いはずよ」と、背中押してくれましたので紹介してもらいました。

福岡県の中間市という炭鉱都市のご出身とのこと。
私は、直方市生まれの同じ筑豊の炭鉱町の出身。父の退職後大分に住みましたが再び田川市に舞い戻った典型的な鉱山町育ちですから話題には事欠きませんでした。
7~8歳、高倉さんの方が年長です。ですから、当時の彼は40歳台前半でした。

映画の話はほとんどせず、子供時代や、上京してからの大学生時代の話に花が咲き、コーラやジンジャエールを飲みながら、翌日が休みの日は深夜の2時3時まで話し込んだことを覚えています。同じ川筋の血がシンクロしたのでしょう。

私が30歳代半ばの頃の2年間の間に3回くらいのことですから、40年近く昔のことになります。

世間では寡黙な方だという評判でしたが、当時何度か話をした私の印象ではなかなか能弁な方で、はっきりとした自説を展開する普通のインテリというタイプでした。
もっとも、間にママさんがいて話を盛り上げてくれる気遣いがあったせいかもしれません。

このたび、お亡くなりになり、各種の映像で拝見すると立派な顔貌になられ年齢相応の風格を感じることができ、過ぎ去りし年月を改めて懐古でき、若かったころの愉しい記憶に浸ることが出来ました。

国民的スターと評価され、叙勲され、文化勲章まで受けられたのも当然だったのかなと納得した次第です。他に知る芸能界の人とは一線を画する魅力を感じたことは確かでしたから。

思ったより早いご逝去でし。
いま、当時の会話を反芻しています。
二人とも筑豊弁で話していましたが、耳に残っている彼の言葉は、
「人は悩むのが好きばってん、そんなに悩んでも仕方ないばい」
です。

合掌。
.29 2014 未分類 comment0 trackback0

キレる 初級高齢者

初級とは60歳代後半の高齢者のことです。
私が見聞きしたキレる老人には、どうやらこのあたりの男性に多いようです。

リタイアして家庭で過ごす時間が増えると、奥さんとのカルチャーギャップの大きさを思い知らされる。子供には、ジェネレーションギャップを遠慮なく指摘される。
まだ、第二の人生のペースが出来上がっていない。

会社という「群れ」の中で過ごしていたので、一人で行動することに自信が持てない。
ある程度の地位にいた人なら、部下という便利な存在が無いので何かと不便をしている。

一歩外に出て買い物をしようとしても、単なるおじさん以外の何者でもないという扱いをされることになれていない。
慣れようと内心覚悟はしているものの、慣れ方がわからない。

思い出話が、しばしば粉飾されるように、いつの間にか現役時代の自分をかなり粉飾している傾向がある。
「俺は、大した人物だったんだ」と思い込んでしまっている人も多いのではないだろうか。

ある朝、仕事に出かけた際、少し早すぎたので時間の調整をしようと駅のドトールに寄りました。混んでいたので先に席を確保して列に並んで、珈琲を受け取って水をカップに入れていました。

すると、突然大声で、
「君は、客の顔を見もしないで下を向いてブツブツ言ってるだけじゃないか」
「それが客に対する態度か」
と怒っている初級老人と思しき男性の声が響き渡りました。
奥さんが奥からやってきて、
「席が無いみたい」
といったら、怒りはさらにエスカレート。

「席もないのに珈琲を売っているのか」
と息巻き始めました。
奥さんが、怒れる旦那さんを軟着陸させようとアドヴァイスをすると、さらに勢いを増してしまう始末。

軟着陸させようとする奥さんのことまで叱り始めてしまいました。

「前の客(私のこと)にはにこやかに挨拶をしていたじゃないか。どうして俺には一言も声をかけないのだ」
と、一段と声を張り上げ始めました。
奥さんの必死の制止が効くどころか、奥さんの存在がかえって強い旦那であることを見せつけようとしたのではないかとさえ思えるほどでした。

こんな、チープな店で珈琲を飲むのなら、客の方も何かと自主的にした方がよい振る舞いというのがあります。
席があるかないかは自分で判断する。

安い賃金で働いている店員は、できるだけ自分のリソースを無駄に浪費しないようにしている。それにしては、ちゃんと働いていると思います。
彼女たちは不本意ながら自分をロボット化することで、課せられた仕事の効率化を図っているのです。
高級店のような「おもてなし」を望むのは場違いというものです。

仮に、彼からみて、私に女店員の愛想がよかったとすれば、長い時間をかけてコミュニケーションを作り上げたからです。隠れた努力があるのです。
彼女たちは、賃金外の仕事を私にしてくれているのです。

結局、近くの客が気を利かせて席を空けてくれたので、件の夫婦も座れたようでした。
この席を空けてくれた客も、このような店での振る舞い方を熟知しているのです。

この男性も、いずれ思い知らされて慣れるのでしょう。
70歳をすぎないと、老人社会の中の子供老人は何かと問題を起こしそうです。

女店員たちの方が、「よくあることですから」と恬淡としていることが印象的でした。

私たちも今は老人社会のおとな風にしていますが、さらに歳をとると、本当に始末におえない幼児化現象を示すようになるのでしょう。
せいぜい、気を付けるしかありません。
.27 2014 未分類 comment0 trackback0

難しいタイプの新人を迎えた「会」とは

もう年寄りばかりの会ですからいつまで続くかわからいのですが、その割には活量があります。その理由は前回に記しました。

会の運営は、
著名人による講演一時間。
医者による健康情報30分。
あとは、愚痴愚痴ノタノタした時間を一時間ほど過ごして散会というものです。

著名人による講演は、会員の個人的関係で招聘しますし医者も会員の中にいますし、外部からも呼びますが、いずれも謝礼はお車代として薄謝しか出しません。

地位と票しか関心が無い政治家のホラ話。
天気予報より当たらない経済の専門家のでっち上げ話。
動物実験しかデータが取れていなくて、人間の場合は皆目不明な健康情報。

でも、これでよいのです。
どの人の話にも一部の真理があり、それさえ聞き取れればOKなのです。
所詮この世は「嘘と幻想」ばかりですから、ほんの少しの真実が聞き取れればそれで万々歳なのです。

その後は、その日の与太話を肴に酒を少々愉しみ、互いの健康を祝し合い、時折「会」以外で会うことを約したりすればいいのですから。

会員の半分以上は初期からの人たちですから、娑婆の時代のことには精通しています。しかし、この会では生臭い話は一切しなくなっております。
すでに老境に入り、淡々と枯れていこうという気持ちが強くなっているからです。

年長者には敬意を払うという以外には何ら気を遣うことはありません。
もはや、小学生レベルの先輩後輩のようなものです。

さて、この会に入会してきた初級高齢者のA氏をどうするか。
私自身がまだまだ高齢者として未完成ですし、おそらく未完成なまま別世界に行ってしまうのでしょうからA氏を教導するなんて立場ではありません。

A氏が現役時代の名刺をこれからいつまで使うつもりなのかはわかりませんが、この行為だけは早いところ止めさせてあげなくてはなりません。

髷だけは町人髷に変えたが、腰には大小二本差しのまま町人の世界に入ってきたようなチグハグな人のようですから、「あんたはもう侍ではないのだ。ただの素町人なんだよ」ということは教えてあげないと、とは思っています。

こういう人が、あちこちでキレまくってひと悶着を起こすのですから・・。

70歳を過ぎるとほとんどの老人がキレるということをしなくなります。
リタイアしたての人か、60歳代の後半の人がキレる確率が高いようです。
ましてや、いまだに現役時代の名刺を配るような人が危ない。

しかし、愛すべき魅力はありますよ。
名刺に定規を当てて棒線をひいている姿を想像すると愛嬌がたっぷりですよ。

決して、変人ではありません。
覚悟がまだできていないだけで、ちょっと話せばわかってくれると自信があります。
この役目をなんとなく引き受けてしまったようで気鬱ではありますが、明るく遂行してみようと思っています。

最近もキレた老人が居ました。
私にもかかわることですので次回に記してみようと思います。

老人社会はとにかく面白いことがいっぱいですよ。

.23 2014 未分類 comment0 trackback0

現役時代の名刺を差し出す高齢者社会の新人

50人位の集まりがあります。例会は年に3回。毎回の参加者は30人くらいです。
いわゆる、異業種の集まりで、もう35年くらい続いている会です。発案者の私が37歳の頃で、初代の幹事でした。
年齢は、上は85歳で下は70歳くらいです。

もう現役という人は少ない。
弁護士・公認会計士・医者など、定年があるような無いようなひともいます。
現役のごとく振る舞っていますが、オフイスや病院でボスであるというだけで、実際はほとんど引退しているようなものです。おそらく、シミか生ゴミ扱いなのではないかと思います(これを読まれると困るのですが・・!)。

退会や死亡で最近はメンバーの出入りがあります。
退会は、病気や生活環境の変化や気力の減退などが原因のようです。
それでも、会の運営と継続に熱心な人がおられるので常時50人位の会員がいます。

最近、67歳の男性が新しく入会されました。A氏としましょう。
一番若い会員ということになります。

会が始まるまでの間、久闊を序する相手と挨拶を交わしたり、近況を語り合ったりします。
その折に、A氏を紹介した会員は私の親しい人でしたので、会が始まって正式に紹介される前に挨拶をすることになりました。

お決まりの名刺交換です。
私はこのような集まりでは名前と住所、電話番号とメールアドレスを記した名刺を持参しています。

A氏から戴いた名刺を見ていささか驚きました。
紹介者に泳ぐ眼差しを送ったとき、その人が軽いウインクを返してきましたので、すぐさま身振りを元に戻してさりげなく受け取りました。

A氏が元高校の校長であることがすぐにわかりました。
それも、都内の有名高校の校長さんだったのです。

なぜなら、頂いた名刺には肩書がついており、その肩書きの部分に縦線が一本引いてあったからです。マジックで黒く塗りつぶすのではなく、一本の線だけですから下の活字は鮮明に判読できます。

「難しいタイプの人のようだが?」と友人に小声で言いますと、「そのとおり。だからこそこの会に誘ったんだよ。初級の高齢者なんだよ。何とか早く目覚めさせてやってくれないか」とのこと。

この会では、
60歳代を初級高齢者。
70歳代を中級高齢者。
80歳代を上級高齢者。
90歳代を超上級高齢者。
もし、
100歳代で出てくるような超人が居れば、
その人を「超人」と呼ぶことにしています。
いまのところ、超人はいません。

私は、新人はもう必要はない。
今までの会員のままでよし。
命に限りがあるように、この会にも終焉の時があってもよいではないかという考えですが、会員もいろいろで、自分が黄泉に旅立ってもこの会が存続してほしいという人も少なからずいます。

このような熱心な会員がいるお蔭で、ポンコツの集まりにしては活力がある会になっていることは確かです。

さて、このA氏のように、現役時代をモロに引きずって恥じないタイプを会に馴染ませるにはどうしたらよいのかという難問が立ちはだかりました。
これは難問です。
.23 2014 未分類 comment0 trackback0

和暦と西暦 

今年も暮れが近づきました。気の早い方からはすでにお歳暮を戴きました。
なんだか、お歳暮なのか普通の戴きものなのか戸惑うタイミングですが、おそらくお歳暮なのでしょう。

当然、礼状を出すのですが、このことで「痛恨事」が一つあります。
今夏のお中元の礼状を書いて出したあと心が騒ぎましたので原因を探ってみますと、なんと!和暦の記載を間違えていたのです。

2014年と平成26年が混線して、平成24年と記してしまったのです。
書き終わったときに不吉な予感がしましたので、その時に点検をすればよかったのですが、そのまま投函してしまいました。

気が付いたときはさすがに顔から血が引く思いがしました。
早速、差し出した相手に電話をして事情を話し、不始末を誤りました。
しかし、
自分の年齢から必要以上に落ち込んだのかもしれませんが、かなり深刻に悩んでしまいました。

西暦か和暦かどちらかに統一してくれなどと無謀なことを言いたいわけではありません。

これから年齢を重ねるにつれ、脳内の回線に混乱が起きる頻度が増えるだろうという不安を覚えるのです。

世界を見ても、キリスト教国の西洋は当然ながら西暦ですが、イスラム諸国を始め東洋食はそれぞれ独自の暦を使っているようですから、日本だけの特殊事情ではありません。

ただ、高齢化が進む日本では結構混乱があるのではないかと懸念するだけです。

グローバル化という、米国を頂点とする世界ワンワールドのような勢いが進行している現在、西暦和暦の混乱のような事態がますます増えると思われます。

英語の思考と日本語による思考が脳内でスパークして、脳神経が混線する事態が多発するのではないか。
そうこうするうちに、効率を重視する資本主義社会は和暦を排してしまうのではないかとの心配もあります。

株式会社が国家を左右し、市場原理が国民国家を解体してしまってまったく新しい姿に世界の編成替えが進行することになれば、暦に限らずあらゆる面で大きな変化が起きるのかもしれません。

私なんかはその頃に生きてはいないでしょうし、夢うつつの魔訶不義な世界を漂いながら息をしているだけでしょうから具体的かかわることもありません。

しかし、実体経済とはかけ離れた市場という怪物によって国民国家が解体されてしまうという将来が本当に来るのでしょうか。

和暦の記載の間違いから、大袈裟な心配に及んでしまいました。
単なる、老人のミスにすぎません。
老人は、このような自分のミスをことさら大仰に嘆くものなのかもしれません。
.17 2014 未分類 comment0 trackback0

出会い頭のコミュニケーション

出会い頭にニアミスしたり、軽くぶつかることがあります。
今日も、街中でちょっと脇見をしたために白人女性と軽くぶつかりました。

このような場合、日本人が相手なら「御免」とか「失礼」といってニコッと(相手にはニヤッとと、見えるかもしれませんが)笑いかけます。

白人か否かを問わず、外国人の場合はほぼ100%の確率で「ニコッ」と笑みを返してくれます。あるいは、人によってはウインクをしてくれることがあります。
それによって、その場は友好的雰囲気で後味良く不始末を回避できます。

ところが、これが日本人が相手だとそうはいきません。
「失礼」と声を発して軽く敬礼風に謝意を表しても、無表情でじろっと睨み付けるような視線を返してきます。

状況から判断して、相手側に非がある場合でも全く同じです。
男女の間に違いはありません。

女性、特に若い女性が相手のケースでは惨憺たる思いをさせられます。
それこそ、「何?このジーさん」とか「笑いかけないでよ。いやらしい!」といった反応が殆どです。

能面のような、蝋人形のような、表情のない生気のない表情を返されると、がっかりするだけではなく怒りさえ覚えることがあります。

良い悪いを論じているのではありません。

「知らないおじさんに話しかけられても返事をしてはいけません」
「見知らぬ人には知らぬ顔でいなさい」
などと育てられたまんま大人になったのではないかと案ずるのです。

全般的に不愛想な人が多い。
特に若い女性に多く見られる。
友達や恋人には別人かと思われるような笑顔ができるのに、いまひとつ不器用な気がするのです。

友人知人に対する笑顔でさえ気になることがあります。
出会いの一瞬の笑顔の後は急送に元の無表情な顔つきに戻ってしまうことです。

喫茶店やレストランで、一生懸命に座持ちをしている男性に対して相手の女性の表情に違和感を感じることが多い。

終始穏やかな笑顔と、物腰の柔らかいコミュニケーションができている女性も数少なく見受けます。

推測するしかありませんが、自立した大人の女性に育って相手に対する思いやりがあり、相手の示す好意に対して好意で返礼するバランス感覚が身についているのでしょう。
だからといって、相手につけ込ませない凛とした物腰や言辞を駆使できる素晴らしい人なのだと思います。

私は、これからも、出会い頭の失礼には、口角をひきつらせながもひき上げて「ニコッ」と笑いかけて謝意を表するつもりです。

たとえ、その相手が蝋人形のような若い女性が相手でもめげないつもりです。
日本の若い女性にエクスキューズの微笑みをしたが故にセクハラで訴えられ程ひどくはないでしょうから。
ただ、嫌な気分になることさえ我慢すればよいのですから。

外国女性の場合だと、もちろん男性の場合でも、本当にほのぼのとしたいい気分になれますので、この癖といいますか、この流儀を止めないでいようと思っています。

.17 2014 未分類 comment0 trackback0

甘味の総量緩和と体重の乱高下―その3

今回の愚行の結果は3.5㌔内外の乱高下すみました。

甘味の摂取が気になって仕方がないので、食後のウオーキングを多めにしたり、摂取前に少しとは言え野菜を食べたりしたのが功を奏したのかはわかりません。

ただ、甘味を摂取後のインスリンの分泌が意識できるほどの不安と恐怖を感じながらでしたから、ほとんど無意識に耽溺している場合とはいささか違いがあったのかもしれません。

67㌔の数値を出したときは焦りました。

この数値が私にとっていいのか悪いのかはわかりません。
しかし、今回の場合は、甘味摂取による体脂肪の増加だということは明白ですから、筋肉が増えたのとは違ってよろしくない増加だとはいえるでしょう。

その他の食生活と生活習慣は一切変えずに、パンは控えたとはいえ単純に糖質の摂取を増やしたことになります。
短期間であったということもあり、体重の増加との関係は単純な算術的レベルのものでした。

この状態が、半年、一年と継続されると、積もり積もった体脂肪はたちまち10㌔、20㌔となり、元の肥満体に立ち戻ってしまうことは明白です。
それのみならず、血糖値の上昇、血管の老化、高血圧、骨量の減少等々が、自分の年齢と相まって以前とは比較にならない禍をもたらすことを予見することは可能です。

基礎代謝量は1500キロカロリーくらいは維持していますので、タンパク質・脂肪は十分に摂っています。炭水化物は意識して控えめにしています。

普通の人が運動で消費するカロリーは微々たるものです。
微々たるものにしたくなければ、歯を食いしばって命がけの激しい運動をしなければなりません。そして、種々の身体障碍をものともしなければならい。本末転倒です。

食事の内容と量。適度な運動。運動は、ウオーキングを日に15,000歩くらい。そのうち30分くらいの強度を上げた歩行があれば十分だと思います。あとは、気が向けば、ストレッチやヨガ風のことをやればいいのではないかと思います。

ただし、摂取する脂肪には気を遣っています。

肉などからの飽和脂肪も適度に摂っていますし、魚類からの脂肪。
あとは、オリーブオイル(エクストラバージン)とココナッツオイルを料理に使っています。亜麻仁油などのオメガ3は直接飲んだり、サラダに使っています。

避けているのは、マーガリン・ショートニングなどのトランス脂肪酸と、すでに酸化しているサラダ油などです。
外食はほとんどしませんが、上記のような油を使用しているような店にはもちろん入りませんし、出来合いの天麩羅やフライ、お惣菜などは一切口にしません。
ほぼ90%以上は自宅で単純な料理で摂取しています。

そのような生活が、老齢の私の身体に良いのか悪いのかはわかりません。
人の健康法は、死という避けられない結果が出て、果たしてどうだったかがわかるものだと思います。

私のような生活とは全く異なり、好きなものを好きなように食べて幸せな人生を全うできる人もいるでしょうから、すべては試行にすぎません。私は私なりに満足のいくように生活をしているだけです。今現在が健康らしいということにすぎません。

だからこそ、医者も確固たることは言えないで苦慮しているのだと思います。医者自身が現在を進行形で生きています。それも、確固たる自信もないママに。

ただただ、健康で長生きという皆目雲をつかむようなことを欲望しても所詮は無理な欲望です。

最近、体重を減らしたいという、40歳の女性と、62歳の女性から相談を受けています。
二人とも20㌔ほどスリムになりたいとのこと。
なにをどうするより、何を我慢して何を得たいのかの仕分けが先だと思っています。

兎に角、現代人は欲張りです。
人生の遊びを知らないまま頑張ってきた高齢者たちの健康欲望は仕事のようになっています。真面目で真剣です。頑張ったら結果がついて来るという考え方のようです。

健康産業の格好の餌食となっているのも、むべなるかなです。
.12 2014 未分類 comment0 trackback0

和菓子の総量緩和と体重の乱高下―その2

壁が崩れれば一瀉千里。
禁断の至福と悦楽の境地を味うことに言い訳と口実は無数に湧いて出てきます。

糖尿病ではない私は炭水化物の徹底排除はしていませんでした。
鮨や丼物を食べることはしないなど、ご飯はほとんど食べません。
その代り、好きなパン(ご飯も好きですが)は摂取していました。一日当たり2~3枚のトーストをチーズやバターで食べています。

このパンを「どら焼き」、「たい焼き」、「最中」の三姉妹(!)に代替させたのです。
朝夕のトーストが甘味三姉妹にとってかわられた、否、替えたのです。

甘いのを食するとインスリンが分泌され血中の糖分はすぐ細胞に取り込まれます。そうすると、血中の糖分が少なくなりたちまち空腹を覚えることになります。
ですから、朝食の最後、夕食の最後に摂取しました。

ところが、甘いものは後を引きます。
つい、あと一個。
自宅にいるときは、冷凍庫に入っている三姉妹が手招きします。
もう我慢が出来ません。

長年我慢してきたのだから、頑張った褒美(若い女性が自分へのご褒美というのと同じ!)だとかなんとか声に出して言い訳しながら口に入れる。うっとりする。これの繰り返しでした。

こうなれば、麻薬・脱法ハーブ・酒・たばこ・賭博・犯罪と同じ世界観です。
買ってこなければいいものを、買いあさって確保しておかなければ気が済まない性格と相まって、冷蔵庫の中には三姉妹が嫣然と微笑んでいるのですから我慢が出来る筈もありません。

つくづく怖いものだと再認識しました。

それでも、急激なインスリンの分泌をさせないように、いきなり齧り付かないで、野菜やタンパク脂肪を十分にとった食後にしたり、昼間は、キャベツを刻んで食べた後とかキュウリの浅漬けを先に食べてから甘味は摂取していました。

しかし、甘味の摂取総量が多いので儚い抵抗でした。
意志の弱さを嘆き、罪の意識に苛まされ始めたのが2か月目、10月の末です。
体重が増加し始めて、リバウンドという悪夢に慄くようになりました。

10月30日。
残りの「どら焼き」を2個完食して、再び「甘味断ち」をしました。

「毎度ありがとうございます」
「いつもありがとうございます」
と言ってくれるほど馴染みになってしまった、愛想のいい女店員と会えなくなるのは寂しいですが仕方がありません。一週間もすれば私のことなど忘却の彼方でしょうから。

なぜこんなことを書いたかといいますと、
馴染みになったお店の人との交流自体が、中毒の原因の一つになるからです。

酒を飲む人たちの習性として、お店の人との人間関係の維持が結構大きな要因であるからです。客の方が嬉々として義理をはたしに行く。身体を張って、お金を使って!
酒と店の人と他のお客との三位が一体となって虜にしてしまう。
虜になりたがる。
そこから抜けきれなくなって酒に飲まれてしまう「いい人」が沢山居ます。

そんなことはない、俺は酒があれば満足だという人は筋金入りの依存症でしょう。
医者も介入できない確固たる世界観の主です。
甘味が引き込む世界もなかなかのもののようです。
「甘~い誘惑」はしたたかです。
.12 2014 未分類 comment0 trackback0

和菓子の総量規制緩和と体重の乱高下・・そのⅠ

 友人とのふとした会話で「どら焼き」が美味しいという店を教えてもらった。
和洋菓子はもとより砂糖の総量規制を厳しく実践してきた私は、久しぶりに大好物の「どら焼き」に興味を持ってしまいました。「少しならいいかと」。

9月と10月の二か月間、人形町にひたすら通って買い捲りました。この買い捲るという習性が私の欠点です。あろうことか、この店のみにとどまらず、東京の三大「どら焼き」と言われる名店のものも買い求め食べ比べてみる始末でした。

さらに、小生の愚行はとどまるところを知りません。
「たい焼き」というものはあまり食べて経験がありませんでしたが気にはなっていましたので、これも東京の「三大たい焼き」と言われる店を巡り買い求めました。

単価は高いわけではないので、ついつい気軽に買ってしまった次第です。
「どら焼き」と「たい焼き」に止まっていればいいものを「最中」にまで手を伸ばすにおよび、我が悪しき習性を悔やみながらの毎日となってしまいました。
昔一度食べて以来忘れれない京都の最中が都内で手に入ることをNetで知ったらもう我慢が出来ずにいそいそと買いに行きました。

二か月間60日の間、一日当たり1個~2個の「どら焼き」。多い日は3個!
合間に「最中」と「たい焼き」。
甘味漬けの日々でした。

砂糖を始め炭水化物系は徹底的に規制することで約30㌔の体重減を達成したのが2年前。
以来、リバウンドもなく推移していました。
この間、下戸の私にとって和洋菓子の摂取の我慢が辛いところでした。

戦時中生まれの私にとって「砂糖」は貴重なモノでした。
深夜、親の目を盗んで舐めた砂糖の味は至福の極みでした。蟻もネズミも脱帽する絶妙なテクニックでした。この時に「砂糖の魔性」の虜になってしまったのです。

父親も下戸の実家では毎日甘いものが欠けることはありませんでした。
九州男児にとって「甘いものが好き」というのは恥であり、男らしくないという気風がありますので、実家を離れて以来若いうちは、「甘味好き」は人前では封印して、好きでもなく飲めもしない酒におぼれていました。

50歳を過ぎてから、下戸であることを白状して酒席は避けるようにしました。
その後は、一人で「甘味処」に入ったり、お美味しい和菓子を買い求めて密かに至福を堪能していました。

体重が90㌔をオーバーしたのが60歳台前半です。
この原因は甘味モノだけではありませんが・・・。
本当に各種の身体症状が表面化し、心臓疾患、糖尿病、高血圧、膝の関節障害、筋力低下と歩行困難を始め各種の症状を自覚するようになったのを機に5年前から、体重のコントロールを開始しました。

そして、目標体重を達成できたのが2年前。
以来、63㌔~64㌔をキープしてきました。

甘味断ちをしてからかれこれ5年。最近は甘いもはすっかり嫌いになったと言いたいところですが、さにあらず、甘味の甘美な誘いを我慢に我慢をして乗り切っていましたので、ふとしたきかっけで私の中の「ベルリンの壁」」も「万里の長城」も簡単に崩落してしまったのです。


.12 2014 未分類 comment0 trackback0
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プロフィール

Author:須藤文弘




歯科医師(1942年2月生まれ)
医事評論家
歯科医療コンサルタント
NPO法人日本歯科保健機構 理事長
東京医科歯科大学 昭和43年卒

 

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