ストレスフルなジム通い

 きょう、都心のジムに久しぶりに行ってきました。
自分のやり方で体操をし、いくつかの器具を使って身体を捻ったり伸ばしたりしてきました。折角来たのだからと、プールで少し泳ぎプールサイドのジャグジーに入って泡で汗をかいてきました。

旧知の人にたくさん会いましたが、もう亡くなられた方もたくさんおられて複雑な思いをしました。

行かなければ何を言われるかわからない。
トレーナーが待っているので行かなきゃならない。
馴染みの顔ぶれに合わないと寂しい。
会費分は使わないともったいない。
あの人(女性)に会いたい。
家にいてもやることがない。
「あら、今日は行かないの」と女房に言われる。
健康で居たい。
体力の衰えは耐え難い。
トレーナーや器具がなければ運動をすることができない。
誰かが声をかけてくれる。
ゴルフや趣味の仲間と情報交換をしたい。
株の情報を聞きたい。
運動の後の仲間との一杯のビールがうまい。
このジムの会員であることがステイタスである。
死ぬなら、このジムでポックリ死にたい(迷惑ですね~!)。

などなど、百人百様のジム通いがあるようです。

総じてみなさん、とてもまじめで一生懸命です。

ある人には、かつて、毎日通った役所や会社代わりのようですし、ある人は家庭に居場所のない難民の如しです。

私から見ると、真面目過ぎて、ジム通いがストレスになっているようにみえます。
毎日来なくてもよいし、たまには映画に行ったり、観劇に行ったり、街場のそぞろ歩きもよいし、どこかほかのところにも行ってみたらよいのにと、余計なお節介じみたことを感じます。

昔の身分や地位を鼻先にぶら下げて、小競り合いはするし、苛めもするし、妬み嫉みの感情も抑えが利かなくなっているからあからさまに表すしで、どうにも始末に負えない面は否定できないようです。

託児所と同じですね。
まだ一人で歩ける老人たちの託老所ですね。

美人のトレーナーの奪い合いはよしましょう。
トイレを汚すのはやめましょう。
床を散らかすのはやめましょう。
飲み物を口の端からタラタラ流すのはよしましょう。
早くからきてドアーの外で苛々しながら開くのを待つのを止めましょう。
きちんとトイレを済ませてからプールに入りましょう。
風呂に入るときは、身体をよく洗ってから入りましょう。異臭がしています。

スタッフやトレーナーたちは、老人ホームのノウハウを学んでいる由。

世界が注目する、世界に例のない超高齢化社会が現出している日本がいかにこの問題に対処するのか各国が注目しています。

難しい難しい問題です。

私自身も、年々このような人たちの一人になるのかと思うと気鬱になります。

元気になりにジムに行って、すっかりしょげかえってしまうようでは、もう近づかないほうが良いのかもしれません。
スポンサーサイト
.30 2013 未分類 comment0 trackback0

(閑話休題) 新潟の泉田知事が変節? 霞が関の「半沢直樹」が暴露!

 新潟県の泉田知事はこれまで、「東電は安全対策よりも経営再建のため再稼働を優先している」として、東電の安全審査の申請を認めなかった。ところが、ここにきて、東京電力柏崎刈羽原発6,7号機の再稼働に向けた安全審査の申請を条件付きで認めた。

知事への圧力は、政府からも、再稼働を推進しい地元の勢力からも強まっているようです。
「政府が知事のスキャンダル探しを精力的に行っている」とか、「検察が知事の周辺を含めて徹底的に洗い始めている」など、いろいろ情報が飛び交っているようだ。

霞が関のキャリア官僚(東大法卒)が執筆した「原発 ホワイトアウト」という単行本が最近出版されました。実名は伏せてあります。本当に官僚が書いたのか、事情に精通するライターが官僚と称しているのかは不明ですが、もし、官僚による書き下ろし小説ならば、これは例の半沢直樹の霞が関版といってもよいでしょう。

この小説の中で、新潟の泉田知事を彷彿とさせる、新崎県知事の伊豆田清彦という人物が描かれています。

ホワイトアウトから転載
どうやって、この知事に毒を盛るかー。
伊豆田知事への贈賄や女性問題が仕掛けられるのであれば、もうとっくにやってしまっている。伊豆田の妻の脇が甘ければ、そこにつけ込むこともできる。しかし、そこもガードが堅い・・・。
数年前、在日朝鮮人の商売人に、伊豆田知事の資金管理団体に政治献金をさせて、外国人による違法政治献金事件を仕掛けたことがあった。
以上、転載終わり。

かくのごとく、フィクションではありますが、登場人物の推定は容易で、現実の人物を当てはめて読めば、ノンフィクションを読んでいるようなものです。

この著者が本物の官僚であれば、すでに本人の特定は済んでいると思われます。
この小説を読むと、これからの日本の原発の行方が明らかにされています。

島国の政治家根性を丸出しで世界の舞台で「完全にコントロールされている」などと、暴言を吐いた安倍総理の役割も明快に活写されています。

今の日本、今後の日本を知るために是非ともご一読をお勧めしたい本です。
.30 2013 未分類 comment0 trackback0

テレビ通販のサプリメントを注文してみた

ネット通販はAmazonを頻繁に利用しています。重いものなどが自宅に直接届きますので重宝しています。本も、新刊本が品切れなら古本が買えますのでとても利便性が高いと思っています。

一方、テレビ通販は信用度が高いとは思えず、いつもいかがわしさを感じています。
一度体験してみようと受話器を取り上げました。

モノは「青汁」です。私は、旬の野菜をたっぷり摂っていますので必要はないのですが、「お試し」とかで、10日分くらいの分量ですし、価格も1000円ですから、野菜の摂取量が少なくなる外食時(滅多にありませんが)に利用するか、戸棚の奥に死蔵してもいいと、大袈裟にいえば決断した次第です。

相手の会社は、近頃頻繁にコマーシャルを流している、社名の付け方がとても上手な、つまり、いかにも信用を得るような巧妙なネーミングのところです。使用するタレントも、我々庶民が信用しやすい善良そうなスポーツマンです。

モノは「青汁」。これ自体が優れているうえに、腸まで直接届く乳酸菌を何億個かを加えたものというのがウリです。

電話の遣り取り。
「あのー、○○のお試し品をお願いしたいのですが」
「○○ですね。わかりました。ひとつお得な情報があります。この電話で定期のご購入をなさいますと、ご用命のお試し品を2つ無料で差し上げます」
ときました。

「『お試し品』で試そうと思って電話したのに、定期購入なんてしませんよ。お試し品で結構ですよ」
「そーですか・・・!」
と、残念そうな声音が帰ってきました。


商品のいかがわしさに加えて、会社自体の如何わしさが加わりました。
電話応対嬢は、上司の監視の下でできるだけ定期購入に持ち込むように強迫的に強制されているのかもしれません。課せられたノルマをあげるために、電話を受けるたびに自らの士気を鼓舞して定期購入に誘導する応対嬢の心理が手に取るようにわかりました。

サプリメントのテレビ通販の業界人の話として次のような話があります。
たとえば、一万円のサプリメントが売れますと、その6割の6000円がテレビ局の取り分。2割がコマーシャルなどの企画会社が2割をとる。残りの2割が販売会社の取り分という内訳だとのこと。

サプリメントの販売会社は、一万円を売って2000円の売り上げということになります。
大手の建設会社に自宅の新築を依頼して安心していたら、その建設会社は商社のごとくサヤを抜いて下請けに、その下請けがサヤを抜いて孫請けに仕事をおろす。その孫請けは手抜きできるところはとことん手抜きして、「何々邸」を建てるという話と同じ構造です。

テレビ通販のサプリメントの原価は、良くて数百円、下手をしたら100円くらいのものかもしれません。

これでは、「イワシの頭」にもなれません。

健康ブームが何十年も続いています。
現在の高齢者は割とお金持ちが多いとも聞きます。

あらゆる分野で、高齢者の金が狙われています。
「オレオレ詐欺」と「効く効く詐欺」は、金額こそ違え根は同じ。

くれぐれもご用心ください。
.30 2013 未分類 comment0 trackback0

小銭がたまる

 ある日の、スーパーのレジの光景。
老女が買った品物を出す。レジの女性は手際よくバスケットからバーコードを記録しながら別のバスケットに品物を移し替え、レジ袋をいれて、レジを打つ。現金を受け取り、素早く釣銭を渡し、ヘソ手で「ありがとうございます」と頭をチョイと下げる。

そこには、一定のリズムがあり、このリズムが保たれている間は彼女のストレスは最小のものなのでしょう。あるいは、多くの客を捌くための個々の工夫もあるのでしょう。
ベテランと思しきレジ掛の人ほど、自分のリズムがあり、リズム通りに流れているときはある種の恍惚感すら感じているのかもしれません。

なぜこのような描写をするのかと申しますと、ある日、一人の老女がレジ掛の恍惚を焦燥と怒りにも似たものに変えた場面に遭遇したからです。

たとえば、1.567円の支払いにお札で二千円をだし、67円の小銭を財布から出そうとしていました。さあ、リズムが狂ってしまいました。レジ掛はボディーランゲッジで、「急げ!」、「もたもたしないでよ!」と金切り声をあげて叫び続けます。

あろうことか、居並ぶ他の客からはこれ見よがしの催促の種々のアクションが発せられていました。多少の身体のゆすりや、何かをぶつけるのような仕草です。
老女は、オロオロし、苦痛に顔をゆがめながら震える手で財布から小銭を出そうと頑張っていましたが、耐えきれずに「いいわ、二千円で払うわ」と決断し、433円の釣銭とレシートを握りしめて自分の品物が入っているバスケットをもってその場を離れました。

なぜ、このような光景を延々と記したたかと申しますと、認知症との関係があるからです。

脳機能も日々虚弱化していくことは老人の場合止めることはできません。身体機能も、脳機能もいくら頑張っても衰えることは仕方がりません。

その虚弱化の判定の一つに、日常の買い物のたびに「お札」で支払うようになり、家に小銭がたまるようになるというのがあります。

しかし、観察していますと、中年の女性も、若い女性も結構もたついています。でも、彼女たちは、レジ掛がどうしようと居並ぶ客が大勢いようがお構いなくマイペースでもたもたしています。それは、見事に平然としています。シカトというやつですね。

ところが、年配者ほど周りに気を遣い、目の前のレジ掛に気遣いして、せっつかれる思いで血圧が上がり、脈拍が早くなってしまい、お札を出してしまっています。

交通系のキャッシュカードとかクレジットカードを駆使するということには慣れていません。現金を払い、家計簿をつけるという昔ながらの堅実な生活をしている頭脳明晰な高齢者はたくさんいます。

世の中が気ぜわしくなりすぎています。効率効率と、切迫した生活を強いられているようです。それでできた時間が効率よく有効に使われているとは到底思えません。

私も、買い物をするようになってしばらくの間いえに小銭がたまって閉口しています。レジで気を遣いすぎたのです。例の、「KY」と言われたくないからです。でも、たまった小銭の中からしかるべく金額を握ってコンビニなどで使ってみましたが、今度は、内心嫌がっていることが手に取るほどの反応を感じます。いまや、毎朝のウオーキングで参拝する神社でお賽銭として使用している始末です。今度は、自販機で水でもと思っています。

いまでは、スイカとかカードが使える店でしか買い物をしませんから、小銭が増えるということはありません。

盆が終わったと思ったら、都心のホテルから「お正月プラン」の案内が届き、秋のお彼岸が終わったと持ったら、「おせち料理」の案内が届きました。

「もういい加減にせんか!」と怒りがこみ上げてきます。

普通の年寄りが普通に買い物ができるような落ち着いた世の中になってもらいたい。
身に覚えのない「認知症」の烙印を押され、強制的に薬を飲ませられないようであってほしい。

都会だけの、東京だけの現象かもしれませんが、皆、何かに狂わされているような気がしてなりません。

今日も、狂人の群れのような駅の雑踏を抜けて何とか帰宅してホッとしているところです。そして、眉毛を吊り上げた若い女性や、何かに追われているような中年のおっさんの顔を思い浮かべて溜息をついているところです。
.25 2013 未分類 comment0 trackback0

俺は教授だぞ、このヤロー!

このタイトルは、日刊現代のコラムのものです。興味あるコラムですから、内容も引用してみましょう。

 患者さんにとって、医者はクールで温厚なイメージがあると思います。私の知っている医者もそんなイメージ通りのタイプで、何でも理詰めで話をして絶対に感情的にならない人でした。しかし、教授になった途端に“本性”があらわになり、驚きました。
 教授就任パーティーでのことです。彼の先輩で開業医をしていたKさんが、彼のことを「○○クン」と呼んだ瞬間、青筋を立てて大声を張り上げたのです。
 
「なんだと、このヤロー!俺は教授だぞ!お前のような町医者に『クン』呼ばわりされるいわれはない!」
 Kさんは彼より5歳ほど年上だったのですが、恥辱で顔が硬直し、からだはワナワナと震えていました。周囲も何も言葉をかけられず、張り詰めた空気のままパーティーは終わりました。
 話はそれだけではありません。実はKさんがやっている病院は、その教授が勤めている大学から若い医局員を雇い入れて経営していました。しかし、その事件があった直後に医局員の派遣が即刻中止され、Kさんの病院は一時経営危機に陥ったそうです。先輩に対してそこまでやるか・・・・。周囲はみんな仰天しました。
                    ―以上転載終わりー

今はやりの、倍返しの医学医療界版なのかもしれません。医局時代に何らかのいきさつで怨念を抱いていたのかもしれません。万座で土下座にも等しい恥をかかせることで意趣返しをしたのかもしれませんが、品格を疑われるというより、新教授の人間としての評価はガタ落ちですね。その教授には一生付きまとう人格的傷となってしまいました。

権力を持った途端に人格が一変する人は少なからずいます。「今に見てろ!今に見てろ!」が強力なモチベーションとなっていたのでしょうね。万座で激昂して相手を貶める行為は、自分に対する非難を計算できていないのですから、正直な無垢な奴だと言えますが、彼の払った代償も大きなものとなりました。

このコラムに強い関心を持ちましたのは、私にも似た経験があるからです。

20年以上も前の話ですが、あるパーティーで懐かしい顔を見つけ「○○先生、お久しぶりです」とあいさつをしましたところ、「僕は今学部長だよ!」と返されました。一瞬何が起きたのかと呆然とした覚えがあります。「学部長の僕に、お前如き者が気軽に声をかけるな!」ということだと気づいたとき、学生時代のことが走馬灯のように頭の中を駆け巡りました。

彼は、私ども医学部と歯学部の学生が2年間の教養課程を終わって専門課程に進級して最初に体験する「人体解剖学」の大学院生で、教授の助手として実際に解剖の指導をする要員の一人でした。

居残って解剖をしたいというグループに嫌な顔をもせずによく付き合った人でした。「○○ちゃん、○○ちゃん」と学生たちに慕われ、よく飲みにも一緒に行ったりしました。
ただ気になったのは、その時の支払いは学生たちがもっていたことです。せめて割り勘が筋ではないかと、多少気になった記憶があります。

解剖学教授になったことは知っていましたが、学部長のことは知りませんでした。

基礎医学に進む者には二つのタイプがあります。本当に研究が好きで基礎医学を目指す者は正統派といえます。

もう一つのタイプは、野心を秘めて基礎医学に進む者です。このタイプは基礎医学の中でも地味であまり日の当たらない研究室に入ります。人気のない教室ですから、競争もなく教授になれる確率が高いからです。
そのうえ、執着するものは学部長にはなりやすい。それはそうです。基礎系の教授たちは、研究が好きな「オタク」がほとんどだし、政治嫌いが多いからです。彼のようなタイプのやりたい放題となってしまいます。しかも、基礎系から学部長は選出されることが多い。
彼も、所定の研究が終わったら、もっぱら政治家になってしまいました。

学部長を目指すのです。そして、学長を目指すのです。
基礎医学者だから病院長にはなれませんが、学長になれば大学では最高の権力者になります。さらに、日本医学会や日本歯科医学界の会長を目指すのです。

つまり、異常に権力志向が強い者です。

引用したコラムのようなことは、あらゆる分野で、今日も日本のどこかで展開されている喜劇でしょう。
そして、未来永劫、途絶えることなく演じ続けられる、悲しい人の性、なんでしょうね。

彼は、同窓会長のポストを熱望し、それにはなりましたが学長には到達できませんでした。
彼は、学長の器に非ず、という力学が強く働いたのだと思います。
また近々、彼に会えるかもしれないパーティーがあります。
「○○先生、ご無沙汰!」と、声をかけてみましょう。
.25 2013 未分類 comment0 trackback0

本も辞書も要らなくなった

酒と本を同じ土俵にあげることの当否はともかく、酒代が不要な私は本代を惜しんだことはありません。

70有余年生きてきた今日迄に購入した本の数はかなりの数に登ります。
辞書辞典類は、側に置いておかなければ気が済まないタイプですから、この類のものも沢山所有しています。

しかし、書棚の辞書類を手にする事は殆どなくなりました。何故なら、パソコンやiPhoneに必要、否、必要以上のものを取り込んでいますので、大概の事には不自由を感じなくなったからです。私の書棚の大分冊の辞書類が手のひらサイズの箱に収まり、常時持って歩け、何時でも疑問の事があれば私が求める程度の答えには応じてくれるからです。

食欲は普通の老人並みになり、繁殖期はとうの昔に過ぎ去り、社会的欲望も沈静化しました。折あらば、という細やかな欲望程度が燻っている程度で、ギラギラとしていたかつての自分と比べれば、菓子を欲しがる幼児の如しです。

知識欲。これだけは日に日に高まり、今日も昨日も本を求めて書店に足を運ぶ始末です。

幸いな事に、目は丈夫のようです。しかし、これとていつ限界となるか分かりません。残された唯一の欲望、いま迄のすべての欲望が知識欲に集結した感じの現在と将来の事を思いますと、この欲望に費やせる時間の限界を覚悟しなくてはならなくなりました。

精力的に知識を吸収する(歩留まりの悪さはともかく!)事が叶うのも、精々70歳代止りでしょう。その後は、本を抱えて居眠りしている自分がイメージ出来ます。
科学の進歩、医学の進歩、社会の構造的変化が急ピッチで進む昨今、現在出ている本と、これから世に出て来る本を追いかけるたけで精一杯です。

規模の大小に拘らず図書館に行くと気が滅入ってしまいます。まだ、自分が踏み入った事の無い分野があまりにも広い。無知を思い知らされます。
必死で努力した割には、知という山のほんの一角しか足を踏み入れていない事を思い知らされ、しかも山の麓を彷徨っているにすぎなかった事に愕然とさせられ、虚しさに胸が塞がれるからです。

最早過去の本を手に取り読み直す時間は無い。新しい知識や知見を求めるだけでも、年々その時間と身体的経済的能力は少なくなって行く。

きょう、台風が日本列島を縦断し各地に甚大な被害をもたらしている報道を聞きながら、あらためて我が書斎を眺めて見ました。

私の終焉が訪れた時、これらは全てが無用な物として処分される。しかも、厄介な代物として迷惑がられる。寄付をするにしても、役に立てる物はこの中のほんの一部でしょう。

ならば、早めに自分で処分しようか。部屋を広くして快適な住まいにして過ごした方が賢明ではないか。
このような思いが脳を駆け巡りました。

台風一過、少し雲の切れ目が見える夕方、本屋を訪れ、近くの茶店に入ってみたら二冊の本を手にしている自分に苦笑を禁じ得ませんでした。

老いたが故の消極的な思いなのか、身辺を整理して積極的な生き方をしょうとしているのか、じっくりと自問自答してみました。
.16 2013 未分類 comment0 trackback0

「ばっかり食い」と「ベジファースト」

 食卓に出されたもの全てにまんべんなく箸をつけて、偏った食べ方をしてはいけないと盛んに喧伝されたのはほんの数年前のことです。子供たちが、家庭での食事の時も、学校給食の場合でも気に入った一品だけに箸をつけることに対して注意を促すものでした。

現在は、まず、野菜を先に食べて、次に肉や魚を食べて、最後にご飯を食べるというような食事が勧められています。
血糖値を急激にあげるような食べ方を止めようということです。Ⅰ型は兎も角、型の糖尿病が子供たちにも広がっている現代ですから、野菜から先に食べて血糖値の緩やかに増加するような食べ方はとても重要です。

先日、数人の人たちと話をした折、その中の一人が料理研究家と称する人でした。
たまたま話題が「食べ順」に及びましたところ、「それって、ベジファーストですね」と、さらっと言われてしまいました。

「漬物ファースト」とか「味噌汁ファースト」、「ご飯ファースト」とか「明太子ファースト」という言葉を聞いた覚えのない私は内心むっとしました。

このようなタイプは、アメリカから「ベジセカンド」とか、何らかの理由で「ベジラースト」という言葉が入ってくると平然と、「それって、ベジラーストですね」と、平然と口にするのだろうと寒~感じがしました。

食後血糖値の測定の結果、野菜を先に「ばっかり食い」をすることが健康には良いようだという説が広く認められていることは確かです。

若い人たちは大いに「ベジファーストでね」という人たちの教えに従い健康増進に励んでもらいたいものです。

そこで、年寄りはどうするか。
ベジファーストは結構ですが、そこで食べすぎて後の食事が進まなくなっては困りますので、弱った顎の筋肉が疲れない程度にしていただきたい。タンパク質も脂肪も炭水化物も適量摂らなくてはなりません。

ベジファーストで栄養失調になっては困ります。

30回咬んで食べるのもそうです。
ひと口ごとに30回咬んでいたら、顎の筋肉が疲労して小食になってしまい、これまた栄養不足になりかねません。

一家団欒、食事の時、話をしながら楽しい食卓を囲みましょうということがよく言われますが、私は賛成しかねます。ダラダラ、チャラチャラした食卓の風景は想像しただけでもゾッとします。反芻する牛ではあるまいし、貴族の社交界の晩餐でもあるまいしと思います。

私は、「食事のときにペラペラ喋るな」という父の教えのとおり、「食事の時は、おいしそうに食べることに集中しなさい」という母の教えのとおりの食事の仕方をいまだに続けています。

食べるときは食べるとき、喋るときは喋るときとはっきり区別しています。
黙っておいしそうに黙々と食べていますと、咬む回数も捗ります。子供の頃は、「こいつらが俺の身体の血となり肉となるのか」とイメージしながらひたすら食べていました。今も変わりません、黙ってひたすら食べています。大笑いしながら唾液を飛ばすような人との食事は苦手です。

嘘と社交辞令と愛想笑いの晩餐会ほどストレスがいっぱいの食事はないでしょう。たまのことですから我慢もできましょう。

くだらない話では腹が立つし、さもなくば消化に悪い。
ベジファーストだろうと味噌汁ファーストだろうとかまいませんから、TVを観ながらとか、新聞を読みながらの食事が一番身体によくありません。

食事中、「ねえ~、私の話聞いてる?」なんて言う連れ合いは最悪の存在とも言えましょう。
.15 2013 未分類 comment0 trackback0

男性の乳房が膨らむ

近頃は、男性がブラジャーを買うという現象が日本でも起きているようです。
米国では、男性の膨らんだ乳房を小さくする整形手術が盛んに行われ、全米で2桁の伸び率とのこと。その他、男性用のランジェリー、加圧ベスト、乳房を小さくする運動プログラムなどの新しい産業が伸びているそうです。

米国の医師(Dr.William Davis)は、著書 WHEAT BLLY(小麦腹)-日本語訳「小麦は食べるな」白澤卓二訳―で次のように論じています。

日本で言うメタボ腹、下腹がポッコリ膨らんでいる様を彼は「ポッコリ小麦腹」と名付けています。この、内臓脂肪をたっぷりためた下腹部は、単なる美容上の問題ではなく、健康に影響するところ甚大であると述べています。

それは、内臓脂肪は、レプチンなどの炎症ホルモンの分泌地以外に、男女ともにエストロゲンを作り出す工場にもなっている。
尻が大きくなる、胸が膨らむなどの、女の子が思春期に女性的体型に変化させる女性ホルモンのエストロゲンです。

男性の場合、もともとエストロゲンの量が女性に比べて微量であるため、ほんの僅かなエストロゲンの増加に対して敏感です。このエストロゲンは乳房組織の増殖を促すので、男性の乳房が大きくなるー女性化乳房ー現象が起きるのです。

この原因が、「ポッコリ小麦腹」というわけです。

我々日本人場合は、「ポッコリご飯腹」、「ポッコリうどん腹」、「ポッコリラーメン腹」ということができるでしょう。

現在、糖質制限食を提唱する医師の本がとても売れているようです。糖尿病学会に闘いを挑んでいるような勢いです。糖尿病学会も無視することができずに声明を出しているようですが、糖質制限をすることによって糖尿病が治ったりすれば面目が立たない。かといって、完全に否定はできないといところでしょう。

それどころか、患者に糖質制限食について訊かれても確たる対応ができないにもかかわらず、自分は密かに糖質食の制限を行い、体重を減らし、ひとりほくそ笑んでいる医師が増えている始末です。

時を同じくして日米で、方や「小麦と小麦が原料の食品を排除せよ」、方や「糖質食、炭水化物系の食事をやめよ」の合唱となっています。

小麦が原料の食品となると、その製品の種類は膨大であり、食品業界に与える影響は甚大です。農業の根幹をも揺るがせかねません。

遺伝子組み換えということをなぜ行うのか。それが人体にどのような作用を及ぼすのか。これらのことをもっとよく知る必要があります。
TPPに加入するということは、輸出国が検査をしたものを輸入国が自国の基準で再検査することは許さないという条項があるそうです。

私のような老人は兎も角、若い世代の食については慎重に対処する必要があります。

科学の進歩は人類に幸せをもたらすものであってほしいと願っていますが、資本主義というものが介在すると、必ずしも幸せをもたらすものばかりとは言えません。

毎日、バギーに乗った幼い子供たちを見るにつけ、「食の危機」、「食禍」からうまく逃れてくれよとつぶやかざるを得ません。
.15 2013 未分類 comment0 trackback0

オリンピック招致決定

招致どころではないという考えに変わりませんが、決定したのならぜひ成功するように祈るばかりです。

福島原発事故の収束とオリンピック開催の間に整合性が明らかであるようにしてもらいたいものです。

原発事故といういまや国際問題を未解決のまま開催に邁進するという極めて難しい局面と対峙しているわけですから、開催へのエネルギーが福島と東北の復活再生を巻き込んで、開催国として2020年までに世界に胸を張って挙行できるように総合的にプランされなければならいと思います。

総理と都知事の言明がいつもの選挙公約の如しでは通用しません。日本のオリンピック関係者の言明が、いざとなれば国の救済があるという甘えであってはなりません。

福島原発事故を言い訳にオリンピック開催を手抜きすることはできませんし、オリンピック開催が口実となって原発事故の収束が遅れることも許されません。

政治家特有の言辞で国内の選挙民は籠絡できても、国際社会は許してはくれません。
日本の総理大臣は世界に向かって公約したのです。しかも、具体的な問題について公約したのです。
日本国民も、世界のすべての民が日本の政治家の手腕を監視する状況になっているのです。

景気回復、原発事故の確かな収束、東北の復活再生。我々日本の国民も日本の政治家の本当の能力を査定する好機に直面しました。

とても困難な道のりが横たわっています。
汚染水をばら撒き、不信感と無能力を世界中にばら撒き、海外に進出している日本の企業と駐在社員がバッシングされ、海外を旅する国民が肩身の狭い思いをしなくてもよいように全力を注入していただきたい。

数人の白髪頭と禿げ頭を世界に向かって晒せば済むという国内的慣行の次元では全くないということを肝に銘じて、全力を尽くしていただきたいと心から思います。
.08 2013 未分類 comment0 trackback0

オリンピック招致は辞退すべき

8日の午前5時には明らかになる予定のようですが、いまからでも遅くはない、辞退すべきだと思います。
汚染水問題に解決の手立てを持たない日本は、これ以上の恥を国際的にさらすことはやめるべきです。

米国では、日本には解決の能力はないので、アメリカが主体となって解決に乗り出してほしいという署名運動が始まっています。

日本の国が乗り出しても、金を積み上げるだけで、具体的な方策を持っているわけではないでしょう。東電の能力と国の能力に明らかな差があるわけでもなく、東電がさじを投げればこうしようという秘策が国に在るとは到底思えない。

携わる頭脳はほとんど同じだからです。
いま、暗礁に乗り上げている課題に、東電がギブアップするのを待って、満を持して虎視眈々と出番を待っている頭脳集団が我が国に存在しているとは思えない。

太平洋側の漁業は壊滅する危機が迫っているし、太平洋全域を汚染しかねない危機を回避できるとは思えない。
「遺憾である」で済ませると思っているとは思いたくはないが、今度ばっかりは国内でも通用しないし、国際的にはまるっきり通用しません。

日本は、オリンピック招致で盛り上がっているときではありません。
あらゆる叡智と最大限の予算を投入して、原発事故の収束に向かうべき時に在ります。

国際的に良識と常識と礼儀と能力を示すときなのです。
そのどれかが欠如しているなら、国際社会に救済を申し出るべきです。

いまや、国内問題ではありません。国際問題なのです。
国の常とう手段である隠蔽工作をしている場合ではないのです。

日本国家の、日本国民の誠意ある姿勢を国際社会に示すべきです。

安倍さんや、猪瀬さんがしゃしゃり出て活動すればするほど物笑いの種を提供するだけです。もう、これ以上の恥さらしはやめていただきたい。
一時間でも早く辞退する英断を求めます。
.06 2013 未分類 comment0 trackback0
 HOME 

プロフィール

須藤文弘

Author:須藤文弘




歯科医師(1942年2月生まれ)
医事評論家
歯科医療コンサルタント
NPO法人日本歯科保健機構 理事長
東京医科歯科大学 昭和43年卒

 

最新トラックバック

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR