街で 哲学する

朝のウオーキング中にラジオを聴いています。
NHK第一の番組で、哲学者の鷲田清一さんの話を聞きました。

鷲田清一さんは、気さくで気取らない哲学者で、氏の本は何冊か読んでいます。
鷲田さんの本だけを一週間読み続けたこともあるくらいです。それでも、「哲学する」ということを理解したわけではありません。

その日の氏の話は、街に出たら、いろんな光景や事象に「哲学する」楽しみがいっぱいで、感動することが多いというものでした。

私も、歩きながらも、車窓からも、いろんな光景や事象を目にしていちいち考えてみたり、考え込んでみたりはしますが、「哲学する」という意識を持ったことはありません。

目に入るか各種のものから、何かと批判したり、反省したり、納得したりという極くありふれた平凡な思考しかしていません。
それも、一過性のもので、その日の終わりにはすべて忘れ去っているという次第で、自分を幾分かでも向上させたとか、認識力を高めたとか、思考力が高まったというような実感はありません。

その日の話は、般若経を暗誦した子供の話でした。般若経を編集している編集者の母親の仕事をする背中を見ているうちにいつの間にか暗唱してしまったというものでした。

そこから、最近の子供は「親の背中」をみることから学ぶ機会が少なくなっている。ほとんどの親は自宅以外の処で仕事をしている。自宅では寛ぐ姿しか親は子供に見せていない。

さらに発展して、最近の教育の問題になり、現代の子供の教育において欠落している事項の話に及んでいました。私の理解の範囲では、哲学というよりよくある思考の範囲だし、平凡な考量の域を出ているとは感じられませんでした。

哲学書というのは、ソクラテスであれプラトンであれ、難解な哲学用語を駆使して著述してはじめて哲学書らしくなる。宗教書も、開祖の言明を難解に著述してはじめて宗教書の難解さに苦しむ。

これを、誰にも分る「哲学の話」や「宗教の話」にしてくれた途端に何ら特殊なものではなく、ごく普通のレベルの話になってしまう。

専門用語というのは、得てしてそういうものだろうと思います。

難解で、あり難きものだと思わせるには、書いている本人がまず理解できないようなもの。
翻訳した本人が、さっぱり訳が分からないようなものあることがキモのような気がします。

でも、現代はそのようなものは受け入れられない。
誰にでもわかるように解説できるものならそのようにすべきですが、それでは、「有難み」も「高貴な難解さ」がなくなってしまう。

哲学などはその典型で、そんなことを大学で高い給料をもらってやる必要があるのかと言うところまで行ってしまいます。

哲学者や宗教家が、現代の人間の生活に大きく寄与し、現代の政治の歪みを正す影響力を発揮しときに評価が改まり、その存在価値を多くの人が認めることになるのではないでしょうか。
宗教家も、哲学者も「存在するが沈黙している」現在の状況では、世の中に何ら寄与しているとは言えない。

私も、今度から、鷲田さんに倣って、街中で哲学してみようと思いますが、単なる自己満足の思考しかできない自分について哲学できれば、大きな進歩でしょう。
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.29 2014 未分類 comment0 trackback0

雨の鎌倉 浜辺を散歩  「バリア有り~」な散歩道

悪天候の中、拠所ない用事があり鎌倉に行きました。
知人に会い、拠所ない用事が終わった後、拠所ない事情で海岸に向かいました。

普段は散歩者が多いという浜辺には人影もなく、浜辺が持つ特有の寂しさが辺りに漂っていました。私が会った今日の知人は、多少変り者で、この人影のない浜辺を散歩しようというのです。

砂浜に、我々だけの足跡をつけながら歩こうというのです。
雨模様の日でもありますので、ウオーキングシューズを履いた私は、気が進まないばかりでなく、バカバカしい提案に少なからず憤りを内心覚えました。

しかし、それも一興とばかりに提案に乗ってみました。丁度雨は小降りでしたので傘をさして砂浜に出てみました。
一歩ごとに砂に沈む足は次第に重く感じ、一歩一歩が苦痛になってきましたが、提案者はすたすたと快調なテンポで歩いています。だんだん差が開き、追いつくのに苦労しました。

毎日、155.000歩を歩く私には意外な展開となってしまいました。
普段、バリアフリーの舗装道路ばかりを歩いているわけではありません。都心のビジネス街ならばともかく、古い住宅地に住まいする私は、蹴躓きそうなひどい道路を歩いています。

それでも、今日の砂浜の散歩には脱帽しました。足腰に苦痛を感じてしまったのです。
提案者の意図がはっきりしました。
その人は、毎朝、レトリバーを連れてこの浜の砂浜を散歩しているのです。「散歩だ、ウオーキングだ」と熱く語る私に、砂浜を歩くことを体験させて、「バリア有り~」の道路の歩行を教えてくれたのです。

そういえば、ある人が、普段「歩行ブロック」の上を歩けるときはできるだけ歩くようにしているという話を聞いたことがあります。
出来るだけ不安定なところを選んで歩いているということです。

不慮の事態に対応できるような歩き方をしているということでした。

舗装が行き届いたバリアフリーの道路を歩いてばかりでは、ちょっとした段差でも転んでしまうということです。また、そのような温室のような道路ばかりでは足腰は鍛えられないよと、今日の提案者は教えてくれました。

そう言われれば、普段のウオーキングでは、無意識のうちに、蹴躓かないように注意しながら安全なところを選んで歩いていたような気がします。

鎌倉からの帰りの電車の中で、すでに足腰に疲れを感じ始めていました。
犬を連れているとはいえ、毎朝砂浜を数千歩歩くのがふつうの今日の知人の足腰は、私よりはるかに鍛えられているのかもしれません。

明日からは、普段のウオーキングのときに「バリア有り~」な道路を歩いてみることにしてみます。
住まいの中も、角張ったところを作り、バリアだらけに模様替えをしてみようと思いました。

僅か2.000歩ほどの砂浜散歩で疲れ果てた私を、駅近くの素敵な喫茶店に誘い、美味しい珈琲とケーキで労わってくれました。
厳しく優しい知人に感謝しつつ、しばしの別離をして、感慨深い思いを胸に帰宅の途につきました。
.29 2014 未分類 comment0 trackback0

歳のせいですよ では 不満

知人が医者にかかって諸種の検査を行った結果、「いくつか気になるデータがありますが、歳のせいだと思いますよ」と言われたことが気に入らないらしく、私に「全くはっきりしない医者だよ。歳のせいにして片づけやがった」と、怒っていました。

「ストレスのせいですよ。少しのんびり過ごしてみてください」と言われて憤慨していた知人もいました。

私は、彼らは良い医者にかかったと思っています。「歳のせい」と「ストレス」という診断(?)をした医者が悪く言われることがよくあります。

何かはっきりした病名をつけてくれて、その病気に良く効くという薬を処方してくれてはじめて、ストーリーが完成したと安堵する人が多い。
薬を飲み始めれば始めたで、現代人は副作用の情報にさいなまれる。飲むがいいか、飲まざるがいいかを悩み始める。

老化には逆らえない。
ストレスのない生活なんてありえない。
どんな人にもストレスはあり、その人が感じるストレスがその人にとっては最大のもので、他者のストレスと比較しようがない。

外傷や悪性腫瘍などを除けば、老化とストレスは身体を蝕む最大の原因です。

老化とは、避けられない以上愉しみながら付き合っていくしかない。
ストレスは笑い飛ばして軽減していくしかありません。

医者も、次から次に襲ってくるストレスのことは、わが身のことをとおして熟知しています。ですから、ストレスをなくしましょうとか、少し休養してみてはいかがですか、ということの現実的な難しさを承知の上でアドバイスしています。

それを、「具体的にどうすればいいんだよ」、「何か良い指導をしてくれよ」というのは無理な要求というものです。自分で対処する他はありません。

「あなたは、欲をかきすぎているんですよ」とか「限界以上のことを求めすぎているんですよ」とは、なかなか言えないでしょう。
また、それらに処方する薬もありませんよ。

老化は病気ではありません。自然の摂理です。
ストレスのいない生活なんてありえません。

せいぜいできることは、日々の生活を無理のないように過ごすこと。
過大な欲をかくことで、わざわざストレスを増大させないように生きることです。

憤懣やるかたない知人に言いました。
「良い医者にかかっているね」。
「信頼できる医者だよ」。

痴人もわかってはいるのです。
ですから、笑って納得してくれたようです。

医療は病気をなす行為を言います。
健康診断をして、年齢や性別、生活環境などを無視して、平均値から逸れているデータを言挙げして、各種大量の薬を飲ませることが医療とは思えません。

生活習慣病なら、生活習慣の改善が、まず最初にしなければならないことです。

老人の身体の不調には、すぐ薬ではなくて、自分の身体の声を聴き、平素の生活の仕方を顧みることが肝要です。

.28 2014 未分類 comment0 trackback0

W杯と心筋梗塞

サッカーに興味がない私には、ここ数日の異様な盛り上がり方、異様な盛り上がらせ方を奇異に感じていました。
本当に日本人はサッカーが好きなのだろうか。
若者のあの狂乱ぶりは本物なのだろうかと、怪訝で仕方がありませんでした。

獰猛な野獣にも似た外国の選手。日本の選手をはるかに凌ぐ体格。野性味を帯びた並外れた身体能力と運動神経。

野生の虎と飼い猫。野生のライオンと飼い犬。
まるでオーダーが異なるものとの闘いに見えてなりませんでした。
日本人選手が挑んでも根本的に敵うはずもいない相手に、ルールという保護システムを頼りに歯を食いしばって頑張っている姿は痛々しい。

サッカー、ラグビー、フットボール、バスケットなど、身体が激突するスポーツでは、世界を相手にするのは所詮無理がある。

この無理を十分承知の上でありながら、煽るだけ煽るマスコミに洗脳される日本のサッカーファンも情けない。「サッカーは終わりました。はいっ、次の話題は」と、別人のような顔をして流していくマスコミが捏造する次の話題に一緒になってついていく、この素直すぎる風潮にはこちらがついていけません。

ゴルフも同じです。
綺麗に手入れが行き届き、一般ゴルファーが十分に楽しめる箱庭ゴルフ場でしかプレーしない日本人ゴルファーが、全英オープンなどに出ていき世界の舞台で世界の強豪と闘うという。その世界の舞台とは、荒涼たる荒れ地にカップを掘ったようなところだ。
天候は荒れ狂い、天地に独り取り残されたような恐怖を覚える、荒れて荒んだ、大袈裟にいえば天地創造の時代のようなゴルフ場だ。

平素、京都の寺の庭園のような、観光用ゴルフ場で天下をとったように振る舞う、ペットのようなプロゴルファーが闘うフィールドではない。

全英や全米で闘うゴルファーを要請するためには、国内にそのレベルのゴルフ場を作り、プロのトーナメントを行うべきだとは言われて久しいが、それでは、一般アマチュアゴルファーが喜ばないという。

だから、一般アマチュアが楽しめる程度のゴルフ場で、勝ったの負けたのというレベルが日本のプロゴルファーなら、永久に世界で通用しないでしょう。

ただただ群れて騒ぎたい・・ファンと称する群衆は、「はい、サッカーは終わった。次は何?」とさらっと去っていく。箱庭のペットが荒野の野獣と闘わされてさらっと捨て去られる現象をみていると、日本の選手たちが哀れでなりません。

さて、世界ではいろんなことが起きるようです。
最近読んだ本によれば、ドイツのサッカーファンは日本とは比べ物にならないほどの狂乱ぶりだそうです。

ドイツがW杯で闘う日は、救急車の出動が平素の2倍、3倍になるそうです。
ドイツが破れでもしようなら、脳梗塞、心筋梗塞で病院に搬送される者が急激に増えるそうで、関係機関はそれに備えなければならないそうです。
これは、ドイツ・マクシミリアン大学の内科医・ウテウイルバート・バントが発表した論文・「ワールドカップと心筋梗塞」で明らかだそうです。

PKでキッカーになりたがらない国。失敗すると帰国して殺される危険性があるという。
ブラジルやアルゼンチンのように、W杯での優勝を義務付けられている。このような国の選手たちの重圧は想像できないくらいです。コロンビアのエスコバルという選手は、オウンゴールによって米国戦を落とし、帰国後、銃撃されて命を落とした。

お祭りとしてのサッカー。何でもいい、群れて大騒ぎできればそれでいい。終われば、マスコミが提案してくれる次のお祭りに参加するだけだという日本は、選手にとっても天国なのかもしれません。

集団的自衛権で世界の戦場に日本の兵士が出ていこうかという事態が差し迫って現実化しようとしている。
渋谷の交差点を埋める若者たちの群集が、「フレーフレー日本」と、日章旗を振りかざして囃し立てる事態が到来する。とは、思いたくはないが、なんだかそのようなことも想像に難くないという不安はあります。
.26 2014 未分類 comment0 trackback0

飲む 鬱 買う

「飲む 打つ 買う」の三拍子は、大酒を飲み、博打を打ち、女郎を買う。つまり、かつては男の悪行の代表的なものとして言われていました。このようなあまり芳しくない猛者は今も健在ですが、現代は多少趣を異にしているような気がします。

「麻薬を飲む 麻薬を打つ 麻薬を買う」の三拍子は、目下ASKAのことが騒がれていますように、可成り社会に浸透してきており、我々が知っている以上に深刻な事態になってきていることはご存じのとおりです。

超人的に活躍する各界の著名人に少なからず麻薬の常用者が存在することはつとに知られていることです。
普通人の何倍もの時間を所有しているかの如く感じる。常人をはるかに超える感受性。並の人間では到底考えられない驚異的パワー。

すべてに渡り、全能感に打ち震え、スーパーマンに変身したような満足感。一度覚えたら、その「薬」から離脱することはほとんどの人が不可能となる。

さて、表題ですが、
現代社会で善男善女が陥っている「薬中毒」があります。つまり、常用薬から逃れられない。離脱したいが、恐ろしくてできない。しかし、薬の副作用をはっきり意識するようになってきた。でも、担当医は、淡々と薬に処方を止めようとしない。

「薬を止めてみようと思うのですが・・」と申し出ると、「責任を持てませんよ。飲んだ方が安心ですよ」と言われると、止める勇気がなくなってしまう。
かくして、薬を飲む、鬱になる、さらに薬を買いに走る悲劇的スパイラルの中でもがき苦しむという現代の三拍子ということになってしまいます。

患者のAさんから相談を受けたのは、一昨年末のことでした。友人の奥さんが、すっかり「鬱」になってしまい、気力が衰えて何にもする気がなくなり、なんとなくぼんやりしていることが多くなった。どうすればいいのかということでした。

「降圧剤の服用は?」、「コレステロール低下薬の服用は?」、「まさか、抗うつ剤の服用は?」なさっている方ですかと問いますと、翌日電話があり、そのすべてに該当するし、それ以外にも数種類(内容は不明)の薬を服用しているとのことでした。

JR東日本と帝京大学の研究によると、飛び込み自殺(という人身事故)をした中高年の男性の9割が、コレステロール低下薬の常用者だったと言います。

また、コレステロール値が下がると、免疫力が落ちがんになりやすく、全身の細胞の細胞膜の健全性が落ちることは明らかになっています。
そのうえ、コレステロール値下がると、気力が低下して「鬱」になるというデータも出ています。脳細胞膜にも異常をきたすのですから。

かなり前から、高血圧は200以上でなければ気にすることはない。コレステロール値に至っては何もすることはない。自分の身体の節理に任せておけばいいという説を主張する専門家も多々いました。

私は、40歳ころから、血圧は高め、コレステロール値も高め、尿酸値も高めで今日まできました。医者からは随分決まり文句で注意というか脅されたものですが、すべて無視してきました。脅された症状は一切出ることもなく、72歳の今日、何一つ薬を飲んでいません。
タバコも適当に吸っています。すでに50年以上喫煙をしていますが、肺機能も循環器機能にも異常はありません。

さて、患者Aさんの友人の夫人ですが、薬を止めることはできずますます事態は深刻となり、今年の春先に亡くなったということでした。

止めていれば元気になったのか、止めていればもっと長生きできたのか、止めたらもっと悪化したのか、こればっかりは分かりません。
多少ともいえるのは、薬の副作用(目的の病気に対しての効果を主作用といいます。主作用は強く、副作用は弱い印象を受けますが、副作用もまた目的の病気以外の点では主作用を持っています。つまり、副作用も強いのです)が、そのご夫人のQOLを著しく損じて来たであろうということです。

医者は、ガイドラインに沿って診断し処方していれば医者自身の身を守ってくれるでしょうが、患者の身が守られているとは言い難い。

医者が末端の薬の売人であってはならない。医療機器メーカーが開発した機器を操作して喜ぶ子供であってはなりません。

今一度、製薬メーカーから医療を医者が取り戻さなければなりません。そして、まともな医療が高く評価されるような制度にパラダイムをシフトしなければなりません。
.20 2014 未分類 comment0 trackback0

白木みのる と コレステロール

あれはいつの頃か定かではありませんが、多分私が高校生か大学生の頃だと思います。
「てなもんや三度笠」というTVの喜劇が人気でした。藤田まことの相方である白木みのるという小柄な人気俳優が居ました。

昭和61年から67年まで続いた人気番組に「スチャラカ社員」というのがありました。
中田ダイマル・ラケットの決定版の喜劇でした。海山物産という商事会社が舞台で、ミヤコ蝶々が社長。中年の無気力社員がダイマル・ラケットで、支店長が横山エンタツ。

若手社員には、川上のぼる(腹話術師)や藤田まこと、長谷百合と藤純子。そういえば、課長役で長門勇も出ていました。
この喜劇に、少年給仕の役で出ていたのが、白木みのるでした。

なぜ、長々と記したかといいますと、この喜劇ドラマのスポンサー企業が小野薬品という製薬会社でした。
この小野薬品のコマーシャルソングを歌ったのが白木みのるでした。

♪動脈硬化も血圧も コレステロールのせいなるぞ~♪
というのがそのコマーシャルの歌詞でした。

多分、小野薬品がコレステロール降下剤を製作し販売していた頃なのでしょう。

白木みのるが甲高い声で歌うこの歌が、いまだに耳にこびりついて離れません。
多分、私の同世代から上の人たちにも大勢いらっしゃるのではないかと思います。TVが登場して以来、このような刷り込みをたくさん強制されてきたように思えます。

最近では、「ビリビリ!ジンジン!チクチク!は神経からのSOS!神経の痛み・・・」。
つまり、神経障害性疼痛に相当する人は「お医者さんに行きましょう」という巧妙な宣伝が製薬会社によって行われています。製薬会社名は画面の片隅に小さく記されているからよくわかりません。

症状を言って、病院に行かせて医者に薬の処方箋を書かせ、薬局で受け取らせようという販売戦略をとっているようです。もろに、具体的な薬品名をあげて、何々製薬というスタイルを避けているようです。「禁煙外来」という宣伝手法も同じパターンですね。

さきの、コレステロールですが、動脈硬化と高血圧の原因はコレステロールなのだという
ことを繰り返し宣伝した効果は大きい。

以来、病院で検査の結果コレステロール値が高いと、「このままでは動脈硬化を起こして命にかかわりますよ。高血圧の原因であるコレステロール値を下げないと大変な事態になりますよ」と医者から脅されれば、一も二もなく薬に飛びつくということになります。

鉄道への飛び込み自殺は「人身事故」として日常的に報道され片づけられていますが、この中には、コレステロール降下剤、血圧降下剤、向精神薬の常用者が多数いることは報道されません。

そして、今日も薬がバンバン処方され、副作用も何のその、薬離れのできない患者さんと、薬を出すことしかできない医者の腐れ縁は断ち切れません。

近頃、検査値の基準が見直されたりして医療現場では混乱が起きておるようですが、ガイドラインに従うことで責任を回避しようという医者と、薬離れが恐ろしい薬好きに調教された多くの国民自身が発想の転換ができない限り、混乱は悲劇につながるでしょう。

白木みのるから書き起こすほどのことでもないし、白木みのるという人物の責任を問うているのでもありません。

しかし、タレントがもつ影響力が大きければ大きいほど、コマーシャルは広く深く深刻な問題を孕んでいるのです。
私は、彼らタレントがやるコマーシャルであればなおのこと信用しませんが、あの人が宣伝しているのだから責任を持ってくれるのだろう、信用してよいのだろうと思う善男善女が沢山居ることも、悲しいかな、現実なのです。

さて、どこから手をつけますか。
.18 2014 未分類 comment0 trackback0

ガタガタ言わずに2つ返事 ガタガタ言わずに断る

今日撮影散歩をした仲間とは、誘い合ったときはいつもYes or No です。
付き合いは40年以上になりますが、若い頃に、誘われたらがたがた言うのは止めようぜ。
誘いに乗るのに条件を付けないようにしようと約束をしたように記憶しています。

「来ないか?」
「駄目だ」
「来ないか?」
「行く行く」で付き合おうというものでした。

「来ないか?」
「これこれなら行ける」
「じゃあ又な」
と、単純明快な付き合いを続けてきました。

政治を語り、経済を語り、世の中を語り、健康について語り、女性を語りと、談論風発でした。侃侃諤諤、喧々囂々、若い頃は激論を重ね険悪な空気が流れたことも多々ありました。しかし、あとを引くということは皆無でした。

一人は元官僚、一人は現役の弁護士、私はしがない町医者の端くれのなれの果てですから、職業的に被るところが少ない。だから、互いに言いたい放題。
話題が豊富な3人ですから、あれこれ話をしているうちに時間切れ。

ですから、互いの家庭のことをほとんど知らない。子供の結婚式に招かれることも互いにありませんでしたからよく知らない。
最近会っても、孫がいるのかどうかもよく知らないという摩訶不思議な40年以上の付き合いです。

話題といえば多岐にわたりますが、努めて明るい話の展開をなんとなく意識し合っているのでしょうか、暗い話題で深刻になった記憶がありません。
個人的なことで相談など思いもよらないことです」。

私も、このような仲間は他にいません。
たまに、女性をゲストに迎えますと、こんな人たちは初めてだと言われます。
とても居心地がいいし、愉しいと言われます。

本当に役に立つ情報の交換をした後は、誰かが振った話題について活発に議論をゲーム感覚で心から愉しむ。
飲める奴は飲むし、飲めない私などは、茶を飲んだり合間に少し焼酎を飲んだりのマイペース。

3人ともいい年齢になりました。
いつまで交流できるかわからないというのが実情です。
努めて健康に留意して末永く付き合いたい仲間です。
.08 2014 未分類 comment0 trackback0

須藤公園とは

私とは全く関係のない「須藤公園」です。
マイナーな名前を冠した公園は広い日本でここだけです。なにか、親しみを感じて、四季折々に訪れて、勝手に癒されたような気になっているだけです。
地下鉄千代田線千駄木駅から徒歩2分で行けます。

加賀藩、富山藩、大聖寺藩の前田家三藩の屋敷跡を文部省が買い上げて東京大学を作ったことはよく知られています。赤門の由来は家斉が前田家に嫁ぐ姫のために作った話もよく知られている史実です。

その三藩の中の大聖寺藩の下屋敷が、明治維新後長州出身の品川弥次郎の邸宅となり、明治22年(1889)に実業家須藤吉左エ門がこれを買い取りました。

昭和8年(1933)に須藤家から当時の東京市に公園用地として寄付され、 昭和25年(1850)に文京区に移管されました。

公園は、高低差のある台地と低地を活かし、斜面にはクスノキなどの大木が植えられていて、緑豊かな景観を見せています。 中心部の池には、 斜面を流れ落ちる滝の水が注がれています。 池には、約30坪(100㎡)の中の島があり、弁財天の祠堂が祀られています。カメもたくさんいます。

公園の中心に位置する池は回遊式で、池の畔には藤棚が設けられています。池の西側には中の島という小島があって、弁財天の祠堂が祀られています。島には、玉石を敷きつめた州浜があり灯篭が置かれていて風趣をそえています。

池の北側の台地には、滝があって水が勢いよく流れ落ちています。 約10メートルの高低差のある滝の水は、橋を潜って池に注いでいます。滝は、「須藤の滝」と名づけられています。

中の島の北側に弁財天の祠堂が祀られています。 島へは、 祠堂の正面と横手と二つの橋が架けられています。祠堂と橋はともに朱塗りで目を引きます。

台地の上には広場があって、ブランコなどの遊具もあります。
広場の先の園路を上って行くとクスノキの巨木のある北側の入口です。途中の斜面にカタバミの花が咲いていました。
公園脇に急坂があります。

原財閥家が寄付した横浜の三渓園も似たようないきさつの公園ですが、三渓園に比べようもないほどのこじんまりした小公園です。

江戸の下町のど真ん中にあり、界隈の情緒と相まってそれなりの雰囲気を感じられて、規模にもかかわらずそれなりに味わいがあります。
藤棚はなかなかの圧巻です。

繰り返しますが、私とは全く無関係です。
でも、お近くにお越しの折には是非お立ち寄りください。
感動的に狭い公園です。

今日の仲間とは、私がこの近くの馴染み(というほどでもありませんが)のうなぎ屋に案内し、かば焼きに舌鼓をどんどん打ってもらいました。
いつもは一人で行くのに、今日は連れが居たことに主人が驚いていました。
さらに、いつもは酒を飲まないのに少量ながら酒に口をつけた私に驚いていました。

ひとは、状況でコロコロ変わるのです。

「須藤公園?」と怪訝な顔をしていたBは、公園に入るなり大笑い。
なぜ大笑いしたのかはわかりません。
勝手に笑わせておくのが私の流儀ですから。
.08 2014 未分類 comment0 trackback0

懐かしかった「藪下通り」

<永井荷風:日和下駄より>
絶壁の頂に添うて、根津権現の方から団子坂の上へと通ずる一条の路がある。私は東京中の往来の中で、この道ほど興味ある処はないと思っている。・・・
藪下通りをこのように記述した荷風の思いがわかるとは申しませんが、この界隈は大学時代には何度も来たものです。

森鴎外の記念図書館があり、近くには夏目漱石の旧宅があります。
パソコンもスマホもAKB48もない時代は、文学に感染する時期があったものです。彼らがあふれる才能で書いたものか、いい加減に書いたものかはともかく真剣に受け止めてなんだかんだ口角泡を飛ばし」をしたものです。

司馬遼太郎が「街道をゆく」の「本郷界隈」の中で「藪下の道」にふれています。
この司馬の「藪下の道」の中で森鴎外が明治42年に書いた「団子坂」になかなか面白い一文があると紹介しています。
とても、明治42年に書いたとは思えません。引用してみましょう。
登場人物は男女の学生のみで、対話だけで進行します。主題は、男女に清い交際″というものがありうるかということです。
 
藪下の道を歩きながらの対話。
女、「……でも、又あなたの処へ寄ったのは秘密よ」
男、「あなたはこんな事をいつまでも継続しようと思っているのですか」
女は、とまどう。「そうならそうで好くってよ」 こういう会話体は、教育のある令嬢ふうです。
さらに男は、いう。「……あなたが僕の傍に来て、いくら堅くしていたって、僕の目はあなたの体のどんな線をだって見ます。そしてあなたはそれを防ぐことが出来ないのです」
女、「随分だわね」と、下を向く。・・・

男、「一体あなたのいつも言っている清い交際というものですね。僕の方でも云っていたのですが(註:以前、男のほうも、清い交際を唱えていたのだろう)、そんな事が不可能だということは、欧羅巴(ヨーロッパ)なんぞには一人だって知らないものはありますまい」
 ヨーロッパでの恋愛の場合、肉交(明治時代の文学の言葉)が加わるというのである。やがて、女の家への曲り角にくる。
女は、ついに言う。この一幕物の対話劇は、口説のあげく、この次のひとことを女にいわせるために、書かれているようです。
「あしたはわたくしも決心して参りますわ」 女は、小走りに去る。
 
まあ現在の恋愛小説でも使えそうなフレーズですね。このテーマに時代はないようです。
表現にいささかの違いはありますが、直截な現代よりはむしろドキドキします

三人のお気楽ジーさんたちは、こんなことを話題にしながら藪下通りをそぞろ歩いたのでした。

明治の文豪たちの恋物語の記述の方が妙になまめかしい。
先ごろ亡くなった恋愛モノの文豪と言われる(そういう人たちがいます)渡辺淳一先生などは少年が書いたエロ小説のようです。

などとほざきながら、時には頬を赤らめたりしながら非日常的な会話を愉しんだひと時でした。
.08 2014 未分類 comment0 trackback0

想定外の撮影散歩

朝の5時半、この時間には珍しい電話。
「おい、今日ヒマか?」
相棒というドラマの角田課長の言にも似た電話がAから来ました。
「ヒマだよ」と答えましたら、
「撮れるようにして10時に白山神社に来いよ」
「わかった。行くよ」
「じゃ~、お前からBに同じ電話をしてくれ」
「了解」

角田課長風にBに電話をしましたら、
「了解」
かくして、早朝の打ち合わせは難なくまとまりました。
Aが74歳、Bと私が72歳。

急な誘いとは言え一通りの準備をと思い、標準レンズ・望遠レンズ・150ミリ単焦点・広角レンズを取り出し、三脚を持って出かけようとしましたが、小降りとは言え雨天。
全てを仕舞い込み、小型のデジタルカメラとスマホのカメラでいいかと思い直し、ゴルフの雨天用のウエアで身を固め、傘を持って出かけました。

AもBも傘の代わりに三脚を携え、一眼レフに交換レンズを数個という本格的な撮影態勢。雨なんか気にしないという勢いです。適当な間隔で撮影をしているらしいことがうかがえるようです。私の情けない撮影スタイルに苦笑されてしまいました。

白山神社に集合といった意味はすぐに判明しました。恒例の「アジサイ祭り」をやっていたのです。由緒ある神社ですがなにしろ狭い。そこにテントが張られ店が立ち並んでいますので、肝心の「アジサイ」の影は薄く、焼き鳥の匂いが鼻につくありさま。

三脚の立てようもなく、撮影意欲がわくような状況ではありませんでした。NHKで何度か報道されたようで、大変な数の人出でした。主役であるはずの「アジサイ」よりは、商売が前面に出ている浅ましい雰囲気でした。

内心、軽装で来たことに負い目がある私が急遽プランを立てることにしました。
白山から千駄木まで歩き「須藤公園」へ。
千駄木から「藪下通り」経由で「根津神社」に寄り「根津駅」から本郷通に入る。ここで、Aの母校である東大の三四郎池に寄って、そこから、旧岩崎庭園でのんびりして「湯島駅」で解散という提案でした。

「藪下通りね~。面白い!」とA。
「須藤公園?なんだ、それは?」とB。
「相変わらず企画立案が早いな」と、AとB。
かくして、プランは瞬時にまとまりました。気の早い、気のいい連中です。

なんだかんだと言いながら、それぞれのポイントでの撮影と、路傍のアジサイなどを撮影しながら数時間を歩きました。
歩数は自宅からのカウントで2万歩を越す強行軍になってしまいました。

ちょっとした懸案のことを抱えていたのにもかかわらず「行く行く」と2つ返事をしたことに多少の後悔があったのですが、こうして半日を歩いたり撮影したり、馬鹿話に興じているうちに懸案のこともすっ飛んでしまいました。どうでもよいことだったと思えてきました。

この鬱陶しい日を、家に引きこもっていたら、懸案のことに振り回されていたのかと思いますと、出かけるということ、身体を使うということ、好きなことに現を抜かすということは素晴らしいことだと再認識しました。

人間だもの、動物だもの、「動いてナンボだよ」と高言している私も時にはドツボに嵌ってしまうことがあります。
心身ともに不活発になり、ネガチブな思考に陥ってしまうことがあります。

突拍子もないAからの早朝の電話は、私にとって絶妙な良薬となりました。
「人間は動物だもの、動いてナンボだよ」
と、あらためて高言したい。
.08 2014 未分類 comment0 trackback0
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プロフィール

Author:須藤文弘




歯科医師(1942年2月生まれ)
医事評論家
歯科医療コンサルタント
NPO法人日本歯科保健機構 理事長
東京医科歯科大学 昭和43年卒

 

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