エピソード2 若いママさんの恥じらいが可愛い

前回と同じ設定の次のシーンです。
時ならぬ老女方の嬌声地獄から逃れ出てホッと一息つき、再びメールの遣り取りに戻ろうかと思って居ましたら、左隣の若いママさんのか細い遠慮がちな声がしました。

彼女とは、同時に入店した際、大きめのバギーを狭い通路で操るのに苦労していたので力を貸したことで二言三言交わしたので話しかけやすかったのだと思います。

「あの~、先ほどの雨のアプリを渡しにも教えていただけないでしょうか。2か月前に、ガラ携からiPhoneに変わったばかりですのでよくわからいので・・」とのこと。

早速、アップル・ストアから無料アプリのダウンロードを教えました。
設定で、自宅住所を打ち込めば、本当に狭い地域の雨の情報を事前に連絡してくれること。
100円出せば、さらに2地点を追加できることも教え、そのダウンロードの指導もしてあげました。

これで、買い物に出かけていても、急な雨の報せをもらえること、それも10~15分前であること。その後、10分ごとに一時間の情報であることも教えました。
これで、洗濯物も安心だと彼女も大喜びでした。

さらに、地震情報アプリのダウンロードを手伝いました。これは、自宅住所一か所だけに通知されること。震度は自分で選べる。私自身は震度3以上の情報が来るように設定していますが、震度1からの情報が可能であることなどを懇切丁寧に教えてあげました。

さすがに若いだけあって、教えることをスムーズに理解してもらえて、順調にすべてのステップが完了しました。あと、2~3の質問を受け、それも難なく解決して一連のことが無事に終了して、ふと右の老婦人たちの方に目をやると、やや温度が下がり気味の底光りするような恐ろしい視線が向っていました。

「ご親切なんですね~」
「それだと、若いお方とも話が合ってよろしいですわね~」
「私たちは、頭が固くてとてもとても」
「男って幾つになっても・・・」と。これは声になっていませんでした。
「これなら主人の方がまだましだわ・・」と、これも声になっていませんでした。
針の筵に座らせられている心境だったと言えば大袈裟か。

若いママさんに、機器として教えている私の姿を二人でじっと観察していたようです。
「どうもありがとうございました」と、老婦人たちは席を立ちました。
何とも後味の悪い雰囲気でした。

気持ちが瑞々しい老婦人たちだったようです。

高齢化社会の到来、老人問題と言われますが、それは深い闇と謎だらけの未知の世界。
ましてや、老人を煽り立て、老人を刺激しその欲望をかき立てる商業主義が野放しである以上、老人問題は混迷を極めるでしょう。

私自身はどうかと問われれば、これがまた歯切れが悪い。
老人街道をドライブ中であることはよく理解していますが、積み荷が結構多い。
その中には、娑婆っ気の多い荷物も多々あります。

「スタップ細胞はあります」というどこかで聞いたセリフと同じで、
「まだまだ欲があります」という他はありません。

発心して老境に入るにはまだまだ時間が要る、というのが正直なところです。

病気をして自分が嫌な思いをしないように、周囲の者たちに迷惑をかけないように、病院で医療に不満で苛立たなくて済むように、毎日の生活をしっかりと組み立てて生きていくしか今のところありません。

自分の身体を自分で操ることは面白い。
ましてや、自分の身体の内部を自分で操るのはさらに面白い。
食事と運動と精神の調整。
これは、実に興味が尽きない人体実験です。
自己責任ですから、誰に不満を持つということもない、自分だけの最高の遊びです。
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.30 2014 未分類 comment0 trackback0

エピソード1 老人たちの欲望

ある日の昼下がり、駅ビルの茶店でお茶しながら、メール友達とチャット風に遣り取りを愉しんでいました。この種の安い茶店の座席はせめぎ合っています。

隣席の2人の老婦人達の視線は感じていましたが、いい年をした爺さんが「よくやるよ」と批判的な視線だと思っていました。ところが、そうではなかったようでした。

2人が、「雨は大丈夫かしら、洗濯物を干しているので心配だわ」などと話しているのが耳に入りましたので、お節介な私はメールを中断して、「雨降る」アプリを開いて見せてあげました。

リアルタイムの最新情報を提示して、
「この分では、あと1時間は大丈夫ですよ。これはこの地域の雨情報です」と教えてあげたところ、
「それは便利ですね!そういうことがしたい」
2人の老婦人から迫られて、私は座ったまんまの立ち往生状態。

彼女たちの話によると、ご主人は新聞をつかんだ置物みたいだし、テレビの前のお地蔵さんのような方々らしい。当然、PCにも携帯にも興味を示さない。子供たちも独立して家を出ているので、教えてくれる相手もいない。
などと、ひとしきりよくある愚痴のようなものを聞かされました。

よせばいいのに、地震情報アプリの「揺れくる」アプリを見せてあげたものだから、もう止まらない。

若い頃の、女子学生達がキャーキャー大袈裟にはしゃぐ構図が再現されたようでした。

厚くて重い歴史の塊。不動の自信と勘違いの塊。並の男より男らしい決断力の塊である老婦人達の取り扱いが難しい。いまどきの老婦人たちは、見かけと中身の違いが大きい。
中身とは、気持ちのことです。服の中身は見かけとさほど乖離はないと思います。

そのご婦人たちが突如として女学生風に変身したのですから、ドギマギして困り果ててしまいました。ますます、取説を探したくなったほどです。

彼女達のITリテラシーが皆目見当がつきませんので、参考になる言葉も指導のテクニックもない私は適当にその場を凌ぐのが精一杯。

余計なお節介をしたばかりに、スッカリ彼女達のひと時の遊び相手にされてしまいました。

でも、この小さな情報機器に老人達が並々ならぬ興味を持っていることはわかりました。

貝原益軒の教えは今の老人達には通用しない。
貝原益軒の云う老人達だとは少しも思っていない。
まだまだいろんなことをしたい。たくさんのことを体験したいとの欲望を露わにする老人達が沢山いるということのようです。

これからの高齢化社会は益々混迷するでしよう。なにしろ、ロールモデルがない未知の世界なのですから。

「自ら発心して老境に入る」なんてことは、それこそ露ほども思っていない。

欲望の赴くままに生き続け、倒れれば倒れたで医療と薬にあくなき欲望を追い求めてやまない。

高齢化社会の政策の構図が見えないのも至極当然の勢いのようです。
.30 2014 未分類 comment0 trackback0

各種健康法のその後

1. ジョギング好きの男の最後とは。
フィックスはオベリン大学卒業後、30代半ばで100kg近くまで太ってしまい減量のために毎日15kmのランニングを続けた。その結果30kg以上の減量に成功、「減量と健康増進を勝ち取った」としてマイペースでのランニング(ジョギング)を続ける健康法を記した上記著書の大ヒットで1970年代後半から1980年代前半にかけて全米を中心にした世界規模のジョギング健康法ブームの生みの親となる。

その背景には、当時から問題視されていた肥満の予防を目的とした健康ブームが挙げられ、同様に1980年代前半からエアロビクスもブームとなっている。

自らもジョギングの実践を続けていたが、日課としていたジョギング中の1984年7月20日にバーモント州の国道15号線脇で心筋梗塞を起こして突然死した。(52歳)
彼の死後
ジョギングの神様と呼ばれたジム・フィックスの死は各界に衝撃を与え、ジョギングブームは一気に衰退した。ジョギングは健康法として有用だが、体調によっては心臓に負担をかけ危険な場合があるという分析がなされた。現在ジョギングは一時期程のブームは去ったが、お金のかからない手軽なスポーツとして愛好者達の支持を得ている。

心臓への負担が少なく、より安全で高齢者でも実践できる点で「ウォーキング」がジョギングの代わりにブームとなった。

2. アトキンス・ダイエットのアトキンス博士(医師)
 循環器学者である米国人医師ロバート・アトキンスは自らが考案した、低炭水化物ダイエット、ケトン式ダイエット、低糖質ダイエットを提唱した。
このダイエットを始める前のアトキンス博士は116㌔の体重の超肥満。それが、彼自身のダイエット法を実践して70~80㌔まで体重を落とせたということです。
今、日本で大ブームの最盛期に在る「低糖質食」の先駆者です。
アトキンス博士は、2003年に凍った歩道で足を滑らせて転倒。頭を強打して亡くなりました。72歳でした。
博士の死亡時の体重は117㌔だったそうです。
見事にリバウンドしていたのです。当然、アトキンス・ダイエットは一気に下火となりました。アトキンス・ダイエットに便乗していた企業も倒産したことは当然です。

3. 「世にも美しいダイエット」
ノンフィクション作家の宮本美智子さんが著した本です。イラストレーターの夫の永沢まこと氏と共に食生活やダイエット本を出した。
この食事療法も、糖質を徹底的に排除する方法でした。
この宮本氏は、52歳で脳血管の病で亡くなりました。

今生きている者が健康法を説くのは難しい。
結果を見せていないのだから。エビデンスを提示していないのだから。
でも、医師・関連研究者・ジャーナリストたちが引きも切らずに健康本を出し続ける。

一般読者は、この中から普遍的と思われるものを嗅ぎ取って自らが実践するヒントを得ようとする。あるいは、丸ごと呑み込んでしまう。それでも、個人差や個体差の壁に突き当たる。

だから、一点集中主義の健康本に惹かれやすくなる。
「一日一食でいい」
「何々を摂れば長寿間違いなし」
などの本に影響を受けやすい。

ほどほどに参考にする程度にしていただきたい。
.27 2014 未分類 comment0 trackback0

危険な暑さと不吉な暑さ

2~3日前、恵比寿駅前の小さなホテルのラウンジで暑い盛りのひと時を過ごしました。
ハガキを書いたり、メールを遣り取りしたり、読書をしていましたら2時間が経過していました。

そろそろ出ようと立ち上がりましたら、親しいスタッフが、「外は危険な暑さですよ。もう少しゆっくりしてらして下さい」と気を遣ってくれました。

でも、身体は冷え切ってしまい、これ以上冷やしたら身体が不調を訴えるだろうとの不安もありホテルを出ました。

「危険な暑さ」という言葉が気になりました。とても暑いとか、すごい暑さとは表現していましたが、「危険な暑さ」とまでは言っていませんでした。

でも、この「危険な暑さ」という言葉が昨今の異常な暑さをよく表していると、スタッフの言葉に感心しながら外に出ました。

強烈な太陽と舗装道路からの反射、ビルのコンクリートとガラスからの反射と、四方八方から襲ってくる熱射が、あっという間に冷え切っていた身体を熱くしてしまう。

急ぎ電車に乗り込もうと足を早めていましたら、知り合いのご婦人に出会いました。挨拶をする前に二人で、ビル入り口の日陰に逃げ込み、太陽の直射を避けました。

ところが、そこはビルの入り口。
直射日光はないものの、吹き溜まりのようで高温のスティームバスのよう。
たちまち汗が噴き出てしまい、落ち着いた挨拶も叶わない有様。

互いに噴き出る汗を拭く動作が挨拶の言葉と同時になり、締まりのない邂逅となってしまいました。

ただ、ご婦人が別れ際に、
「関東大震災の折もこのような異常な暑さが続いていたそうですから、とても不安でなりません」と。

「危険な暑さ」と「関東大震災」という言葉が私の中で急速に広がり始め、そういう思い出眺めて見ますと、強烈な太陽に照らされているはずの街場が暗転したように思えました。

太陽は燃え盛り、ガラスは強い反射光を放ち、古いビルの壁面も白っぽく焼かれているというのに、何故だか、街中全体が暗く見えて来たのです。

広島や長崎の映像、関東大震災や大空襲の映像が生々しく脳を去来し、居ても立っても居られない心境に陥ってしまいました。

異常な暑さ、異常な長雨、異常な寒さ。
なんとなく、異常と感じることは多々あります。
異常な自然現象の下では、異常な心理に不安をかき立てられます。

とてつもなく明るく振る舞う人物の陰に感じる言い知れぬ暗部。
猛暑であえぐ首都圏の一方、列島各地では大惨事が頻発しています。

今年に夏も、残り少ない人生の貴重な時間をだいぶ消耗させられた気がします。
これ以上の異常の発生もなく、今年の夏が過ぎてほしいものです。
.24 2014 未分類 comment0 trackback0

世界一貧乏な国の大統領の演説 その3

私は環境資源に恵まれている小さな国の代表です。私の国には300万人ほどの国民しかいません。でも、世界でもっとも美味しい1300万頭の牛が私の国にはあります。ヤギも800万から1000万頭ほどいます。私の国は食べ物の輸出国です。こんな小さい国なのに領土の90%が資源豊富なのです。

私の同志である労働者たちは、8時間労働を成立させるために戦いました。そして今では、6時間労働を獲得した人もいます。しかしながら、6時間労働になった人たちは別の仕事もしており、結局は以前よりも長時間働いています。なぜか?バイク、車、などのリポ払いやローンを支払わないといけないのです。毎月2倍働き、ローンを払って行ったら、いつの間にか私のような老人になっているのです。私と同じく、幸福な人生が目の前を一瞬で過ぎてしまいます。

そして自分にこんな質問を投げかけます:これが人類の運命なのか?私の言っていることはとてもシンプルなものですよ:発展は幸福を阻害するものであってはいけないのです。発展は人類に幸福をもたらすものでなくてはなりません。愛情や人間関係、子どもを育てること、友達を持つこと、そして必要最低限のものを持つこと。これらをもたらすべきなのです。

幸福が私たちのもっとも大切なものだからです。環境のために戦うのであれば、人類の幸福こそが環境の一番大切な要素であるということを覚えておかなくてはなりません。

ありがとうございました。

.10 2014 未分類 comment0 trackback0

世界一貧乏な国の大統領の演説 その2

現代に至っては、人類が作ったこの大きな勢力をコントロールしきれていません。逆に、人類がこの消費社会にコントロールされているのです。私たちは発展するために生まれてきているわけではありません。幸せになるためにこの地球にやってきたのです。人生は短いし、すぐ目の前を過ぎてしまいます。命よりも高価なものは存在しません。

ハイパー消費が世界を壊しているのにも関わらず、高価な商品やライフスタイルのために人生を放り出しているのです。消費が社会のモーターの世界では私たちは消費をひたすら早く多くしなくてはなりません。消費が止まれば経済が麻痺し、経済が麻痺すれば不況のお化けがみんなの前に現れるのです。

このハイパー消費を続けるためには商品の寿命を縮め、できるだけ多く売らなければなりません。ということは、10万時間持つ電球を作れるのに、1000時間しか持たない電球しか売ってはいけない社会にいるのです!そんな長く持つ電球はマーケットに良くないので作ってはいけないのです。人がもっと働くため、もっと売るために「使い捨ての社会」を続けなければならないのです。悪循環の中にいるのにお気づきでしょうか。これはまぎれも無く政治問題ですし、この問題を別の解決の道に私たち首脳は世界を導かなければなりません。

石器時代に戻れとは言っていません。マーケットをまたコントロールしなければならないと言っているのです。私の謙虚な考え方では、これは政治問題です。

昔の賢明な方々、エピクロス、セネカやアイマラ民族までこんなことを言っています

「貧乏なひととは、少ししかものを持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ」

これはこの議論にとって文化的なキーポイントだと思います。

国の代表者としてリオ会議の決議や会合にそういう気持ちで参加しています。私のスピーチの中には耳が痛くなるような言葉がけっこうあると思いますが、みなさんには水源危機と環境危機が問題源でないことを分かってほしいのです。

根本的な問題は私たちが実行した社会モデルなのです。そして、改めて見直さなければならないのは、私たちの生活スタイルだということ。
つづく
.10 2014 未分類 comment0 trackback0

世界一貧乏な国の大統領の演説(その1)

会場にお越しの政府や代表のみなさま、ありがとうございます。

ここに招待いただいたブラジルとディルマ・ルセフ大統領に感謝いたします。私の前に、ここに立って演説した快きプレゼンテーターのみなさまにも感謝いたします。国を代表する者同士、人類が必要であろう国同士の決議を議決しなければならない素直な志をここで表現しているのだと思います。

しかし、頭の中にある厳しい疑問を声に出させてください。午後からずっと話されていたことは持続可能な発展と世界の貧困をなくすことでした。私たちの本音は何なのでしょうか?現在の裕福な国々の発展と消費モデルを真似することでしょうか?

質問をさせてください:ドイツ人が一世帯で持つ車と同じ数の車をインド人が持てばこの惑星はどうなるのでしょうか。

息するための酸素がどれくらい残るのでしょうか。同じ質問を別の言い方ですると、西洋の富裕社会が持つ同じ傲慢な消費を世界の70億〜80億人の人ができるほどの原料がこの地球にあるのでしょうか?可能ですか?それとも別の議論をしなければならないのでしょうか?

なぜ私たちはこのような社会を作ってしまったのですか?

マーケットエコノミーの子供、資本主義の子供たち、即ち私たちが間違いなくこの無限の消費と発展を求める社会を作って来たのです。マーケット経済がマーケット社会を造り、このグローバリゼーションが世界のあちこちまで原料を探し求める社会にしたのではないでしょうか。

私たちがグローバリゼーションをコントロールしていますか?あるいはグローバリゼーションが私たちをコントロールしているのではないでしょうか?

このような残酷な競争で成り立つ消費主義社会で「みんなの世界を良くしていこう」というような共存共栄な議論はできるのでしょうか?どこまでが仲間でどこからがライバルなのですか?

このようなことを言うのはこのイベントの重要性を批判するためのものではありません。その逆です。我々の前に立つ巨大な危機問題は環境危機ではありません、政治的な危機問題なのです。
つづく
.10 2014 未分類 comment0 trackback0

Rio+20における ムカヒ大統領の演説

ある朝、NHK第一の放送をイアフォンで聞きながらウオーキングをしていました。
落合恵子さんのトークが始まりました。その中で、表題のことに触れておられました。私も初めて聞く話でしたから、早速ネットで調べてみました。驚きました。近頃、これほど肺腑をえぐるスピーチを聞いたことがありません。

翻訳者が、演説の全文訳を自由にシェアしてもよいと許可されていますので、当ブログにシェアさせていただくことにします。

Rio+20とは
【1992年、地球サミット】
1992年ブラジルのリオ・デ・ジャネイロで「環境と開発のための国連会議(地球サミット)」が開催されました。この会議には世界172カ国、のべ4万人以上が参加し、「環境と開発に関するリオ宣言」や「アジェンダ21」が採択されたほか、「気候変動枠組条約」や「生物多様性条約」の署名も開始されるなど大きな成果を生みました

地球サミット、再びリオへ
2012年6月20-22日 、リオ・デ・ジャネイロ(ブラジル)にて国連持続可能な開発会議(通称 リオ+20)が開催されました。
これが、Rio+20です。
地球サミットから20年が経った2012年6月。再びリオで「地球サミット(正式名称 国連持続可能な開発会議、通称 リオ+20)」が開催されました。この20年間、私たちをとりまく世界はどう変化したのでしょうか。社会制度の改革や技術革新など多くの真価があった半面、気候変動問題や生物多様性の損失、化石燃料の枯渇や食料問題などまだまだ未解決の課題もたくさんあります。

このRio+20で、ムカヒ大統領の演説は一番最後に行われました。世界で一番貧しい国の大統領の素晴らしい演説は、会場に残る人も少ない中で行われたそうです。
勿論、この素晴らしい演説が我が国のメディアにのることもなくほとんど無視されているのです。

以下、三回に分けてシェアいたします。

.10 2014 未分類 comment0 trackback0

老年街道の旅人

来年の正月プランがホテルから届きました。毎年、この時期に届けられるこの案内には心底閉口しています。都内の、いや日本を代表するホテルの所業にしては品格を疑わざるを得ない。

幼少年街道、青壮年街道を馬車馬のごとく突っ走って来た人生。
老年街道に辿り着いてやっと速度を落とし、立ち止まり、周囲に目をやる生活を始めた。

予定に追われることもなく、気の赴くままに即席のプランに時間を遣う。ふと立ち寄った店の品物に興味を覚えれば、店主と話し込んで時間を忘れてしまう。

次に進む街道は「老衰街道」であり、その先は、「消滅の門」が待っている。

だからこそ、老年街道は時間をかけてユッタリと旅をしたい。
そして、老衰街道の旅は足早に過ぎ去り、消滅の門を戸を開けたい。

この旅人に、この時期の正月プランの案内は迷惑至極。怒るほどの元気はないが、呆れて苦笑せざるを得ない。

思えば、家族で何度か正月をホテルで過ごしたことがありました。都内のビッグスリーと言われるホテルでのこともありましたが、馬鹿馬鹿しくて笑ってしまうような正月を過ごしました。

その点、今は存在しませんが、麻布プリンスホテルでの正月は、趣があり、万事が控えめなサービスが滞在客に安らぎを感じさせてくれました。

希少価値があった、ヨーロッパスタイルのこの小型ホテルは、建物と経営形態の
陳旧化に抗えず廃業となりました。

その後、何度か都内有名ホテルでの正月を体験しましたが、笑止千万!

正月プランで受け入れた客を経済効率良くシステムで捌こうとして捌き切れず、館内で消費させようとするあざとさばかりが目に付く、不愉快極まりないものでした。

「老人街道をユッタリ旅をしている邪魔をしないでくれ」と、各ホテルに電話をすればよい。去年もそのように思ったのだが、急がなくても良いことだと放置している間に一年が経過したということになります。

今年は、早速電話をすることにします。
早速とか、手早くとか、素早くなどという行為と無縁でいたいのに、今だに急かされることから解放されていません。
.09 2014 未分類 comment0 trackback0

恐るべし 花火大会

見えないということの恐怖、
ゼットコースターで目をつむった場合の恐怖は倍増すると言われる。

急降下も急旋回も見えていれば脳にインプットできて、予め備えができる。ところが、目を瞑っているとその情報が入らない。次に展開される事態を把握出来ないと恐怖は倍増する。

昨夜、私が住まいする市川市の花火大会がありました。炎天下の昼間から場所取りの人が押しかける盛況だった由。

昨年も一昨年もこの日は都内に居ましたので、観ることはありませんでした。今年は在宅していましたので、開始時に自宅から鑑賞しましたが、代わり映えしないことの繰り返しなので5分程で観るのをやめました。

不快指数の高い日でしたから、戸を閉めてエアコンをかけ部屋に閉じこもり横になって読書を始めました。

市川市に転居する前の住まいは、何処の場合も花火の開催地から距離がありましたので感じませんでしたが、花火大会の発する轟音の凄さに閉口しました。

遠かろうと近かろうと、花火が上がるのを見てさえいれば、距離に応じた轟音を予測できます。ところが、開催地の近くでブラインド状態でいますと、轟音の到来が予測できません。

ドーンバリバリ、ドドーンドンドンと、不規則に爆発音が襲って来ます。
心臓の鼓動は不規則になり、血圧の上昇が明らかです。

気を紛らわそうと読書に気を向けますが、突如襲ってくる不規則な轟音に読書どころではありません。一定のテンポなり、リズムがあればこれほどの恐怖にも似た不快感はないのでしょうが、とても精神の安寧は保てません。

私は、子供の頃の防空壕の記憶の中にいました。焼夷弾の炸裂音が響く中、子供ながら戦争に慄き、アメリカを憎んだあの頃の記憶がまざまざと蘇って来ました。

滅多にない、呼吸の乱れと不規則な心臓の動きに息苦しさを感じ、カーテンを開けて花火に目をやると、轟音の襲来が予測でき、血圧も心拍も落ち着きを取り戻せました。見飽きた花火、再び部屋にこもると同じ不調に見舞われました。

次に連想したのは、中東地域の人々の恐怖感です。毎日飛来し炸裂するロケット弾が、どれほどの恐怖と不安を彼等にもたらしているかです。
何年も続く、戦争かでの生活の悲惨さです。

精神は病み、肉体も病む。

花火大会の開催地地域の住民の中には病気療養中の方々も多々居られることでしょう。地域の病院には多くの方がおられるでしょう。その中には、心機能障害の方も少なくないはず。

予定された日程、予定された時間とはいえ、開催時間中、苦痛を覚え恐怖を感じている方も多いのではないか。
なんとか健康に過ごしている私ですら、戦時中を思い出し、いま戦争に苦しむ人々を思い馳せるほどの苦痛と恐怖を感じたほどですから。

都会の河川とはいえ、いまや人口密集地。花火大会を喜ぶ人ばかりではない。
ごく少数とはいえ、生死を彷徨うほどの被害を受けている人がいるのではないかと思わざるを得ない。

70有余の人生で、花火大会開催地の直近に住むという体験をして初めて知ったことです。

花火を見ていさえすれば難なくクリアできるとは思いますが、ごく少数とはいえ、それも叶わぬ人もいます。

可愛い浴衣姿の娘さん。だらしなくみっともない浴衣姿の若い男たちがあげる歓声も極暑下の捨てがたい風物かもしれない。しかし、現代の花火大会は趣旨が変わって来ている。

豪華になりすぎている。無駄の極み。花火製造業者の競い合い、花火製造業者の為のコンテスト。テレビ番組制作の為イベント化しすぎていないか。

もっと轟音を抑制した、夏の風物詩としての落ち着いた花火大会で良いのではないか。花火製造業者の対抗戦を野放しで許しておいて良いのかと、憤りすら感じた花火大会でした。
.03 2014 未分類 comment0 trackback0
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プロフィール

Author:須藤文弘




歯科医師(1942年2月生まれ)
医事評論家
歯科医療コンサルタント
NPO法人日本歯科保健機構 理事長
東京医科歯科大学 昭和43年卒

 

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