肥満の程度は? 基準は?

減量すれば良いというわけではない。 痩せているより多少は太っている方が良いという説が目下有力ですが、具体的には、どの程度の肥満なら良いのかが解り難い。

これについて、最近出た岡部正Drの著書(「脂肪体重」を減らせば病気にならない)が示す数値が明解で解りやすいようです。これは、長寿ホルモンとして注目を集めているアディポネクチンの分泌量から判定されたものでこれなら、日常的に自分の体重をチェックできます。

自分が18歳~20歳の頃の体重が何キロだったかを知っていることが必要です。現代は、肥満している若者がいますが、現在の高齢者が青年期に肥満していたとは考えられない。

食べ物に恵まれていたわけではない。自動車が普及していたわけではない。鉄道網やバスの路線が今程充実していたわけでもない。

何事を行なうにも体を張ってすることが当然の時代でした。その頃の若者の身体には、贅肉という余分な脂肪がついているはずもありません。贅肉をつけたくても、そんな余裕がある人は極まれで、殆どの若者はギリギリの食生活でした。防寒具としての皮下脂肪は幾分ついていましたが、内臓脂肪をつけている者はいません。

その時代の身長と体重がそれぞれ170cmと60kgとしましょう。
現在、70歳で身長が少し縮んで168cm。筋肉は、よく運動をしてきたとは言っても、少なくとも2kgは減っています(高齢者ではもっと減っていると考えられますが)。
そうすると、若い頃の体重から2kg引いて58kgとなります。これに、5~10kgを足した63~68kgが健康体重となります。

若い頃より10kgオーバー以内であれば良いということです。つまり、内臓脂肪が10
kg以内なら良いということです。適度な肥満のうちだということです。

もう一つの基準は、現在の身長の半分以下のウエストサイズであることです。
身長が168cmなら、ウエストは84cmが上限です。内臓脂肪は腹囲の数値として出るからです。

この数値の把握で良いのなら簡単に判断が可能ですし、早めに対処ができます。

この基準ならば、痩せているよりは、ある程度太っている方が寿命が長いとか、体力的に余裕があるという説にも沿っていると言えます。

さて、私の場合は、学生時代から40歳前までは、身長173cmで体重が64kgでした。現在の身長は171cm(2cm減)で体重は68kgです。

2kgの筋肉の減少を計算にいれると、現在の体重は6kgオーバーです。ウエストは79cmです。171cmの半分が約85.5cmですから合格です。体重も水分の加減で1~2kgの違いは出ますから、概ね合格です。

いま、40歳台前半に仕立てたスーツを着ることができます。肥満していた頃、いつかは再びこのスーツを着たいと思い、保存していたものです。

肥満し続ける醜い我が姿を嘆き、何度もハサミでズタズタにしたい衝動にかられましたが、気を取り直して保存しておいたモノです。いつか必ずきっとと。

贅肉の付き場が多少違うのでピッタリとは行きませんが不自然さはありません。
40歳台から60歳台の醜く肥った身体からは脱出出来たというわけです。

10kgオーバー以内の内臓脂肪、身長の半分以内のウエストサイズ。当分、これを基準にキープしていきたいと思っています。

そのために、筋肉の減少を緩やかにしなければなりません。年齢とともに減少することは避けられませんが、基礎代謝エネルギーを下げないためにも、筋肉が脂肪に置き換わるのを防ぐためにも、可能な限り筋肉を維持しなくてはなりません。

現在は、身体も軽く感じますし、身体が重くて疲れるという感じはありません。軽いフットワークで、「歩いてナンボ」ではなく、「歩いて何歩」と考える日常ですし、乗り物は最低必要範囲しか利用していません。

体重が93kgだった自分とは全く別人の生活をしています。
肥満大敵です。まずは、体重のコントロールをお勧めします。
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.28 2013 未分類 comment0 trackback0

地獄腹 と 瓦礫のような入れ歯

大商社の本社歯科診療所の開設を担当した事があります。しばらくの間、私も診療していた事がありました。

会社の担当者が申しますには、「解放すると、いつ辞めるかわからない女子社員ばかりが患者になる。それは、設立の本意ではない。会社に貢献度の高い人たちから診療してほしい」との事。

当時はまだそのような考え方が通用する時代だったのです。

さて、めでたく開設されたクリニックに訪れた患者さん達は、名誉顧問、名誉相談役、名誉会長という会社の長老ばかり。日本の戦後の復興を担い粉骨砕身、身を挺して働いた歴戦のツワモノ、赫々たるビジネス戦歴の勲章を全身に飾り立てたような老人ばかりでした。

口の中を診て愕然としました。虫歯とか歯周病(当時は歯槽膿漏と言っていました)とか、正しい咬合とはどうのこうのという問題ではありませんでした。

激しい空爆を受けた東京、関東大震災に見舞われた東京、東日本大震災に見舞われた東北の各都市もかくやと思われるような大惨状でした。

炎症の炎が燻り、瓦礫のような入れ歯がぶら下がっていたり、ベロの横にプカプカ浮いていたり、今にも崩れ落ちそうな歯が風にたなびくといった有様でした。

当時は、エコノミックアニマルと言われた日本のビジネスマンたちですが、本物のアニマルなら牙をなくせばとっくに死滅しているはずです。アニマルもエコノミックともなれば、どこか違うんでしょうね。

「これで一体どうやって食べていたのですか?」
「丸呑みですわ ワッハッハ・・」
「歯のことなんか構ってる暇はありませんでしたよ ワッハッハ・・」

何でもパックリと口に入れゴックンと丸呑みしても何ともない強靭な胃と腸。ずば抜けた消化機能と排泄機能。
私も地獄腹の須藤と言われてきましたが、この時ばかりは恐れ入りました。土下座して平伏したいような心境でした。

過酷なビジネスの世界で戦い抜き、淘汰をかいくぐってきた"ツワモノ" “怪物"以外の何者でもでもありません。

接待する側される側の双方の修羅場を何度も踏んでこられたでしょうし、潰瘍だって、本人が気づかないうちに出たり引っ込んだりしたことでしょう。

殆どが、戦前派で、戦争体験者ですから、初手から命なんて捨ててかかっているということかもしれません。屁理屈をこねまわす前に身体を張って仕事をしてこられたのでしょう。

このような紳士達にとっては、接待の王道のコンサルタントがいう、3口とか5口とかいう戯言や、店が料理を出すタイミングなんて馬鹿げた話は、はなから受け付けないでしょう。

ましてや、"なる早"なんてアホらしいことを言えば張り倒されるでしょう。

接待される側もする側も、共に健康的な食事ができてビジネス会話もできる「接待の王道 成功する接待法」を考え出していただきたいものです。
さもなくば、貴重な人材が病気でバタバタ討死しますよ。
.26 2013 未分類 comment0 trackback0

接待の王道的食べ方・・・?

数日前の"日刊現代"の囲み記事に看過し難い、不可解な文章がありました。その全文を以下に引用しました。「接待の王道⑤」と出ていました。

・ 接待をする側が、言葉遣いより何より心がけて欲しいこと、それは早食いです。マナーを考えれば、最もやってはいけないことのように思うでしょうが、実はこれこそ大事なのです。

会食の席では、相手の話を真剣に聞こうとするあまり、どうしても箸を持つ手が止まりがちです。料理を口に入れながら大事な話をしたり聞いたりするのは失礼だと考えてしまうでしょうから、無理もありません。

ところが、相手にとっても食事を供する店にとっても、それは最悪のタイミングなのです。
全員一斉に料理が供されるコース料理で、接待するあなた方の食べるスピードが遅いと、接待される側は、次の料理がくるまで手持ち無沙汰になりますし、店側は次の料理を出すタイミングを計りかねてしまい、出来たて熱々を提供し損ねることにもなりかねません。

接待相手に先に箸をつけてもらうにしても、食べ終わるのはほぼ一緒ーこれが理想です。例えば、焼き魚が出て、相手が5口で食べきるなら、接待する側は3口で食べるくらいの帳尻合わせが大事なのです。

接待の席に女性の部下を同伴させることも増えているでしょう。
彼女達は社会人のマナーとして、早食いは決して褒められないことだと思っています。
しかし、接待ではそれはアダになる可能性があります。ここでは、彼女たちにも"なる早"を徹底してください。・(安田正=パンネーションズ代表) 以上、引用終り。言葉遣いは原文のママ。

“なる早"というつづめ表現に至っては、愛嬌を通り越して抱腹絶倒の爆笑ものです。

こんなことが、コンサルタントから指導されているようでは、ストレス性疾患や神経性大腸炎や胃潰瘍の患者は増える一方ですね。気の毒なことです。

こんな話には適当に相槌を打ちながら聞き流し、現場では臨機応変に振る舞うビジネスマンが殆どだろうと思います。それほど心配には及ばないのかもしれません。

コンサルタント会社も叡智を絞って考え抜いた"ビジネスで成功する法"なのでしょうが、少々、肌寒いものを感じます。

接待というビジネス習慣が無くならないのなら、もっと愉しい会食にしたらどうでしょうか。

接待する側される側が、健康的な愉しい会食をすることに主眼をおき、店の事まで考える必要はないと思います。食事の目的、仕方が変われば店はプロですからそれなりに応じてくれますよ。

マナーマナーと出てきますが、社会人のマナーではなく、ユックリと美味しくいただく食事は、健康的に生きていく知的食事法なのです。人間の英知ですよ。

滑稽な接待ゴルフ、哀しい食事接待。あまりにもつまらない事がはびこり過ぎています。

接待される側の"サモシイ根性"を叩き直すのが先でしょうが、彼らとて、自分達もそのような悲惨な修羅場をくぐってきたので、今度は!との思いでしょうが、この際、そのような連鎖は断ち切るべきでしょう。

経費をかけて健康診断を行い、健康についての講演会を実施しても、その足で、このようなコンサルタントの講演を聞かされたのではたまったものじゃない。

接待文化を否定はしません。上手く行えるのならこんないい事はありません。会社の金で遊んだり、ご馳走にありつけるのだから大いにやればいいと思います。

しかし、これで身体を壊すというのはいただけません。

コンサルタント会社は、従来の馬鹿げた悪しき慣習を正し、有効有益な接待文化を築き上げてもらいたい。

もっとも、要領のいい接待を、する側もされる側も適当に楽しんでいるのが大部分だとは推察しますが・・。
.26 2013 未分類 comment0 trackback0

タブーという厄介モノ

 娘が中学生の頃ですからもう10年ほど前の話です。
ある日の我が家での会話です。

娘:「どうしてうちの両親はウンコとかオシッコとかいう話をするの?なんか変じゃない?」
私:「こういう話は具体的なほうがいいんだよ。大事な話を妙に遠まわしにしない方がいいよ。お前もはっきり表現したほうがいいよ」
妻:「そうよ。私はみんなの体調をはっきりと把握できるから、今日の献立に生かすことができるのよ。あなたも、その方面の知識とセンスを身につけておくことは大事よ」
私:「お通じ、お腹の具合、便秘か否かなどの表現で十分だが、ウンコの形、硬さ、臭いなどの情報を具体的に知ることで家族の健康状態を的確に把握できるんだよ」

と、まあこのような会話をしたことがあります。行儀のよい会話になっていますが、現実はもっと荒っぽいものでした。娘は抵抗を感じたようですが、いつの間にか母親には具体的に報告をするようになったそうです。以来、今日ではなかなかうるさい論客になっているようです。結構なことだと思います。父親は何事も蚊帳の外です。

なぜ、このような会話を思い出したかといいますと、先日、面白い本を買ったからです。

著者は、回虫博士としてすでに有名な藤田絋一郎氏(私と同じ大学の3級先輩)で、本のタイトルは「できる男はウンコがデカい」です。タイトルを見てなんとなく落ち着きをなくす感じでした。同じセンスの人に出会ったという気がしたからでしょうか。

勿論、「羊やウサギのようなウンコをする男はできない」ということではないでしょうが、そのようなパチンコ玉状のウンコをしている人は、そのうち体調を崩して「できない男」になる可能性は予見される、ということは言えるでしょう。

本を購入するにあたり、いささかためらわれるものがありましたが、勇を鼓してカウンターに持っていきました。売り子の女性とつい目を合わせてしまい、二人して吹き出してしまいました。素知らぬ顔をしているようで、売り子さんは客がどんな本を買うのか気にしているようです。私の挙動に不自然なところがあったのかもしれません。ド迫力なエロ本を買う時と同質なためらいを全身で表現していたのかもしれません。

健康本の類でこれほど勇気のある表現に触れたことはありません、と思った一方で、やっとここまで来たか、いいぞ!と拍手したい心境になりました。
医者が語る健康の啓蒙本や指導本はもっと具体的に表現するべきだと思っていたからです。

セックスのことにしてもそうです。この方面になると医者の論は、う回路や地下道や高架道路を歩くような表現になってしまいよくわからないのが現状です。とても重要なテーマなのに隔靴掻痒で何を言いたいのか判然としません。

「腸能力」であるとか「絶好腸」であるとか言葉の遊びがまかり通っていますが、つまりは「いいウンコ」をするためにはどうすべきかを論ずるべきであろうと苛つくことが多いのです。

少子化の問題も、セックスの実情がどうなっているのかを直截に論じないために、かえって隠微な印象を避けられません。

セックスや排便の表現を上品ぶって「迂回表現」しても、電車の中のチラシも女性誌はセックス情報の氾濫状態です。口に出さずに、大脳新皮質でこねくり回しているうちに、むしろ歪んだ概念が定着しているのではないだろうか。

今の若者は、接吻による粘液の交感や抱擁時の体液に不潔感や不気味さを感じているといいます。清潔社会が進展する一方で、動物的というか獣性からはるかに遠いところに行ってしまっているようです。
「少子化」解消の道とは真逆の方向にあるようです。

中途半端に上品ぶって現実から目をそらしている反面、指導的立場に在るものや教師や医師の猥褻事件が多発する現況は、日本の性教育が好ましからざる方向に向かっていると言えます。

やんごとなき人たちの、はんなりした不可解な表現で、実態からはるかに乖離した馬鹿げたことにうつつを抜かしていないで、医師や教師はもっと具体的な指導をしたほうが良い。

「ウンコの話」が「セックスの話」に転じてしまいましたが、高齢者と健康とセックスについては、荷が重いテーマですが別稿で触れてみるつもりです。
.24 2013 未分類 comment0 trackback0

食べてしまいたいハイビスカス

鉢植えの鑑賞用としてハイビスカスは好きな花の上位に位置します。
一昨年の秋に新しい鉢植えを購入し、すでに二冬を越冬させています。冬は室内で、春夏秋は戸外で美しい花を開かせて、ささくれ立ちやすい私の心を癒してくれています。

今年の春先に一鉢を購入しましたので目下三鉢の面倒を見ています。赤、黄、ピンクの大輪の花が咲き誇り、玄関先は華やかな舞台と化しています。他にバラなどがありますが、いまや、ハイビスカスの独り舞台です。

朝出かけるときは花たちに後ろ髪を引かれる思いで出かけ、帰宅するときは、いまも大きな花を咲かせているかどうかが気になり、つい足早になるほどです。時には、まるっきり頭の中から花のことなど消え去ってしまう日もあります。浮気性の主人だと、必死に満開を保って待っている花も張合いを失うでしょうね。帰宅してワイフの顔を見て、「あ~、俺は結婚していたんだ」という亭主のようなもので失礼千万ってものです。

処で、私の健康生活の大きなテーマの一つに、抗酸化対策があります。このために、抗酸化スカベンジャーの摂取は片時も忘れることがありません。強烈な紫外線のアタックに抗って、緑黄色の野菜や色とりどりの果実を実らせて我々の健康に貢献する栄養素を提供してくれる植物は、いくら感謝してもし足りないくらいの命綱です。

このような私には、ハイビスカスの花は格別の意味を持って迫ってきます。食べてしまいたいという衝動です。

本人にとって素晴らしく魅力的な女性が現れ、その色香に感染した初期症状の一つに「食べてしまいたい!」というのがあります。とにかく我が物として独占を確実にしたいという思いが一つ。もう一つは、御多分に洩れず経年変化を辿ればいずれは傲岸不遜な横柄な怪物と化す女性の変化を知っている男が、今現在の美しく可愛いままの彼女を永久保存したいという欲望ですね。

私のハイビスカスへの思いは多少違うニュアンスだと思います。いまのような猛暑の日々では、花は一日しか持ちません。一日あでやかに咲き誇った花も翌日にはしぼんでしまいます。切り取って除きますが、何とも勿体ない。この花には、猛烈な紫外線に抗して生きた抗酸化ヒトケミカルがいっぱいなのだと想像すると、このまま切り捨てるには忍びないのです。でも、食用ではないので食指はのばせない。食用のハイビスカスはないものか。

探してみました。ありました。ローゼルという品種です。食用ハイビスカスです。
学名は Hibiscus sabdariffa英名は roselle
原産地はアフリカ・東南アジア所属:アオイ科フヨウ属
観賞用のハイビスカスとは異なり、直径5cmの薄いクリーム色の花です。花が咲いた後、花弁が落ち ガクの部分が肥大し、多肉質の深紅色の果実がなります。 花、ガクなどはジュース、果実はジャム、葉は、料理に利用されます。ビタミンC、カリウム、クエン酸や
リンゴ酸をはじめとする有機酸類を含む。 新陳代謝促進、疲労回復、眼精疲労回復、利尿作用など。代謝促進・強肝・健胃などの薬効などに加え、な、なんと運動疲れ・パソコンの疲れ目・二日酔い覚まし・夏ばて防止・煙草の吸過ぎ・食過ぎへの効用があるんだそうです。《鉄分》は、ほうれん草の2倍《カルシウム》ほうれん草の7.3倍。

なかなかの優れもののようです。

今年の6月にAmazonから種子を購入し、10粒ほどですが鉢に植えました。2週間ほどのちに2つが芽をだし、数日後に2つが芽を出しました。いまは、それぞれを独立させて丁寧に面倒を見ています。

とてもこの夏に私の健康促進に役立ってはくれません。
虫が付きやすく片時も目が離せません。厄介な植物のようです。種から育てるなどということは、小学生時代に「朝顔」を育てて以来ですから、素人同然です。
早く育ってほしいものです。

他には、バジルが食べ頃になりました。とても難しいと言われる「パセリ」にも挑戦していますが、どうなりますことやら。

自分が育てた抗酸化物質が私の体内で効能を発揮してくれることを願いながら今日も「水遣り」をしました。一方、今日も華麗に咲いたハイビスカスを明日は切り捨てなくてはならないことに一抹の寂しさを感じています。つい、パクリと口に運びそうになる衝動を抑えるのに苦労します。
.24 2013 未分類 comment0 trackback0

「市川梨」は美味い

北九州育ちの私にとって「美味しい梨」とは、鳥取の梨、それも20世紀梨のことでした。
育ち盛りの時期の刷り込みというものは怖いもので、それしかないとまで思い込みがちです。大分の天領日田の梨もおいしい思い出がありますが、何が何でも鳥取の梨に勝るものはありませんでした。

その後、親元を離れて一人住まいが長く続くうちに果物そのものから離れていました。たまに口にする果物がとても面倒くさい、どうでもいいような食べ物となっていました。皮を剥く、種を出すなどということが煩わしくて仕方がない。そのうえ、食後に果物を食べることがなんだか女々しいとすら思えたものです。

横浜に住まいしたことがあります。住宅地の周縁に梨畑がたくさんありました。後で知ったことですが、「横浜梨」といってこの辺りでは有名な梨だったのですが、もちろん何の関心もありませんでした。まだ、梨は鳥取だったのです。

ある夏、知人からたくさんの横浜梨を戴きました。私は相変わらず何の関心もありませんが、家人が幸せそうに美味しく食べているのを見ても「梨は鳥取」だよと、口にしませんでした。ある日、あまりにも喉が渇いたとき、水を飲むのも飽き飽きしていましたので、水よりはましかとばかりに、家族の目を避けて「横浜梨」に齧りつきました。

「美味い!」「甘い!」「みずみずしい!」
なんだ、この美味さは!はじめて口にした「横浜梨」は私の目を開かせてくれました。自分が「鳥取梨」しか知らなかっただけのことでした。そうなると、立て続けに4個の梨を食べました。4個目も確かに美味い。この美味さは本物だ。

以来、地元の生産者と契約してシーズンになると我が家に「横浜梨」を欠かしたことはありませんでした。親しい知人や友人にも「横浜梨を知ってるかい!?」と、送りまくったものです。

さて、縁あって、現在は千葉県市川市に住んでおります。昨年の夏が初めての夏でしたが、横浜梨を取り寄せなくてはと思案していました。
地元のスーパーに買い物に行きますと、「市川梨」や「船橋梨」が所狭しと山積みです。
「梨」は「横浜梨」だよと改宗していた私は、再び新しい梨にチャレンジを迫られました。

今度はそれほどの抵抗もなく「市川梨」に手を出すことができました。多少は不安がありましたが、数個購入し自宅の冷蔵庫でしっかり冷やして恐る恐る食べてみました。

再び、「美味い!」、「甘い!」、「みずみずしい!」の感動三連発に襲われました。かつてと同じく4個を立て続けに食べてしまいました。それでも不安でしたから4個しか買わなかったのです。

爾来、「市川梨」に嵌ってしまいました。「梨は市川だよ」と、すっかり宗旨替えです。今年は、親しい友人には「市川梨」を送るべく生産者と話をつけてきました。またまた須藤の気まぐれが始まったと友人たちは苦笑するでしょうが美味いものは美味い。

地産地消という言葉がありますが、地元の物を食べるということには格別の調味料が脳内に分泌されるのかもしれません。文句なくおいしく感じます。

眼を開かせてくれたと先に記しましたが、「頑固」というのはそれしか知らないということなのだとつくづく思い知らされた感がしたからです。「頑固」もいろいろですが、一つ事しか知らないが故の「頑固」が主張されると、もはや打つ手がないというものでしょう。どうぞ勝手に「頑固」してろよ、と触らぬ神に祟りなしでいくしかありません。

人生いろいろ、梨もいろいろ。
狭い了見で頑固一徹になることだけは厳につつしもうと思い知らされた「梨もいろいろ」の一件でした。

今夏は、思う存分に「市川梨」に齧りついて暑さを乗り切りたいと思っています。来年の夏は来てからの話の年齢になりましたから、いま確かな今年の夏を、悔いなく過ごしたい。

それにしても、日本全国、「うまい物」がいっぱいですね~!
.14 2013 未分類 comment0 trackback0

老女と梅干

猛暑下のある日、駅構内のドトールで身体を冷やしておりました。
夏にはいつも携帯している塩を掌に一振りしてパッと口に放り込み、冷水を一口飲みほしてホッと一息つきました。

すると、隣席の老女が
「旦那さん、いま飲んだのは何ですか?」と、訊いてきました。
「塩ですよ。クリスマス島産の海塩です。天日塩でとても良い味ですよ」と、応えますと、
「私は梅干をいつも持っています。自分でつけた梅干しです。真夏の暑い日は水を飲むたびにひと齧りしています」
私は、「それは素晴らしい!」
「自販機の飲み物を飲まないのですか?」と、訊きますと、
「あんな飲み物はなんとなく信用できなくて飲まないことにしています。濁り水のようで不安なんです」
ということでした。

70歳台半ばと思われる平凡で地味な老女の手堅い生き方に感銘を受けました。
老女は重ねて次のような話をしてくれました。
「便利な世の中になりましたね。こういう喫茶店だとコーヒーが200円で飲めるのがありがたいです。いや、珈琲は飲みたくもないのですが、冷気に触れて冷たい水を自由に飲めますので大助かりです。珈琲なんてほとんど飲んじゃいません。じっと体を冷やして少し梅干を齧って水を飲んでいるだけです。200円でひと時の避暑気分です」

私もまったく同じ思いでこのような喫茶店を使っています。200円の避暑気分、200円の読書室、200円の応接室、200円の気分転換室。
老女とすっかり意気投合したひと時でした。

輸血というのは、単なる血液という液体の補給ではなく、血液という臓器の移植ととらえるべきだという考え方があります。この移植が、ABO式の血液型で行われることの不条理が問われています。輸血でなく、生理的食塩水のほうが予後も安全だと言われています。

猛暑の中、熱中症が心配されています。水を飲むと同時に塩分の補給が肝腎です。甘い炭酸飲料より、各種の物質が配合されているスポーツドリンクの類より、老女のように梅干をひと齧りするというのが賢明だと思います。

街場の平凡な老女にみた手堅く懸命な生き方に感銘を受け、共感し、大いに安堵したひと時でした。
.12 2013 未分類 comment0 trackback0

ニートを増やそう & ニートを減らそう

☆減らしたいニートとは
Not in Education, Employment, or Training の略で、雇用されておらず、求職もしておらず、学業にも就いておらず、職業訓練も受けていない者のことです。以前から問題になっている困ったじたいです。このような若者の数は減らしたいものです。

☆増やしたいニートとは、
Non-Exercise Activity Thermogenesis の略で、日常生活の中でまめに身体を動かすことによってエネルギーの消費を高めること。とりたててスポーツやエクササイズを行わなくてもエネルギーは消費できる、との視点から用いられる言葉であり、メタボ対策に有効とされる。NEATとは「非運動性活動熱発生」のことで、「日常の生活活動で消費されるエネルギー」のことをいいます。米国の運動・医科学の権威者ハミルトンは、特別な運動をしなくても、NEATを増やせば、メタボや糖尿病を防ぐことができるという研究結果を発表しました。

 メタボリックシンドローム(以下メタボ)対策では、食事のコントロールだけで体脂肪を減らそうとするより、運動も組み入れたほうが有効です。週に数回、定期的な運動を実行するのが理想的ですが、長続きしないのも事実です。運動とはいえないような日常の何気ない動きでも、積み重ねれば減量や運動効果が得られ、メタボや糖尿病を防げることがわかっています

こまめに体を動かして、NEATを増やそう
メタボ対策には激しい運動は必要ありません。ウオーキングやジョギング、自転車乗りのような有酸素運動を行うほうが、体脂肪を燃焼させるには適しています。そうは言っても、毎週決まったスケジュールで続けるのは、簡単ではありません。この種の健康法の難点は継続が難しいのと、几帳面な人はかえってストレスを抱え込むということです。

こんなNEAT習慣を身につけよう
NEATを増やすには、こまめに動くことが大切です。言い換えれば、あえて無駄な動きをすることがコツです。立っているだけで安静時より20%、歩けば300%もエネルギー消費量がアップします。巷のどんなダイエットサプリより遥かに効果的なのです。

 運動をなかなか習慣化できないという人は、以下のように普段の生活や仕事の場面などでこまめに体を動かすことをおすすめします。少ない消費エネルギーも、起きている約16時間に積み重ねれば大きな効果が期待できます。

【NEATを増やす日常活動】
•通勤ではバスや電車の一駅分を歩く~精々20分くらいです
•駅や歩道橋など、積極的に階段を使う~ボケーっとエスカレーターまかせより気分がいい
•職場でもエレベーターは使わず、階段を使う~
•仕事でもプライベートでも、用事があれば自分から出向く
• トイレは、階段を使ってほかのフロアーへ行く
•昼食は、少し遠くの店へ行く
•職場でのコピー取りやファックスは、自分で行う
•職場でスタッフを呼ぶより、自分から行って話す
•自宅では、お茶入れ、食器下げ、電話取り、新聞・郵便物取りなど、何でも自分で動く
•休日は家の掃除をする~手伝うのではなく自分からする
• 掃除には電気掃除機を使わずホウキで。床ふきは雑巾がけをする
•電気製品のスイッチ操作に、リモコンは使わない
・買い物をして料理を作る
• ペットと散歩する ~興味があるなら伴侶と散歩するのもいい
 など
•普段いつでも背筋を伸ばす
・ パソコンに向かうときは猫背にならないように
・歩くとき、立っているときは頭上から吊り下げられているイメージで歩く
・ごろ寝でテレビは見ない
•食事は一口ずつよく噛む~適当に早く咬むこと 
噛んでいるときは安静時よりエネルギー消費量が20%アップし満腹感も得られやすい。
以上、いろいろご紹介しましたが、どれも生活や仕事の場面で必ず直面するシーンです。これなら身構えなくてもできるのではないでしょうか。

通勤中でも、執務中でも工夫をすれば身体を動かせますし、毎日が日曜日の人もマメに動きましょうということです。以前にも書きましたが、口ばかり達者もいいですが、動物らしく身体を動かすことです。光合成で生きているのではありませんから、縁側で日向ぼっこでは話になりません。
.03 2013 未分類 comment0 trackback0

悪性貧血の誤解

大航海時代に船中の船蔵に生きているネズミは生き生きしているのに、船員はほぼ全滅乃至は大部分が死亡という事態が多発していました。冷凍設備など思いもよらない当時は、果物や野菜などを船に積み込むことはありませんでした。

ビタミンCを自前で合成できるネズミと違って、その能力がない人間は壊血病に罹り、多くの船員が犠牲になりました。たまたま、ビタミンC含有食品を摂取できた船員は無事に航海ができ、このような経験の積み重ねから紆余曲折を得てビタミンCが発見され、人間は壊血病の恐怖から解放されました。

ビタミンが発見される以前は、原因不明の病として多くの痛ましい犠牲を出していたわけですが、ビタミンB12の場合も同じです。

ビタミンB12は補酵素として、4種類のDNAのうち、チミンという核酸を作るために必須のビタミンです。チミンが作られないとすれば全身的に深刻な障害が出そうですが、血液の中の、赤血球や白血球や血小板を作る大本の細胞が最も大きなダメージを受けることになります。

この大本の細胞は骨の中の骨髄で増殖していまして、赤芽球(せきがきゅう)というものです。ビタミンB12が不足すると、赤芽球の成熟に支障をきたし巨大化します。これを、巨赤芽球といいます。

従いまして、ビタミンB12が不足したときに起こる貧血は「巨赤芽球性貧血」といいます。

ビタミンB12のことなど皆目見当もつかなかった昔は、このような貧血に対してなす術がありませんでした。

これに名前を付けたのですが、「パーニシャス・アネミア(pernicios anemia)」としました。
パーニシャスは有害とか有毒という意味で、アネミアは貧血という意味です。

さて、ここからですが、日本の昔の偉~い大先生がパーニシャスを「悪性」と翻訳しました。つまり、「悪性貧血」としてしまったのです。「有毒貧血」も「有害貧血」も感心しませんが「悪性」では「がん」と誤解されてしまうことがあります。

いまでは、ビタミンB12の筋肉注射がよく効きます。完全に治る病です。

偉い先生の訳が不適当ならば、適した病名に訂正すればいいと思いますがいまだにこの病名を使い続けているということが不可解です。

患者さんに病名を告げる際に、この場合の「悪性」は「がん」ではないといちいち説明することの不自然さもさることながら、患者さんによっては不要な衝撃を受けることもあるかもしれません。
.02 2013 未分類 comment0 trackback0

尿酸(値)のふしぎとサルのアンチエイジング

昨日、71歳の元都立高校校長と元文部官僚74歳と私の三人で巣鴨の料理屋でアユを食べようと集まりました。ご多分に漏れず、美味しいアユを食べながら病気の話になるのはこの年齢の老人たちの悲しい性(さが)です。

その折、某有名医師のベストセラーを読み込んでいる元高校校長氏が、かかりつけ内科医から5種類の薬を出されているがこれでいいのだろうかと訊かれました。その本には5種類も処方する医師には要注意と書いてあったそうです。一番長く服用しているのは尿酸値を下げる薬だそうです。今日は、5種類云々には触れません。
尿酸について記してみたいと思います。とても不思議な物質だからです。

タンパク質は遺伝情報に従ってつくられます。その遺伝子は「核酸」という物資からできています。この核酸はデオキシリボ核酸(DNA)といいますが、これは4種類あり、アデニン・グアニン・シトシン・チミンといいます。

さて、核酸のうちのアデニンとグアシンが分解されて体外に排出されるとき、「尿酸」という物質に代謝されます。「尿酸」という名前は、最終的に変化した物質が尿の中に排出されるので命名されました。アデニンとグアシンは化学的にプリン体といわれる構造をしています。「尿酸」はプリン体を代謝した結果生じる老廃物(燃えカス)です。
「尿酸」は血中から腎臓で尿中に出されますが、「尿酸」が血中で増加したときに困ったことになります。  「痛風」ですね。

「尿酸」は、私たちの体の中に常に存在しており、つくられる量(産生)と体の外に出される量(排泄)のバランスにより一定量に保たれています。
この尿酸の材料となるのが「プリン体」と呼ばれる物質。尿酸はプリン体を代謝した結果生じる老廃物(燃えカス)なのです。

尿酸というと食べ物に含まれているプリン体を気にする人が多いのですが、実は食べ物から取り込まれるプリン体からつくられる尿酸は全体の20%ほどに過ぎず、残りの80%は体内にあるプリン体を原料にしてつくられています。

尿酸は以下の3つの過程でつくられています。(以下はTEIJINのWebより抜粋)
1.新陳代謝により放出されるプリン体からつくられる
体の中では、新しい細胞が生まれて古い細胞が死んでいく「新陳代謝」が、絶えず行われています。古い細胞が死んでいくときに、遺伝子を構成していたプリン体が放出、分解され、尿酸がつくられます。

2.運動によるエネルギー消費によってつくられる
私たちがさまざまな身体活動を行うとき、そのエネルギー源として、体内にある「ATP」という化合物が使われています。ATPはプリン体の原料となります。通常は、ATPがエネルギー消費のために分解されてもほとんどが再利用されるため尿酸まで分解されるのは一部ですが、急激な運動や暴飲暴食などでATPが急に多量に使われると、再利用されることなく分解が進み、尿酸になるものが増えます。

3.食品に含まれるプリン体を原料にしてつくられる
プリン体は細胞核の中にある遺伝子に存在するため、内臓(レバーなど)や魚卵など細胞数が多い食材や、乾燥により細胞が凝縮されている干物などに多く含まれています。
(抜粋終わり)

さて、興味深いのは、この「尿酸」は、活性酸素対策としては優秀な働きをしていることです。普通の哺乳動物は尿酸を代謝するウリカーゼという酵素をもっています。ですから、尿酸血症を起こしません。ヒト・チンパンジー・ゴリラ・オランウータンなどのサルはそのウリカーゼを持っていないので「痛風」になります。

 もう一つ、活性酸素策として優れた働きをするVitamin C をヒトやサルは体内で合成することができません。ほとんどの動物が自家生産できますのに、ヒト・サル・モルモット・オオコウモリだけはV・Cを合成する能力を100万年前(アバウトですね!)に失ったと言われています。

その代りに、尿酸を残したと言われていますが、この説も推察の域を出ていません。こういう推察を行うのも、自家生産のV・Cを切実に欲しいのと、「痛風」をもたらす尿酸が難いあまりかもしれません。この交換説には同意しかねますが、いったいなぜ、ヒト・やサルがV・Cを合成できないのかが不思議です。

ヒトの病気の原因であり、老化の原因である活性酸素というものはそれだけ悩ましいものなのです。

サルのアンチエイジング
 森の中にビタミンCの供給源である果実などの食品が少なくなったとみえて、サルが人里に出てくる事態が急増しています。V・Cを摂取できなければ、サルは壊血病になり死滅します。サルには死活問題なのです。このサルたちは、V・C以外の物も食べるでしょうから、早晩「痛風」に罹り、風が吹いても顔をしかめてうずくまることになるかもしれません。そこまで待てば捕獲も容易になるでしょう。捕獲したければ、せいぜい贅沢をさせればいいのかもしれません。

健康と老化防止のため(アンチエイジングのため)にV・Cを求めて出てきた結果、飽食となり「痛風」になる。 興味深いところです。
.01 2013 未分類 comment0 trackback0
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プロフィール

Author:須藤文弘




歯科医師(1942年2月生まれ)
医事評論家
歯科医療コンサルタント
NPO法人日本歯科保健機構 理事長
東京医科歯科大学 昭和43年卒

 

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