歩き方をチェックしてもらいました

 歩き方がとても上品で、しかも何とも言えない風格を漂わし、人ごみの中でもすぐ彼だとわかる友人がいます。
73歳の整形外科医です。これといった体の不調もなく元気な人です。

高血圧と、高コレステロール値という検査結果とは25年来共存し、薬を服用することもなく、毎日の食生活に配慮し、ここ10年は時間ができたから特に規則正しい生活を心がけているそうです。この点は私も似たようなものです。

高血圧も高コレステロールも何かの結果であって、この原因に対処しなければならないのであって、それぞれに対症療法的に薬を服用するのでは、その副作用が新たな身体の異常をもたらすからです。ただ、その原因への対応を怠ると、高血圧と高コレステロールが原因となって次なる以上を生じさせます。この点の見解も二人は似ています。

今日は、私の歩き方をチェックしてくれる約束です。

朝6時に神宮外苑の絵画館前で落ち合い、7000歩ほど一緒に歩いて診断をしてくれました。

体幹を使って立つ、体幹を使って歩く。
このために、30分ほどの準備運動の指導から始まりました。
この準備運動は、私が毎朝神社の境内で行っているストレッチとほぼ同じでしたから、内心我が意を得たりと、ほくそ笑んでいました。多分、歩き方は褒められるだろうと期待できたからです。

さて、7000歩ぴったりでウオーキングを終了。
講評を聞きました。

大股にしすぎる。
やや前傾している。
時々、姿勢が崩れる。
手の振りが小さい。
右足先が右外に逸れていることが多い。
内転筋と腸腰筋をもう少し強くしたほうが良い。
歩幅にバラツキがある。
時々、右肩が下がっている。肩が揺れることがある。

いろいろあるものですね。

重力とのたたかいは、直立歩行をするようになって以来の人間の大きな課題です。
重力への対応次第で構造医学的に種々の狂いを生じさせ、循環や内臓の異変を招来します。

今日の指導をもとにあらためて自分の歩行について検討してみます。
まずは、体幹の鍛錬から取り組んでみます。毎朝のストレッチにもうひと工夫してみます。

彼のような歩き方は、長い間私の目標でした。
あの、風格のある高貴な歩き方には到底及びませんが、少しでも近づきたいものです。
高齢者になって、ますます彼の歩き方は輝いてきたようです。
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.31 2013 未分類 comment0 trackback0

イローアパート

 設備に不備がある遺漏アパートでもなければ、従業員を労う慰労アパートでもありません。先日、自民党の石原幹事長のエイリアン発言で話題を集めた「胃ろう処置を施された老人ばかりを収容しているアパートの話題です。

人間の延命には「呼吸」「透析」「栄養」の3種類がありますが、「呼吸」は人工呼吸、「透析」は人工透析、胃ろうは「栄養」に該当し、延命治療の内のひとつです。

胃ろうを入れて栄養を摂っている国内の患者数は、40万人以上ともいわれており、高齢化に伴い年々増え続ける一方です。

そういった実態を踏まえて、日本老年医学会が1月28日、高齢者の終末期医療における胃ろうなどの人工的な水分・栄養補給について、「治療の差し控えや撤退も選択肢」との見解を10年ぶりに改訂したばかりです。

飲み込む力「嚥下」が弱くなり、口から食べられない病人や高齢者などに胃に管をつないで栄養を送るのが「胃ろう」ですが、体力の回復などに効果を上げる反面、欧米や日本でも認知症末期の寝たきり患者などにも広く使用されているため、「人間の尊厳」という観点からはその是非が取り沙汰されています。

そして、私はあまりよく知らなかったのですが、日本は世界一の「胃ろう大国」であり、しかも「胃ろうアパート」と呼ばれる高齢者専用の賃貸住宅があるということです。

その胃ろうアパートでは、狭い部屋のベッドに終末期の高齢者が並べられて胃ろうを注入され、ただただ無感情で天井を向いて毎日を過ごしているといいます。この光景はまさしく言い方が悪いですが、石原氏の言うようにエイリアンと表現されてもしかたないのかもしれません。しかも月額の費用が10数万円もかかるといいます。

「胃ろう」などの延命治療はいったん始めたら止めることができないのです。胃ろうを止めたら医師が罪に問われる可能性があるからです。

上述した日本老年医学会の見解を始めとし、速やかな法の改正により、事前の患者の意思を尊重した最善の終末期医療が待ち望まれます。
家族の中には「親がどんな状態になっても、生きているだけでうれしい」と感じる人もいます。逆に、「こんなふうになって生き続けることを親は望まないだろう」と胸を痛める人もいます。頻繁に見舞いに行く人、預けっぱなしの人、在宅で頑張り続ける人、遺産や年金の利害で揺れる人・・・本当にさまざまです。
 
何が正しいか判定することはできないけれど、「胃ろうアパート」のようなビジネスが許されるのなら、そこで一生を終えたくないという本人の思いを、周囲がかなえてあげることも許されるはずと思います。

 その意味でも、本人の意志表明が大事。
 元気なうちから「死」や「看とり」について、家族とよく話し合い、希望を伝えておくことが、これからの中高年に大切な備えです。

.31 2013 未分類 comment0 trackback0

珈琲の魔術

通常、珈琲豆100gで10杯の珈琲が抽出されます。
豆100gを挽いたものに添加物リン酸塩を添加すると3倍量の珈琲が抽出されるそうです。
勿論、これだけでは風味が失われます。
これに対する対策は、
合成香料である、酢酸ベンジル、ジメチルチオエーテル、βナフトールエチルエーテルを加えると風味が回復するそうです。

現在、街場では一杯50円から2~3百円の珈琲を飲むことができます。
一杯の量は様々ですし、お店の雰囲気もいろいろですが、安い珈琲にはそれなりの工夫(!)が施されているようです。

聞くところによりますと、ファミレスには飲み放題のドリンクバーというのがあり、珈琲、紅茶、ソフトドリンクを自由に飲めるそうです。
こういうところのコーヒーなどには上記のような経営上の工夫がなされているのかもしれません。

こんなコーヒーを客に飲ませて大丈夫なのか?と内部で疑問を発しても、どうせ食品添加物だらけのものを食っている客だから、この程度のことは気にすることはない。少しでも安くして客に売らないと、価格破壊、安売り競争時代の経営はやっていけないよ。今の時代、添加物を抜きに商売をやってはいけないよ。ということなのでしょう。

一流と言われるホテルの誤表示と称する偽装がまかり通る現在、ホテルといえども安心できなくなってしまいました。

ホテルでは、一杯1000円くらいのコーヒーが供されます。喫茶室滞在中何杯飲んでも構わないシステムです。
私は、長時間喫茶室を利用する場合は昔からホテルのコーヒーをよく飲んでいます。3杯も飲めば、ドトールやスタバなどと値段は変わらないと得をした気分になっていました。

ところが、現在はこのホテル珈琲ですら怪しく感じるようになりました。
美味しくないのです。
二杯目三杯目だからかな?と思っていましたが。疑えば疑えなくもないのです。

一杯目は正規の抽出法で淹れた珈琲が供され、サーバーポットで注ぎ足して回っている珈琲には特殊な工夫が施されているのではないかという疑いです。

昔ながらの喫茶店が本物の珈琲を客に供しようとすれば、一杯の値段が1000円くらいになっても仕方がないのかもしれません。珈琲だけで経営を成り立たせようとすれば、1000円前後のランチ定食並みの値段であっても仕方がないのかもしれません。

あとは、その店の主の頑固一徹さを支える良心を信じるしかありません。

私は、場所借りを主目的にドトールやヴィトフランスやスタバなどを利用します。しかし、珈琲は一口しか飲みません。ほとんど水ばかり飲んでいます。美味しくないからです。珈琲を飲みたくて入るのではないからです。一時間近くを、一杯200円の珈琲代で机代わりや、読書室として利用できれば良しとしているからです。

外出先で、本物の、安心安全な美味しい珈琲を飲みたくなれば、多少かたぐるしさは感じますが、それなりの喫茶店に入るしかありません。
セレブ中年女性たちの嬌声と、目をそむけたくなるようなファッションと窒息しそうな香水攻撃に失神しそうになりますが、なんとか耐えるしかありません。

珈琲一杯で、何とも難しい世の中になりました。
.31 2013 未分類 comment0 trackback0

誘惑者の囁き


 私に脳には、朝と昼と夜の誘惑者がすんでいます。その時々に私を誘惑し、私が逡巡するのを見てほくそ笑んでいるようです。
朝の誘惑者は、それこそ毎朝現われて、さまざまな誘惑をします。

毎朝、ウオーキングに出て、適当なエクササイズをこなすことを日課としていますが、これを何かと邪魔をするのが朝の誘惑者です。

「そんなことをしなくてもいいじゃないの?」
「もう一度ベッドに入って寝てごらん。気持ちがいいよ!」
「かえって身体に無理を強いているんじゃないの?」
「頑固一徹って滑稽だよ!」
「『こんな寒い朝に、また出かけているよ。好きだね~!』って、近所の人も笑っているよ」
「結構オタクな老人ってはた迷惑だよ、今日くらいは止めておけば?」
「今日一日休んだってあんたの健康とは何の関係もないよ」
「休養も大事だよ。毎日やればいいってもんじゃないよ」
「通勤通学者の中には、『毎朝邪魔な爺さんだな~。暇な爺さんだな~。目障りな爺だな~』と思っている人だらけだよ」
「そんなことに一途になっても、健康はどんなことで損なわれるかもしないのだから、真面目にやっているなんて馬鹿としか言えないよ」
などなど、無数の罵詈雑言を吐いて私を家から出すまいと面白半分に畳みかけてきます。

この数日、風の養生で朝のエクササイズを控えると決めたら、今度は、
「一日でも休んだら年寄りの身体はすぐ衰えるよ」
「若い頃は雨が降っても長靴を履いて傘を差してでも出かけていたのに情けないね!」
「こういう時こそ、運動して血の巡りをよくしなくちゃ。風も早く治るよ!」
「ほらっ、そうやって横になっちゃお終いよ!起きて歩くんだよ」
などと、動け出かけろとうるさく言ってくる。

朝のお勤めをするにあたって心がけていることは、
起床する、
洗面・トイレを済ませたら水を一杯飲む、
必要なモノを持って、
すぐ出かける。
このプロセスで一切の考えを排除する、
ということです。

余計な誘惑者の声に耳を塞ぎ、これ以外の行為について思いを巡らさないこと。
兎に角、玄関のドアを開けて外に出ることです。

出たら出たで、ひたすら目的地に向かって歩くことに専心する。着いたら着いたで、和洋中華をミックスしたオリジナルのエクササイズの実践に専念する。
6時半になったら、ラヂオ体操を真面目に力いっぱい行う。
全てが終わってから、一休みをして一服する。

そこから、誘惑者の介入を許可する。

そのまま直帰する。
駅の茶店に行き珈琲を一杯飲んでスマホをいじる。
仕事のない日は、さらに足を延ばして歩数を稼ぐ。
そのまま駅に行き、電車に乗って都心に出て、茶店や本屋を彷徨い、遊んで帰る。
これから紀尾井町のニューオータニに行き、朝のバイキングで朝食をして、新聞一紙を熟読する。
銀座をから新宿まで歩いて、都営新宿線で帰ってくる。
など、無数の誘惑と相談しながら午前の過ごし方を決めたりします。

いずれを実行しても、昼前には帰宅できますのでその後も十分な時間が取れます。
仕事のない日や、約束のない日は、定番のエクササイズをしたあとは誘惑者と戯れています。

兎に角、朝の出足を挫く誘惑者を撃退する方法は、頭を無にして耳も塞ぐことです。
まずは出かけることです。

夜の誘惑者は、最近無口になったようです。
何を囁いても反応が鈍い私に、愛想をつかしたのかもしれません。
お蔭さまで、早い時間から心静かに眠りにつけるようになりました。
.27 2013 未分類 comment0 trackback0

台風と共に去ったわたしの風邪

 先週の日曜日の夜、湯冷めと寝冷えのダブルパンチに見舞われました。
月曜日と火曜日はなんとなく膝頭の冷えを覚え、街中を歩く時も気が付けば日溜りを求めている始末でした。火曜日には、本格的な寒気を感じましたので、これは来るな、と覚悟をしました。

4年ぶりの風邪です。70歳台初の風邪。
熱は37度を少し上回っているくらいですから、日常生活には支障はありません。しかし、いまだからできる風邪養生をしてみたいと思い、何人かの患者さんに事情を話しご理解を戴いて、初めての完全なる養生生活をしてみました。

時を同じくして、二つの台風の襲来が予想され、NHKでは、したり顔の予報官が、民放では美人のお天気キャスターが金切り声を張り上げているのを聞きながら、台風の本土襲来と、我が風邪のピークがシンクロしているような気分に浸っておりました。

台風の本土上陸。風邪のピーク、すなわち、38度39度の熱が私を襲うという予想のもとに、わが身の消防隊であり、緊急出動の自衛隊ともいえる免疫兵士と抗酸化兵士を活発化させる対策を講じました。

食欲に衰えがないことは、過去の人生における風邪の時の特徴ですから、十分な栄養補給と、いざ出動に備えての不足ない休養をとることにしました。

火曜日水曜日の台風のぐずつきと同じく、私の風邪もさしたる被害をもたらしません。熱は相変わらず37度を少し超える程度。多少体のだるさは感じますが起き上がって何かをしても何ら支障を感じません。

台風は向きを東に変えて速度を上げようとしていました。私の風邪もそろそろ牙をむくかと身構えましたが、大したことはありません。

使用した薬は葛根湯のみです。この4~5日は葛根湯三昧ということです。あとは、生姜紅茶を日に何杯かを気のむいた時に飲むだけです。解熱剤や、感冒剤や、抗生物質は一切服用しません。

わが身の免疫兵士や抗酸化消防隊に差し入れするのは、ビタミン剤や抗酸化物質、それに、十分な栄養補給のみです。食事のメニューは平常通りで、読書も普段よりはかがいきました。要するに、身体を横たえる時間を増やした以外は日常生活そのものでした。

台風の方も、「したり顔や金切り声」に嫌気がさしたのか、28号は腰砕けではるか東の海上を逃げるように去りそうになり、27号は行きがかり上、大雨は降らせているようですが、台風としての矜持は保てず、これも腰砕け状態。

私の風邪も、免疫兵士と酸化消防隊の活躍が功を奏したか、土曜日の朝には平熱になりました。どうやら、台風騒ぎの終焉と時を同じくして、私の風邪も不発のまま消退してしまった感じです。

土曜日の夕方、15.000歩ほどのウオーキングをして、日曜日からの朝のエクササイズ開始に備えました。さすがに、さぼった分だけの疲労は覚えましたが、オンザベッドのストレッチや室内での運動がきいたのか予想以上に快適な身体な反応でした。

台風一過、すがすがしい朝を迎え、いつもの八幡神社の境内に行き、定番のエクササイズを行い、ラヂオ体操をいたしました。

数日ご無沙汰した駅の茶店を訪れ、
「おはよう!」
「あらーっ、お元気でした?」
「バリバリ絶好調」と、言葉を交わし席についてホッとした耳に飛び込んできたのは、なんと!
「クリスマスソング」でした。
随分長いこと世間とかかわらなかったような錯覚に襲われてしまいました。

複雑な苦笑いを浮かべた私の表情に、若い美人の店員が怪訝顔を向けてくれましたが、「爺さんの微妙な心理を理解できるはずもない」ので、無視しました。

この風邪で、わが身の老化を推し進めたことは確かです。
不発で終わった風邪が、強烈なウイルスを伴い再び襲ってくるかもしれません。
せいぜい、気を付けなくてはなりません。

葛根湯三昧の日々も悪くはありませんが、良くもありません。
「風邪なんか」と喧嘩腰の生活はもうできない年齢です。
風邪と骨折には注意をしなくてならないわが身の状況をあらためて自認しなくてはならないようです。
.27 2013 未分類 comment0 trackback0

ダブルベッドで同床異夢

75歳の男性。
ここのところ、夜中に数度尿意を覚え起き上がる。睡眠も浅くなり四六時中頭が冴えない。
原因は本人にあるのですが、妻と同じベッドで寝ていることに耐えられなくなったというのです。

耐えてきたのは奥さんの方です。若い頃から、仕事、仕事で遅い帰宅に酒臭い息。寝言に鼾に歯ぎしりの三重苦に耐えてきたのはほかでもない奥さんだということは想像に難くありません。

結婚に当たり、夫婦は同じベッドで寝ることが夫婦和合に大切なことだと実家の母親に聞かされていた奥さんは、両親からの贈り物である立派なダブルベッドで約50年の歳月を過ごしてきたのです。

そのことをかねがね聞かされていた夫は、そんなものかと、特に異論をはさむこともないので時間を重ねてきたそうです。

昨年74歳で全てから引退して、一日を夫婦で自宅で過ごすことが多くなり、何かと家の中のことが気になり始めたそうです。あらためて、夫婦のライフスタイルの違いが目につくようになり、不満だらけの毎日を過ごしているのだそうです。

就中、気に入らないのは夜の時間だそうです。

何かといえば、奥さんの鼾と寝言が一番気になる。昔は、寝言など発する妻ではなかった。
(昔は、疲れ果てて寝込んでいたから気が付かなかっただけで、女だって人間、いろんなことをしてますよ。)どうしても、ベッドを別にしたい、できれば部屋も別にしたいという思いが日に日に強くなったそうです。

それでなくても、眠りが浅いのに、せっかく寝着いたと思ったら奥さんの寝言で目を覚まし、再び眠りについたら今度は自分の生理的事情で目を覚ます。一人で、半狂乱の夜を過ごしているということです。

ベッドを分けよう、寝室を別にしようと切り出せば、奥さんが悲しがることは明らかだし、「君の寝言がうるさい、君の鼾が耳について眠れない」とはとても言い出せない。

どうしたものか、何かいい方法がないだろうかというのが、相談の内容です。

若い頃に、ダブルベッドからツインベッドに替え、さらに発展して別部屋になり、挙句に家庭内別居状態の夫婦は知っていますが、70歳過ぎ(奥さんは3歳下)までダブルベッドで一緒に寝ていたとは珍しい夫婦です。

奥さんの忍耐強さと、信念の固さには脱帽します。
夫の身勝手さと鈍感さにも呆れます。

さて、相談されても困ってしまいます。

私一人に相談されたのではありません。
五人の仲間が集まった際の一人から切り出され、他の四人に相談されたのです。

医者を使え。
不眠症で医者にかかれ。
奥さんと二人で医者のところに行き、別々に寝たほうが良いという指導をしてもらえ。
というのが大方の意見でした。

他人の閨房に触れるのは全員苦手で、なんとなく歯切れの悪い話で終わったのですが、老後の生活ではこのようなレベルの悩みは多いものだと思います。
特に長年連れ添ってきた伴侶に関わることで、その伴侶の一途な気持ちを傷つけたくないという思いから言い出せずに悶々と過ごしていることは少なくないと思います。

ただし、この場合は、実は奥さんも喜んで同意する話かもしれません。
奥さんの方はずっと前からそのようにしたかったのかもしれません。

「医者に頼ることはないよ」
「自分で、言葉をよく選んで話をしてみろよ」
「奥さんは、渡りに船と大喜びかもしれないよ」
と、私は言い放ちました。

さて、どうなりますやら。
まさか、それが原因で今さらとんでもない結果になるとは予想し難い。

多分、うまくいくでしょう。
.21 2013 未分類 comment0 trackback0

牛のロンダリング

 ブランド好きな人が多いということは、肉の業者にとっては騙しやすいありがたい消費者です。国産和牛とか「○○牛」とか、兎に角消費者が喜ぶ名前を付ければいいのですから簡単です。しかも高価格であればさらに信用度が増すということは、願ってもない現象です。

ロンダリングは、いわくつきの金やウナギだけではありません。
牛でも行われています。

海外で育てた牛を日本に輸入して育てる。
一日でも長く日本で育てれば国内産と表示ができるのです。
中国で生まれた牛が中国で100日育成され、次に韓国で100日育成された後日本に輸入されて101日育てられたら、つまり、一日でも多く日本で育成されれば「国内産牛肉」になれるのです。最後の国内育成機関が一日でも長ければOKなのです。

各地方には「銘柄肉」があります。
どのように育った牛をその土地の「銘柄牛」と認定するかは、各地域の団体が勝手に決めています。よその土地で育成された牛であっても、その地域で食肉処理をされればその地域の「銘柄牛」となりえるというくらい曖昧なもののようです。

大規模牧場で育成された牛がある県に運ばれ、その県で食肉加工されたものが「○○牛」とか「△△牛」として供され、お客が喜んで高価格で味わうという構造のようです。

ホルモンと薬物だらけの運動不足の肉を、添加物だらけのタレをつけて「柔らか~い!」だの「ジューシー!」などと口走り涙目で喜悦する客が多いのですから笑いが止まらないでしょう。

産地を表示すべしというお達しは、規制で悩むどころか、安い肉を高く販売できるのですから、お役所はありがたい神様の如し、です。
規制の抜け穴は掘ればいくらでも生じます。規制されればされるほど、お客は悦び、儲けは増えるという構造が出来上がるのです。価格つり上げの口実を与えるだけです。

このような騙しのテクニックは肉だけの問題ではありません。あらゆるものに行われています。

賢い消費者になりたくてもなかなかなれません。
信用できる生産者と直につながるしか方策はありません。

だとすると、今度は正当な意味で本当に高価格になります。高い値段でも引き取らなければその生産者は事業を維持できません。そうなると、消費者は生活を維持できなくなります。涙なしでは語れないドラマの世界です。

日本人の食生活はいつの頃からこのような無間地獄に堕ちたのでしょうか?

肉食系老人の私も結構ストレスを感じます。
でももうこの歳ですから深刻には悩みませんが、若い育ちざかりの人たちや、働き盛りの人たちの食生活には深刻に悩んでいます。

決める政治家が総理大臣のようですが、何に力を入れて決めようとしているのでしょうね。
足元が音を立てて崩れようとしているのに、あの自信たっぷりな表情はどこから生じるのでしょうか?

経済のことも、国民の生活のことも、実は何にもわかっちゃいないのでないかと不安になります。「ぼくちゃん総理になって嬉し~!!」としか思っちゃいないのでないでしょうか。

原発で世界を欺き、国民には嘘をつくのも長くは続きません。単なるイカレポンチの阿保だったと気づくのは国民と本人のどちらが先かは時間の問題でしょう。早い方がいいですね。

この国の政治は、メタボ・がん・鬱などあらゆる病気を抱えて、多臓器機能不全街道をまっしぐらなのではないかと憂えながら、今日も固い肉を咬み咬みしています。
シドニーで食べた、600グラムの固い肉は美味かったな~。パリで食べた草鞋のような固い肉は美味かったな~。

「シドニー牛」とか「パリ牛」とかいうのは聞いたことがなかったな~。
.14 2013 未分類 comment0 trackback0

オネー牛の肉は 「ジューシ~!」

TVではオネーといわれる人たちが頻繁に出演する昨今です。多彩な人たちが多く、そのこと自体に何ら問題を感じているわけではありません。その人たちと牛を同列にするつもりもありません。ただ。オスの牛を勝手にオネー状態にして商売をする厄介な人たちと、商売というものが持つ魔物が困るのです。

ヒトでも牛でもまともに育てば肉はそんなに柔らかいものではありません。
「柔らか~い!」という食感をさも高級な肉のように表現するのはいつの頃からか分かりませんが、TVでグルメ番組が競って登場するころからではないかと思います。

牛の肉に話を絞りますと、メスの肉のほうが柔らかく、オスの肉は固く引き締まっています。ホルモンの影響です。女性ホルモンは肉を和らかくし、男性ホルモンは固くします。

「柔ら~かい!ジューシー!」と黄色い声で称賛されると、そのような肉が上等な肉だと思い込まされた多くの消費者は、自分の本当の食感よりも、TV のタレントたちと同じように感じたいと思う人が増えてしまいました。
「運動不足!病的!気持ち悪~い!」という人はいません。
そうなれば、業者は競って柔らかい肉を生産します。そうしなければ商売になりません。

そこで、種牛とするごく一部のオス牛以外は商売にならないオス牛を改造することにしました。去勢し、女性ホルモンをじゃんじゃん注射してオス牛をメス化するのです。当然その肉は和らかくなります。オネー肉の完成です。

しかも、狭い畜舎で運動もさせずに育てればサシがたくさん入った柔らかい肉になります。狭苦しいところに押し込められて居ますので感染しやすくなります。したがって、抗菌剤やワクチンが投与されています。

こうして、タレントが絶叫する柔らかくて肉汁があふれ出る高級肉が出来上がります。

肉牛に投与されたホルモンは若い女性や成長期の少女の体内に入り子宮などの臓器に大きな障害を生じさせますし、飼料に使われた有機塩素系の残留農薬といった化学物質も体内に入ります。妊娠する可能性のある女性たちには食べてほしくない肉が高級肉として、あるいは高価格肉としてもてはやされているわけです。身体を犠牲にしてまでも巨乳になりたい一部の特殊な女性もいるようですが、多くの女性は意識せずに乳房が大きくなり乳がん街道に誘導されているのかもしれません。

私は、歯ごたえのしっかりした肉が好きです。
若い頃は1キロ、中壮年期は500グラム、老いた現在でも300グラムは食しますし頻度も高いので安価な硬い肉は大助かりです。

付き合いで鉄板焼きや焼肉を食するときは100グラムしか食べません。魚介焼きや野菜焼きの量を増やして腹を満たしています。
赤肉はあまり食べません。鉄分が多いからです。鉄分の摂り過ぎは体内で酸化という作用を起こしますので避けています。

ついでに申しますと、魚のマグロもあまり食べません。ましてや、大トロは好きではありませんので、食べるときは赤身を少量しか食べません。水銀の問題も勿論ありますが、魚の脂を生で食べるのは苦手だからです。鮨屋では、イカ・タコ・白身・玉を専らとしていますので上客にはなれません。酒も呑みませんし・・。

高級肉と高価格肉は、私には縁が少ない肉ということです。
ましてや、オネー肉は全く好きになれません。
毎回、顎がだるくなるほど咬んで食べています。
美味しくて安心な肉ですが、疲れます!!

.14 2013 未分類 comment0 trackback0

老人の身だしなみと汚い老人

今日の午後、40年来の親しい老人(81歳)と会い、話をしました。
奥さんは75歳で薬剤師の方です。ご主人は元製薬メーカー勤務、奥さんは3年前まで薬局を営んでおられました。
この老人は照れ屋さんでして、会話の大部分がダジャレや冗談の多い方で、女給さん相手ならともかく一般の人は相手をするのにいささか疲れるタイプの方です。

今日は神妙な表情で、
「女房が冷たい」
「一緒に出掛けてくれない」
「毎晩飲みに出かけて飲んでばかり。いままでどれだけ飲み代に使ったか知ってますか?と、分厚い領収書の束突きつけられた」
「自分をおいて、数日間、学生時代の友達と旅行に出かける。事前に自分に相談もない」
「自分の話を楽しげに聞いてくれるのは、自宅近くのクラブの女性だけだ」
などなどを雄弁に語っておられました。

波乱万丈の人生を切り抜けてこられた街場の智者で、話題も豊富な方です。見かけと違い認知症の兆候は見られず、記憶も確かです。頭の回転も素晴らしい。ただし、歩いておられる後ろ姿は、年齢以上の衰えを感じさせています。

この方は、15年くらい前から、ひげの剃り跡が汚らしく鼻毛は伸び放題という状態で、服装にはまるで無頓着。この身繕いの汚さはますますひどくなり、見ようによってはレゲーかと見紛うほどになっています。経済的には恵まれていて生活の心配は何もない人だとはとは到底思えないほどです。

遠慮のない相手ですので、私は次のように応じました。
「 Aさん、身繕いに気を配った方がいい」
「ひげは丁寧に剃って鼻毛を切るか抜いてください」
「小ざっぱりした服装をしてください」
「そんな泥が付いた靴を脱いで、きれいな靴に替えてください」
「どぶ掃除の爺さんのような恰好じゃなく、あなたは根っからの都会人じゃないですか。ゆとりのある老人らしく、もう少しおしゃれをしたらどうですか」
「今日の帰りにさっそく靴屋によって足に合った新しい靴を買って履きなおしてください」

ヒトのことを言えた義理ではないのに、ファッションアドバイザーの真似事をしてみました。
夫婦の機微に立ち入っても仕方がありません。どこまでが本当で、どこからがフィクションかがわかりません。本当に立ち入ろうとすると奥さんの話も聞いてみなくてはなりませんし、この分野は専門家と称する者がいますのでそちらに任せた方がよさそうです。もっとも、専門家といっても未熟な者が多くどれほどの役に立っているのか疑問ですが・・。

身ぎれいに見繕いをすることで奥さんが一緒に出掛けようという気になってくれるかもしれない。この点だけに絞って、人生の修羅場の数が多い先輩に忌憚のない意見をしました。

「おしゃれをして店に行ったら今まで以上に持てたらどうしよう」と、例によってバカな冗談を言うものですから、「本当に惚れてくれたのなら駆け落ちでもしてみれば」と冗談を返しておきました。

また、
「タバコを止めようと思っている」と、できもしないことを言い出しましたので、
「ここまで長生きしてきたのだから、今さら禁煙をして苦しむことはありませんよ。酒でもタバコでも好きなことを止める必要はありません。気の済むまで楽しんで、それが故に何年か寿命が本当に縮まったのならそれでいいじゃないですか。
タバコはアルツハイマーになりにくいというれっきとした科学的データもあるようですから、悪いことばかりじゃありませんよ。
多少とも気になるのだったら、量を控えるという気分になるだけでいいのじゃありませんか。残された人生を大いに楽しんでくださいよ」
と答えておきました。

恰幅のいい貴婦人然としたご婦人の横を、ペットのレゲーがポトポトと歩いているような旦那の姿を見る機会が多くなった昨今です。

ジーさんたちよ、もう少しおしゃれをしようよ。
昔のように、颯爽と女房をエスコートして歩く姿を見せてくださいよ。
.08 2013 未分類 comment0 trackback0

血気盛んな老人

数日前の朝、ひととおりのエクササイズとウオーキングを終えた帰路で、中年の男と老人が対峙して何やら言い争いをしている現場に出会わせました。背の高い中年の男に対して小柄な老人が頭をもたげて何やら喚いていました。
私鉄沿いの狭い道路で、人が三人並べばいっぱいになるくらいです。車は通らず、自転車が通ることはありますが、歩行者には安全な道路です。

出勤を急ぐ中年男がだいぶ怒りをあらわにし始めましたので割って入り、怒り狂う老人を引き離し、中年男に「早く行け」と合図をしてその場を立ち去らせましたが、しばらく経っても老人の興奮は収まりません。

70歳台の半ばを越していそうな老人に、
「いったいどうしたのですか?」と、問うてみました。
「俺が(?!)左側を歩いていると向こうから右側を歩いて来る奴がいる。当然、若い奴が譲るべきだと思いそのまま進行した。相手は譲ろうとせず身体がぶつかるところまで接近してきた。そこで、睨み合いになったが、それでも譲ろうとしない。俺は、若い者は年寄りに道を譲るべきだと文句を言っていた。すると、奴は、歩行者は右側通行だとぬかしやがった。だから、長幼の序について教えてやっていたのだ」
「そうですか、そうですか。大変でしたね」と、とりあえず、老人に合意して怒りをおさめることに努めました。額には汗を浮かべ、心拍数も増え血圧も上がっていそうなのでまさかは思いましたが非常事態になってはいけません。ひたすら宥めすかしていますとようやく落ち着いてきました。

「あんたはどう思うかね」ときましたのでこちらも急いでいましたが、とりあえず次のように答えておきました。

「私は、朝の道路は出勤者優先だと思っています。彼らにとっては、自分の健康しか考えていない暇な老人たちの散歩は邪魔で仕方がない。ましてや犬まで連れて狭い道路いっぱいに歩く者は邪魔者以外の何者でもないのかもしれません」

「私は、出勤者の邪魔にならないように歩いていますよ」
「携帯を見ながら歩いて来る者がいれば、よほど忙しい人だと思い、道をあけますよ。わざとぶつかるように接近して注意を喚起する人もいるようですが、何の効果もありませんから」
「本当にぶつかってこちらが転倒して怪我までして、訴訟問題に持ち込むまでやれば多少は効果があるかもしれませんが、その相手だけのことであり、多くの人を矯正できるわけではない」

「折角健康増進のためこうして歩いておられるのですから、つまらぬ小競り合いを起こして何にもならない。楽しく散歩をなさるようにしてください」
「引退した老人のほうが現役の若い者に譲るようになさったほうが良いと思いますよ」

私も、急ぎ帰宅して身づくろいをして出勤しなくてなりませんので数分しか相手をできません。多少怒りを残した老人と心ならずも別れて急ぎ帰宅の途につきました。

私だってこの老人と同じようなことは毎日感じています。怒りを抑えがたく、命を懸けてまで相手に喧嘩を仕掛けようかと思うことすらあります。手が出そうになり、足が出そうになります。何とか自制して過ごしているのです。

この血気盛んな老人に100%同意したくもなりますが、それをやっちゃお終いだと思うようになりました。

円熟したのでもなければ、円満な性格になったのでもなく、無関心を装うようになったということです。

老人の挙措については、若者の側にも言い分はたくさんあるようです。聞いてみますと、なるほどと納得することばかりです。
高齢者対若者で論じても仕方がありません。

マナーの悪い老人もたくさんいますし、老人の特権を駆使してずるがしこく振る舞う人もたくさんいます。

さて、件の老人です。その後たまに出会いますがなんとなく穏やかに歩いておられように見えます。話しかけられそうになりますが、話を始めれば時間がかかりそうですから私の方から避けるようにしています。
.07 2013 未分類 comment0 trackback0
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プロフィール

Author:須藤文弘




歯科医師(1942年2月生まれ)
医事評論家
歯科医療コンサルタント
NPO法人日本歯科保健機構 理事長
東京医科歯科大学 昭和43年卒

 

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