現代の江戸患いは東京患いか ファーストフード偏重の弊害

ビタミンB1不足で起こる脚気の歴史は古く、江戸中期のころに流行し始めました。
『江戸わずらい』といって江戸にくると体がだるく足がしびれて動けなくなり衰弱していくといった病気で、この病気は江戸から故郷へ帰るために箱根の山を越えると、何も治療しなくても治ったといわれました。
当時江戸を中心にして白米を常食とする習慣(元禄時代の頃)がはやり始めたころで、(もちろん地方では精白はしていなかった)米の精製によってビタミンB1が失われたこと、炭水化物中心の食生活だったことが原因です。このころの食事といえば、白米とタクアンと薄い味噌汁くらい。
しかし、このころは江戸に慣れないための心の病気のように考えられていました。

大正から昭和初期にかけて、脚気で亡くなる人は年間2万人以上いました。
脚気が白米中心の上にタンパク質が少ない食事で起こることは、明治の中頃日本海軍の遠洋航海の実験でわかりましたがはっきりとした物質を特定出来ませんでした。
その後、米を精製するときに出来る米ぬかの中に脚気を予防する成分があることが発見され、はっきりとビタミンB1として見つけられ命名されたのは1927年(イギリス)です。

ビタミンB1は糖質を分解しエネルギーに変えるときに必要です。
現在のようにタンパク質も多い食生活ではほとんど脚気は起こらなかったのですが、最近では砂糖などの多い清涼飲料水を多く飲み、糖質中心の偏った食事の上に、運動量の激しい(スポーツ部)生徒などが脚気になったり、脚気とまでは行かなくて『何となく体がだるい、力が出ない』といった潜在的なビタミンB1不足の人はいるようです。

家庭を離れ、上京してくる若者にも同じような栄養不足が起きているのではないでしょうか。大学などを卒業して就職した若者はさらに深刻な事態に陥っているのではないでしょうか。

豊かな食生活とまではいかなくても、必要な栄養素を十分に取れるような生活をしているとは思えません。

過密な都市生活は日常的にストレスがいっぱいですし、仕事のストレスはますます増大しています。
多くの若者は、IT機器に多くの経費が掛かり犠牲になっているのは住環境や食費だろうと思われます。

アルバイトの金は、IT機器代であり、車などの都会的欲望充足の経費に使われる比率が高いと言います。劣悪な住環境と、極限までそぎ落とされた食費がもたらすものは、ウツなどの精神疾患と、消化器疾患の増大です。消化器疾患、特に大腸炎などの発症は、消化吸収能力の減退と免疫抵抗力の減退をもたらします。

仕事からの収入の減少傾向にあり、結婚もままならない若者の人間としての生活環境は劣悪傾向を示しています。それでも、情報化時代の最先端にいるという錯覚から脱却できない若者は、ヒトとしての生活、人間らしい生活からますます遠のいているような気がしてなりません。

今日も、モバイル機器に夢中の若者を電車の中で、駅のコンコースで、歩道で目にしました。四六時中、目を駆使し、交感神経を緊張させっぱなしの生活が心身のためにならないことは明白です。

このような生活が時間をかけて自らの身体を蝕むことに気づかないのでしょうか。
現代の若者は合理的だとも言われていますが、果たしてそうなのでしょうか。

理科離れが懸念されてすでに何年もたっています。合理的思考は、カントが云々するまでもなく、物理や数学や化学などを学ぶなかから身に着けていくことが多くあります。
現代の若者の合理性とは、「それを選ぶことが 損か得か」という判断において発揮されるだけなのではないでしょうか。

このような若者たちに、健康的な生活とは、を説いても受け付けてもらえるとは思えません。どうやれば楽に健康が手に入るのか、どうやれば安くて早く健康になれるのかの方法はありません。

教育の荒廃が原因なのか、欲望産業による洗脳の勝利なのか、資本主義的健康産業の洗脳の成果なのか、外来の外食産業による戦略の勝利なのか、政治の劣化の故なのかわかりません。おそらく、それらすべてが、若者たちを取り返しのつかない事態に追い込んでしまったのだろうと思われます。

これは、壮年期の人たちも、われわれ老人たちもまた例外ではないところに、落下の一途を辿る現代の日本の深刻な課題だろうと思いをいたしております。
どこから手を付ければよいのか名案があればご教示頂きたい。
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.30 2013 未分類 comment0 trackback0

アーノルド皺ルツネッガー 映画好き 喜劇が好き

「皺ちゃん、皺ちゃん」と長年我が家のアイドルであるシュワルツネッガー。
65歳のシュワルツネッガーの映画を観ました。もっとも、身長は多少サバを読んだ値が公表されているようですが、どうでもいいことです。皺ルツネッガーは私たちを楽しませてくれればよいのですから。

「ラストスタンド」を観ました。監督が、まさか彼は受けてはくれないだろうと思ったが、すんなり受諾してくれたことに驚いたという作品だそうです。彼の年齢からいえば等身大のヒーローを演じています。

訳ありの元FBI麻薬調査官が田舎の保安官になり、隠居仕事のような日々を送っている町で繰り広げられる、青息吐息の大活劇です。息が上がり、全身疲労困憊の老保安官をナチュラルに演じる皺ルツネッガーにあらためて魅力を感じました。
これ以上の内容には触れません。是非、ご鑑賞ください。

私は、喜劇映画が好きです。マーチン・ルイスの「底抜け艦隊」を子供の頃に観て、心の底から笑い転げたことがいまだに忘れられません。その二人のコンビのDVDを探しているのですが手に入りません。

企業モノでも、恋愛モノでも、戦争モノでも、映画に求めるものは「笑い」です。もう歳ですから映画館で大口開けて笑い転げるわけにもいきませんが、本当はそんな作品を求めています。

深刻なモノ、怪奇モノ、残酷な戦闘モノ、奇想天外なギャングものなども付き合いで観ますが、“行き過ぎた作為”や、“手抜きのアラ”などが目につき、不愉快になることが多くて面白いとは思えないことが多々あります。

たとえば、日本で最近大流行の刑事もののTVドラマで、所轄の刑事が管内の現場に駆けつける時の車が「わナンバー」だったりする摩訶不思議。こちらが相当に呆けてから観てちょうどよさそうなことが頻出するからです。

その点、喜劇は可笑しさがその他を見えなくしてくれます。
それに、科学的にも証明されていますが、笑った後は、快感に満たされ、免疫力がアップしたことを身体が証明してくれます。本当です。
面白い映画は2度観て、同じように大笑いしています。私もかなり単純ですから!

皺ルツネッガーを見ていますと、彼らの65歳は完全な老人ですね。顔の皺が一段と深くなっています。元々、皺っぽい男でしたがますます深く刻まれた皺に、政治家時代のストレスの強さがうかがわれます。

「シワシワと姿をあらわした老人の??」という、日本文学的な表現とはいささか趣を異にするのはさすがだとは思います。
「シワシワ」は顔だけで、がっちりした体躯は隠しようもなく、スーツを着れば威風堂々たる男であることは疑いない。

何分の一でもいいから近づきたいと願いますが、肥ればみっともなく、痩せれば貧相な我が姿を思えば、種の差、個体差、個人差の深い谷を埋める術はありません。
せいぜい、彼の、老いたが故の不甲斐ない姿をさらす、演技のような実態のような様子を見て、笑わせてもらうことにしますよ。

映画は一人で観るに限る。
観たいときにさっと観るには一人に限ります。
男と観る気はさらさらないですし、何らかの下心もなくなった現在、女性を構うのは面倒くさいですから、ほぼ一人で観ることにしています。

観終わった後、なんだかんだと感想を述べ合うのも辛気臭い。
今見た映画を反芻するなら、チャラチャラとアウトプットする前に、頭の中でじっくり消化し、いいシーンや素晴らしい表現があれば頭に定着させるほうが先です。鑑賞後すぐに語り合えば、見解の相違や理解の深さやズレにイラつくことがあるからです。

そのように申しますと、「君も年をとったということだよ」と言われますが、そうなのでしょうか。若いころから、彼女を引っ張り出す口実であったり、映画以上の金を使う余裕がない時に誘っていたのでして、自分一人で観たい映画があれば女性を誘ったりはしませんでした。

ましてや、なんの下心も企みもなくなった最近は、一人鑑賞が増えたということです。このことが、歳だと言えば歳なのでしょうね!
.29 2013 未分類 comment0 trackback0

鶏卵を食べよう NO2  加熱しましょう

鶏は人間に食べてもらうために卵を産んでいません。自分たちの種族保存のためであることは当然です。であれば、卵には安全のための防衛システムが組み込まれているのも当然です。つまり、細菌に対する備えがあるのです。

卵黄にはビオチンという成分があります。殻から侵入した細菌は卵黄のビオチンを求めて卵白の中を通ります。このビオチンがなければ細菌は増えることができません。
ところが、卵白を通過するときに、アビジンという物質が細菌体にしみこんでいきます。

その結果、アビジンを持ったまま卵黄にたどり着いてもビオチンを利用して増殖することができないのです。アビジンは卵黄にとって生存のための大切な武器となっているのです。

卵黄のたくさんの栄養物質のうちの一つに「ビオチン」というビタミンHがあります。このビタミンは、脂質の代謝に作用するものでして、このビタミンHが欠乏すると、口や瞼に炎症が起きたり、ニキビやフケができたりします。

卵白には先に記したように「アビジン」というタンパク質があります。このタンパク質は、卵黄の「ビオチン」と結合して水に溶けない物質に変える作用をします。ということは、生卵を食べると、腸の中でビオチンとアビジンが結合して腸から吸収されずにトイレの露と消えてしまいます。残念ですね。

ビオチンは卵黄ばかりではなく牛乳やピーナツなどにも含まれていますし、腸内細菌もビオチンを作ります。生卵を数個飲むと、腸内のビオチンは軒並みアビジンにやられてしまい気持ちが悪くなると言われています。

ですから、卵は加熱して食べたほうがよいということになります。卵白は加熱されると白くなります。タンパク分子の立体構造が熱によってかわる、つまり、「変性」します。そうなると、アビジンも変性して、ビオチンと結合できなくなります。

鶏卵は、加熱して食べるほうが良いということなのです。

私は、良質なタンパク源として卵を毎日1個~2個を食べています。
他のタンパク質との関係からと、脂肪との関係から摂取の調節はしておりますが、必ず半熟や温泉卵にして摂るか、目玉焼きや卵焼きとして摂っています。

その他に生卵については2つの問題があります。
一つは、卵白に「オボムコイド」という糖タンパクがあり、これは、タンパク消化酵素「トリプシン」の作用を阻害します。これでは、せっかく良質なタンパクを摂取しても、それが消化されないのでは話になりません。
もう一つは、トキソプラズマの恐れもあるからです。これは、「原虫」とよばれるもの仲間ですね。肉でも、生食は避けて加熱して食べるほうが安全です。

「オボムコイド」も、卵白が加熱で「変性」すれば、同時に変性しますから「トリプシン」の作用阻害も起きませんから、安心です。
(以上は、私の尊敬する三石巌氏の著書を参考にいたしております)

鶏卵のタンパク質の話と、懸念されるコレステロールの話は次の課題といたします。
.28 2013 未分類 comment0 trackback0

鶏卵を食べよう  No1

私にとって卵焼きは永遠のご馳走です。卵焼きを食べている時は、心が和み全てに寛容になれます。本当に嬉しそうな表情をしていると言われます。安倍総理でも我慢ができます。

三歳の頃といえは戦争末期ですが、食糧難をしのぐために、各家庭は鶏やウサギを飼い、家庭菜園に精をだしていたことを比較的鮮明に覚えています。

当時、炭鉱会社の社宅住まいでしたが、一軒あたりの敷地がとても広いものでした。我が家も、鶏は白色レグホンや軍鶏を10羽以上が常時飼っていました。畑にはトウモロコシ、ナス、キュウリ、トマト、ネギなどがたくさん栽培されていました。親父のタバコの葉も有りました。辞書を破ってタバコ巻の手伝いをよくさせられた事を思い出します。
柿の木とグミの木とイチジクの木が有り、季節ごとに果実をたのしみました。池には、鯉と鮒がいましたが、食卓に上がった記憶はありません。"鯉こく"はよく食べていましたので、池からの贈り物だったのでしょう。多分、母の手でさばかれたのでしょう。

その頃、兄は旧制高校の寮生でしたから、鶏やウサギの世話は私の仕事のようになっていました。私に言わせれば、都合よく帰って来て都合よく寮に戻る要領のいいやつでしたよ。

4歳~5歳の頃、秋の稲刈りが終わった田圃に、軍鶏と白色レグホンのハイブリッドを抱いて落ち穂を食べさせに出かけていました。オスです。トサカが軍鶏らしくありませんでしたが、軍鶏より体が大きくて迫力がありました。
その田んぼで行われている"闘鶏"に参加するのが主たる目的でした。
私の鶏は強かったのです。連戦連勝でした。

ある大人が連れてきていた純粋の軍鶏と闘わせたら、相手の軍鶏に手酷いダメージを与え、私の勝ちが明らかになっていた時、その大人が棒で私の鶏をしたたかに打ったのです。私は、手近にあった棒を拾ってその大人に打ちかかり鶏に代わって反撃しました。

烈火の如く怒ったその大人は、今度は私に襲いかかり、4歳の私とその大人は棒を構えて睨み合いになり、他の大人のとりなしでなんとかその場は収まりましたが、人間が喧嘩している間も鶏の闘いは続いていましたので、相手の鶏は出血もひどく、かなりの傷を受けていました。相手の軍鶏には気の毒なことでした。

口汚く罵るおとなを尻目に意気揚々と凱旋した事をよく思い出します。
川筋者が集まってやる事ですから、鶏の気も荒いが、人の気も荒い。やるたびに喧嘩でした。それがスリルで楽しかったのでしょう。私は、懲りずによく参加していました。

春先の田圃は綺麗でした。一面蓮華草か咲き乱れ、紫の絨毯のようでした。人鶏入り乱れた血みどろの闘いのシーンと共にある蓮華草の絨毯は、子供時代を懐古する度にセットとして深く記憶にとどめられている光景です。

その鶏達も、繁殖期の役割を終わった順に食卓に上がる事になります。私なんぞは、とっくに食卓の露と消えていることになります。

繁殖期が終わってなお、健康対策だの長寿だのと贅沢な事を言ってはばからないのは人間だけですね。

ある年の暮、御節料理の準備を手伝った時のことは、いまだに思い出します。鶏肉や鶏卵を食べる度に頭の隅にいつも去来する思い出です。

親父が首を絞めて殺した鶏の毛をむしるのか私の役目です。毛をむしり、焚き火にかざしてウブ毛を焼き、丸裸の鶏にするまでが私の役目。
その鶏を台所の母に届けますと、いきなり鶏の解体が始まるのです。
養鶏場であり、屠殺場であり、食肉解体という一連の作業が我が家で行われたのですから衝撃的な事件でした。不思議な感動に包まれた気がしていました。“食べる”ということに一段と気合が入った感じを覚えました。

翌日の元旦には見事なお節料理に姿を変え私の胃袋を満たしました。一瞬の戸惑いは感じましたが、鶏の卵も肉も我々の食糧であり、当然のことだとすんなり受け入れていました。
その後、鶏の世話をしながらこいつ等もいずれは私たちの食べ物になるのかと思うと、多少は可哀想になりましたが、それよりも、食糧確保のために頑張って世話をしなければという気持ちの方が優っていました。現実的なガキだったのでしょう。
食べるということの野生的側面を見せられた思いでした。

こんなことは、当時、日本中で当たり前に行われていたことでしょう。
二人の息子にはそのような体験をさせ、動植物の命を食べるということを、身を以て体験させたかったのですが、機会を持てないままでした。末っ子の娘には、鶏を飼う経験はさせ、卵は食べさせましたが、絞めて解体して料理をして見せるところまではしていません。

鶏卵のことは、次回にいたします。
.26 2013 未分類 comment0 trackback0

イチョウ葉エキス

 シュワーベギンコ イチョウ葉エキス(ドイツ Dr.W.シュワーベ製エキス使用)という栄養補助食品の摂取を始めました。まだ一週間ですから、その効果のほどはわかりません。30年前から気になっていたものですが、やっとその気になったという処です。

ヨーロッパでは“ボケ防止薬”として医薬扱いですが、日本の薬事法ではこれを医薬とは認めていません。ドイツやフランスでは家庭の常備医薬の地位にあり、売上げがトップの薬です。その原料は、日本産か中国産です。

ボケと言われる現象には程度の差は様々ですが、物忘れをすることがあると感じ始めた時がボケの始まりだと思っていいでしょう。こんなときは、脳の機能はわずかとはいえ低下していると思っていいでしょう。

プロスタサイクリンというホルモンがありますが、このホルモンの減少と関係があると言われています。プロスタサイクリンは血管拡張作用や血球・血小板の凝集を抑制して、血流が滞るのを防ぐ作用をします。

脳で言えば、脳の血流の速度をあげるのです。動脈も静脈も毛細血管もです。これは、ボケの原因を取り除きます。

イチョウ葉エキスには、プロスタサイクリンの合成を促進する働きがあるのです。

脳梗塞や心筋梗塞から回復した人の患部を血管造影法などでよくみますと、血管網の状態が梗塞の前後で違っています。副血行路といわれるバイパスが新しく開通していることがわかります。イチョウ葉エキスにはこの副血行路を普段から開通させる作用をします。

ドイツやフランスのイチョウ葉エキスに関する調査報告をみますと、集中力・記憶力・作業能力・運動能力の向上や不眠の解消に有効なことがわかっています。

また、イチョウ葉エキスの有効成分はフラボノイドですが、活性酸素除去物質であるカテキンが含まれています。

女性ホルモンにアルツハイマー病の予防効果のあることは知られていますが、イチョウフラボノイドには女性ホルモンの分泌促進作用があるので、この点でも注目すべきでしょう。

普通の血管拡張剤は合成品です。当然副作用がありますが、イチョウ葉エキスには全く副作用はありません。これは価値ある特徴です。

高齢者は睡眠中に夢を見ることが少なくなりますが、イチョウ葉エキスを摂ると夢を見るようになると言われています。これは、脳機能の若返りといってもいいのではないでしょうか。

私は、血管拡張と副血行路の開通に期待を寄せています。それと、活性酸素対策としての抗酸化作用です。

抗酸化対策は、私の健康法の主要なテーマです。他にもいろんな方法を採用しています。今回はイチョウ葉エキスについてのみ記してみました。
.25 2013 未分類 comment0 trackback0

閑話休題  文武両道という いかがわしさ

数年前から、心に引っ掛かることがあります。
それは、いくつかの学校で「当校は文武両道を教育方針とする」と、高言していることです。私が関係した中高一貫校は、この文武両道を標榜した学校のうちでは早いほうでした。
野球が武か?サッカーが武か?ラグビーが武か?水泳が武か?体操が武か?卓球が武か?ゴルフが武か?ブカブカと文句を言ったらキリがありません。

内心、「馬鹿なこと言うんじゃないよ」と、むかっ腹を立てながら聞かないことにしてやり過ごしてきていました。校長が、大勢の父母の前で「文武両道の中高一貫教育」を高言する場面では、そっと姿を消したくなったものです。

私の好きな「広辞苑」で文武という言葉を改めて調べてみました。
「文武」:文と武。文事と武事。文学と武道。また、文官と武官。文人と武人。
「文武両道」:学術・文化面と武術・軍事面との両面。文武二道。
「文」:「武」に対して、学問・学芸・文学・芸術などをいう。
「武」:雄々しいこと。強いこと。戦いの力。戦いの術。軍事。
では、
「スポーツ」:陸上競技・野球・テニス・水泳・ボートレースなどから登山・狩猟などにいたるまで、遊戯・競争・肉体的鍛錬の要素を含む身体運動の総称。 以上、抜粋。

競技スポーツの類を「武」というのはあまりにも拡大解釈のしすぎではないかと疑問というより、内心怒りさえ感じてきました。

野球少年やサッカー少年」をスポーツ入学させて、野球漬け、サッカー漬けの学校生活をさせ、甲子園に出場したり、全国大会に出場する。一方で、受験勉強に専心する生徒には受験指導を強化して、東大をはじめ一流校への進学競争に駆り立てる。

両者に一定の成果を挙げていると自己判断ができたら、臆面もなく「文武両道」に成果を挙げる素晴らしい学校であると喧伝する。
少し、いや可成り、いい加減じゃ~ござんせんか?と思うわけです。

話は違いますが、憲法をはじめ、法律・政治・経済などの分野では、自然科学と違って、いわゆる「ファジー」な用語がいっぱいです。定義があいまいな言葉だらけです。
ですから、テレビの政治討論でも、経済問題の討論でも、いろんな政治家や、評論家や、コメンテーターが言いたい放題のことを言って、TV局の要請に応じて時間いっぱい喧しく喋り捲れるのだろうと、呆れながら観ています。

原子力発電の事故を論じるにあたっても、政治家やコメンテーターが平気で自然科学用語を、ファジー語として使ってしまっているので、いつも曖昧なまま終わってしまっていますし、その後、何も変わりません。「前向き」と「検討中」ばかりで、有識者というファジーの大家をかき集めて「検討委員会」を作って終わり。

だからこそ、無知蒙昧な政治家が、いろんな条件で議員の当選歴を重ねたら大臣になれる国なんでしょうね、日本は。

話がそれましたが、
「須藤さんは、毎日どんな生活をしていますか?」「はい、読書をよくし、ウオーキングやストレッチやヨガの真似事をしたりして、『文武両道』の生活をしています」「それはなによりですね」「ありがとうございます」なんて会話が成立するのでしょうか?

あるいは、「文武両道」の教育方針を高言するということは、ことの是非はともかくとして、「軍事国家」へのプロパガンダを、使命を帯びて密かに進めているのでしょうか。

言葉の乱用、言葉の乱れ、言葉の拡大解釈というより勝手気ままな言葉の転用は極めて危険な現象だと内心危惧しています。
ましてや、教育者の塊である教育現場からこのようないい加減な、軽佻浮薄な解釈が発せられていることは恐ろしいことだとすら思います。
.21 2013 未分類 comment0 trackback0

読書の場・・・電車

現在の私にとって一番集中して読書ができる場所は、電車の中です。

今日は一日フリーでしたので、10時ころ自宅を出て、市川駅で中央総武線に乗り、千葉駅まで行きました。駅のホームを歩き、階段を幾つか上り下りをして、再び中央総武線の三鷹行きに乗車。
いずれも各駅停車の鈍行に乗ります。約1時間半で三鷹駅です。そこで、またホームを二往復歩き、階段を上り下りし、目立たぬところでストレッチ。勿論、トイレも使います。

腹が減れば、駅構内の売店でうどんやそばを食べ、喉は自販機(パスモ スイカで購入可)
で買って飲みます。とりあえずの生活は営めます。

この本は集中して読書し、一定の成果を上げたいと思ったとき、その本と千円札と定期付きスイカとiPhone と2色のマーカーに5色ボールペン、そしてビタミン剤をもって一目散に駅に向かいます。

空いている車両を見定めて車両の隅のほうに乗り込みます。時間にもよりますがたいてい座れます。座れなくても構いませんが、私は本に書き込んだり、ラインを引きながら読みますのでできれば座りたい。最近は席を譲ってもらえることが多いので助かります。

適度な込み具合、適度な話し声、車掌の無駄なアナウンスと電車の走る音が何とも言えない安心感を覚えさせます。自分が読書に没入しますと「一切が無」になってしまいます。
あっという間に終点の駅に着き、無理やり降ろされるわけではありませんが、集中が途切れるのが不満です。

千葉駅から三鷹駅に着き、そこで再び長いホームを2往復して階段を幾つか上り下りをしてトイレタイム。目立たぬところでストレッチをし、売店で飲み物を買い、一息つく。

車内で集中した結果、筋肉が固まり循環がよくありませんので、適度に運動をし、ストレッチで血液循環をよくして、持参したビタミン剤を服みます。

三鷹駅から再び乗車し市川駅へ、というルートですが、今日はもう少し読みたかったので、そのまま千葉駅まで行きそこから市川駅に戻りました。一歩も駅から外には出ない、読書小旅行です。

市川駅から代々木駅経由恵比寿駅までの定期を所持していますの、区間内はどこでも途中乗降は可能ですが、「集中してついうっかり乗り越したとき!」は、駅から出さえしなければ乗車賃は不要です。

田園都市線を利用していた時代も、青葉台―永田町間の定期を持っていましたので、「うっかり乗り越した!」ときは、とても重宝していました。
うっかりして、定期やパスモを忘れたときは、一駅分の切符を買い最後は隣の駅で降車して、一駅間をウオーキングして帰ったりします。運動量確保のためです。

時代の進歩とはまことにありがたいものです。
電子カードが考案され車内の検札というものがなくなりましたので、私のように「うっかり反対方向に乗り、うっかり終点まで乗ってしまい、慌てて定期の区間内に戻り、無事に降車できる」というわけです。

お蔭さまで、通勤時や休日に、私がJR読書ルームとか東日本鉄道図書館と呼ぶ有料(??)読書室が利用できるのです。

まさか、このブログのせいで再び検札制度が復活することはないでしょうが、現在のままでいいのではないでしょうか。
平日も休日も、急に老人の読書家たちが大勢乗り込み、座席を占領して一日中過ごすという風には決してなりません。もし、そのようになったら、車両を増やして、女性専用車両に倣って、老人用読書車両を用意してほしいですね。

関東一円、一日読書乗車券として、300円くらいならよろしいかと思います。

ケチで言うわけではありません。コストパフォーマンスがよいほど、読書に集中できて、心からありがたいと思うからです。

市川駅の茶店で残りを読み終えて、帰宅したのが3時でした。
最近は、一回の読書で集中できるマックスが3時間です。自宅書斎のデスクに向かうと1時間がマックスになります。ですから、JR図書室が、目下、私にとって最高の読書の“場”となっているのです。
.19 2013 未分類 comment0 trackback0

ゴルフは健康にいいのか?

結論的には場合によるというところでしょう。

20歳で始めて、50年を越すゴルフ歴になりますが、健康云々の外にある気がしています。健康的だった!と実感するゴルフの体験は、ごく最近になってからです。

日本の、と言ったら過言になります。では、東京人のゴルフ事情はどうかと言えば、健康的なゴルフをする環境にあるとはとても思えません。
ゴルフビジネスの客としてしかゴルフをすることが能わないのですから、ストレスフルなゴルファーであるとしか言えません。

会員制とは名ばかりの運営は名門コースといえども例外ではありません。いや、名門コースほど、その虚構に反吐を吐きそうになります。
クラブ・イン・クラブの選ばれたメンバーにしてはじめて、幾ばくかの自尊心を満たしたゴルフができるのかもしれませんが、それでもプレーをするコースはその他大勢の我々と同じコースですから、実態は変わりません、

早朝からバタバタ準備をして、渋滞の中を駆けつけ、せかせかとスタートをし、待たされ待たされしながらハーフを終える。強制的に食堂のほうに行かされて、中途半端な料理を摂らされ、再び後半のハーフを終了する。
帰路は、往路に勝る渋滞の中を疲れ切って我が家にたどり着く。

300円のシャツにすら“紳士もの”と称するこの日本で紳士であれと言っても所詮無理な話。

ゴルフ場を“緑の座敷”として利用する人たちは、無料(タダ)ゴルフにありつこうとするさもしい奴をよいしょしながらの虚しいゴルフ。また、よいしょする自分に自虐的になる接待する側。ところが、これも習わしとなってしまえば、当人たちは何も感じなくなる。それを忌々しく思うその他のプレーヤーの苦い心情にも気づかなくなる。喜劇ともいえるが、悲劇ともいえる。

アメリカのカントリーで、カートを引っ張りながら、あるいは、セルフバッグで気ままにラウンドするゴルフライフに憧れていますが、いまだに実現していません。
ゴルフ事情の良い、地方都市の友人はそれに近いゴルフが出来ているようです。

かくいう私も、ストレスいっぱいのゴルフもしましたし、心から愉しんだゴルフもしましたし、嫌で嫌で仕方ないゴルフもしてきました。

ゲームとして愉しんだことも多々ありますが、そのゲームで身体が金縛りにあうような危険なゴルフもしました。

運動という観点からみると、でんで話にならないレベルだと思っていましたが、70歳を越した現在は、結構いい運動になっています。

相手のミス(蜜の味ですね~!)に腹を抱えて大笑いし、自分のミスには心底怒りを表し、喜怒哀楽をいかんなく表せるゴルフをしたいと思っています。もとより、聖人に非ざる身です。中途半端に紳士ぶるより、笑って怒って悲しみ、心から楽しいゴルフをしたいものです。ゴルフの往路と帰路の難行苦行と引き換えに、せめて、嘘っぽいゴルフはしたくないと思います。

大脳新皮質、辺縁系、そして脳幹に心地よいゴルフですね。
言い訳をしたがる大脳新皮質、自慢したがる大脳新皮質を満足させ、喜怒哀楽の辺縁系の言うままにさせて、脳幹にしっかり仕事をしてもらえるゴルフ。

気の置けない仲間との、あっけらかんとした天真爛漫なゴルフ。若い人たちながら、さりげなく紳士ぶりを発揮する上品な仲間たちとのゴルフ。こういうゴルフ仲間とのゴルフだけを残して、大きな賭けを仕掛けてくる人たち、詐欺師もどきのいかがわしい話を持ってくる人たちなど、かつてのゴルファーとはすっぱり縁を切りました。

結論的には、往路復路の難行を差し引いても、最近の私のゴルフは、健康に極めて良好だと自信をもっていうことができます。やっとたどり着いたという心境です。
あと何年もできないゴルフです。ゴルフをする体力と気力をありがたいと思いつつ、あらためて一期一会の心構えで大切にしたいと思っています。

.17 2013 未分類 comment0 trackback0

私と車の苦い思い出

69歳で車離れをして以来、かれこれ2年になります。乳離れと同じで、自然にやれた気がします。

そりゃあ不便ですよ。反面、とても自由な気もします。そりやそうです。法の縛りから解放されたのですから。
道路交通法、税法などと無縁の生活は、何とも言い難い解放感に心がなごみ、悦楽の境地でもあります。しかし、不便です。

たまのゴルフの時に不便さを格別強く感じます。車が無いからゴルフにもなかなか行けません。反面、移動の仕方が多様になり、世間や街の見方などに大きな変化があり、この広い世界での己の存在の相対的な位置関係などがよく見えます。
対自的、対他的というサルトル先生の言説を、少しですが分かるよう気になりました。

地球を10周以上は走り回り、仕事でもないのにガソリンを消費し、排気ガスを吐き散らしたのですから、現在の多少の不便は致し方ありません。

45年前、26歳の時、ある難事をやり遂げた私は有頂天になっていました。当時、空冷4気筒のパブリカという車を持っていました。その車を駆って銀座に向かい新橋の交差点に差し掛かった時、信号が黄色になりましたが、えぃっとばかりにアクセルを踏んで交差点に入ったとたん、都電の陰で見えなかった小型トラックが飛び出してきて、私の車の左後部に激突しました。私の車は天地を逆にしながら一回転して元に戻りました。

ほんの数秒のことでした。回転しながら、誕生以来のいろんな事が、若僧が身分不相応な車を乗り回し「罰当たりめが!ざまあみろ!」という世間の罵倒が、両親への親不孝の詫び、同乗していた女性に対しての謝罪などの様々な思いが走馬灯のように駆け巡りました。
両親への親不孝、当時車を持っていることへの世間の冷ややかな目を普段から気にしていたからでしょうね。それにしても、ほんの短い時間にたくさんのことが頭をよぎるということがわかりました。

気がつくと助手席に居た女性は後部座席の真ん中に座って笑っていました。度胸が座った人でしたが、この人はすごい!とつくづく思いました。
私は、右手の骨にヒビが入った程度ですみ、二人とも奇跡的に軽症でした。
これ以降、余生を生きているという思いがしましたし、今でも折に触れこの事故を思い出し、余生を生きている事を再認識したりしています。

車という愛馬に跨ると、つい鞭をくれてやる性格を自覚しています。
無謀運転で何度も警察の厄介になり、遵法精神に富、状況判断とか融通などという言葉をその辞書に持たない正義の使者"婦人警官"には何度も駐車違反で取り締まられました。
早いうちに車の足を洗った方が身のためだとは思っていました。きっと、大事故を起こして、取り返しがつかない事態になると予期しながら運転をしていたことは事実です。

ある時、沼津から高速に入って、疾走する名古屋ナンバーのジャガーを見つけた私は、猛然とスピードを挑み、横浜インターまで、抜きつ抜かれつのカーチェイスばりのレースを展開したことがあります。ちょっと近寄ってサインを送ると、そこは中年暴走族の阿吽の呼吸。悪名高き名古屋ナンバーです。半端な速度ではありませんでした。路肩を含む4車線をフルに使って先行車を縫って暴走した愚行の極みです。

必死でハンドルを操作しながら、こんなことをしていたら死んでしまうと思っていました。いろんなことで馬鹿なことをする奴ですね。大脳新皮質の一部が砂漠化しているのかもしれません。車と刃物を持たせてはいけないタイプのようです。

現在は、不便に耐えながら、歩と電車バスで組み立てています。だいぶ慣れてきました。ゴルフも原則として、電車とクラブバスの利用です。
一日一万歩以上歩くなどという事が簡単な事になり、健康維持と、経費節減のためには好都合ではあります。

運転免許証は身分証明書代わりに持っています。勿論、ゴールドですよ。
不便でたまりませんが、交通事故の主体者になる事はありませんし、取り戻した自由と不便を天秤にかけると丁度良いバランスだとは思っています。
再び、便利と引き換えに、国や地方自治体から法によって絡め取られ、折角取り返した自由を失い、奴隷のごとき収奪の対象になり、命がけの疾走をする気にはなりません。
しかし、不便ですね~!

健康に良いか?
わかりません。どちらかと言えば、多分、よいのかもしれません。
渋滞に苛立つというストレスが無いだけよい、と言っていいでしょうね。
ストレスは健康を害する大きな要因ですから。
.16 2013 未分類 comment0 trackback0

非自己の自己化

この用語は、免疫を語る際にひろく人口に膾炙されています。ここでは、少し違う使い方をします。
食べ物という非自己を自己化する作業を毎日行いながら我々は生命を維持しています。情報という非自己を自己化して、行動を決定したりします。
学問や勉強をする事によって、非自己の知識を自己化しています。このように、生きているという事は、非自己の自己化作業といえます。
そして、不要なものや自己化できなかったものを排泄したり、取捨したりしながら、身体に取り入れたり脳に記憶させたりします。
この時に、個体差と個人差がでます。

食糧の自己化には、個体差が大きくはたらき、情報や知識の自己化には個人差が大きく左右します。
食糧の自己化には、個体差のみならず個人差すら介入します。
同じものを食べても、分解と合成には、ヒトそれぞれに違いがあります。これに、心が介入すると、その分解と合成には人間ごとに違いが生じます。
情報も、その情報を理解し分析するには、そこに在る"言語"を知っているか否かで消化吸収の程度が異なり、取捨の仕方が異なります。専門的な情報であるほど"言語"の壁は厚くなります。

食糧であれ情報であれ、その時の状況気分などの人間個々の自己化の仕方が異なり、ヒトとして身体内部の酵素やホルモンなどの物質的状況で自己化の仕方が違ってきます。
ヒトは複雑系です。人間となると、精神や心が絡んで更に複雑度を増します。

第何次か知りませんが、いま、大変な健康ブームが起きています。
マスコミは、ある程度の視聴率が確保できるという事で、顔が売れたドクターをタレント仕様で使いまくっています。
食品業界や製薬業界は玉石混交の製品に装飾を施して売りまくっています。
この中には、ヒトに効くとして、人間に効くとして、その双方に効くとして、様々な健康法が垂れ流されています。
垂れ流しが可能なのもこの"健康法"という情報が持つ独特なものなのです。

この、様々な"健康法"が語られるというところに、これらが"科学的でない"という特色を持っています。
科学的であるなら、そこで使われる言語は定義が明確でありますから、解釈する側にとって一定の理解の仕方が可能です。医学や栄養学がまだ科学としては未熟だからこそ、受け手が混乱をきたす情報が垂れ流されるのです。
健康法情報にはピンポイントのものから総合的なものが混在し、科学的要素が多いものから、個人的見解のものまであります。

冒頭に記しましたように、受け手の側も複雑系です。
混乱と錯綜の情報を複雑系が受けているわけですから、"何でもあり"がまかり通ります。
私なら、私というヒトにどうか、私という人間にどうか、私というヒトと人間にとってどうかという観点から、情報の選択をしなくてはなりません。
そして、私なりのヒトと人間として消化吸収をして、分解と合成をするしかありません。
それも、常に一定ではありません。時間ごとに、日にちごとに、年ごとに違ってきます。

私の人生観も常に揺らいでいます。より良く生きたいと思って取り入れ、採用している"健康法"も常に揺らぎます。揺らぎながらも歳相応に元気で過ごしています。実行している健康法が良いのか、元来丈夫なのかは分かりません。しかし、明らかに、様々な不調が生じいろんな症状がでていたものが治ってきたことも事実です。

しかし、私が認識していない新たな"不調の芽"が、いま実行している健康法によって芽生えているのかもしれませんが、あふれる情報の中から選択し、ほんの少しですが自分の考えを入れて実行しています。
あくまでも、私の場合として逐次ご紹介していきたいと思っています。

.14 2013 未分類 comment0 trackback0

私とカメラ

釣りで目をやられては困る。かといって、20歳から続けているゴルフだけというのも、趣味の世界が狭いし、趣味を通じた人間関係が狭い。そこで、カメラの世界に入っていきました。
子供の頃から、人並み程度にカメラは扱っていましたし、一眼レフか手元になかったことはありません。医局時代は、学会発表のスライド制作で、暗室に入ることもたびたびでした。つまり、カメラは常に身近なものでした。

でも、撮影、現像、アルバム貼りと整理が面倒だと思うタイプですから、プライベートな撮影はあまりしないでいました。子供の写真は、記念と思い出のため、世間の親並みには熱心に撮りましたが、いまや観る機会もありません。
ところが、デジタルカメラの出現には心が動きました。新しいものには身も心も軽いフットワークの私は早速手にいれました。
いつの頃からか、オリンパスのファンになっていた私は、オリンパスの一眼レフを追いかけています。オリンパスカメラのユーザーの倶楽部にも入会し、 例によって没頭しました。
撮影対象によっては、紫外線の目の負担は、さほど怖れることはないと思えました。
倶楽部仲間との撮影旅行、モデル撮影会、公園や街の撮影散歩などの行事への参加も積極的に行い、新人の勧誘までしました。その新人達によって現在の会は運営されています。

「カメラ小僧」という呼称があります。業界からも、世間からも「蔑称」として使われています。私は、カメラを手にした子供のことと認識していましたが、老人までも含めた蔑称であることを知り、少なからず驚きました。モーターショーを始め各種の展示会でのコンパニオンへの異常な群がり様や、異様な熱気を帯びたマニアックな撮影実態を知るにつれ、少々身を引き始めました。また、30人くらいの人達との撮影散歩にも違和感を覚え、これからも引き始めました。

子供の頃から、遠足や修学旅行が苦手な私に合うはずがありません。
集団行動遂行能力発育不全なのでしょうね。高校の修学旅行は辞退して、皆が帰ってきた日に、一人で旅に出たものです。同じコースを旅しました。制服を着て、旗を持ったガイドの後をゾロゾロついて歩くなんてとても耐えられないと思っていました。修学旅行積立金を返してもらい、一人旅をしたのですが、学校もよく許してくれました。

そんな私ですから、今はマイペースで季節の花を撮ったり、近郊の撮影スポットにたまに出かけるくらいです。曇り気味の天気の日を選んで出かけます。少しでも目を痛めないようにとの配慮ですが、あまり関係はありません。紫外線はいっぱいです。

以前は、各種レンズをリュックにいれ、首から二台のカメラボディーをぶら下げてという出で立ちでしたが、歳を撮ったら重さが辛くなり、レンズは一度の撮影に一本しか使わなくなってしまいました。

撮影後は、パソコンで処理し、A3ノビのサイズに印刷し、額に入れて自宅に飾るという程度の楽しみ方です。ごくごく普通のカメラ好きのおっさんをしています。
カメラのお陰で、路傍の名もない小さな花、住宅街の庭に咲く花、お店などのインテリアとしての花などに目がとまるようになりました。若い頃は見向きもしなかった対象です。人生を少しは豊かにしてくれ、潤いを感じさせてくれているのかもしれません。

健康によいか?
分かりません!
違う次元のものでしょうね。
.14 2013 未分類 comment0 trackback0

外国人と明治神宮 清浄な空気を求めて

調べたいことがあり、古い本を引っ張り出して読んでおりましたら、興味深い文章に惹きつけられました。最初に読んだときは気にもしなかった文章です。
本は、アンドレー・ワイルの「癒す心 治る心(原題は SPONTANEOUS HEALING)訳者:上野圭一」です。著者アンドレー・ワイル氏は、米国タイム誌で、「もっとも影響力のある25人のアメリカ人」に選ばれたことのある、代替医療の医者です。

以下は、抜粋です。
 世界各地の汚染が進んだ都市ではスモッグのひどい日に住民が胸痛や呼吸困難を訴えたり、学校が休校になったり、幼児や老人の外出が禁止されたりといったことは珍しくなくなっている。それが我々の都市の未来像であるのかはまだ定かではないが、たとえ空気が汚れた都市に住んでいても、汚染からかなりの程度、身を守る方法がある。

頻繁に公園や樹木の多い場所に行く習慣をつけることだ。
樹木には驚くほどの空気浄化能力があり、大都会の真ん中でもそれを感じることができる。

わたしはたびたび日本を訪れるが、東京で数日を過ごすときは、「明治神宮」を避難場所に決めている。鉄とコンクリートの砂漠にある森のオアシスである。聖なる空間と俗界をへだてる大きな鳥居をくぐって何歩か歩いただけで、空気が変わるのがわかる。正常で濃い空気の中では呼吸がしやすく、神社の森を一時間も歩けば元気が回復して、刺激が強い東京のスモッグも何とかしのげるようになる。
汚染がひどいときに都市に居合わせたら、ぜひこの方法を思い出していただきたい。
公園や樹木の多い場所だ。
以上です。

聞くところによると、欧米系の人達にこのような人が多いようです。
彼ら彼女らには、日本に駐在、赴任、長期滞在する場合に必要な情報は、都市公害からの避難場所は何処かというのが重要なのでしょう。
中国人も、滞在場所の近くに、安心して「太極拳」ができる公園の存否が大事な条件かもしれませんね。

彼らにとって、観光スポットやグルメ情報よりはるかに高い優先順位にあると思われます。
避難場所ではなく、「クリーン エアー ゾーン」として、外来者向けマップにマークできるといいと思っています。
一般観光客の受け入れも大切ですが、知的外来者の希望に添えるような日本の都市であり
たいですね。

明治神宮につきましては、このブログですでに述べておりますので、重複は避けます。
ただ、原宿からより、代々木の大鳥居から入ったほうが、巷との空気の違いが鮮明に感じられます。参宮橋方面からも素晴らしい。
もちろん、原宿からも素晴らしいですし、途中に在る「清正の井戸」という格別な庭園にはいる事ができます。
.11 2013 未分類 comment0 trackback0

電車で席を譲られる・・顔が原因か?

「そんな断り方は譲ってくれた若者に失礼じゃないかい?」
「思いやりを発揮した若者に、思いやりが足りなさすぎないかい?」
と、言いたくなるような老人がいます。

電車内で老人に席を譲るために立ち上がり、「どうぞ」と言った若者が、素っ気なく断られたために、戸惑い、目が宙をさまよってその場に居たたまれなくなり、そそくさとその場を離れる光景をよく目にします。赤面して泣きそうなくらい面食らった若い女性もいました。

可哀想に、その若者の心情を斟酌すると駆け寄って、「これに懲りないで今のような思いやりを止めようと思わなでね」と声をかけて、断ったご同輩の無礼を詫びたくなってしまいます。

駅では階段を使え、車内では座るな、つり革を使って筋トレをしろ、つり革につかまらずバランスをとる訓練をしろ、爪先立ちを繰り返しマッスルポンプを働かして血液循環をよくしろ、車内で座りたがる精神が老化の証などと、健康本はなにかとウルサイ。

著者だって実行しているとは思えないことを、「よくもまあ~」と呆れてしまいます。遣りたければ、座っていてもかなりのことは出来ます。落ち着きのない所作で、いささか恥ずかしい気はしますがね。

中には、座ることでかえって腰が痛い人もいるでしょう。
座ったはいいが、立ち上がるのが辛い人いるでしょう。いろんな事情を人は抱えているものです。次の駅で降りるからなども。

でも、老人に席を譲ろうと思う若者は、案外心臓がバクバクするくらい緊張していたりするものです。偽善的な奴だと思われはしないかと、若者特有の思考の回し方があるものです。

それでも意を決して、「どうぞ!」という麗しい行動になるのです。
それに対して、「そりゃ~ないだろうご同輩!」と言いたくなる場面に度々遭遇することが残念でなりません。

さて、家族の冷笑、よく知る人達の呆れ顔をもものともせず、私としては、そこそこ「若づくり」をして、姿勢も良くして溌剌とした挙措動作を心がけているのですが、このところよく席を譲られるのです。

10年以上も前から、そのようなことはありましたが最近は7~8割りの確率で譲られます。若い頃は老け顔とよく言われました。
勿論私は、満面の笑顔と丁重な感謝の言葉で謝意を表し着席します。心からありがたいと思うからです。

でも、内心少々不安になります。71歳はまだまだ若いと自分では思い、そのように振舞っているのになぜ?こんなに譲られるのか?と思うのです。

原因は「顔」しかない。「目」に生気がないのかもしれない。
つまり、老人顔をしているに違いない。
「席を譲れ~!」、「疲れた~!」という負のオーラを発しているのかもしれない。

帰宅して、鏡で顔をチェックしてみると、確かに、自分の思いや、自分の心がけとは違っている現実を思い知らされる気はします。

ここ1年半くらいで、25kgの減量を達成したのは良いのですが、余った皮膚が行き場を失っています。全身的に皮膚のたるみが出たことは否定出来ません。若ければこのようなことも避けられるのでしょうが、如何せん老人の身は融通が効きません。

顔の皮膚にもたるみがあり、法令線がくっきりと強調されています。
譲ってくれる若者は確かに、前に立った私の顔を見てすぐに譲る決断をしています。

今更、美容整形をする気にもなりませんから、時間をかけてみるしかありません。ところが、急速に落日に向かう身であれば期待薄であることは確かです。

「皮膚がツヤツヤしていてお若いですね~」とは、よく言われます。この、お世辞半分以上の言葉を信じて、せめて、顔色くらいはよくしておきたいものだと密かに思う昨今です。

電車内が最高の読書の場である私には実にありがたい現象なので、顔だけはさらに老けこませて、身体は若々しく保つような戦術にシフトしようかとも思いますがどうですかね~。

顔に紫外線をたっぷり浴びせ続ければ、糖化した飴色のゴワゴワの皮膚になり、ベテランの漁師顏のようになります。
でも、それじゃバランスを欠いた「気持悪い生き物」になってしまいますね!気持ち悪くて、かえって席を譲るのをためらわれるかもしれませんね。「ほっとけばいいや」でいくことにします。


.09 2013 未分類 comment0 trackback0

散歩とウオーキングは同じか?

逍遙学派(逍遥学派、またはペリパトス派、ギリシャ語:περιπατητικός, 英語:Peripatetic school)はアリストテレスが創設した古代ギリシアの哲学者のグループ。「peripatetic」という語はアリストテレスの弟子たちを指すが、形容詞としては「逍遙する」つまり「散歩する」「散策する」という意味である。

「逍遙」という語は、アリストテレスと弟子たちがよくアテナイのリュケイオンで散歩していたことが由来とされる。リュケイオンの屋根つきの散歩道は「ペリパトイ(peripatoi)」として知られている。逍遙学派の設立は、アリストテレスがリュケイオンに最初に哲学学校を開いた紀元前335年で、アリストテレスの後を継いで学頭を勤めた人物にはテオプラストスや、アリストテレス哲学の自然科学的要素を膨らませ、無神論にまで及んだランプサコスのストラトンなどがいる。(以上、Wikipedia)

いいですね。こいうことをしていても生活ができるほど社会が進歩していたのですね。

さて、散歩をしていると良いアディアが浮かんでくるとか、良いヒントを思いつくとか言われます。奈良の数学の大先生や、湯川博士は横になっているときに閃くそうでしたね。

「散歩」は、特別の目的を持たずに気の向くままに歩くこと。散策と同意語。(大辞林)
「ウオーキング」については、有酸素運動(エアロビクス)の一つ。大股で早く歩くことにより、通常の歩行よりも高いカロリーを消費できる。ジョギングに比べ、膝への負担も少ない(大辞林)。このように記載されています。

目的もなく散歩している人が果たしているのでしょうか。何らかの目的があって、ぶらぶらゆったり逍遙(気ままにぶらぶら歩くこと)しているのではないでしょうか。
行き詰った頭をすっきりさせたい。錯綜する考えを整理したい。よい空気を吸いたい。あの街は今どうなっているのか見てみたい。特に買い物はないが銀座をぶらついてみたい。本屋によって立ち読みしたい。京都の哲学の散歩径を、恋人どうしが「ふ~たりのため~せ~かいはあるの~!」を感じたいため、などなどの目的があるはずです。

上記の、ペリパトイ(リュケイオンの屋根付きの散歩道)でもなければ、ゆったりと散歩というわけにはいきません。迫りくる自転車を避け、横町から飛び出してくる車にビクつきながらということになるので、辞典の解説のようにはいきません。
私は、散歩のときは、神社仏閣の境内を使います。

ウオーキングという外来語が入ってきて、散歩というものの定義がはっきりしたように思えます。つまり、ウオーキングではない「歩き」ということです。

体育的目的をもって、健康増進のために、足の運び方や、呼吸法などにも気を配りながら有酸素運動をすることがウオーキング。
そんなに力まずに、ある目的をもって、ゆったりと歩くことが散歩。
「兵隊さんじゃあるまいし、そう固いことは言わないで、ゆっくり歩こうよ」
なんだか日本的な感じでいいじゃないですか。これこそ、逍遥というものでしょう。ウオーキングといのは力みかえったゲルマン的な感じが強くしますよ。

散歩だって素晴らしい運動です。しかも、風を感じ、いろんなものを目に入れながら、時には立ち止まり、時には知人と立ち話をする。気が向けば、お菓子などを買って頬張りながらそぞろ歩きをする。気分の転換にはなるし、いい考えが浮かんで来ればさらによし。そうは言っても、散歩だって立派な運動です。重力に逆らって、重い身体を運ぶのですから、足腰が弱っていてはできません。

一方、ウオーキングの場合は、精神を集中しなければなりません。目的を持った運動なのですから、足の上げ方、歩幅、ピッチや呼吸法に気を抜けません。緊張のしっぱなしです。

私などは、ウオーキングと散歩がチャンポンのようなことをしています。集中だって長くは続きません。ふと気が付くと、雑念がいっぱいで重くなった頭を首が支えられずにうつむいて歩いていたり、向こうから美人が来るとついゆっくりとすれ違ったりしています。

緊張というストレスから逃れられない現代は困ったものです。それに、私たちのような高齢者が、目的もなく出かけたら、帰ることを忘れてしまうかもしれません。これは「彷徨」といいますよね。「さすらい(流離)」とも言いますね。

やはり、散歩はそれなりに目的をもって歩くことに落ち着きそうです。それにしても、生活の心配のないギリシャの哲学者たちのようになりたいものです。憧れですよ。今度生まれたら、文学部教授になりたいと思っていましたが、この世界も世知辛いようです。哲学の教授だって「二宮損得先生」でなければやっていけないようですから。

「損得の哲学」も捨てがたいのかもしれませんがね!
.08 2013 未分類 comment0 trackback0

和風ダシに凝り、さらに肥満

 私は料理をすることが好きなほうです。
子供の頃、我が家が一番傾いていたころ、母が喘息で長期間床に就いたことがあります。中学生だった私は、一家の食事をつくらざるを得ませんでした。父の兄とその次男も我が家に居候状態でしたので結構な人数になっていました。
そのころに、腕を上げたのだと思います。「どうせやるなら楽しくやる」というのは案外私の処世術なのかもしれません。

50歳代のある日、ふと、「そうだ、和風ダシを作ろう」と思ったのです。
アメ横まで横浜から出張って、羅臼昆布、土佐の削り節、だしじゃこ(九州ではイリコと言います)を大量に買い込みました。

まずは、水だしを作りました。それに、塩とわずかな醤油を足して見事な和風ダシの完成です。北九州は関西風のダシでした。子供時代の味の感覚が体いっぱいに甦り、鮮烈な感動を覚えました。

間もなく盛夏を迎えるころでした。頂いたまま手つかずの素麺が各種ストックされていることを想い出し、「そうだ、このダシで今年の夏は素麺を食べつくそう」と決めました。家人の心配にも委細構わず、ひたすら食べ続けました。馬鹿丸出しとはこのことですね。

ゴルフから離れ、ウオーキングも中断し、ヘラブナ釣りをしていたころでもありました。そこに、素麺という炭水化物の異常摂取が重なりましたので、私の肥満は一挙に進みました。当時、ストレスいっぱいの日々を過ごしていたことも一因でしょう。

一度、友人を呼んで「素麺パーティー」を開いたことがありますが、私の素麺の食べ方に呆れられたようでした。その後、語り草になってしまいました。生来の大食漢の私のことを知らなかったこともあります。必死の形相というほどでもないのですが、ストックの素麺をもう少しで食べつくし終わるということに、妙にこだわっていたのだと思います。

菜食趣味者のワイフは、素麺にも付き合っていましたが、傍らで野菜をたくさん食べていました。「もう少し、野菜を」と小さな声で言っていましたが、具も自分で作っていましたので、野菜にまで手が回りませんでした。本音を言いますと、野菜は苦手だったのです。
言い出したら聞かない性格を知っているワイフはただ心配品しながら、本人が気付いてやめるまで待つしかなかったのです。

「医食同源」を高言してきたしてきた私としましては、馬鹿な夏を過ごしたものです。
イナゴの大群に襲われた稲田のごとく、我が家の麺類が食い尽くされたのは、秋の終わりの頃だったと覚えています。

「炭水化物は肥る」を、われとわが身で人体実験をしたようなものです。
自他ともに認める結果が体重の異常増加で実証されました。どれほど大量の麺類を食したのかはわかりません。

サイズが合わない衣類の新調に無駄な出費を余儀なくされながら慨嘆したのは、その年の暮れでした。それは後悔しました。後の祭りでしたが・・。
80キロをすでに超えたわが身を自分で憐れんでおりました。馬鹿なことをしたと!

「人は食べたもののとおりになる」を納得しました。
はかずも、わが身で人体実験をできたことに格別の興味を覚えました。

ならば、こんどは体重を減らす人体実験をしようと密かに誓いましたが、実施までに数年かかることになりました。

炭水化物の摂りすぎと野菜不足、運動不足に加え、さらに強いストレスが、その時の肥満の原因です。いろんな身体症状が出てきていました。健康不安が我がことになったという不甲斐ない時期でした。


.07 2013 未分類 comment0 trackback0

ヘラブナ釣り

東京の郊外、横浜のチベットと言われた新興住宅地に住んでいました。車で5分のところに保存された農村があります。その中に、ヘラブナ釣りの池がありました。初夏の頃、散策に訪れた私は、一瞬立ち止まり食い入るように見つめた覚えがあります。

心地よい風、若い緑の葉をつけた柳が覆う水面は小さな波が立ち、時間が止まったような静寂感が漂っていました。釣り席は6割方が埋まっていましたが、すべての人が沈黙し、ただ一点ウキを見つめていました。人がこれだけ集まって行為をしているのにもかかわらず、これほどの静寂があることに驚き感じ入ってしまいました。

管理者の許可をもらい、空いている席に座ってしばらく見学をすることにしました。立派な風格の高齢の釣り師(ヘラ師)でした。流麗な竿裁きをする人でした。見逃しそうなくらいのごく僅かな浮きの動きに素早く反応する。それは、獲物にとびかかる猛獣にも似た動作ですが、静かなのです。針にかかった瞬間一息の止まりがあり、大きくしなう竿の感触をしばし堪能しているようでした。

そのあと、水面まで慎重にヘラブナの顔を引き上げ、スーッと引き寄せ、手慣れた動作で針をはずし、そっとやさしく池に戻す。

子供の頃、フナ釣りはよくやっていました。鯉やフナ、嵐の後の川でではナマズなど、釣りは日常的な遊びでした。月夜の晩、遅くなるまで熱中し深夜にまで及んだことがあります。小型三輪車(自動車)を仕立てた父の私を呼ぶ声が遠くから聞こえてきた記憶も鮮明です。

その頃の釣りは、食用にしていました。仕掛けをし、ウナギも獲りました。食用カエルも獲りました。すべて、食用です。私の獲物が食卓に並んだ時はいっぱしの漁師気分で誇らしい気になったものです。食糧難時代というのも、子供にいろんなことをさせます。

海釣りは成人してから経験しました。なかでも、医局から当時無医村だった伊豆七島の神津島に赴任した40日間、勤務時間以外は磯釣り、船釣りに明け暮れました。宿舎だった旅館の同年輩の若旦那が同行してくれ、恵まれた釣りでした。釣れた魚はもちろん食卓に料理して並べられ至福の時を過ごしました。

しかし、このヘラフナ釣りは何だと、驚きました。釣ったフナをすぐリリースする。現代の釣りはなんとスマートなのだと感心したものです。もどしがついていない針はスルリと抜けますからフナがうける外傷はごく僅か。魚にほとんど手が触れないので生臭い魚臭も手に残らない。これは「いい遊びだ」と感動しました。

何事もかたちから入る私は、さっそく道具揃えを始めました。各種文献(ヘラ釣りの本や雑誌です)を漁り、軽いカーボン竿の時代なのに、本格的な竹竿を求めて紀州まで足を運びました。都内の有名な釣具店を回り、店の人に質問し耳学問にも相当な時間をかけました。パソコンの時と同じですね。

かくして万端整えて臨んだヘラフナ釣りです。それまで、熱中していたゴルフ道具はしまい込み、釣りに没頭しました。桜の花びらが水面を埋める春、雨がしとど降りつづける梅雨時、炎天下の夏、紅葉が水面に映える秋、厳寒の寒ベラ釣り。四季折々のヘラ釣りに有頂天でした。仕事や、生きる上でのストレスは見事に発散されました。2年間は続きました。

仲間も増え、そろそろどこかのダム湖に出張ろうかというほどになり、装備も一段と充実してきました。と同時に、いくつかの不安要素も芽生えてきていました。

仕事柄、目を大切にしなくてなりません。ところが、この釣りは、紫外線が反射するまぶしい水面に浮かぶ、細いウキの頭の微細な動きをじっと凝視しなくてはなりません。サングラスを日常生活でも使用する私ですが、これには心配が募ってきていました。

それと、運動不足からくる肥満が心気になってきました。竿の操作以外は運動がありませんし、同じ姿勢で座し続けているのですから、肥満するのも当たり前です。なにしろ、大食漢ですから。

これはそろそろ潮時かなと、諦めることにしました。50歳代前半のことです。健診データが厳しい状況を反映していた時期です。
今でも、道具はすべて保存しておりますし、明日でも行ける状態です。しかし、爾来、竿を握ったことはありません。

再び、ゴルフ道具を取り出したのですが、その頃、心はカメラに飛んでいました。デジタルカメラが出始めたころです。その走りの機種を入手したのがきっかけです。
再度、ゴルフ道具はしまい込み、カメラ街道まっしぐらということになってしまいました。

浮気性というのか、飽きやすい性格というのか、家族の者も呆れ返るしまつです。
でも、肥満と目の障害が心配になったのです。仕事に差し支えると感じたのです。決して、単なる浮気ではありません!男は仕事が大事なのです。
.07 2013 未分類 comment0 trackback0

B級ファッションのすすめ

「何かお探しですか?」と店員。「ズボンです」と私。「パンツですね」「いや、ズボンです」「はいはい、わかりました。パンツはこちらです」「•••老人扱いをしやがったな・・・」
いまだに私にとってのパンツはアレでして、彼女の言うパンツはズボンなのです。パンツと呼称が転換した時期を知りません。落ち着かない世の中ですよ。

私の人生の中で、ズボンは、あるときはパンタロン、あるときはスラックスと呼ばれたように記憶しています。でも、私にはズボンはズボンと呼ぶのが一番相応しい。パンツと言われるとそぞろ恥ずかしい気がしますし、私の下穿きのパンツを若い女性店員に選んでもらうなんて気は毛頭ないからです。

自分の着るものは自分で選んでいます。ネクタイなんかは、プレゼントされたものは殆ど着用しません。ましてや下穿きはよほどうまくフィットしないと一日中情緒不安定になりますから、特に自分で選びます。

室内でも、外でも、一応ちゃんとした服装をしていると気分も安定しますので、服装には気を遣っています。遣ってはいますが、柄にあっているのか、似合っているのか、TPOに適っているのかは分かりません。
精神の溌剌さと、適度な緊張を保つために頑張ってはいます。

ファションなんてどうでもよいと言うようにはなりたくないのです。
相手にズッコケられても良いのです。その人なりのセンスや美意識で勝手にズッコケているのですから、いちいち付き合ってはおれません。自分なりにアレンジして、自分が満足であればそれで良し、です。

私と同じ不細工な体型の同胞がいくら頑張っても50歩100歩です。他人のファッションを笑える資格はないはずですが、不細工な奴ほど、特に生意気盛りの若い者ほど、他人のファッションをとかく批判し、蔑む神経が理解できません。己を冷静に眺めてみると、とても他人を笑える立場ではないことに気付かされるはずです。

年寄りの服装なんて、いくら気張ってもたかがしれています。
いろんな局面用に一通りの服を揃えていれば、あとは、ユニクロなりの簡便な服装で気楽で楽しく過ごしています。
最近の衣類の進化は著しく、冬でも軽い服装で過ごせます。

もう歳なのだから、生地のいいものをなんて言い出すと大変です。いったん知ってしまったユニクロなどの服装の軽るさを得ようとすると、いいものは半端な値段では手に入りません。かと言って、そこそこのものだと重くてかないません。最近着目したジャケットは70万円でした!とても手が出せません。さり気なくその場を離れました。安くて軽いものの方に向かった方が身のためです。

今年の冬も、上から下までユニクロの製品で快適に過ごしました。
「芋虫」のようなダウンウエアーには大感謝です。そう言えば、今年あたりは、街は「芋虫の大行進」状態でしたね。

冬が恐くなくなりました。寒さを感じないのです。お陰様で外出が億劫になりません。冬が終わるのが寂しくて残念なほどです。
これからも、肩に力が入らない気軽なファションにしたいと思います。身体に楽ですよ。
高齢者や身体が凝りやすい人、体が弱っている人は、思い切って発想の転換をすると良いと思います。

今月は、不祝儀が二件あります。重い服を着ることが億劫ですが、肩に重さを感じながら、浮世の義理と覚悟して、礼装に身を固めて不義理をしないようにいたします。

このような場合以外では自分の首を締めない。つまり、ネクタイはしないことです。それと、軽い服が一番ですね。
身体に負担が少ないファションは、健康のためには蔑ろには出来ません。とても大事な事だと痛感しています。

大袈裟に言えば、旧来の陋習を破って、安くて軽いものへの、ファッション・シフトを、重ねてお勧めしたいと思います。

.05 2013 未分類 comment0 trackback0

姿勢について

「君は、顎まで突き上げているから先生方からも、威張っていると誤解されたよな~」と、中学校の担任だった英語の教師に言われた記憶があります。誤解為れやすいから注意しろよという諭しとして、拝聴しました。

「隣を、”衣紋かけ”が歩いているようだ」とは、学生時代のガールフレンドの父親から言われました。嫌われていたのですね。「彼奴は威張っている」とは、中学、高校、大学を通じて私につきまとった否定的な評価でした。この態度が大きく見える所作は、知らぬ間に、多くの敵を生んだことでしょう。

何故か、比較的小柄な人が多い私が通った大学では、こちらが意識していないにもかかわらず、相手を見下すことになっていたのでしょう。ずいぶんと嫌われたと思います。記憶にはありませんが、ガキ大将だった小学生時代は、恐らく傲然と胸を張って闊歩していたのだと思います。

子供の頃、食卓で、父から、それはそれは厳しく姿勢の躾をうけました。「背中に板をいれるぞ」といわれ、こりゃ堪らんとばかりに、背筋をしっかり伸ばして食事をしていました。あるときは、食事を取り上げられ、庭で立たされたことも鮮明に覚えています。

この躾のお陰で、良い姿勢の癖がつき、この歳(いま71歳)になってとても感謝しています。

私は、今まで、按摩・マッサージの類とは無縁で過ごしてきました。仕事柄、同業者には、肩が痛いの、腰が痛いの、首が痛いのという人たちが多いにも拘らず、私には一切このような症状が出たことはありません。今でも、マッサージなどはくすぐったくて我慢できません。

35年位前に、ゴルフ場で、食堂の椅子を持ち上げて”ギックリ腰”を一度体験しました。話に聞く”腰痛”とはこれかと、苦痛に苦悶した覚えがありますが、これっきりです。

健康ブームの昨今、姿勢についても多説多論のようですね。
普段の姿勢、生活習慣、仕事に由来するものや、外傷など怪我に由来するもの、脚の長さの微妙な左右差など余儀無い理由もあるでしょう。

しかし、長年かけて”建て付け”の悪くなった骨格を修正するのは、容易ではないと思います。

硬くなった可動部位の筋肉を時間をかけて揉みほぐし、血行を改善しながら、ゆっくりと動かしていくしかないでしょう。
座位、立位、歩行時の姿勢がよければ、自律神経系はもとより、呼吸器、心臓血管系の調子は良くなり、消化器系の位置関係が正され、内臓の位置も正される。首の位置が正されれば、脳の循環も良くなり、種々の脳の不調の一部は改善するかもしれません。

健康雑誌や、ある種の専門家風に言うなれば、「すべては姿勢の悪さが原因だった!」とか、「首の位置を直せば万病が治る!」ということになるのかもしれませんが、人体は、それほど単純ではありませんよね。
このような独善的な、絶叫型の健康論には注意しましょう。

ただし、姿勢は少しでも良くした方が良いことは間違いありません。

頭の重さを、身体の骨格に沿って合理的に配分することは重力に抗しながら動く我々には必須の事です。背骨を圧迫しない、異常な屈曲をさせないことは、内臓諸器官の活動を阻害しないためにも大切なことです。

この姿勢は、子供の頃から家庭の躾が大事ですし、学校での授業中の姿勢にたいする注意喚起と、体育の教育の一環として重要な位置づけが必要だと思います。

授業を受けさせるので精一杯、体育の時間に出席させるので精一杯という、教育現場の声を聞くと絶望的になります。

家庭では、どんな姿勢であれ、机にへばりついていてくれれば良いのだし、「姿勢よりいい成績」をという親が圧倒的に多いようです。
子供を厳しく躾けるなんてとんでもない。そんなことをすれば、どんな恐ろしい結果になるか考えただけでも身がすくむ。子供に怯えている親が多いと聞きますが、不可解な時代になりました。

勉強してさえくれれば、女の子は家事ができなくてもいいし、男の子はひ弱でもいいのです。これでは、姿勢すら保てない虚弱児になってしまうのは仕方がありませんね。いつか、包丁で果物の皮が剥けない東大出の女子アナをNHKでみて、仰け反った事があります。ゲストの女性タレントが手助けをしていました。よく出るアナウンサーですが、バカに見えて仕方がありません。

車はもとより、パソコン、携帯、スマホと、これからますます人の姿勢を悪化させる便利ツールが、人を惑わせ、人を虚弱にして行きます。

医療関係者が益々必要とされ、医療費は天井知らずに膨らんでしまいます。医者はますます不足になり、医療トラブルは増加します。

考えてもみてください。このままの勢いで行けば、世の中に、医者とマッサージ師と弁護士が溢れます。こんなに増えていったいどうするのでしょうか。医療と訴訟に明け暮れる日本は異常事態になります。いまや、”がんの患者さん”より、”がんで食っている医者”の方が多いという尋常ならざる事態も到来しています。
元来、少なければ少ないほどいいのが、医者と弁護士なのです。

国の姿勢も良くないのでしょうね!!

姿勢の話が、あらぬ方向に飛び火してしまいました。
今日は、あくまでも身体の姿勢の話ということでご理解ください。

.04 2013 未分類 comment0 trackback0

牛乳嫌い

私は人工栄養で育ちました。母の諸般の都合ですが、多分、母の弟子か女中(今はお手伝いさんでしたね)の手でミルクを飲まされたのだと思います。母の愛と女心に鈍感な男の子は、こうして育てられるのだと思います。昭和17年2月生まれですから、大東亜戦争の真っ只中に哺乳瓶に吸い付いて生活していたことになります。乳離れをしたのがいつのことか自分では知りません。

物心ついてからは牛乳を飲んだ記憶があまりありません。飽き飽きしたんでしょうね。ただし、学校給食では脱脂粉乳を飲まされた記憶はあります。ひどい味でしたから、いつも残していました。すると、教師が飛んできてひどく叱責するものですから一気飲みで飲み干す。だからますます嫌いになりました。頭が良くなる飲み物だと言い含められたのは、アメリカが占領国民に「牛乳神話」を洗脳していたのだと思います。そうすると、このようなことを、神託を告げるように大真面目で押し付ける日本人が出てくるのですね。

次のような説があります。(FIT FOR LIFE ハーヴィー・ダイアモンド & マリリン・ダイアモンドより引用)
牛乳の化学成分は人間のそれと違う。牛乳を分解すのに必要なのは、レニンとラクターゼという消化酵素だが、たいていの人は三歳までに、それらの殆どを消失してしまう。

日本人を含めアジア人の約八割以上が「乳糖不耐症」で、牛乳に含まれる乳糖を分解する酵素を持っていない。牛乳を飲むとお腹が張ったり、ゴロゴロ鳴ったり、下痢をしたりするのはそのせいである。

牛乳を飲んでもカルシウムの補給にはならない。そもそも牛乳のカルシウムは、人間の母乳に含まれるカルシウムより質が悪く、カゼインというタンパクと質結びついていて、カルシウムが人間に吸収されるのを妨げている。

カゼインというのは、複合たんぱく質の一種で、1リットル当たりの含有量は、人間の母乳の三倍にも達する。これは、牛という動物の巨大な骨を発育させるためのものである。

カゼインは胃の中で凝固し、べとついてドロドロした凝乳というものにかわる。凝乳はカードとも呼ばれ、結構大きなもので、消化するのが実に大変な物質である。胃が四つもある牛の消化器官には受け入れられるものであるが、人間の消化組織にはいると,この濃厚で粘着性に富んだ塊は、体にとって恐ろしいほどの負担となる。

困ったことに、このべとついた物質の一部は、硬くなって腸の内壁にへばりつき、栄養分が体内に吸収されるのを妨げてしまう。さらに、牛乳の消化によって生まれる副産物が、体内に非常に多くの有毒粘液を残す。この粘液は、超酸性物質で、体がそれを処理できる時が来るまで、その一部は体内に蓄積されたままとなる。
このカゼインという物質は、木工細工用の最も強力な成分の一つとして使われているものでもある。

「この地球上に、決して乳離れをしない唯一の哺乳動物が存在している。その動物とは、人間である」とも言われています
あまりにも政治的な飲み物「牛乳」については、一考して見るのもいいかもしれません。
(以上、引用終わり

目の前でゴクゴクと牛乳を飲まれると、心がざわつき、落ち着きをなくす私は、牛乳を身体が拒否しているのでしょう。
でも、プラシーボ効果ということもあります。身体に良いと信じて飲み続けている人には、それなりのプラスの効果があるのかもしれません。

日本の、健康学(?)の大家の中にも多くの方が牛乳を健康飲料としてすめています。特に、カルシウム摂取では推奨者の方が多いのではないでしょうか。しかし、牛乳を飲み続けながら骨粗鬆症になってしまう人も大勢います。

個人差ー信じる心とか、個体差ー消化能力の違いなど、いろんなファクターが介在する分野ですから、諸説が入り乱れます。効き目も個体差で片づけられますからね!
肝要なことは、何事も、信じ過ぎないことと、牛乳なら飲みすぎないこと、一つの説に偏らないことだと思います。


.03 2013 未分類 comment0 trackback0

郷ひろみさんのこと

 昨夜のTVで「郷ひろみはなぜ若いか」という特集を放映していました。血管年齢が若い、その他の代謝機能年齢が若いということでした。確かに、間もなく還暦を迎える人とは思えない驚異的なデータでした。

このタレントさんには、個人的な波乱が多く、過去の週刊誌で盛んに批判されている記事を読んだことがあります。その中で、記憶にあるのが「異常に強いナルシストの傾向」が書きたてられていました。

彼の歌など今迄に聞いたことがありませんし、タレントとしても興味がありませんでしたが、昨夜以来、彼のことを見直しました。

私も開業医として、わが身がすべてで、わが身が資本であり、わが身が売り物であることを痛いほど感じて生きてきました。何をしていても、怪我をしてはいけない、病気で寝込んではいけないというプッレシャーを常に受けていました。

登山、スキーなど、医療者でも積極的に取り組んでおられる方も多いようですが、私は事故、怪我を避けるために愉しむのを控えてきましたし、夜などの付き合いの時も、明日の仕事のことが念頭を離れず、時としては相手の方に失礼な仕儀に及んだこともありました。

患者さんの前には、いつもはつらつとした元気いっぱいの姿でいなくてはならないと、当然のことを当然に思って生きてきました。

郷さんを支援し、郷さんに癒されるファンがたくさんおられるようです。その人たちに、いつも若々しく魅力的な「郷ひろみ」を見てもらうことが自分の務めで、義務だと心に決めて、身体の管理、容姿の管理に励む彼の姿に、共感し大いに彼を見直した次第です。

人は誰でも自分が商品です。それを社会は買ってくれているのです。ならば、その商品の品質を保ち、改良をしていくのは誰かと言えば、自分なのです。

「学歴は好きだが、勉強は嫌いな日本人」ということを聞いたことがあります。勉強は社会に出てから横一線です。遅咲きの人にはチャンスがいっぱいです。

健康管理の叡智も勉強のうちです。
身体をベストに保ち、どのような要請にも十分に応じられるコンディションでいることは根本的に配慮すべきことでしょう。

彼の短いコメントの中に、抑制のきいた言葉ながら、身一つで生きる人のしっかりした人生設計と、生きる哲学のようなものが滲んでいました。彼の今後を注目したいと思います。

私のような老人も今からでも遅くはない。生きる意義と義務をあらためて熟考し、やるべきことを明らかにし、真摯に取り組まなくてはならないと、多くのことを教えられました。

ナルシスト大いに結構。自分のベストを目指し、自分を鍛え上げる姿を他人は冷笑するかもしれませんが、何も気にする必要はない。自分という商品をいつも最高の品質を保ち、さらに磨き上げていくことは間違ってはいません。

ナルシストになりすぎて「コケテしまわない」ように注意する必要はありますし、自分を磨く方向性に問題がある人もいます。そのような人は、方向性に一考を要するかとは思います。
.03 2013 未分類 comment0 trackback0

祈りとドーパミンとウォーキング

私は、恵比寿の仕事場に行くのに、山手線の代々木駅・原宿駅・渋谷駅を通過しますが 、現在は代々木駅から原宿駅、時間の余裕があれば代々木駅から渋谷駅間はいつも歩いています。特に、代々木駅から原宿駅は必ず歩くことにしています。

明治神宮の参道を歩き、参拝します。自宅近辺の散歩では、八幡神社と厳島神社に参拝し、境内でウオーキングを4000歩(400歩の境内の辺縁の歩道:一周400歩)ほどし て、さらにストレッチに30分ほどかけます。また、恵比寿駅に降りたら、真っ直ぐ仕事場にいかないで、恵比寿ガーデンのビール会社が招聘した恵比寿神社に参拝してから行きます。

日によっては、四つの神社に参拝していることになります。この話をすると皆さん等しくノーコメントの体です。敬虔とは程遠い、俗の極みのような私が何故急にそんなに”神様にお祈り”をするようになったのか聞きたそうですが、皆さんはその話には触れようとしませんから、私も話しません。その方が好都合ですし、照れもありますから、黙っています。聞いてくれませんので、こうして書くことにしました。

神道は、開祖がいない、聖地がない、経典教義もない、そして、御利益もない、不思議な存在です。ですから、仏教が入ってきても何ら問題はなかったのでしょう。蘇我氏と物部氏の争いがありましたが、それは所詮権力闘争であって、民衆までもが立ち上がった宗教戦争とは違います。その後も、神仏は習合したり離れたりしながら、不思議な関係を保ちながら今日に至っています。実に日本的な融通無碍な存在ではありませんか!

では何故私が頻繁に神社に詣でるのかと申しますと、三つの理由があります。

一つは、空気が綺麗だからです。樹々の香りがし、草の香りがし、鳥の囀りが聞こえるからです。都会の中の”杜”を全身で感じることができるからです。排気ガスもから隔絶された自然環境を堪能できるからです。境内の歩行中、安心して呼吸ができます。車や自転車との駆け引きもなくストレスがありません。明治神宮は最高です!

二つ目は、神社巡りはウオーキングの歩数を確保できるからです。神社から神社へと回遊する事で、一日の基本的歩数の一万歩を確保出来ます。パチンコ屋からパチンコ屋でもいいし、コンビニからコンビニでもいいのですが、私は神社から神社という行程をとっています。

三つ目は、”祈りの科学”という本に出会ったからです。良い祈りは、心に安寧をもたらし、脳内に快感物質(ドーパミン、ベーターエンドルフィン、オキシトシンなど)を分泌させるそうです。誰かに対して、怒りや妬み嫉み、呪いの気持ちを念じて祈ると、逆に脳に悪い物質(コルチゾール:脳内で過剰になると海馬という記憶回路を委縮させる)を分泌させます。これは、科学的に証明されていることなのです。なんだか、ポジティブシンキングの勧めみたいですね。

さて、祈り方ですが、家族親族一統は勿論ですが、嫌な奴や厄をなすような奴をも含めて友人知人のこと、私の場合は、患者さん方や近隣の方のことも祈ります。皆々様がたの”健康と幸せ”は勿論、世界平和と日本の平和と人類社会の発展も祈ります。どうせ、ご利益はないのですから、欲張って大規模に大袈裟にお祈りをします。お賽銭もささやかで良いのです。気持ちが大事ですよ。

そうすると、”笑いの効用”にも似た、免疫力のアップが得られます。ですから、祈る時は真摯に真面目に祈らなくてはいけません。そうすればするほど、脳内はハッピーになり、健康にも予想外の効果があるというわけです。本人は至って真面目なのです!

神社は、どんな”命(ミコト)”であれ、どんな”大御神”であれ、左遷されて恨みたっぷりの昔の”貴族”であれ、負け戦の弱々しい”大将”であれ、歴代の”天皇”でもいいのです。そんなことに一々屁理屈は不要です。

祈ったあとは、なぜか気分が爽快になり、「いいことをしたな~」という気分になります。素直にこういう気分になることが大事です。せっかくお祈りをしたのに余計な知的見栄を張らないことです。

このようなわけで、今日も、神社巡りをしてウオーキングの実績をあげ、清新な空気を吸い、大規模なお祈りをして自己満足をする。そして、健康になっているということを確信して感謝する。な~んにもゴチャゴチャ言うことはないのです。

追記
 祈りの対象は、皆さんが祈りたい対象でよいのです。神仏を問わず、自らが信ずる対象に祈ってよいのです。天空に向かっても、太陽に向かってもよいのです。私は、ウオーキングを兼ねて、神社を巡っているのです。
.01 2013 未分類 comment0 trackback0

 私とパソコン:不健康生活のひとつ

私が所属していたクラブには、IT関連のニュービジネスのフロンティアーがたくさんいました。有名どころでは、孫さん、西さん、椎名さん(IBNの椎名さんではない)などをはじめ、IT時代を先取りした優秀な若者と、先取りしていると錯覚している人たちが集結しているクラブでした。当時、その人たちを含め、大企業の経営者150名が集まるゴルフコンペの幹事をやっていました。そのおかげで、時代の走りのコンピューターを戴いたりしていました。

重くて大きいサイズのものでした。自宅には何台もの機種が積み上げられていました。当時の機種は、何だか面倒臭くて使いこなすというのとは程遠いいものでしたので私にはほとんど宝の持ち腐れでした。

そんな私でも、1995年に”Windows95”の出現は衝撃的でした。秋葉原が革命前夜のような大騒ぎでしたので、数ヶ月遅れで入手しました。

ゲートウエイ社のノートパソコンを当時の最高のスペックで購入しました。早くから触れていたわりにはリテラシーで劣等生だった私は、その時点から猛烈に勉強を始めました。

使い始めて一週間目に、目が真っ赤に充血しました。見えないわけではないので仕事に支障はありませんが、患者さんが不安げに私の目を覗きこんでいたものです。回復に10日間程要しました。仕事でもないのに4~5キロのPCを持って、自宅と職場を往復した頃を懐かしく思い出します。妙に嬉しくて、童子に戻ったような心境でした。

ノートは最初だけでしたが、このパソコンを練習台にしてとことん使い倒しました。師匠は秋葉原の店員さんたちでしたが、みなさん本当に親切に教えてくれました。

ソフトとソフトの相性が悪かったり、私の誤動作や、はやる気持ちが原因の誤指示などが重なり、デフォルト、リセットの連発でした。その度に、再インストールを要求され徹夜が続く有様でした。家族からは、深夜ゴソゴソ動き回るので非難されたものです。

やがて、仕事場と自宅にデスクトップを揃えて、やっと落ち着いたPCライフが始まりました。年々、OSもソフトも進化してくれましたので助かりました。私の老化と逆行してパソコンはますます進化してくれるのですから。ということは、老人の私には使いやすくなってはいるのですが、私とパソコンの関係には進化はないということです。

フランスの老化研究所での調査によれば、人間は脳の新皮質の20%しか使っていないというデータがあります。だから、残りの80%を活性させれば人間の能力は飛躍的に高まるというようにはなりません。

私のパソコンはその能力のほんの数パーセントしか使われていないと思います。ところが、脳との違いは、残りの機能が年々消滅していくということはありません。脳は、使われないニューロンは年々消滅するのに比べてパソコンは無機質な電脳だからですね。

私が使っていない電脳の機能はかなり増加しているのに、私は相変わらずの機能しか使っていませんので、おそらく1~2%位かもしれません。パソコンの機能の向上は、私の老化を補ってくれているものと思われます。目下Windows8 を使っていますが、インターネット以外は、昔のWindows95で十分なのではないかという使用レベルです。

他に、iPadとiPhoneを所有し、いっぱしの電脳爺~を気取っていますが、どちらもその機能のほんの一部しか使えません。私の、ITリテラシーも正直に暴露するとそんなものなのです。その上、目の障害や運動不足をもたらすことや、電磁波のことを憂慮していますので、必要位最小限の使用に止めたいので、これ以上の使い手にはなれません。

これからも、OSの進化は追い求めますが、これとて自分の老化の穴埋めですね。目がきくかぎり、指が動く限りやめる気はありません。この、便利さは捨て難いのです。でも、PCの機能からいえば、ベンツに乗って銭湯に行くレベルだと思います。

ただし、’漢字が書けない’愚かな老人になってしまいました。
iPhoneに入れた電子辞書を駆使しながら文章を作らざるを得ない、情けない事態になってしまったことが悔やまれます。

食品も、嗜好品も同じですが、いい面と悪い面とが裏腹ですね。適度ということが肝要ですが、この適度というのがよく分からないのです。専門家の言う適度とバランスよくという話ほどあいまいなものはありません。定説のない話と、個人差、個体差に依存する非科学的な話は、言った者が勝ちといういい加減な言説がまかり通っているようですね。
体が発する悲鳴にいち早く感じることが必要ですが、このあたりも鈍くなってきています。
精々、五感を研ぎ澄ます訓練をするほかはありません。
.01 2013 未分類 comment0 trackback0
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プロフィール

Author:須藤文弘




歯科医師(1942年2月生まれ)
医事評論家
歯科医療コンサルタント
NPO法人日本歯科保健機構 理事長
東京医科歯科大学 昭和43年卒

 

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