可視化される世の中、暴かれる実態

「見た目が9割」とかいう本が出たのはつい最近のことです。
しかし、現在は、初めて会う前にソーシアルネッとなどですでに相手のデータで第一印象を持っているという時代です。

「見た目」、つまり、服装や化粧、喋り方や振る舞い方で第一印象をよくすることを画策する時代は終わりになりそうです。
世界的に、広告の信頼性が凋落傾向にあることはすでによく知られています。

今話題の、理化学研究所の問題もネット時代が浮上させた虚偽の暴露です。あろうことか、あの iPS細胞の山中教授も釈明しなければならない事態になってしまいました。

ファッションもラグジュアリーな時代は終焉を迎えつつあり、実質を尊ぶようになってきています。
生活保護を受けながらヴィトンの財布を持っているという狂気の沙汰はとっくに姿を潜め、ブランド品そのものの人気が凋落傾向にあります。

食べ物もそうです。
レストランや食堂で作られるものも、肉や野菜の素性の透明性が問われるようになっています。宣伝広告や門構えや室内装飾よりは、素材そのものの氏素性が厳しく吟味されるようになっています。

TVなどではこのような傾向については報道されません。広告に依存している媒体としては無視したくなるのは当然です。
イギリスのBBCならともかく、NHKでも取り上げません。ヒラメのような生き方の低能が会長に座るような報道機関では望むべくもありません。

いくら、嘘をついてもネット時代では即座に暴かれてしまうということです。
「昔自分が何を言ったか」ということを思い出す必要はないのです。昔の発言と今の自分の整合性を追求するあまりに矛盾して破綻することは有名人にはよく見られることです。

これからは、「昔の自分」との整合性は不必要なのです。
嘘をついていないのですから、そのような必要はないのです。

ネット時代とはそういう時代なのではないでしょうか。

一部の新聞や雑誌やTVに洗脳されてしまっている中高年の者たちより、スマホに首っ引きの若者たちの方が、事物の真贋を見極める能力ははるかに凌いでいるのかもしれません。
健康の側面からは心配な現象ですが、もう少し時代が進めば自然に調整されるでしょう。

その結果、本当の姿、等身大の人物、本当に安心安全な素材などが評価される時代が到来し、洗脳や騙しのテクニックは通用しない、通用し難い時代になっているのかもしれません。

マス媒体に洗脳されない個、宣伝広告にのせられない個、他人に左右されない個の時代になりそうです。
大規模であることが維持しづらくなるでしょう。大規模であることが「悪」の象徴であるという時代になりそうです。

適正規模で嘘をつかない企業が健全な発展を遂げるようになるでしょう。その成功の結果大規模にした途端に転覆するということになるのでしょう。

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.30 2014 未分類 comment0 trackback0

オーガニックという言葉

オーガニックのフリー・マーケットによく行きますが、とても気になることがあります。
殆どの皆さんが、「オー」ガニックと、「オー」を強調していることす。
オーガニック・フードを言う場合は、オー「ガ」ニックと、「ガ」のところが強調されます。

これは、
Organ 動植物の臓器 政府などの機関、組織
Organ donor 臓器移植の臓器提供者
Organ transplant 臓器移植
Organ pipe 楽器のオルガンの音管
などの言葉の場合は、「オ」が強調されます。この癖が身についてしまっているのでしょう。

Organic 有機体の 有機的な
Organic chemistry 有機化学
Organic farming 有機農業
Organic food (無添加の)自然食品(natural food)
になると、オー「ガ」ニックと、「ガ」が強調されます。

統一されていれば面倒がなくてよいのですが、正しくはこのようになっています。
ここは日本だから「和製英語でいいじゃん!」ということもアリかもしれませんが、そうとも言っていられません。

それは、海外からの旅行者など外国人が多数来日しますので、正しいイントネーションを勝手に壊してしまうとコミュニケーションが上手くいかないことも生じてきます。

表参道や六本木などのオーガニック・マーケットでは若い女性たちと話をする機会がたくさんあります。知的で先進的で勉強熱心な女性たちです。それに、揃いも揃って、きれいな体型で健康的な女性が多い。

でも、ほとんどの人が「オー」ガニックと言います。私が、オー「ガ」ニックと言いますと「変なおじさん」とは言われませんが「うん?」という表情をされます。
一人の女性にだけそれとなくアドバイスをしました。

素直に受け入れてくれましたが、「とても言いにくいですね」という感想でした。
歩いていて小石に蹴躓くような感じがするのかもしれません。
外国語は面倒で難しいですね。
.29 2014 未分類 comment0 trackback0

「のらぼう菜」という野菜

今日の昼下がりに、都心は新宿のデパートで開かれている「オーガニック野菜・果物」の期間限定ショップに行ってみました。

ショップに入るなり「どうぞ、試食してください」と差し出された野菜がありました。春菊のような、小さめの小松菜のような初めて見る野菜でした。一片を口に入れてみますと、これが甘く美味しいものでした。茎も食べてみましたが、甘くて雑味がなく柔らかくて食べやすいモノでした。
名前を聞くと、「のらぼう菜」という野菜でした。

表参道、国連大学近辺、六本木、恵比寿などの「オーガニック・マーケット」には、マメに足を運ぶ方ですが、野菜の名前をなかなか覚えられません。この「のらぼう菜」も以前食した経験があるのかもしれませんが、今回も「生まれて初めて!」という感動を覚えたのですから、案外幸せなタイプなのかもしれません。

ついでに、「のらぼう菜」をウイキで調べてみましたので、引用しておきます。私も、今度は覚えておかねばなりません。

(引用)
品種の特徴[編集]
のらぼう菜はセイヨウアブラナ(Brassica napus)の系統に属し、耐寒性に優れた品種である[1][3]。ゲノム構成は、B. rapa(ゲノム構成: AA, 2n = 20)とB. oleracea(ゲノム構成: CC, 2n = 18)のゲノムを2セットずつ持つ複二倍体(ゲノム構成: AACC, 2n = 4x =38)である。(倍数性、アブラナ属参照)外見は在来種のアブラナ(B. rapa)に属する北関東のかき菜や新潟県の冬菜によく似ているが、葉のふちがギザギザになることや茎などが赤紫色を帯びることがのらぼう菜の特徴である[10][12]。栽培分布は、東京都西多摩地方のあきる野市や青梅市などの山麓地帯及び埼玉県飯能市付近が中心である[注釈 1][1][5]。
のらぼう菜はアブラナ科の植物としては例外的に、近縁他種や他品種と交雑しにくいという独自の性質を持つ[1][3]。通常、アブラナ科の植物は自家不和合性の性質が強いために、種苗会社などはこの性質を利用して交配種を作っている[3]。しかし、のらぼう菜は自家受粉しやすいため、のらぼう菜を種子親にはしにくい。のらぼう菜の味の良さに着目した種苗会社が、昭和40年代からF1野菜の交配親として交配種づくりを行っているが、どの会社も成功していないという[3]。
のらぼう菜の本来の旬は、前年8月下旬頃から9月上旬までの間に播種をして苗を畑に植え付けて越冬させた後の3月下旬から1か月足らずの短い期間である[12]。近年では2月初旬から出荷可能な早生種も出回っているが、3月下旬からの晩生種こそが、古来から続くのらぼう菜の系統である[12]。あきる野市五日市ののらぼう菜生産者たちで結成する団体「五日市のらぼう部会」では、早生種の普及に伴う出荷競争での品質低下防止のために、東京都農林総合研究センターで3年間にわたる早生種の試験栽培を依頼した[10][11][12]。五日市のらぼう部会は、試験栽培した早生種の中から食味などの優れた2種を選定した[12]。この2種は万一の交雑を防ぐためにあきる野市の山間部で種の採種を慎重に行い、五日市のらぼう部会の会員のみが種子を入手することが可能である[11][12]。

調理法や利用[編集]
のらぼう菜は冬を越して春先に成長してきた花茎を、根こそぎではなく手で折り取りながら収穫する[12]。鎌を使っての収穫では、育ちすぎて食用に向かない固くなった花茎まで刈り取る恐れがあるため、30センチメートルくらいの長さを目安として必ず手で折り取っている[12]。収穫したての花茎は甘くて雑味がなくて柔らかいが、のらぼう菜を初めて食べる人の中には、美味しい茎の部分を捨てて葉だけを食べてしまう人もいるという[12]。
のらぼう菜は100グラム中に鉄分1.15ミリグラム、ビタミンA1580IU、ビタミンC90ミリグラム(小松菜の2倍近い量)や食物繊維を豊富に含んでいる[11][12]。収穫後しおれやすいため、生産地近郊でのみ流通している[6][7][10]。店頭では250グラムから300グラムの束になったり、ポリ袋に詰められたりして陳列される[5]。のらぼう菜はゆでてもかさが減らないという長所がある[12][4]。かつてはおひたしやごま和えにして食していたが、油との相性が良いためバター炒めやマヨネーズ和えにも向き、味噌汁の具にも合うなど調理の用途が広い[4][5][12]。
のらぼう菜は生命力が強く、葉や花茎の部分を摘んで食べた後にはまた次の葉や茎が伸びてくる[8]。耐寒性に優れていてハウス栽培の必要がなく、何回かの収穫ができて長期間楽しむことが可能であるため、家庭菜園にも向いている[1][5][8]。  (引用終わり)

私も早速今晩のおかずに、「お浸し」にしましたし、「味噌汁の具」にもしてみました。
.29 2014 未分類 comment0 trackback0

日よけ傘を買いました

きょう,新宿高島屋に行き、UV-cutの傘を購入しました。
去年検討したときに気に入った製品がありましたので同じものを注文していました。
去年相手をしてくれたベテラン販売員の女性がにこやかに待ってくれていました。

いかにもベテランの手慣れた対応をするデパートのこの手の女性は苦手なのですが、この女性は適度に抑制がきいていて不快な感じではありませんでした。

今日は朝から快晴で紫外線が強い日でしたので、男が日傘を差すという抵抗感に慣れるために店外に出たらすぐ傘をさして歩きました。

傘をさしている女性はいましたが、さすがに男性はいません。でも、すぐに慣れてしまいました。買い求めたのは「男性用日傘」です。男性用があるのですから需要があるということ。つまり、男性も使っているということです。
そう思うと気が楽になって羞恥心はほとんど感じなくなりました。

私は、子供の頃から「眩しがり屋」でした。
青年期になるとサングラスをかけ始めましたが、なにしろ、サングラスは堅気がするものではないという風潮が支配的な時代でしたから、その頃の方が勇気が要ったような気がします。今は亡き母などはサングラス姿の私を見ると「みっともない!ヤクザじゃあるまいし」と顔を歪めていたのが懐かしい。

現在は、年中色付きグラスをしています。
3種類をかけ替えては服装に合わせています。

お蔭で、白内障の兆候は皆無ですし、飛蚊は一匹も感じません。
目の保護には格別の配慮をしておりますし、そのためもあって、歳をとってからはゴルフも釣りも控えめにしています。というより、ほとんど止めたのと同じ状況です。

ビタミンCの摂取も十分にして、活性酸素対策は怠りがありません。

いくら帽子をかぶってサングラスを着用していても、明るいところに視線をやると、脳は強い日差しを感じて相応の反応をします。

今年の夏も、帽子とサングラス、それに高性能の日傘で大切な目を保護しながら切り抜けたいと思っています。ついでに、UV-cutのクリームでも塗って肌も保護してみますか。

年をとるにつれて、なんだか女性化していくような妙な気分になりますが、目の機能障害は日常生活を不愉快にしそうですから、そんなことも言っていられません。

いかがですか?男の「日傘」。
.24 2014 未分類 comment0 trackback0

ほぼ全員無賃乗車

今日の昼間、渋谷で人に会ったあと新宿三丁目に用があったので、渋谷から都バス早大正門前行きに乗りました。バスで座るときは後部座席が好きで、今日も空いていましたので最後部に着席できました。

さて、車内を見まわしますと、なんと!そこは老人ばかりが6人ほど乗っていました。
外はほのぼのとした春の心地よい日より。車内は気持ちよさそうな老人たちの寛いだ雰囲気がいっぱい。

次のバスストップでは、一人の老人がゆったりまったりと降りていく。前方からは、しおしおと乗り込んできた老人が内ポケットから取り出したパスらしきものをそっと提示して軽く一礼。「ど~ぞ~」という間延びした運転手の声が聞こえてきます。

乗ってきた老人は、よろよろと危なげに鉄棒から鉄棒を伝いながら崩れるように着席。大きく息を吐きホッとした様子。ふと見ると、その腰の辺りの「社会の窓」が大きく全開状態!もうびっくりしましたが、不思議とさほど不自然には感じませんでした。

車内に吹き込んでくる春の気持ち良い風に吹かれて、全身で心地よさそうな風情の老人を見ていると、なんだかほのぼのとした気分に包まれました。「社会の窓」からも爽快な空気を取り込んでいるかのようでした。

「空いてますよ」なんて注意する人もいませんし、何の関心もなさそう。
乗りなれた人たちにとって、日常的な「よくあること」なのかもしれません。

新宿三丁目までの、6つか7つのバスストップから乗ってきた有料の乗客は3人ほど。
あとの、7~8人は銀パスの高齢者だったように記憶しています。

無料ではないが、年間の代金がほぼタダ同然のシルバーパスの乗客の専用車の如きでした。
高齢者とはいえご婦人たちは何やら買い物をしたらしく両手に荷物がいっぱい。男たちはショルダーバッグを肩からぶら下げて手ぶら。昔ながらの男女の光景を見ているようでした。

これから、ますますこのような光景が普通になり、バスは外出できるくらいには元気な老人たちの「運転手付きの専用車」として重宝されることでしょう。この程度の福祉行政は継続してもらいたいものです。

車内では、若者が見るとひっくり返りそうな事態がさりげなく展開されそうですが、年寄りたちのあるがままにそっとしておいていただきたい。目くじらを立てて騒ぐより素知らぬふりをしていた方がよさそうです。

世知辛く気忙しい東京の昨今で、今日ほど長閑でのんびりした気分に浸れたことはありません。窓外の喧騒とは隔絶された別世界のようでした。
私の血圧も脈も極めて順調。呼吸も大きくゆったり。
タクシーではこれほど安寧な気分に離れなかったかもしれません。

昼間から昼下がりにかけての都内の移動はバスが一番のようです。
走行もスムーズでまるで遅滞というものがありません。
大した距離でなければ、タクシーとは数分の違いでしょう。

バスをすっかり見直しました。
病みつきになりそうです。
.24 2014 未分類 comment0 trackback0

フード右翼と左翼という概念を整理しておきましょう

 提唱者の速水健郎氏の見解を参考にしています。
フード左翼とは、
高度に進化した産業社会において、工業製品として生産される食品を「是」とする「食の在り方」に反対する立場のこと。

有機野菜や天然酵母と全粒粉小麦で作られるパンなどが入手しやすくなり、東京や大阪などの大都市ではその傾向が顕著です。
青山オーガニック通りとか、246COMMONとか、週末に開催されるファーマーズマーケットが開催される国連大学周辺にはオーガニックのカフェやレストランが集結しています。

このオーガニックビジネスは膨大な消費者が存在する大都会でしか成立しないことは事実ですし、皮肉なことにこのビジネスは60年安保・大学紛争以来の左翼人たちの流れの上に形成されている側面があることも事実です。

しかし、このフードの場合の左翼は従来の政治的左翼とは異なる点が気になります。

従来型左翼は、科学的手法をもって理想社会を実現するという理念を主張していましたが、フード左翼はまさに逆です。
現代の科学を駆使した先端的食糧生産方式を否定して、昔の生産方式による「食の在り方」を追及するものです。

グローバルなチェーン展開をしているショップのハンバーガーOK。フライドチキンもフライドポテトもOK。低価格の牛丼OK。
コンビニ弁当OK。添加物まみれのお惣菜などもすべてOkのフード右翼の人たちとは一線を画する人たちのことです。

手軽で安価な食事でOK(止むを得ずそうせざるを得ない人々も含めて)の人々に対して、フード左翼の人たちとは、割高だけれども、直接生産者から送ってもらったり、マメにオーガニックの店に足を運んで手作りの料理という「食の在り方」の人々のことを指すものです。

現代の科学を駆使した「食のグローバルなビッグビジネス」を否定するという立場から、つまり、反体制というのがフード左翼という表現になっているようです。

ただし、この人々にも落とし穴があります。
近未来90億人という地球人口が予測されていますが、この人口をオーガニック食品や、放牧による自然飼育の食肉で賄おうとすると、現在の三倍以上もの山野は切り開かれ、膨大に増量する家畜の発するガスによる地球温暖化の加速などには無頓着なところです。

これは、フード左翼は比較的富裕層によって支えられているという、従来の政治的左翼の立場とは真逆の実態にもよるものなのでしょう。要するに少数派の、富裕層のものだという限定的な内実が容認されているということなのでしょう。

従って、速水健郎によるフード右翼とフード左翼の表現といいますか分類の仕方には、興味はありますが無理があると思います。

「工業製品的食の在り方」と、従来型「農業製品的食の在り方」の理念を的確に表現できる新しい言葉が必要だと思います。

やはり、右翼と左翼は政治的理念の違いの場に戻した方がよさそうです。

私は、速水氏の分類によればフード左翼ということになりますが、なかなか徹底できません。左翼風の「食の在り方」で生きていると言えます。
徹底するとストレスいっぱいの食生活になり、ヒステリックになりそうなので、どちらかというと日和見左翼といったところでしょうか。

私のような者が、インチキ・オーガニックや有機野菜擬きのものに一番騙されやすいのかもしれません。

「信じる者は救われる」のかもしれませんが、「信じやすい者は騙される」世の中ですから・・・。
.23 2014 未分類 comment0 trackback0

お年寄りは明るい服装を!

昨日は東急バス、今日は都営バスに乗車する機会があり、両者に共通する車内アナウンスに興味を惹かれました。

最近、高齢者が交通事故に遭う頻度が増えてる。よく目立つように「明るい装いをするように」という趣旨のアナウンスでした。
このアナウンスが始まってからすでに長い時間が経過しているのかもしれませんが、昨日今日初めて耳にした私には新鮮であるとともに、少なからず驚きを感じるアナウンスでした。

歩行者として安全であるためとはいえ、公的アナウンスともいえるもので、老人のファッションにまで踏み込んでいることに心が波立ちました。勿論、私はこの提案に大賛成ですし、社会が成熟してきている一面だと捉えました。

これから街場を彷徨うと言いますか、歩き回る高齢者が増加することは間違いありません。
この人々の服装が、交通安全が切っ掛けとは言え、華やかで明るいものになれば街場の景観がかなり変化するはずです。

引退した男たちのカジュアルな服装といえば、ヘラブナ釣りにでも出かけるようなくすんだ色のジャンパー姿が多い。時折TVでみる、老婆の原宿・とげぬき地蔵通りの老婆たちのファッションは、皆が皆同じよう定番の装いが多い。まるで、老婆の制服のようなものが存在しているかのようです。

これが一変して、赤、オレンジ、イエロー、ライトグリーンなどのコートは上着が街場を彩れば面白い。
髪の毛も、黒く染めないで金色や銀色に染めてくれればさらに面白い。男は、光によく反射する禿げ頭のままでよいのではないでしょうか。

こうなれば、繁華街に、腸内細菌のフローラになぞらえればさし当り「日和見菌」といったところでしょうか。
老人たちの勢いに辟易した若者のファッションが変わるかもしれません。若者の方が、毎日喪服のようになってしまうかもしれません。

交通事故に遭えば、運良く生きているとしても、その日を境に「寝たきり」になってしまうかもしれません。
QOLが極めて低いものになり、つまらない毎日になってしまいます。

ここはひとつ、バス車内アナウンスのお薦めを採用して、「派手で華やかな老人ファッション」にシフトしてみてはいかがでしょうか。
案外、新しい自分に目覚めて外出が楽しくなるかもしれません。

しかも、いままでよりも安全に過ごせるとなれば一挙両得ではありませんか。
私は、すでに年甲斐もないと揶揄されながらも多少派手目な服装をしています。
くすんだ服装をすると、気持ちまで沈んでしまい、死ぬ日までを指折り数えるような心境になりそうだからです。
.22 2014 未分類 comment0 trackback0

食事で離婚? フード右翼とフード左翼

「フード右翼とフード左翼 食で分断される日本人」(速水健郎著 朝日新書)によれば、
右翼とは、ジャンクフードやB級グルメなど量や安さを重視する人。
左翼とは、チェーン店に批判的で、健康志向の強い人。

イデオロギーとしては、フード右翼の人はグローバリズム、左翼の人は地域主義の傾向が強いという。TPP賛成派は右翼に、反対派は左翼に多いという。

私に場合は、学生時代は親元を離れた生活でしたからできるだけ簡便に食事を済ませたい。ゲルピン(金がない)ですから贅沢なものは食べられない。納豆だけで一週間といことも珍しいことではありませんでした。

それでも、巷には定食屋が数多あり、多少押しつけがましいとは言いながら「おふくろの味」なんていう食事処がありました。いまほど、急かされる時代ではありませんでしたから食事の時間は割とゆっくりとっていました。

親元にいたころの食事の習慣を原則として毎日の食事を摂ることを原則にしていたように記憶しています。バランスのとれた食事が、外食とは言えとれていましたし、賄付の下宿にもいましたから、そこそこの食事をしていたように思います。

ところが現代は違います。
子供の頃から外食が当たり前になり、外食チェーンのレストランで家族で食事という時代です。塾に行く子供は、夕食をハンバーガーで済ませたり、塾から帰宅しても仕事に出ている母親が用意した食事を冷蔵庫から出してレンジで温めて一人で食事(孤食)する時代です。添加物まみれの「お惣菜」が主体かもしれません。

また、独身サラリーマンで一人住まいの者は、食事に時間と経費はかけたくない。とにかく簡便に済ませたい。朝食は抜きで、昼食や夕食はチェーン店を巡って安く簡単に短時間で済ませる生活習慣が身についてしまった人が多い。会社勤めの女性も同じような食習慣が普通になってしまっています。

一方で、勉強熱心で賢明な母親による健康に配慮した家庭料理で育ち、社会人になっても独身時代は家庭料理に恵まれた生活をしている人また多い。

現代は、あらゆる分野でリテラシー(読み書き能力。また、ある分野に関する知識やそれを活用する能力)の差が激しくなっています。食事のことに関しても全く同じで、二極化していると言っても過言でないと思います。

惚れた晴れたでドーパミンまみれで結婚したはいいが、早い場合は三か月、良く持っても三年もすれば冷静になり我に返る。こうなれば、夫婦間の文化レベルの違いや質の違いが目につき始める。

食事のリテラシーの違いは、本能に関わる看過しがたい重大問題へとクローズアップされる。いままで、もう一つの本能の前にもやもやしていた食事の意識の違いというものがクリアーに前景化されてくる。

もう一緒に生活できない。こんな結婚生活では身体が壊れてしまうという危機感が身を苛むようになる。
では「離婚しましょう」という「離婚」がこれから激増する気配が感じられるようになっています。

夫婦共働きで、二人とも「脳の快感」を追及すること、つまり「金が中心」の人生目標で一致しているならば、それなりの共通点と「絆」で何とか継続できるのかもしれません。

しかし、人間すべての基本は健康であり体力であることを思えば、そのような「絆」も脆いものかもしれません。

食事が原因で離婚。
新しい時代の到来かもしれません。
.16 2014 未分類 comment0 trackback0

ローリング・ストーンズ ウイルス感染

ミック・ジャガーもキース・リチャードも、久しぶりの日本公演を終えてさっさと帰ってしまった。

公演に日、日頃はおとなしくお上の言いなりで従順な日本の男女、それも結構年齢がいった男女がどうしてこんなに興奮するのか不思議で仕方がありませんでした。
騒ぐことが許されている場所ではとことん騒ぎ、騒ぐと危険なところでは羊も逃げ出すくらいに従順でおとなしくするという国民性のせいなのでしょうか。

観客というか聴衆を目いっぱい興奮させ、錯覚というウイルス感染をさせた本人たちは、さっさと宿舎に戻りマッサージを受け、ヨガや座禅で自律神経のバランスを取り戻し、必要な栄養を摂取し静かに休養する。

一方、不良老人たちのパワフルなステージに極度に興奮し、ウイルスに感染した中高年の男たち(この際、女たちには触れない)は、徒党を組んで六本木や赤坂に繰り出す。「俺たちだってまだまだやれるぜ~!」と、だぶついた腹をゆすりながら歌ったり踊ったりの狂喜乱舞。

大いなる勘違いとはこのこと。
彼らの裏の生活(暗い怪しげだという意味ではありません)を知らない。
感染して発病するとはこのことです。発狂にも近い発病の仕方ですね。

酒池肉林の爛れた生活をしているかのような姿かたち。ステージでの不良っぽい身のこなしはすべて虚。

裏では、自分たちの商品価値を維持するための涙ぐましいほどの節制した生活と身体の鍛錬。出家した坊さんのような生活をしているというわけです。

考えてみれば、賞味期限の延長に励んでいるということだと思います。
経年変化をした食材に、あらゆる化学合成品を注入して鮮度を無理やり保たせ、効果的な照明と粉飾的な包装と異常な騒音というBGMで攪乱して、客に押し付け販売している「お惣菜」のようなものです。

見方によっては、こんな悲壮感溢れるステージはありません。
観ていて胸糞が悪くなってしまいそうです。

それだったら、息も絶え絶えに絶叫するオペラかジャズか歌謡曲でも聴いた方がまだ気が休まるのかもしれません。

レジェンドか何か知りませんが、最近引退していたはずのオッサンたちが再びデビューする話があちこちで持ち上がっているようです。元気といえば元気。場違いといえば場違い。
哀れといえば哀れ。変だと言えば変。不思議な時代が来ています。

それを喜ぶ人たちがいるのでしょうからご勝手です。
高齢化社会というものの一つの現象なのでしょう。

立ち上がって、足を踏み鳴らし体をくねらせて、何やら絶叫する中高年男女の群集の姿も何故か哀れです。

こんなに元気な高齢者が沢山居るのなら、安い年金で飼い殺しのような政策ではなく、災害対策、国土防衛、国土建設などに編成して活用してみたらどうだろうかとすら思ってしまいます。

60歳70歳代の元気な者たちを、80歳90歳代の病める老人たちの介護に当たらせ、介護に携わる若者たちは生産の場に移動させてどうだろうか。

街を彷徨う老人たちが日毎に増加しているような気がします。
このまま死ぬまで無駄に過ごさせるのは勿体ないくらいに元気な人たちがいっぱいです。

年金や医療だけが老人対策ではなくなってきています。
高齢者の活用政策が必要だと思います。
うまく活用すれば、ますますやる気が起きてますます元気になる可能性があります。

そうでなければ、青少年不良化対策だけではなく高齢者不良化対策が必要となるような時代がすぐそこに来ているような気がします。

もう、賞味期限をむりやり延長したような年寄りのライブや演奏会には行かないようにしますよ。とても見るに堪えません。
やはり「旬のもの」が、食べても観てもおいしいし、美しい。
.08 2014 未分類 comment0 trackback0

70歳 ミック・ジャガーのスタミナ

熱狂的なファンである友人からのご招待を戴き東京ドームでの公演に付き合いました。
遠くからですのでよくは分かりませんが、「若いな~!」ということは感じました。
ステージを縦横に駆け回り、身体をしなやかにくねらせる動きは、まだまだ当分の間現役が務まる勢いでした。

このスタミナはどこから来るのか。
3年前に英デーリー・メール紙がミックの生活の特集をしたそうですが、その内容が報じられていましたので興味深く読んでみました。

お抱えシェフが作った料理だけを1日3回きっちり食べ、
間食も外食も一切なし。

メニューは全粒粉のパン、玄米、豆類、チキン、魚介類、オーガニック野菜が主体で、朝食後は肝油、ニンジンとイチョウ葉エキスを服用する。

ツアー中はステージの運動量が「陸上選手並み」だから、開始4時間前にパスタを二人前平らげる。
大好物はアボガド。酒はほとんど飲まない。タバコも吸わない。
起床は朝6時で、ツアー中も夜11時前には寝てしまう。

若い頃の、女と酒に浸った生活とは大違い。
完璧に規則正しい生活をしているとのこと。

これについて、ある栄養学者の解説があります。

玄米、豆類はタンパク質を万遍なくエネルギーに変える「補酵素」が豊富。そのため、余分な脂肪がたまらず、疲労物質も残らない。
食物繊維も大量に摂取し、快眠・快便。
アボガドは肝機能を高め、体内の毒素を吐き出す効果がある。
体内が常に爆発しているような食生活で、人並み外れたスタミナとパワフルステージも納得です。

本当かどうかは分かりませんが、優等生的な食生活はうかがわれます。ステージ4時間前にパスタを二人前とは、糖質をたっぷり摂取して「解糖エンジン」をフルに働かせるとは、生体科学を熟知した作戦です。

さらに、あのスリムな体型維持のために、彼はツアー前には毎日ジムに通い13㌔のジョギング、水泳、キックボクシング、サイクリングなどをして身体をしっかり鍛えているそうです。

涙ぐましい努力の裏打ちがあることがよくわかります。
この運動のメニューとステージから想像すると、大量の活性酸素がミックの身体を焼いているような気がします。

以前、当ブログで日本のタレントの「郷ひろみ氏」の体調管理について記述しましたが、彼らの努力には感心してしまいます。

コンサートに行ってよかったのか悪かったのか。
雨こそ降りませんが、雷鳴がとどろく大騒音の中に身を置いて身動きもできず、遠くで飛んだり跳ねたりしながら何やら絶叫しているジーさんの姿が、小泉元総理と重なり複雑な思いでした。
.08 2014 未分類 comment0 trackback0
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プロフィール

Author:須藤文弘




歯科医師(1942年2月生まれ)
医事評論家
歯科医療コンサルタント
NPO法人日本歯科保健機構 理事長
東京医科歯科大学 昭和43年卒

 

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