恥ずかしいと感じるとき

「恥ずかしく感じるとはいったいどういうことだろう。
人は恥ずかしいことを想像していても、それを恥ずかしいとは思ったりしない。
それなのに、恥ずかしいことを妄想しているにちがいないと人から思われたと感じたときは、猛烈に恥ずかしいと感じるのだ」
(超訳 ニーチェの言葉Ⅱ フリードリヒ・ニーチェ 人間的、あまりに人間的 白鳥春彦翻訳 2012 より)

やっかいな人の言葉を引用したのは、私がこの言葉が好きだからです。

件の友人をA氏としましょう。
A 氏は所属するジムによく行くのだそうですが、風呂に入って休息するだけのことが殆どだそうです。出勤がない日は、散歩に出かけるそうですが、気恥ずかしくてものの10分くらいで帰宅するそうです。

ジムでは、健康願望の熱心な老人たちが一生懸命に身体を鍛えている姿が、滑稽に見え、気恥ずかしくてとても一緒にやってられないと思い、散歩のときには、ご近所の目が気になって仕方がないそうです。

シャイなのか。
いや、そうではないと思います。単なる「見栄っ張り」なのでしょう。
自分が感じるように他人も感じるのだと思い込み、他人の頭の中では自分の姿を「みっともない」とか「恥ずかしげもなくよくやるよな」などと思っていると決めつけているのでしょう。

老人が、自立して生きていけるように運動をすることで体力を養っていることは今の時代は当然のことだと認めていますし、むしろ奨励しているのです。
A氏が、自分には運動が必要だと思えば、何が恥ずかしいのでしょうか。自分は、現在までのように特別な存在で、これから歳を重ねても特別な選ばれた人間だという思い上がりがあるのなら何をかいわんやです。

自分が、身体の不調を感じ、これからの人生に不安を感じているのなら、運動しようということに着目したことはとてもいいことです。
他人に、たとえ笑われてもやるべきことなのです。残念がら、笑う人はいません。

いま70歳以上の世代は、とにかく働け働けで、家庭も顧みず仕事に没頭する人生を送った人たちです。仕事をしながら斃れるなら本望だというくらいの気持ちで生きてきた人が殆どです。自分の健康のために時間を作るなんてことこそ恥ずかしいとすら思う価値観の中で生きてきた世代です。

ところが、現代の若い人は、「身体が資本」だと明確に位置づけ、仕事ができる人ほど身体を鍛え健康に対しては鋭い感覚を磨いているようです。仕事がらみの会食の時でも、自分の食事のスタイルをとおすそうです。

身体を鍛えたり、食事を摂るときは自己愛に徹して、仕事の時は仕事に徹し、決して妥協することはないというタイプの切れ者が増加しています。
彼らは、そのことを恥ずかしいとは思いません。当然のことだと、譲れないところだと割り切っているようです。ズブズブの人間関係の中で、妥協に次ぐ妥協の人生は価値のないことだと割り切っているのです。

高齢化社会も、彼らにとっては明確な将来だとはっきり視野に入れてライフスタイルを組んでいるのです。
合理的で人間味のない奴らだとは、私は思いません。
堂々と自己を貫く立派な人生を組み立てていると、舌を巻く思いでみています。

我々は、他人の目が気になり、生き方も、「人がどう思うだろうか」という尺度で生きて来たような気がします。ですから、一線を引いて気軽な身分になっても、かつての社会的地位を引きずって生きている人が多いようです。

そして、行動基準は、「人の目にどう映っているのか」ということのようです。

A氏にも言いたいのはこのことです。
誰もあんたのことなんか気にしてはいない。
運動が自分に必要なら思う存分やってください。
健康な身体を取り戻せば、年齢なりの愉しみが生まれてきます。
するとまた、健康でありたいという欲が湧いてきます。

もう頑張らなくてもいい年齢なのですが、小さな愉しみのために少しだけ頑張ってください。私も、そう思って、そうしています。
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.31 2014 未分類 comment0 trackback0

運動をしたいけれど、辛いしバカバカしいと思う人は多い

友人の一人。73歳でいわゆる肥満型。いまだに仕事は現役。毎日、ハイヤーの送迎があるご身分ですから職場に行けているようなもの。
彼の細かいデータと生活習慣については記述しませんが、書けばひどい実態が明らかになります。

本人は十分承知で、何とかしたいと真剣に悩んでいることは確かです。
その中で、運動をしたい、継続したいのだがどうしても続かない。しなくてはならない、自分には必要なことだと分かっているが、運動をしているとバカバカしいと思うことが多く止めてしまう。

私に対して、「君は運動を続けているようだが、是非秘訣を教えてもらいたい」と、真顔で訊かれたような、頼まれたような次第です。

ハウツーより本人の動機の方が先だとは思いますが、本人は真剣に悩んでいますので、このブログで書いて読んでもらうことにしました。

ポイントは以下の如しです。
屋外では、
・毎朝、雨天以外は朝5時半から45分の間に家を出て、7時に帰宅するまで、ウオーキングとストレッチとラヂオ体操をしています。
・家を一歩出たら、歩行中も信号待ちや踏切待ちの時などいつでも筋力強化を心がけている。歩き方、足が外側に流れないように終始気を付けています。
・電車の中では、立っていても座っていても筋力アップに役立つことをしている。
・車内で読書をしているときも筋力アップを忘れていません。
・仕事中でも、身体を回すとき、器具をとるときも筋力アップに役立つようにしています。
・食事中は姿勢を保つ以外は食事に集中しています。
・人と対話中は、姿勢の保持以外は話に集中します。
・などなど、常に筋肉を鍛えることを考えています。

家庭内では、
就寝中以外は、常時筋力アップを考えています。
・入浴中。
・掃除中。
・トイレの中で。
・食事中は姿勢のことだけ。
・読書中。
・TV鑑賞中。
・スーパーで買い物をしての帰路、料理中、後片付け中。
などは勿論、
・毎日、30分から60分間、和室でヨガ擬きとストレッチをしています。

つまり、折に触れて筋力アップを気にかけて身体を操作しています。

ムキムキの身体を鏡に映してウットリという趣味はありません。ですから、体型は普通です。痩せて浮き出たあばら骨を内から支える心意気は誰にも負けないと自負している程度です。

では、具体的にどのようにしているかは、次回から書いてみます。
ご参考になれば幸いです。
.29 2014 未分類 comment0 trackback0

一日一年のペースで老化する

妊婦の温泉入浴が解禁された。
厚生労働省が今日発表しました。これで、全国の産科医が温泉入浴を安心して妊婦に勧められるわけです。なんだか変な気がします。個人的には、「温泉には入っちゃいけない理由なんかないよ。どんどん入りなさい」と進めていた医者はいたはずです。

厚労省の許しがあって初めて許可するようでは思考停止の医者ばかりということになります。妊娠中は安静にという考え方が、妊婦と医者の双方にとって安全だということだったのでしょう。

船瀬俊介氏の著書によると、ある老人医療の専門家が、「70歳を過ぎて入院させると、一日に一年のペースで老化する」と警告しているそうです。
たかだか10日の入院で、日本のように安静第一主義の医療では10年老化を進めさせ、一か月では30年も老化を進行させてしまうことになります。

筋肉を失うということについて、人間という生き物についての生物学的、医学的思考の欠落が招く恐ろしい思考停止であると言えましょう。

以前にも書きましたが、動物は動くから動物なのです。
じっと、寝ていることを強制されたら筋肉が減少してしまいます。筋肉が減少すると生命力は大幅にダウンします。

絶対安静で寝かせきりの医療がおかしい。
欧米では手術をした翌日から歩かせる。
それは、寝かせきりでは体力と筋力と精神力の低下が著しいことをすでによく知っているからです。

この問題についても、厚労省が「どうやら、絶対安静で寝かせっきりの患者管理より、できるだけ早期に歩かせる方がよさそうです」と、許可をするまで待っているのでしょうか。

全てを厚労省の指示に従い、厚労省が責任を負ってくれれば何でも言いなりに従うでは、思考停止した医療を行っているとしか考えられない。
このことでも、独自の判断で可能な限り早期から歩かせたり、軽い運動をさせている医者の存在は聞いていますが、多くの場合、入院している者の見舞いに行くと、目を疑うほどの衰え様で、そのまま寝たきりになってしまうケースが、高齢者の場合は多い。

街を歩いていると、梗塞の後遺症などの人が、不自由な歩き方で必死で自力で歩行しているのに出会う機会が増えました。高齢者が増えたということなのでしょうが、他人の目をはばからず一生懸命に遅々とした歩を進める姿に感動させられます。

そのような歩き方を恥ずかしがって、自宅に籠りきりでは体力は衰え、それこそ寝たきり老人になってしまいます。

出来るだけ外出をして、スーパーで溢れんばかりの野菜や肉や魚を目にし、若い者の活発な動きを見、街場の雰囲気を感じ取りながら自分のペースで歩く。あるいは、手助けを受けながらでも、季節の風を受け、燦燦と降り注ぐ太陽のエネルギーを感じ、電車やバスに乗ることはとても大切なことです。

入院中でも、動きたければその意向を申し出て廊下の散歩程度でも始めることです。
病院の規則だからといって諾々と従ってばかりでは、病院の都合で寿命を縮めかねません。

今度の、温泉のことでも明らかになったように、あるいは、低炭水化物食と糖尿病学会との意見の相違にしても、日本の医療は変わらなければならない問題が山積しています。

診断機器の発達は素晴らしいことです。この点では科学の進歩は疑いようもありません。
だからといって、
「検査しましょう」
「見つかった!」
「だから、この手術をしましょう。この薬を服みましょう。点滴しましょう。安静に、安静に」では、ますます寝たきり高齢者が増加します。現在の、5万人が10万になり100万になるのも近未来の状況です。

「老人大国」なのか「老人怠国」なのか。
世界に冠たる「寝たきり大国」になってしまいそうです。
.27 2014 未分類 comment0 trackback0

城達也のJALジェットストリーム

上記のCDが発売されましたので、早速購入しました。全八枚ですので、まずは4枚分をiPhoneにダウンロードしました。
1968年から始まったこのラヂオ番組は、当時の若者をはじめ多くの人の人気を集めました。

私は、都心にいてこれから車で帰宅しようかという時は、この番組が始まるまで時間を調整してまでも愛聴するほどのマニアでした。

当時は、都心から横浜の自宅に車を運転して帰宅するのですが、ジェットストリームのオープニングテーマのミスターローンリーが流れ、城達也の名調子のナレーションが始まると心が弾み、次にコックピットと管制塔の遣り取りが何とも言えない心地に誘ってくれたものです。

興奮に包まれて運転していたのかといえば全く逆です、これを聞きながらの運転にこだわっていたのは、それまでの社交で高ぶっていた神経をまとめてどこかに放り込んでしまってくれるような、言い知れぬ安らいだ気持ちにしてくれるからです。

当然、速度も適度に抑制するようになっていました。流れてくる音楽と、城達也のナレーションに合わせるかのようなドライブにしてくれるのです。その夜の分を全部聞いて帰宅したいので、自然とゆったりした運転になっていました。

当時は、羽田から海外に旅立つことは一般の人々には夢のような時代でした。
この夢のような状況に、ゆったりと上品に優しく誘ってくれる、城達也の心地よい低音のナレーションと、時折流れる当時のスチュワーデスの上質の品のいい美しい日本語の畿内アナウンスは、ことさら、海外旅行の夢の世界に浸らせてくれました。

コックピットと管制塔の遣り取りの英語も音楽の一部になってしまい、ナレーション・アナウンスと共に、なにかの楽器の調べのようでした。

私の空想の翼は、身体を離れ天空を自由に飛び回り、一万メートルの空からの世界各地の光景を描写する城達也のナレーションと一体化し、臨場感あふれる状況を身体に震えるような興奮をもたらしてくれました。

取り上げられる曲は全て、当時の名曲ばかり。
私の20代半ばから30代のわたり、心を和ませてくれた名曲のオンパレードでした。

現代の音楽といえば、雑な日記を字余りのまま、マイクにつばと一緒に吐き出す。
音程の狂いは、騒音のような轟音で掻き消して誤魔化してしまう。歌とは到底言えない、絶叫マシン。聞くだけで、脳が掻き乱され、心拍数が増えてくるようなものばかりです。

AKB48などの歌は、集団の合唱だから、ゆったりまったりなのは構わないが、優しい旋律なので一回聞いたら飽きてくる。その上、にこやかに笑顔を作りながら、鼻先で聴く者を小馬鹿にしたような歌い方が、「この小娘どもが、年寄りをバカにしやがって!」と、訳の分からない怒りがこみ上げてくる。

歳をとると、この「訳の分からない怒り」のこみ上げの頻度が高くなる。
最近は、人夫々だからと怒りが収まるが、若い頃はいちいち相手にぶっつけていたのだから、お疲れさんな事でした。

ジェットストリームは、城達也氏が亡くなってから変遷を重ね、現在は大沢たかおのナレーションで継続中らしい。是非聴いてみたいが、午前零時始まりでは無理そうです。
現在の私は、この時間は何を差し置いても寝ている時間となっています。
年寄りには年寄りの時間の過ごし方があり、昔とは違ったライフスタイルになってしまいました。

これからは、iPhoneにおさめた懐かしい城達也のジェットストリームをイヤフォンで聴くことにします。

蛇足ながら、健康本風にいいますと、高ぶった神経・交感神経をなだめて副交感神経を立ち上げてくれますので、ゆったりした気分になりたいときは大いに作用してくれるようです。その効用たるや看過できないものがあります。

音楽と健康について認識をあらたにしているところです。
使用することもなかったイアフォンを失くさないように大切にするようになりました。
事態はコロコロ変わります。人生は変転のなかで遊ぶものだと思います。
.26 2014 未分類 comment0 trackback0

「奥様はお姫様」

お姫様というと、「神内和牛 赤」というTVコマーシャルを連想しそうですが、関係のない話です。
蛇足ながら、脂身の少ない赤肉は好まれそうですが、摂取すると体内で酸化鉄を作りますので、適度な摂取がよろしいようです。偏りはよくないようです。

さて、
A氏のことです。役員在職期間を含め40年間をサービス企業(早く言えばホテル)で勤め上げました。ベテラン接客マンとしてならしたA 氏は、退職後は妻A子さんを「お姫様」のように遇して過ごそうと決めていました。

猛烈に仕事に明け暮れした40年間、自分を支えてくれた妻、脇道に逸れそうになった娘とどこかに飛んでいきそうになった息子を何とか育て上げ無時社会人として送り出した妻に感謝しないはずはありません。

とはいえ、お客様の「痒い所に手が届く」どころか「痒くなりそうなところまで手を届かせる」気配り目配りを仕事とするA氏は、家庭では妻K子さんの家事には不満だらけで、じっと耐えることが波風を立てない方法だとばかりに無口で憮然とした横暴な亭主だったようです。

そのA氏が、退職後はお客様にしていたサービスのすべてを妻に発揮することで、妻に感謝の気持ちを表し、自分の今後の人生の目的としたのです。

ベテランのホテルマンとして、料理にもいっぱしの見識を持つA氏は日々の買い出しから自分でするようになりました。買い物のときは、奥さんは単なる同伴者になり、奥さん自身の買い物にも同行するA氏は奥さんの下着まで自分が選んであげたとのこと。

家族の話では、風呂にも入れてあげ寝間着に着替えるまで面倒を見ていたそうです。炊事・洗濯・掃除のすべてを奥さんにはさせず、外出には常に同伴する。何くれとなく世話を焼く姿は近所の評判となり、町内会では賛否両論の意見で盛り上がることもたびたびあったらしい。

A氏にとっては、「お客様は神様」から「奥様はお姫様」に変わっただけで、長年身に染みてきたノウハウや技術を駆使しているだけでなんの苦痛もありません。むしろ、退職後も同じような神経を使っているので、退屈を感じることもないし日々を忙しく暮らすことができる。

何より、長年苦労を掛けてきた妻に恩返しをしているという満足感を得られ、充実した日々を送っている自分に全能感すら覚えておられたようです。

「私に何もさせてくれない」、「私が何かしようとすると怒られる」、「私の遣り方と主人の遣り方が違うので苛々する」と、気心が通じていた私の連れ合いにこぼすようになったのは、A氏の退職後からさほど時間は経っていませんでした。

間もなく、軽いボケの症状が現れ、言うところの認知症の診断が下るのはその後まもなくのことでした。A氏の仕事はますます増え、今度はA氏自身に疲れが目立ってきました。

その後、いろんなことがありましたが、つい先日K子さんが亡くなりました。享年78歳。A氏は4年ほど前に認知症の妻を残して、すでに他界されていました。

夫婦百景。
どのような生き方が良いのか解答はありません。
どのような夫婦の在り方が幸せなのか、解答はありません。

天井の節穴もないところで寝たきりの長寿者を含めて高齢社会という未体験ゾーンを彷徨う時代になりました。
人間は、解答のない人生を試行錯誤しながら途中で消えていくことは確かなようです。

「こうすれば老後は幸せ」、「老後の幸せな暮らし方」などと言う戯言を本にして出す馬鹿な若造の所業を嘲笑いながら、明日の不安を感じつつ今日を試行錯誤するのが人生というものかもしれません。。

「遊びをせんとや生まれけむ、戯れせんとや生まれけむ」
梁塵秘抄のこの歌が心に去来します。

せめて元気でいて、好きなことをして楽しく遊んで暮らすのが一番なのかもしれません。

.25 2014 未分類 comment0 trackback0

オス(牡)化―賞主演女優賞

  女A「オレが頼んでいるのによ~、言うこと聞きゃ~しね~んだよまったく。碌なもんじゃ~ありゃしね~」
女B「うちの奴もおんなじだ。最近はほとんどシカトしやがんだよ」
女C「年とって動けなくなったら野垂れ死にさせてやっから、そん時思いしれってもんだぜ」

ちょっと凝った品物をみてみたくて、江戸の下町情緒を売り物にする街場に出かけた際に入った珈琲のチェーン店で一服しているときの臨席の女性たちの会話です。隣に、年をとった男が一人居るのに平然と無視してのこの会話です。

そのうちの一人は、片足をシートにあげて組んでいる。当然、傲然と鎌首を持ち上げていますし、他の一人は片足を片膝にのせています。こうなると、どこかの組の姐御さんたちの集まりかと錯覚してしまいそう。

「かかりつけの医者のヤロ~、パソコンに向かってブツブツ言いやがって薬を出すしか能のない奴でよ~」とは、真相を付いた鋭い指摘もあった。
「娘は、大学を出たらさっさと家を出ていきやがって分けわかんない男と同棲してやがる」
「うちの奴も、あと2年で定年になる」とか
「うちは、退職して3年だよな~」
などの会話から察するに「堅気の奥さんたち」のようでした。

最近の小中学校では、男女が同じ言葉を同じ口調で話しているとは聞いていましたが、昭和の女性たちがこんな会話をするようでは現場の混乱は当然でしょう。
企業では、女性上司が男言葉で男性の部下を叱りつけたり命令をするということもあるようですが、今日のような場面に遭遇するとさもありなんと思います。

男女同権とは、女が男のように振る舞うということなのでしょう。
手っ取り早い男女同権を表現する方法かもしれませんが、女性が墓穴を掘るのではないかと思います。職場ではオス化して、私生活ではメスに戻るという変化も限界がるでしょう。

女性らしい言葉と立ち居振る舞いを保ちつつ、地位と権力があるならそれを行使したほうが男性部下は自然と指示に従いやすいような気がします。
その女性上司も自己崩壊を免れ、ストレスフルな無理をしなくても済むのではないかと思うのですが如何でしょう。

ともあれ、外出先で寛ぎたかったら入る店をよく選ばないと大変な目に遭いそうです。
私?
私はとても愉しみました。
こんな典型的な状況に遭遇すること滅多にありませんし、女傑というか、姐さんたちの会話に聞き耳を立てつぶさに聞き取り、そのような女性たちの生態を観察できたのですから。

Aは主演女優賞だな。
Bは助演女優賞だな。
Cは演技賞だな。

と、オス化~賞の授与を勝手に決めながら、最後まで堪能して店を出ました。
珈琲は飲んだような飲まなかったような。
.25 2014 未分類 comment0 trackback0

明日は IT断食の日

断食は時折、プチレベルですが実施しています。
消化器系を休ませ、味覚という感性を取り戻すにはとても良い方法です。

これに倣って、「IT断食」を週一の頻度で行っています。
iPhoneを持たず、パソコンからも離れ、TVも観ません。

目を休ませることは勿論、ITストレスから自分を解放するためです。
一日おきくらいには実施したいのですが、これだけ日常生活に食い込み定着しているIT機器から離れることはできません。週一がせいぜいで、これがいかほどの効果があるかもわかりませんが、電磁波から逃避することにも意義があるのでないかと思っています。

慣れない頃は、離れていることのストレスを多少は覚えましたが、もともとこんなものが無い時代を長く生きてきた者のせいか、案外平気です。

現代の便利さと快適さが全くない対極のような時代を生きてきた者には、現代をどこか覚めた斜に構えて眺める目が備わっているような気がします。

便利だ!快適だ!というモノに飛びつく一方、かつての不便で不快な時代が同時に心に浮かんでくるのです。

時として、便利で快適であることが疎ましくすら思うことがあります。
日常生活で、家人が迷惑することはできるだけ避けますが、わざと不便で不自由な生活をしたくなります。

一時的なこととはいえ、そんな時に妙に快感を覚えることがあります。これが、人間らしい生活なんだよと叫びたくなることすらあります。なぜなら、便利さと快適さを得た代わりに失ったことに気が付くからです。

精神と肉体の健康を取り戻した実感を覚えるのは、このような現代に反抗したときのような気がします。
便利で快適で楽な生活をしているときに、通奏低音のように感じる、不安というストレスが無くなるからです。

今の便利で快適で楽な生活は言い知れぬ恐怖を感じさせます。薄氷を踏んでいる気がするのです。

それは、社会生活を効率の良いものにしてくれている効用は否定しませんが、生物としての人間を犠牲したうえに築かれているバベルの塔のように感じます。

短期間のイベント的な試みですが、少年時代か青年時代のレベルの生活をしてみると、精神と肉体の調子が良くなります。
自分が失っているモノを取り戻せたような快感を覚えます。

機械や機器に振り回されないで、自分の行動を自分が思うようにでき、身体の声に従い、いろんな工夫をする生活を取り戻せます。

薪を使う設備はありませんが、七輪で魚や肉を焼き味噌汁を作る。
なかなかいいものです。

IT断食の日は、タイムスリップして、いまからみれば、不便で非効率でダサい生活も併せて行います。

私のリフレッシュの愉しい日なのです。
.18 2014 未分類 comment0 trackback0

巨女の狭間でいじける

 今日の昼過ぎ、高円寺駅で総武線に乗車しました。
三人掛けの席の真ん中が空いていましたので座りました。
左隣はスマホに夢中の普通体型の女子学生。右隣はスリムな老婦人ですからゆったりと座っていました。

新宿で左の女学生が降り、代わってかなり肥満した中年女性が座りました。巨大な感じの女性が、ダウンのロングコートを着用していますのでやや窮屈になり、右側に少しばかり体を寄せました。大きな白熊のような女性でした。

四ツ谷駅で右側のスリム女性が降車したのが悲劇の始まりでした。その席の前に立っていた若い男性が着席しようとしたのですが、老婦人が乗ってきましたのでその人に席を譲るべく立ち上がりました。礼を言いながら座ろうとする女性を見て恐怖を感じました。

恐怖を覚えたのは、背丈は低いのですが肩幅がとても広い女性でしたから、巨大な正方形の卓袱台のような物体が、スリム女性が居なくなった場所にはまり込もうとしていたのです。物理的にとても無理なことは明らかです。

私は、今度は左側によけようとしましたが、左側の巨女の身体はダウンコートにもかかわらず固い壁の如しです。右の卓袱台女性は大きなお尻をシートにおさめたうえに2・3度身体をゆすり、すっぽりと嵌りこんでしまいました。

今朝の体重が66.3㌔の私は、どちらかといえばスリムです。この私が、肩をすぼめ膝を揃えても窮屈で堪りません。そのうえ、左の巨女はスマホを取り出しいじり始めました。巨大な身体に付属する巨腕は当然私の側にせり出します。

右側の女性といえば、大きめの手提げバッグを膝の上というよりは腹の前に押し付けて、短い太い腕でしがみついている状態ですから左肘は私の方にせり出しています。
巨大なボディーに挟まれた上に、巨木のような腕がさらに襲いかかってきたようなものです。すっかり恐縮しきった哀れな老人の姿は対面の方の失笑を買ったほどでした。「お気の毒に!でも愉快な光景をありがとう!」と言われているようでした。

ここで立ち上がるのもなんだか嫌味な所作のようですし、私はチジミ上がったまま照れくさいような、恥ずかしいような気分でいながら、こんなこともめったにない経験だと、この状況を愉しむことにして事態の推移に任せていました。

左右からの肉圧に耐え続ける私は、左右からのダムのような肉流圧を止める肉板のようでした。二人の肉体の片側に食い込むような構図になっていることに快感を覚えるまでに心境は変化していました。

私が立ち上げれば、肉流は流れだし、私が座っていたところは15センチくらいの隙間になったでしょう。新たに誰かが座ろうとはとても思えないスペースです。
スッと立ち上がってこの場を離れればいいものを、なんとなく機を逃してしまったことを悔やみました。

この苦界から解放されたのは錦糸町駅でした。二人が一挙に降車してくれたからです。私の骨格はやっと本来の構造に戻り、身体の左右も平静を取り戻し、呼吸が正常になりました。生き返った思いでした。

日本を訪れるアメリカ人が驚くことの一つに、肥満者が少ないことだそうです。アメリカに比べれば確かに少ないのかもしれませんが、私の目には結構な数の肥満者が居ます。特に、女性の肥満者が多いようです。

二人の女性に「抗議」することはもちろんできませんが、「講義」してあげたいとは思いました。
「私は、30㌔近くを大した苦労もしなく減量できましたよ。もし、いささかでも減量したいと思っているのなら方法は簡単ですよ。ご希望ならお教えしますよ」と。

次に同じような状況になりそうだったら躊躇わずに席を離れようとつくづく思った、滑稽で悲惨な体験でした。
.18 2014 未分類 comment0 trackback0

運転免許更新 家畜の行進

毎回、期限ぎりぎりに駈け込んでいました更新に、今回は期限初日の今日、行ってきました。2月11日が誕生日ですから、3月11日が最終日です。2か月も早く済ませてきました.

鮫洲にも府中にも飽きましたので今日は江東運転免許試験場に行ってみました。
バスを降りて、試験場の玄関の前の横断歩道の信号が赤でしたが、車が来ないので赤信号を渡りましたら、警備の警官が玄関から走り出てきました。「私の目の前で信号無視はしないでもらいたい」と、さっそく交通違反を咎められてしまいました。悠然と渡ったものですから、警官は顔を紅潮させて怒っていました。

今日の日曜日は三連休の中日。混雑することは想定していましたが、想像以上でした。8時半からの受付開始でしたが、私が着いたのは9時。すでに、数百人の長蛇の列。私の後にも続々と詰めかけ、ホールは人で溢れかえっていました。

4人横並びの列は、腕を組んで誰かが号令をかければたちまちデモ行進になりそうですが静かそのもの。これだけの人混みながらまさに「寂として声なし」
丁寧語を手段として駆使する牛追いのような係官の声が、館内に響き渡るのみ。

若い男女はスマホに首を垂れ、ある人たちは読書をしながら、それぞれのスタイルで牛歩をするといった光景でした。最初の受付窓口が近づくと、檻の柵ようなもので仕分けられ、いよいよ断頭台が近づいて来るような嫌な気になってしまいました。

何年か前に観た、映画「FOOD,INK」というのを思い出しました。米国の多国籍企業が独占的に行っている食肉の工業的生産の光景。ただただ食肉が大量にとれればいいという、養鶏場・養豚場・養牛場です。あるいは、話に聞くアウシュビッツです。洗脳されれば獰猛な野獣でも羊のごとくおとなしくなる。

約一時間の牛歩の後に、第一の関門を通過しましたが、牛歩の間、端の列にいた私は牛追い係官を何人か呼びつけ、同じ質問をしたり、世間話をしながら過ごしましたので、一時間はあっという間に過ぎていました。どの係官も愛想よく付き合ってくれました。同じことを叫んでいるよりは少しはマシだったのかもしれません。

高齢者講習をすでに受けていましたので、第一関門を過ぎれば後の流れは気にならない程度でした。写真は要らないと強調されていましたので、今までの顔写真をそのまま準用かと思って居ましたら、ちゃんと「安全協会」の出番が仕組まれていました。敵もなかなかやるわいと感心していたらとんでもないことをしてくれました。

晩年に顔が地崩れを起こしたアラン・ドロンを自負していた私の顔をアラッ・ドローンのような、さらに崩壊した顔に撮影した安全協会の撮影テクに、少なからずではなく、軽いではなく、ちょっとしたではない憤りを覚えました。

しかし、時すでに遅く、私が祖父になったような顔が免許証に写しこまれてしまっていました。向こう三年間、折に触れてこの免許証を晒すのかと思うと気が滅入ってしまいます。

かくして、私を含めすべての者が新しい免許証を手に試験場を後にしたわけです。
つまり、交通戦争の前線に免許証付きで送り出されたのです。更新通知という「赤紙」をもらい、更新手続きという「兵役検査」を受けさせられたことになります。

車を買えよ。
ガソリンを浪費しろよ・・そのために、タバコをスケープゴートにして、排気ガスについては行政もマスコミも触れないでいるのだから。
税金を払えよ。
駐車違反などの軽い違反をして罰金を払えよ・・予算に組んでいるのだから。
道路に不満を言え。高速道路や地下高速道路を欲しがれ・・バラマキをしたくて堪らない、利権好きの官僚や政治屋が期待しているよ。

などの思いを込めて肩を叩かれ、交通戦争の前線に送り出されたような気がしてなりませ
ん。
車で食っている多くの人たち、車関連の利権に涎を垂らし、随喜の涙を流している多くの「ごちそうさん達」の期待を一身に背負って前線に散っていった、多くの2等兵同期諸君の幸運を祈るばかりです。
.12 2014 未分類 comment0 trackback0

神社好きの初詣

元旦の早朝6時に,毎日ストレッチとラジオ体操をしている地元の八幡様に初詣。
2日の朝も、ウオーキングとストレッチとラジオ体操を兼ねて八幡様へいき2nd初詣。
3日は、家人を連れて八幡様へ3rd初詣。
4日はいつものように運動しがてら4th初詣。
三が日は、神仏習合時代の名残の「鐘突き堂」で勢いよく鐘をつき、境内に轟かせました。
これをやれるのがこの八幡様の魅力の一つです。

境内の一隅に招聘されている、「富士浅間神社」「八坂神社」「天満宮」「お稲荷様」と「厳島社」にもお参りしますので、お賽銭が結構要ります。ご利益があるような錯覚を感じさせてくれますので惜しくはありません。

実は、ゴルフなど早朝から出かける日と雨天以外は毎朝八幡様の境内に行っています。その都度、本殿と厳島様にはお参りをしていますので、格別のことはありませんが、真摯にお参りをするという行為が好きなのです。

緊張して真面目に参拝するときは交感神経が緊張しアドレナリンが分泌し、お参りが終わると副交感神経が働きエンドルフィンが分泌され、何とも言えない安らぎを感じます。この、ホルモンの切り替えを実感できる身体の神秘に魅せられているのです。

この切り替えは、日常生活では馬鹿にならない効用をもたらします。この切り替えの妙味に身体がなれると、いわゆる気分の転換が上手になり、ストレスを軽減できるようになります。

さて、
5日の今日は、明治神宮に参拝です。
やはり例年通りで、今日も参拝せず素通りしました。

舞い上がる砂塵。
異常な人の群れと列。
休憩広場の屋台の異臭。
この時期は観光明治神宮と化す。
霊気も霊験も感じない。
万余の人が担ぐ巨大なお神輿のよう。

いつも感じる、霊気神気はおろか霊験のかけらもなく、縁日の如しです。

15日を過ぎると神社は平静を取り戻し、清浄な空気と深閑とした霊気に包まれ、身体が引き締まるのを感じることができます。

元旦の初詣は地元の静寂な神社で済ませ、明治神宮には落ち着きを取り戻し、神官たちの表情にも平素の神に仕える気品が戻ったころにしていますが、今年も例年と同じように改めて出直しです。

ではなぜ行くのか。

単なる商売人と化している神官たちと、取り締まられながら参道を歩く多くの人々の表情と姿に世相を垣間見ることができるからです。

かくして、私の新年はあけました。
今年がどのような一年になるのか、一年をどうしたいのかは、明治神宮に真摯に参拝する15日過ぎまでに考えておきます。

.05 2014 未分類 comment0 trackback0
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プロフィール

須藤文弘

Author:須藤文弘




歯科医師(1942年2月生まれ)
医事評論家
歯科医療コンサルタント
NPO法人日本歯科保健機構 理事長
東京医科歯科大学 昭和43年卒

 

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