原発事故とジャンボ機墜落事故

 日本特有の内部抗争が公益に重大な害を及ぼし得るということは、520名の死者を出した1985年8月の日航機墜落事故の直後の動きによって示された。諸官庁が一致団結して関係者一同のために悲劇を最小限にとどめるどころか、惨事は相互の敵意を強めてしまった。

まず、省庁間の管轄が混乱して救援活動に大幅な遅れが生じた。その間におそらく多くの人命が失われたであろう。最初の自衛隊の救援隊が山腹の墜落現場に向かうまでに、14時間もかかった。四人の生存者の報告によると、墜落直後、生存していた乗客がもっといたし、聞こえていた子供たちの声が時間が経つにつれてしだいに消えていったという。

航空自衛隊はレーダーから日航機の機影が消えたのを知り、調査に出された2機のファントム戦闘機は4分以内に現場の位置を突き止めた。だが、後続行動を起こさず、そのまま基地に帰還した。一番に責任のある官庁である運輸省航空局が捜査開始を自衛隊に要請したのがその2時間半後である。

ヘリコプターを持つ墜落緊急救援隊は存在するのに、出動は要請されなかった。墜落現場を管轄する群馬県警にはヘリコプターはなかった。

二つの米空軍基地が困難な山中での捜索に、機材とベテラン隊員を提供すると援助を申し出たが、どの官庁からも反応がなくこれらの専門家は約13時間近く待機するだけで活用されることがなかった。

一方、現場がすでに判明しているのに、派遣された陸上自衛隊の第一陣は間違って別の山に行ってしまった。事故から10時間後、自衛隊の救援隊のヘリコプターがジェット機の残骸を発見したが、救援行動に取り掛からなかった。行動命令は別の部隊に出されていたかだ。運輸省の指示により派遣された自衛隊員が現場にたどりつく数時間前に、地元の村人たちはすでに到着していた。

被害を大きくした遅滞や、省庁間における効果的なコミュニケーションの明らかな欠如の問題は、事故の後、日本航空に向けられた非難の波にもまれて沈んでしまった。

こうなってしまったのは、主に前からあった運輸省と半官半民の日本航空の争いのためであった。時の運輸大臣・山下徳夫は新聞のインタビューで、「技術的なことは解らないが日航が悪いのにきまっている」と述べた。その結果、日本のメディアは日航を大悪党とする大掛かりなキャンペーンを展開することになった。一日として、日航の悪口が新聞に載らない日はなかった。

国際定期航空操縦士協会連合会が、関係者一同に、航空機墜落事故の捜査は責任転嫁のためにあるのではなく、主として同様の事故が防げるように原因を究明するためである、と声明文を発表したのも当然である。

当連合会は、混乱を招くような矛盾した情報を報道機関に漏らすのをやめるよう当局に要請し、捜査陣に航空機製造会社と米国の国家運輸安全委員会の専門家を含めるように嘆願した。その時点ですでに同委員会の専門家は東京で2週間待機しており、その間一度だけ儀礼的に現場に案内されただけであった。

一見不可解な自衛隊と運輸省の行為も、中心的な指導者が存在しないという事から考えれば明瞭になる。自衛隊員は、戦前の軍人との比較をシャットアウトすべく、あくまでも“文官支配”の原則に固執する。機能する中央軍事当局が存在しないのだ。かといって、緊急時に指令を出し調整できる文官の機関もない。

もっとも責任のある省の官僚は、日航機墜落事故を能率的に処理できるだけの準備を欠いていた。さらに肝腎な問題は、大臣も運輸官僚もみずからを民間航空機に従業員を含む一般国民の期待に応えられる、責任のある政府の代表とみなしていなかったことだ。

彼らは、墜落事故を含むいかなる状況下でも、自己保身に長けているだけの党派的な集団のメンバーだった。当時の、中曽根首相はたまたま休暇で、墜落現場までヘリで20分のところにいた。彼は、決断力のある政治家として知られていたが、あえて現場に出向き近親者を慰めたり救助隊員を励ましたりはしなかった。政府が事件の象徴的な責任をとったという、彼らにとって好ましくない印象を持たれることを避けたというわけだ。(以上、カレル・ヴァン・ウォルフレン著 日本/権力構造の謎より転載)

福島原発事故にあたり初動に問題ありとされた。当該官庁である経産省、その管轄である原子力安全院、原始力安全委員会なども動転して大混乱であった。何よりも、当事者である東京電力が何をなすべきかが解っていなかったのではないかとすら国民には認識された。

「電力国家なり」と、満身の極致にあった東電は、安全神話の第一の信者であり、政界・財界・官界・報道界はもとより原子力関連学会に至るまで「金縛り」状態にして君臨していた。

経産省に対してすら手を突っ込み支配していた一面がある以上、官僚も「東電がなんとかするだろう」「東電は何と言っている?」と、自らの役割すら忘却の彼方であったろう。予想しないではないが、まさか現実に起きるとは思ってもいなかった事態に直面した経産省始め、政府サイドは省益の確保と担当者個人の保身が先になってしまった。

原発の事故対応に関して緊急の対策を講じていなかったはずはないし、多額の血税で構築したシステムと要員を血税で養っていたはずである。一方、事故現場で作業させるロボット等は途中で「安全なのだから不要である」と、研究開発を中断させていたという。

総理並びに官邸から適切な指示が出ないからという理由で、官僚が仕事をしなかったとは思えない。しなかったのではなく、狼狽え慌てたことは確かだが、省の中でも司令系統がはっきりしていなかった。都合によっては「法」をいか様にも弄ぶ官僚も、このような場合は「法に従う」という保身本能が最初に作動したのであろう。

総理と官邸、日本の頭脳たちはもとより緊急時に備えていつでも対応できる心構えも覚悟もない。まさに、素人衆の集まりである。所轄官庁が動くだろう。自衛隊も動くだろう。警察機構もフル操業するだろう。それに、何よりも当事者の「東電」が全力で対応しているだろう。その他、平素養っている諸団体・諸機関が動くだろう。

政府に一本化した責任ある体制が存在していない、空白ゾーンがあることが今回も明らかになった。

東京電力と御用学者らが悪者になってしまい、国策として推進してきた政府の責任の所在が再び曖昧になろうとしている。これほど高度にして危険な科学技術を発電に利用し、産業の興隆と民青に役立てようとする「企て」に対して、政府が責任の所在を明確にできず、マスコミもその問題を避けているのは不可解である。

一点違いがある。原発事故では、菅総理がいち早く現地を視察した。中曽根総理(当時)は近くに居たにもかかわらず視察しなかった。国が責任を負う事を避けたがためといわれている。では、菅総理の視察は、国に責任があることを明確に示したのであろうか。

違法献金問題で退陣の危機にあった総理が原発事故を延命の好機と捉え、働く総理の姿を国民にアピールするための愚挙であったのか。または、国が責任を持つべく重大な事故が発生し、爾後の適切な指示のために現場を視ておきたいと思ったのか判別は総理の頭の中にしかない。

その、総理の視察が現場の初動の遅滞につながったと強い批判を受けた。しかし、緊急の事態が発生中の現場で「閣下の御視察だから全員作業を中断して行儀よくお迎えするべし」などとバカな指示が出されるだろうか。「俺たちはやるべきことをやる。邪魔をするな」という意気込みで必死の作業に取り組んでいたはずだ。総理も当然、視察できる範囲にとどめたはずだ。

ブッシュもオバマ大統領も災害地にはすぐさま飛んで行き、関係者を励まし、実情を把握するという事をやっている。

もし、菅総理の現地視察が初動の障害になったとするならば、現地の対応が全く馬鹿げていたという事である。形式主義というか権威に不当に阿るというか、一人このような馬鹿な奴がいると全員横並びになってしまう体質の方に問題がある。

省庁の、縦割り責任なすり合い体質、横並び一線保身術、省益優先官僚利権保全術。この国には緊急事態に対応する能力はないのではないか。

北朝鮮のミサイルが発射されたことがあった。精度にも不安があり、しかも実験発射である。日本海と太平洋に着水して大過なく終わったからよいようなものの、最悪の場合は東北の原発に命中という危機を大いにはらんでいた。このような事態がもし発生していたらと想像すると今回の事故に劣らず、重大な事態と混乱が起きていたであろう。

平和と安全下での、「菅辞めろ」などという政局と「官僚利権」の追求。
政治家を含めて政府官僚は一度はっきりと目を覚まさなければならない。この国に、何が欠けていて、何が必要なのか、その地位と立場を賭けて深慮して欲しい。

民主党は政治の素人集団。自民党は、日に日に知性と品格を無くしている。国際的信用はさらに下落の一途。政治は国民にとって重要である。その国民の代表である国会議員は襟を正し、官僚はその重い役割を自覚して国政に身を呈してほしい。

日本は、この原発事故を境に新しい時代に入ろうとしている。その足を、国会議員や官僚が引っ張ってはならない。政局より政治そのもの。官僚利権より国益。国民の喜ぶ顔を見たくないのか。国民の信頼を一身に浴びたくないのか。

マスコミは妙なバイアスをかけた報道をすることで忸怩たる思いはないのか。その重大な使命を放棄しているのではないのか。この国は今重大な局面にある。ゆめゆめ、国の将来に禍根を残さぬような報道を切望する。


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.29 2011 未分類 comment0 trackback0

能面クラツーラ

 民主党にはほとほと愛想が尽きた。この民主党の悲喜劇に直面して、渡部恒三、藤井裕久、石井一氏ら、民主党長老であったり、最高顧問であったりの方々は一体何をしているのか。ただの「役立たず後期高齢者」にしかすぎないではないか。

渡部氏については、ただ歳をとっただけの老害議員であり、利権を追いかけていただけの愚昧な人物であり、石井氏に至っては、かつて自民党の選挙カーに立つ姿は用心棒かと思っていたくらいだから、いまだに議員であることが不思議で仕方がない人物である。この二人には端から何の期待もしていないし、むしろ民主党の品位を貶めるだけの存在であると思っていた。

藤井氏は民主党政権発足時の財務大臣として大いに期待した。大蔵省出身の過去官僚としての限界はあるとはいえ、自民党を離党し、小沢氏の側近中の側近として小沢氏を支えていた頃の姿に、多少の軽さは否めないが、この人物の器の大きさと懐の深さを感じていた。

「財源はあります」「財務省を叩けばいくらでも出てきます」「子供手当をはじめ、民主党のマニフェストを実現するについては財源問題はありません。大丈夫です」と、TV・新聞で自信たっぷりに見栄を切っていた。にも拘らず、最初に転んでしまった。それは見事な転身振りであった。重傷筋無力症と骨粗鬆症にアル中という三重苦なのであろうか。

筆者はこの時点で、民主党は未熟な政治屋の集団であり、一国の政治を担当する能力はないと断じていた。政権をとってみたい「夢見る政治家集団」であった。

小沢氏が宰相になり、いわゆる剛腕を振るっても、手勢が次々に白旗を掲げ、いつの間にか裸の王様になってしまったであろう、鳩山氏と菅氏と同じ軌跡をたどったであろうことは想像に難くない。

ウォルフレン氏は「日本/権力構造の謎」で、日本の摩訶不思議な権力構造を「システム」と表現しているが、このシステムに挑み、国民の代表である国会議員に日本の政治の実権を取り戻し、日本の民主主義政治を現実のものにする政治主導に少なからず期待した。

時間もかかるし、相当に血も流れることは覚悟しなければならいと感じていたが、その壮烈なドラマも、開幕初日にコケてしまった。

政権を担当する気はなく、野党としての役割を演じて来ていただけの社会党系の国会議員にその能力は元々無く、無理無理挙げてみても小沢氏・鳩山氏・菅氏、いわゆるトロイカの面々にしか期待はできなかった。

あろうことか、この三人が政権を奪取した途端に舞い上がってしまい分裂してしまった。ただ一人本格的政治手腕が期待された小沢氏は開幕と同時に退場させられた。

この小沢氏の政治手法にしても、田中角栄氏以来のもので、日本のシステムからみれば手の内は100%明らかであり、側近手勢を籠絡すれば二進も三進も行かなくなることは想定内のことであった。

自民党はシステムの傀儡であり、社会党はその他大勢の通行人。その他の政党は生かさず殺さずに温存して、民主政治の狂言回しとして利用する。国民に一幕の芝居を見せ続けてくれればいいだけの存在にしか過ぎない。

この国の政治を思い切って世代交代させてみることも多くの意見としてあるようだが、それも期待薄である。

戦前戦後の激変という修羅場をくぐった現在の高齢者たちと比較して、豊かな時代に育ち、完全に管理された時代を安全に生きて来た若い世代に期待できることは少ない。

完全な無菌状態の中で、安全が保障された中で「暗記」という作業に没頭してきた現代の秀才たちの表情は、いずれも、能面のような、ロボットのような状態である。感情があるのか、暖かい血が通っているのかさえ疑わしいような生き物になってしまっている。

このような若い世代の一部がシステムを構成し、一部が政界・財界を構成する。また、その一部がマスコミの要員となり、その他の一部が学者識者となる。皆、同じタイプの人間たちがこの日本を構成するということになる。

「宵待ち草」ならぬ「指示待ち草」が茫々の日本になる。この日本に指示する勢力があるとすれば、ますます「遣り易い」状況が待っている事になる。

国民の覚醒しか期待すべきものはない。しかし、この国民も極めておとなしい。大人になり切れず幼児のままである。「お上」の指示待ち、「お上」には逆らわない、「お上」の覚えめでたき挙措を第一に心がける。

菅総理の人物像も、能力も、思想信条も、これからの若い世代の「魁」であろう。つまり、このような日本国政治の惨状は、しばらく続くという事であろう。
.28 2011 未分類 comment0 trackback0

菅さん わかって下さいよ

 政治評論家も政局評論家も言葉が無くなったようだ。マスコミ各紙も概ね「菅退陣」の論調になって、横一線、我が国のマスコミらしくなってきた。しかし、ここでも、菅退陣を論ずる言葉が無くなって来ている。

菅直人総理では何故いけないのか。菅総理が自分は総理として適格ではないと自覚しないのは何故なのか。過日、民放局の朝のワイドショウで、司会者から、「ところで、菅さんが総理じゃいけない理由は何ですか?」と真正面から質問された有名な政治評論家と称する政局評論家が一瞬立ち往生していた。

ペテン師、リーダーシップに欠ける、総理大臣の地位に執着するだけの人物、というのが彼の口をついて出た答だった。これでは、政治評論家の答になっていない。

政治家は大なり小なりペテン師ばかりであるし、リーダーシップがないのはここ20年ほどの総理大臣には共通した資質である。一人、小泉元総理が例外としてあげられるが、これも怪しいものである。財務省主導の日本の政治家には、宰相としてのリーダーシップは必要がなかった。ムラという派閥のリーダーであればよかった。

小泉さんの場合は、「呼吸法」が違っていた。彼の芝居がかった矢継ぎ早な手法に、従来の総理とは違った、落ち着きのなさというか、せっかちなペースに日本中が巻き込まれてしまった。いわば、小泉マジックに引っかかったような異常な状態であった。

ワンフレーズのマジックであり、小泉流の「人を食ったような軽妙な語りと演技」に、あれよあれよという間に押し流されてしまったようだ。

一方で、小泉さんは、米国と財務省の敷いた路線は着実に守っていたにもかかわらず、国民は従来型の煮え切らない、腹の中にはたいしたものはないのに、如何にもあるかのごとく互いに腹を探り合う「勧進帳型」の悠長な総理とは明らかに異質な性格に惑わされたような状態だった。そこに魅力さえ感じていた。

リーダーシップの欠如を、牛のような鈍い永田町の議員と国民に考察の時間を与えずに早急なピッチで事を進めることによってカバーしていた。

それが故に、熟成させる時間が得られなかった小泉政治は行き詰まりを見せ、志半ばで立ち往生の様相を呈した。

穏やかな、忍耐強い、ゆっくり思考する人の群れにいきなり乱入し、荒い呼吸法で群れの人間を酸欠状態に追い込み、一気苛性に自分のペースに引き込んだ。小泉氏が乱気流を巻き起こしたその間隙を縫って、竹中平蔵氏が走り回り幾つかの成果(?)をあげた。この二人のコンビは絶妙であったと言える。「お囃子型政治」とでも言おうか。

小泉氏は宣言通り自民党を「ぶっ壊し」は出来なかったが勢いを殺ぎ、派閥と個人の怨念を晴らした。竹中氏は自らの政治的成果を「人材派遣業界大手の会長」に収まることによって、その果実をいまだに味わっている。この品格のなさと、スケールの矮小さを天下に晒して恬として恥じない。

小泉三代目を襲名させた小泉氏も、利権をあからさまに我がものとした竹中氏も、共に一国の真のリーダーではなかった。所詮、米国と財務省のパシリ以外のものではなかった。

菅総理は就任当初から、総理の器ではないと言い続けて来た。

しかも、今回のような「原発」の事故を伴う大震災の復旧復興と、我が国のエネルギー施策を担当するという事になると、「高度の知性」と「深遠なる哲学」が要求される。国内的にも、国際的にも、日本国の宰相の「知性と哲学」がいかほどのものであるかを、多くの人が注目している。

残念ながら、平時の宰相も務まらないような人物には到底求めうる次元のものではない。その事を本人に認識させなければ、本人は「なんで俺ではいけないのか」解らないのであろう。「過去の総理たちとどれほどの違いがあるというのだ」と思っているはずだ。それほど、ひどい政治が続いていたという事である。

リクルート事件のどさくさで3%の消費税が決まったように、この総理のドタバタ劇と「大震災」が未曽有のチャンスとばかりに、増税がいつの間にか決まってしまうようであってはならない。菅さんはその狂言回しに使われているだけだ。

日本には、政治の責任を持つ中枢がないとは定説である。いま、このことの持つ意味の重さを痛感する。中枢がない。誰も責任をとらない。不思議な国だ。

菅総理が居座れば居座る程、官僚の高笑いが響く。それが響けば響く程、日本沈没の度が深刻さを増すことを国民が憂いている事を知ってほしい。「菅さん、解って下さいよ」と頼むしかない。
.24 2011 未分類 comment0 trackback0

池袋と青江三奈

5月の五月晴れのある日のヒル、生まれて初めて池袋で寛ぐことが出来た。
さて、池袋というとあるエピソード記憶が必ずよみがえる。ヒルではなく、「池袋の夜」であり、「青江三奈」であり、深夜便「ムーンライト」である。

日本航空では、6月22日夜から東京と福岡間にムーンライトの運航を開始した。深夜便は郵便貨物専用便として東京と大阪間で運航していたが、昭和30年代になってビジネス界からの需要に応えるかたちで運航された。

宣伝コピーを見ると、「・・・深夜まで東京で仕事をしても、目的地で充分な休養がとれ翌朝には爽快な気分で活動できます。時間や宿泊費が節約でき、1日をフルに活用できる。・・・」と、高度経済成長期ならではの恐ろしい内容だった。後に続く新幹線といい、日帰り出張というサラリーマンには過酷な時代の先駆けだった。

ちなみに、ムーンライト1便は、羽田0:30→大阪2:25→福岡4:50、2便は、羽田1:30→福岡5:10、そしてオーロラは、羽田1:45→札幌5:10となっている。今から比べると倍の時間だが、当時の国鉄での移動を考えるととても速い。料金は、羽田から大阪:4450円、福岡:8900円、札幌:9100円だった。

超満員の夜行急行で九州に帰省するときは、通路で寝たり、座席の下で寝たりしながらだった。貧乏学生にはこの費用すら大変だった。しだいに郷里が遠くなり、帰省もしなくなってしまった。そこでカネを貯めてムーンライトで帰省しようと思い立ち、なんとか実現の運びになった。

タクシーに乗れない身分で飛行機に乗ろうというのだから、早い時間に電車で羽田につき、待つこと三時間。やっと機内に案内されて座席についた。隣席には既に人がいて、早くも頭から毛布をかけて寝込んでいた。かなりのスキルの持ち主であった。

プロペラ機YS11は胴体がよく震えた。初めての飛行体験であり、機体の揺れが不安で一睡もできなかった。隣の女性と思しき客は、ピクリともせず熟睡していた。気絶しているのかとすら思ったものだ。

やがて福岡空港に近付き、スチュワーデス(当時はこういった。まがうことなき良家のお嬢さんの仕事であった。その代わり、後年のアテンダント程のセンスある麗人ではなかった)に促され、着陸の姿勢とやらをとらされた。

やっと、隣の客が目を覚まし、毛布が外された。「おはようございます」と挨拶(しなくてもいいものを、なにしろ田舎者だから!)をしようと顔を見た途端、筆者の心臓が急速にふくれ上がり、文字どおり早鐘の如くになってしまった。

なんと、その人は今をときめく(当時)人気歌手「青江三奈」その人だったからである。
話しかけたい、心臓は早鐘を打っている、飛行機は着陸態勢に入り機体は前傾している、無事に着陸してくれと神にも祈らなければならない、額には汗が浮かび、手に汗握る初体験の飛行機。

隣人にも多少の緊張感があるのが感じられる。いくらなんでも話しかけている場合ではないという理性も働く。しかし、この機会を逃したくない。一人で大混乱しているうちになんとか飛行機は無事に着地した。彼女は筆者の気持ちなんか斟酌する人ではない。さっさと降りて空港に向かった。

空港では二人の男が飛び出て来て、彼女を両脇から抱えるようにして迎えの車の方に向かっていった。脆い器械を壊さないようにといった様子だった。

一人取り残された気分になった。時間は朝の5時頃である。これから、バスの始発まで空港ロビーで待たなければならない。彼我の差の大きさを味わったものである。

「恍惚のブルース1966年」でデヴューし、「伊勢佐木町ブルース1968年」とヒットをとばし、「長崎ブルース」「札幌ブルース」「新宿サタデーナイト」と人気歌手の座を不動のものとした。そして「池袋の夜」の大ヒットと続いた。「ヨル~の池~袋」というあれである。

独特のハスキーボイスで森進一とならび「溜息路線」といわれた。彼女と筆者は同年齢であるが、大人の女の妖艶な魅力を湛えた歌手であった。TV時代の初期でもあり、雲の上の存在であったが、機内で垣間見た彼女は普通の女性 であり、格別の美人でもない。

やはり、歌手は、ステージで笑みを振りまき、身をくねらせてナンボの人であることを認識させてくれたことは有難い。なにしろ、付け睫毛の片方が外れかけ、寝不足でむくんだ顔を見せてくれたのであり、小さいながらも「いびき」さえ聞かせてくれたのだから。

その彼女も早逝した。膵臓癌であった。当然である。日本中を歌ってまわらされ、崩れそうな身体を両脇から支えられて次のステージに搬送される。ひと時の光り輝く姿を聴衆に見せた後は、再び疲れ果てた身体を支えられて搬送される。魅力的な歌姫も金儲けの道具にしか過ぎなかったのだから。享年59歳であった。あらためて、冥福を祈る。
.21 2011 未分類 comment0 trackback0

池袋で寛ぐ

池袋というのは筆者にとって縁の薄い盛り場であった。五月晴れのある平日、思わぬ自由な時間が取れたので、池袋のジュンク堂にでかけた。この本屋にだけは過去数度訪れたことがあるが、駅からジュンク堂に行きすぐに電車に乗って引き上げるというポイント狙いだったので、池袋で、ヒルであれヨルであれ、数時間を過ごしたという事がない。

この日は、はじめて池袋を愉しんでみたいと最初からその気で出掛けた。まず、ジュンク堂にいき目的の本を求め、膨大な書架を渉猟すること2時間。さすがに疲れを覚えたので、隣のビルの一階にあるスタバに飛び込んだ。

猫の額でも格別狭い軒下の2席がアウトカフェになっていた。幸い、空いていたので其処に陣取り、買ったばかりの本の前書き等をゆっくり読もうという算段だった。すぐ、目の前を道行く人が通り過ぎる。間合いが狭いので、ついそちらに目が移り、しばらくウオッチングすることにした。池袋も渋谷も道行く人に変わりがなく、殆ど同じようなファッションである。

目を転じて、街を眺めてみると、有名家電量販店やサラ金の看板がひしめきあっている。何処の街も同じ光景を呈しているようだ。そのほか、有名ブランドショップが軒を連ね、その並びにラーメン街があり、特殊な風俗店が客を誘いこむといった様相も全く同じ。この、驚異的な猥雑さと喧噪が日本の繁華街の特徴であるのであろう。

街に個性が無くなった。街に平面として存在している各店舗が、デパートには立体的に存在し、変わり映えのしない商品を並べ千年一日の販売合戦をしている。その喧噪の中をケバケバしい化粧とファッションに身を包み花、魁の高下駄まがいの靴をはいた若い女性(時折何かの間違いのような中年女性!)が、晴れの舞台よろしく練り歩いている。

原宿の竹下通りでも、このような練り歩き花魁のような行列ばかりで、カネを使わないと商店主たちの嘆きを聞くが、ここでも同様のようである。

とにかく騒がしい。騒音に寛容でないと居たたまれない。このスタバでもそうだ。必要以上の大声で迎え入れられる。ゆっくりメニューを物色していると、店員がイライラしている様子が伝わってくる。

わざと焦らしてやった。「奴ラテ頂戴」 ? 「豆腐ラテ頂戴」? 「豆乳ラテ頂戴」のあたりでやっと通じた。「ソイラテですね」と念を押され、やっとありついた。

新宿には中央線文化人の香りが横溢し、渋谷には、東横線沿線住民の上品な雰囲気と横浜の国際的文化の香りがあり、池袋には埼玉人の大らかさが街中に充満していると聞いたことがある。

しかし、今の新宿はアジア系外国人の進出が著しく、西口の巨大なビル群が象徴となっているだけだし、渋谷は、センター街が近県の子女の憧れの舞台として有名である。それ以外では新宿と渋谷に大きな違いはない。

池袋には何か特徴があるのか見つけようとしたが、ただ大きな街があるだけでこれといったものは見当たらない。東口の西武と西口の東武に捻じれがあるのが面白い、ではつまらない。ジュンク堂やLibroといった大型本屋の存在が、池袋の知性を支えているようだ。

東京駅界隈は雑踏と珍しくもない店舗が溢れているだけだし、品川・大崎は少しの間滞在しているだけで疲れを感じる街である。日本人の身の丈をはるかに凌駕するビル群に圧倒される。早く抜け出したい街である。

結局、上野浅草界隈が最後に残された日本人がくつろげる街だと思う。上野の山という芸術のセンターがあり、大きな不忍の池と、日本古来の伝統的事物に事欠かない。上野・浅草界隈の佇まいが一番と感じるのは「歳のせいか」とは思うが、出掛けるにはいささか遠い。

渋谷・新宿・池袋の街に、上野・浅草のような、落ち着けるスポットを見つけるしかなかろう。ちゃらちゃらした落ち着かない街づくりをわざわざしたとは思はないが、どうしてこのように特徴のない薄っぺらな街が出来上がったのかが分からない。

恐らく、金儲けだけが優先し、街の景観とか居心地の良さなどというカネにならないことは無視されてきたからであろう。

不細工な景観と騒音。下品な看板と、なぜか「幟」が林立する街路。通路にまでせり出している商品群と食堂のサンプル陳列棚。

心休まる街を望む方が無理なのであって、そのような街中でとことん疲れ果ててこそ、ウサギ小屋のような我が家でも最高の寛ぎの場であると有難く感じるようにと、為政者の策略なのかもしれない。

ソイラテなる飲みモノのカップは既に中身はなく乾燥していた。長く居たようだ。
.20 2011 未分類 comment0 trackback0

真相と深層はわかり難い

 真相:[必ずしも明らかにされていない]事件の要因や経過などについての本当の姿。
深層:奥深いところにあって、容易には観察できない部分。(以上、新明解国語辞典)

ころころと総理が代わってはいけない。ころころと大臣が辞任してはいけない。国内政治が不安定なることはもちろん、国際的に信用が得られない。だから、「俺はこれくらいのことでは絶対に辞任はしない。一応の政治的実績を積んだ暁には当然辞任する。」

「政治資金問題で法廷が待っている小沢氏よりも、鳩山家の資産を食いつぶしているボンボンの鳩山氏よりも、俺の方が総理に相応しい。仙石だの岡田だの枝野だのはよりは自分の方が政治歴も長いし修羅場の数も比較にならない。」
「政権をとってみて初めて分かったことがいっぱいある。自民党政権は、旧大蔵省・現財務省の言いなりになっていたという事だ。」

つまり、官僚の支配下にはいっていたという事だ。それを上手に隠蔽し、さも政治をやっているかの如く演技をしていたという事である。政治的主張をかけた戦いの如く見せながら政局(利権争い)に明け暮れしていたにもかかわらず、いかにも日本の将来を賭けた政治的闘争の様相を装う技術に長けていた。

それではいけないという事で、民主党は政治主導という事を打ち出し、官僚を制御しようとした。しかし、猛反撃を受けて、政治が二進も三進も動かなくなった。ここで、政治的老獪さに差が出た。どうしていいか解らず右往左往している様を国民に晒してしまった。

政策通のベテラン政治家という存在がある。これは、官僚の提案する政策をすんなり受け入れる政治家のことであり、この評価は官僚がしたものである。国民はそんな事とは露知らず、有能な立派な政治家だと誤解していた。因みに、与謝野氏などは早くから政策通のベテラン政治家として高く評価されていた。だから、官僚の強い要請で増税のために民主党政権下に送り込まれた。政治的主張だの、政治家としての理想がある訳ではないから、財務省御用達の政治家としての立場に生きているだけである。

みんな承知のことであるから、一応騒いではみせたが、結局は民主党の閣僚として収まってしまい本人も恬として恥じないし、かつての自民党の仲間も容認している。

つまり、この程度の政治家ばかりなのだから、菅総理が「俺では総理が務まらない理由はない」と、その地位に留まっているのは当然と言えば当然なのである。

昔、浮気がばれて女房に厳しく叱られたけれど、下半身の不祥事はお互いさまで、これは決定打にはならない。カネの問題は看過されない。在日の人からの献金が問題になり危うく総理の座を失いかけたが、大震災がその問題を雲散霧消させてくれた。しかし、このような献金を取り沙汰するなら、殆どの議員が辞職しなければならないはずだ。

不適切な発言というのがある。中・韓の逆鱗に触れるような歴史認識の問題である。オフレコの記者懇でついウッカリ本音を漏らしたら、「ご注進!ご注進!」のシステムが働き、マスコミで一斉に叩かれる。何処の国のマスコミなのか皆目分からなくなってしまう実態ではないか。このようなマスコミがいかに騒ごうと何ら気にすることはない。政治的責任を負う事もない無責任なマスコミの誘導に惑わされる必要もない。

就任以来一生懸命にやって来た。思いつきと言われようが、場当たり的と言われようが、官僚が敷いている路線から外れているだけであり、政治主導というのはこのようなモノなのだ。初めてのことだから、官僚もマスコミも、ましてや長期政権化にあった自民党などの現野党の政治家たちには理解が出来ないだけなのである。慣れてないのである。

アメリカからの諸々の指令は官僚に下される。彼等政治家には、官僚によって編集された検閲済みの台本みたいなものが渡される。この台本どおりに政治を行うのが従来型の日本の政治なのである。経済政策などはかなり難解な数学が駆使されている。しかし、高橋洋一氏が暴露しているように、財務官僚は数学に弱い。法律には強いが(素人よりはと、高橋氏は言う)、足し算引き算しかできない財務官僚には理解不能な経済政策の指令がある。

ということは、官僚によって編集され検閲済みの台本には誤りが多くあるという事になる。この、台本をもとに「あーでもない、こーでもない」と政治をやっている振りをするのが日本の政治家の仕事なのだから、この不肖・菅直人に出来ないはずがない。

したがって、「私、菅直人が総理を辞職する理由がない!」

それでも辞職を迫るなら、「解散」あるのみ。
誰がやっても五十歩百歩なのがこの国の政治なのだから、「俺が任期いっぱい」やる。せめて日本の総理は、これからは一年周期で代わることはないということを世界に示し、この国の政治なら「俺でも十分務まる」ということを知らしめたい。「俺以外の総理候補者の顔ぶれを見てみろよ。どれほどの奴がいるというのだ」、というのが、菅総理の真相と深層だとするなら凡偶には理解できないし、それ以外の真相と深層があるのかもしれない。ますます理解不能である。その真相と深層がコロコロ変わるなら、なおさらのことである。
「解散」があるかもしれない。争点は、「増税」と「エネルギー政策」か?
.19 2011 未分類 comment0 trackback0

紳士になるのも安いもんだ

 ある日、二子玉川のデパートで筆者の悪い癖が出た。家人には長年注意されているのになかなか直らない。自分では「洒落」だと思っているから始末が悪い。

デパートの総合受付で、八方ににこやかな愛想を振り撒いている女性の前に立ち、「あのー、男物のズボンは何処に行けば・・?」と訊ねた。「紳士モノのパンツでございますね。4階でございます」と彼女は応じた。

「僕は紳士ではないので男物のズボン売り場に行きたいのだけれど・・」と再び訊ねたとたん、彼女の付け睫毛が跳ね上がり、大きく見開いた眼球が泳ぎはじめた。体の重心がずれたようで身体が揺らぎ始めた。

傍にいた同僚の女性も助成がならず、しばし複雑な感情が行き来し沈黙が続いた。少し離れたところに立っていた、中年の男性がニコニコしながら、「お客様、当店は男性のお客様は全て紳士さまでございます」、「4階に紳士服と男性用の衣料がございますので、どうぞ、4階にお越し下さいませ」と応じた。

件の女性は、顔を真っ赤に染めてうつむいたままであり、当方の冗談が通じないままのようであった。マニュアルに載っていない応答だったのであろう。
「パンツじゃなくてズボンが欲しいのだけれど・・」と重ねて訊ねるのはイジメかセクハラになりそうなので止めにした。

4階の紳士物売り場で、「ズボン、ズボン」と言い続けて買い物を済ませた。パンツ・ズボンがいつの間にか、ブリーフとかトランクスになり、ズボンがパンツになった。

「パンツ頂戴」なんて言って買い物に行ったら「ズボン」を買わされる羽目になるという事である。「素敵なパンツルック」なんて聞くと「なんとはしたない。パンツ姿をさらすなんて」と思いかねない世代だから厄介だ。

どうもファッション関係の変貌ぶりに追いつかない。

帰途、たまプラーザに立ち寄り、イトーヨーカ堂の前を通りかかると、店舗の前に沢山の衣料がつるしてある。「紳士モノ大バーゲン」とある。安いものは100円から高くても1000円である。紳士モノが100円!!
しばらく考え込んだ。何かおかしい。この国では紳士というのはいったいどんな人たちをいうのだろうか。

紳士モノとはいうが、淑女モノとは言わない。聞いたことがない。たいがい、婦人モノと言っているようだ。

トイレは紳士と淑女、あるいは男性用女性用となっている。いやらしいところでは、ジェントルマン・レディーとなっているところもある。分かりやすさを身上とするところでは、男・女となっている。

実は、「あのー、紳士ではないのですが、この紳士用トイレを使ってもいいのでしょうか?」と、あるホテルで訊ねてみたことがある。「勿論ですよ、お客様。どうぞ、どうぞ」と軽くスマートにいなされたことがある。もうこのような嫌みなことは止めよう。

この国では、紳士も男性もオッサンも全く同じであり、レディーも淑女もオバチャンも全く同じである。紳士淑女と呼びたいのは店の側の判断であり、店の側のプライドの問題であるようだ。うちの店は紳士淑女しか来ない店なのだ、という拘りなのか。

だから、ホテルにとっては、紳士とオバチャンのカップルであれ、オッチャンとレディーのカップルであれ全く関係ない。ホテル側のサービスの仕方が、紳士淑女としてのもてなしをするという事である。多少抵抗はあるが、ホテルとしては断固としてお客は紳士と淑女でなくてはイヤらしい。多少変な奴でも我慢して紳士淑女だと見なすのである。

この国は面白い。紳士淑女のつもりのオッチャンとオバチャン。華やかな高額衣装に身を包んで懸命に演技をしているが、何故か淑女になりきれない、淑女と思われない、気の毒な女性をよく目にする。しかし、本人はすっかりその気である。それでいいのだ。

男の方は、何かの縁で「紳士とはこのように振る舞う」という事を学ぶ機会があったらしい人は、そのように演戯するが、途中で混乱が生じて、お里が知れてしまう。

「武士らしく」という強い規範が無くなって久しく、普段の緊張がない生活をしている場合がほとんどである。なによりも、こう気軽にあちこちで紳士の安売りをされたのでは、紳士であることがかえって恥ずかしいとすらいえる。

100円から1000円の紳士用衣装で外見上の紳士が出来上がるのだから、紳士の基準までデフレになってしまったようだ。この国の紳士淑女は世界一気楽であり、安上がりである。
.19 2011 未分類 comment0 trackback0

ふりテンダー

九州から上京して50年になろうとしている。
九州・関西出身者は東京の西南地区。信州・信越の出身者は東京の西北地区。東北・北海道出身者は東京の東部(上野など)に居を構える・・若い頃は安アパートを借りる・・と言われている。自分の住所と故郷を結ぶ線上に無意識のうちに住むらしい。

筆者も学生時代に、世田谷・青山・世田谷と居を替え、最後は田園都市線沿線に居を定めた。従って、使用するターミナル、つまり出没する盛り場は渋谷(恋文横丁・百軒だな)がほとんどだった。何しろ当時はカネがない(今も!)素寒貧の頃だった。だが、渋谷だけでは面白くない。六本木が租界風で国際的で面白そうだった。

幸い、アルバイト(家庭教師)先に恵まれ、月末は多少気分よく過ごせた。恐る恐る六本木に出掛けてみると、そこには「六本木野獣会」なるグループが君臨していた。
WIKIによると六本木野獣会とは、1961年、のちに歌手・俳優となる当時高校生の田辺靖雄を中心に結成されたティーンの遊び人グループ。本来の名は“野獣会”で、1950年代後半から1960年代前半(=昭和30年代)、当時の流行の最先端を行く六本木に集まっていた事から別名「六本木族」。2つの名前がいつの間にか接合されこのように呼ばれるようになった。そのメンバーの多くが、若手スターとなっていったことで知られる。メンバーには、田辺靖雄、峰岸徹、中尾彬、大原麗子、小川知子、井上順、ムッシュかまやつ、福澤幸雄らのほか、デザイナー志望の若者もおり、最大30人前後で構成されていた。良家の子女が多かった。当時、六本木のカフェ・レオス、あるいは1960年に開店し、文化サロン的存在になりつつあった飯倉のキャンティに集った。当時フジテレビのディレクターだった「すぎやまこういち」によれば、当時六本木で遊んでいた良家の若者たちを集めて組織したのは「すぎやまこういち」で、1962年放送のバラエティー番組『森永スパーク・ショー』に出演させたという[1]。(以上wiki)
後に俳優になった石坂浩二氏などが加賀まり子や緑摩子らと結成するグループもあった。いずれも、彼らは、ブルジョワ階級で、安保闘争世代としては異質の人たちであった。貧乏人の筆者らのグループは胡散臭い眼差しを浴び、居心地がすこぶる悪かった。
石坂氏や中尾氏らは筆者と同級の年齢であり、現在芸能界の大御所としてその存在が重いという。芸能文化人のはしりだったと言えよう。

六本木で居心地の悪い筆者らの仲間は原宿を拠点とした。今は、原宿(竹下通り)と表参道を分けているようだが、当時は全体を原宿と称していた。そこで、都内各大学の自称左翼(あくまで自称!)が数十人群れをなしていた。進歩的女子大生(美大や音大の学生)も加わり、読んではいない、読んでも理解できもしないマルクスを論じ、レーニンを語り、サルトルやボーボワールにかぶれていた。雰囲気左翼とでもいおうか。
東北出身の新劇(劇団雲や青年座など)の若手俳優たちも数人加わり、実に多彩な人間模様であった。人減らし同然の境遇で上京した女優の卵もいたが、いずれも極めて優秀な頭脳の持ち主であった。その後に訪れた経済大国日本の時代であれば、いっぱしの大学に進み、芸能界以外の分野で名をなした人たちであったであろう。
一部の大学生と新劇俳優の中には、本当にマルクス・レーニンをよく勉強して、本気で革命を希求していた。彼らの議論に便乗して、読んだふり、分かったふりの筆者らが議論を盛り上げ、徹夜で語り合った原宿だった。「六本木族」に対抗して、勝手に「原宿族」を名乗り、ブルジョワでない貧乏人の群れが出来上がったのは必然であった。
いまの原宿・表参道をみると、まるで違った発展を遂げている。竹下通りについては、筆者には論評の外であるが、表参道に至ってはマルクスやレーニンが裸足で逃げ出すような変貌ぶりである。
かろうじて、サルトルやボーボワールなら、パリ風のカフェにおさまり違和感なく寛いでいるかもしれない。彼と彼女の哲学(?)がいまだに通奏低音のように現代の日本に息づいているのが面白い。その後の日本の男女関係を混乱させ続けている。
グループのうち、医学の道に進んだ筆者らは市井に埋没したが、東大・一ツ橋・慶応・早稲田・明治・法政などの教授になったり、政治家になったりして、日本のオピニオンリーダーとなった人もたくさんいるし、TV文化人・芸能文化人になった人も多い。
その人たちの中には、読んだふり、分かったふりの処世のまま、一流として認知され活躍した者も多い。こういうのを「プリテンダー(pretender 装う人、見せかける人、ふりをする人)」を模して「ふりテンダー」と筆者らは言うが、日本の指導階級がこのような「まがい物」で通用した時代に終止符をうたなくてはならない。「まがい物」どうしが許しあい傷を舐めあうような時代を終わらせ、本物どうしがしのぎを削る時代にならねば、米・欧はもとより中・韓にも侮られてしまうであろう。
こんどの原発事故に関わる諸現象にも、日本の政治にも、その弊害は顕著である。まずは、日本の各界に蔓延る「ふりテンダー」の排除が急務である。
.17 2011 未分類 comment0 trackback0

平準化 みんな同じになっちゃった

東大生と慶応・早稲田の学生の印象に差異がない。
渋谷・新宿・池袋の街の佇まいに差異がない。
地方の大都市と東京には規模の違いあれども街の雰囲気に差異がない。

男と女に大きな差異が無くなって来た。
父親と母親に差異がない。二人の母親がいるようだ。
大企業と中小企業の社員の雰囲気に差異がない。
外見上の違い以外に若者と中高年者に差異が無くなった。

医者らしさ教師らしさなど職業的違いが醸す雰囲気に特殊性が無くなった。
銀行員と街金の社員に格別の差異はなくなった。
警官とガードマンに明らかな差異を感じなくなった。

大学生とその他の若者に差異が無い。
女子大生とその他の若い女性に差異がない。
素人娘と水商売の女性に差異がない。
スナックやバー・クラブのママとセレブの中年女性に差異が無い。

素人娘と街娼・その筋の女性との間に見かけ上の差異が無くなった。
紳士と野蛮人の外見上の差異が無くなった。
淑女とオバさんに外見上の差異を感じなくなった。

高級官僚とその他の公務員に見かけ上の差異が無くなった。
国会議員と地方議会議員の風姿に差異が無くなった。
検事や弁護士と普通の男との差異が無くなった。

芸能人と一般人に見かけ上の大きな違いが無くなった。
芸術家と一般人に見かけ上の差異が無くなった。
映画のヒロインと隣の娘に大きな違いが無くなった。

江戸時代を例えるなら、京の公家・武士・町人・農民は外見上から明らかな差異があり、使用言語に違いがあり、生活様式に違いがあり、独自の文化の中に生きていて、それなりに誇りがあり矜持を持って生きていたのではないか。現代社会にはそのようなものはなくなってしまったようだ。

国会議員の発する言葉と市井の凡夫の発する言葉に差異が無くなった。
国会議員の倫理観と市井の凡夫に差異が無くなった。
国会議員の私人としての生活と市井の凡夫との差異が無くなった。

国会議員の私的不道徳のレベルと凡夫のソレに差異がない。
国会議員の使命感と凡夫のソレに差異を感じなくなった。
国会議員の風貌と凡夫のソレに差異を感じない。

菅総理とその周辺の人物と、近くの商店のおやじたちとの差異がない。
ベテラン国会議員と巷の軽くて小狡い男たちとの差異が無い。
民主党と自民党の議員たちに差異がない。
菅総理と企業の課長との差異がない。
国会議員と高級官僚の間に格別の差異を感じない。

差異があるとすれば、それぞれの心のうちに強力に存在しているのかもしれない。あるいは、その昔、一時期流行した、「らしくない在り方・生き方」というのが定着してしまい、平準化してしまったのかもしれない。

現在、あきらかな差異があるとすれば、高級官僚の頭の中にしっかりと根付いている、選良と「愚昧な国民」。そして、真のエリートである自分たちと、「愚昧な国民の代表である国会議員という愚物」という定義なのかもしれな。

選良としての快感の追求だけが仕事の目的になっているのではないか。
その快感は地位とカネか。

それでいて、高級官僚で、我こそは日本国家の支配階級だとの選良意識で頭が鉢割れしそうな彼らと、巷の凡夫の風貌に全く差異を感じないのはなぜなのか。

選良という意識が全ての愚物と、愚物の代表である極めつけの愚物の勢力争いが日本の政治ならば、日本の沈没は指呼の間に迫っている。

菅の後は菅以下。
菅と菅以外の顔ぶれと、巷の凡夫に差異がない。
「差異」を恐れるなかれ。埋没するなかれ。「差異」を発揮する勇者よ、いずこ!!
.17 2011 未分類 comment0 trackback0

骨までしゃぶって 財務省さま

民主党政権は予算編成の経験と力量がなかった。必然的に財務省の軍門に下るしかなかった。そうなると、公務員改革などは実現不可能であることもまた必然であった。民主党とは、「画餅」を掲げた理想主義的子供の集団であったという事である。

大震災発生と同時に「願ってもない増税のチャンス」だと、ほくそ笑んだ一群があった。

財務省を敵にしたのでは政権を担当出来ないことに気付いた民主党政権は、公務員改革の旗を降ろし、財務省路線をひた走ることによって政権政党の体を繕おうとした。当然、選挙公約のマニュフェストを大幅に退歩させるしかない。

鳩山政権のときから、仙石氏や菅氏は財務省に操られ始めた。菅政権になってからの参議院選挙で「10%の消費税増税」を唱導したのは、ひとえに、財務省の覚えをめでたくし財務省の全面的支持を得んがための節操無き国民への背信であった。

骨がらみの「政官癒着」、湯あたりしてのぼせ上っている事すら気がつかないで「利権温泉」の湯治客のような自民党ではこの先の日本の経済に暗雲が漂っている現実に対して、「政府支出の無駄の排除」、「公務員改革と官僚の天下り禁止」、「政治主導」などの公約は、これこそ求められている政治だと、国民の大半が民主党を支持し政権交代がなった。

しかし、財務省主導のこの路線に邪魔になるのが、小沢氏とその一党ということになる。「小沢切り」は財務省に忠節を尽くす証文のようなものである。「小沢を切りますから助けて下さい、財務省様」と哀願する許可証のようなものとなった。

財務省にとっては、なまじ知恵がついている自民党よりも民主党の方が御しやすいばかりか、「柳腰」ですり寄ってきて裾を引く民主党の方が可愛げがあるというものだ。例え、鳩山氏のピントがズレていても、菅氏が地位にしがみつく愚物であっても、仙石氏の弁護士としての挙動に軽挙ありとしても、その全てが可愛い。御しやすいし騙しやすい。

この時期を逃しては「増税」の好機は遠のくとばかりに現政権の擁護をしている財務省を頂点とする霞が関の高級官僚群という構図になってしまった。

仙石氏らの賢しらな暗躍は、ここでもう一度予算編成に財務省の協力が得られれば、自分たちも予算編成になれてくるという計算があるのかもしれない。公務員改革を潰そうとする官僚の遣り口が全て顕在化するので、その後再び「新公務員改革案」などを持ち出し、民主党らしさを出そうとする深謀遠慮がないとは言えない。

日本の国家財政は破綻前夜にあるという。企業に例えるならば、一時的赤字の段階ではなく、構造的赤字のレベルにあり、借金返済の目途は立たたない。しかも、本業の売り上げ増も見込みがなく、民事再生や会社更生の申し立てを密かにではなく検討すべき段階にあるという。

この事態に至って、我が日本株式会社の幹部役員たる高級官僚は、株主であり債権者でもある国民に「大幅な増税」を仕掛けようとしている。瀕死の会社に更なる出資を強制しようとしている。

では、その増税の目的はなにか。
米国へのミカジメ料を遅滞なく、要求より多めに貢いで喜んでいただき、褒めて戴く。
事業仕分けでほんの一部分が、それもさし障りの少ないごく一部を垣間見せた、政府支出の無駄の排除事態をも反故にしてしまい、今までの既得権益を守る。
公務員の天下り・・高級官僚ばかりではない・・を今までどおり行い、充分な所得を保証
する。国家財政がいかに危機に瀕しようと、官僚自身の給与の確保を第一とする。

そのうち、国家財政も景気の復活とともに上昇するであろう。もし、上昇しなくても、それは役人のせいではない。それこそ、政治の貧困であり、政治家の無能であり、国民が愚昧だからであり、官僚には一切の責任がない。

一部の若手官僚が官僚の将来について憂えているようだが、国家財政が破たんした時は、自分たちの入省時期が悪かったのであり、現在の幹部官僚のせいではない。官僚は、政治の責任をとる立場ではない。法がそれを保証している。その先のことは、あらためて、政治家たちと今の若い官僚たちとが国家の再建に努めればいいのだ。俺たちは、俺たちのことだけしか考えない習性というものが身についているのだ。いや、入省以来長い年月をかけて身につけさせられたのだのだから、その他の思考回路というものがないのだ。という本音が聞こえてくる。

これが、増税政策を唆し、増税路線を踏襲するポスト菅総理を支持する財務省の本質である。マルクス経済学ケインズ派かハイエク派なのか、資本主義的共産主義派か社会主義派なのか、なんでもありの永田町なら、「大連立」ではなく、「増税財政再建派」か「非増税財政再建派」かで、政界再編をしたらどうだ。我慢強く、うるさいことは言わずに見守ってくれる国民は、議会制民主主義などという一部の国会議員さえ定かに認識出来ていないことには寛容かもしれないから。言いたい放題、したい放題の議員諸氏が許されているのだから、せめて、国民に分かりやすい政治をしてみたらいかがであろうか。
.13 2011 未分類 comment0 trackback0

葬送曲と鎮魂歌

菅総理辞任の葬送曲が鳴りやまず、民主党の鎮魂歌が流れ続けている。実質崩壊している民主党が弥縫策とも言うべき「大連立」への道を模索している。

政権運営のノウハウもなければ経験もない有象無象の輩といえば失礼だが、成り上がり根性丸出しの猟官運動ばかりが目立った。政権獲得と同時に始まったのが、何のことはない、欣喜雀躍して、役職の奪い合いであり、足の引っ張り合いであった。
トップに立つトロイカ体制の三人衆に総理大臣の器量が無かったことが致命的であった。

「大連立」とはそもそも何であるのか。メルトダウン寸前の民主党が政権政党として形だけでも存続し続けるために、一切の矜持(あれば!)をかなぐり捨てて野党自民党と野合することにより、捻じれ国会(参議院)を乗り切るのが目的なのか。

「政界再編」を求めて来たことはあるが、在り合わせの具材を全てかき集めて、自民党風味の民主党懐石(あるいはその逆)を作って供してくれと望んだことはない。

自民党から出馬したいが公認がとれない。民主党なら公認がとれそうだから民主党から立候補する。手っ取り早く代議士になるために公明党に入る。そのためには創価学会の会員になる。このような、主義主張も定かでなく、ただ国会議員になりたいという手合いが永田町を埋め尽くすようになって久しい。

それでも国会議員のごとく振る舞えるのはなぜか。
それはつまるところ、国内の政治は強力な官僚組織が仕切っているし、国際政治は米国の指示に従うしかない。あとは財界の「ご要望」に如何に応じるかであり、財界から要望されるように「柳腰」でにじり寄っていく才覚があるか否かにかかっている。

敗戦によって米国の支配下にはいった日本が真の独立国になるには、米国と戦争をして勝つか、米国の瓦解という事態が到来しなければ有り得ない。

沖縄の返還は軍事基地として米国が自由に使用できることが条件である。そればかりか、日本の本土にも堂々と米軍の基地が陣取っている。これらの基地を撤去させることが出来る筈もない。

独立国としての軍隊を持つことを許されず、いまだに米国産の憲法を後生大事に守り続ける日本を本当の独立国だと認める世界の国家は存在しない。

軍事力をもてない日本は「経済力」で世界に認めてもらうしかなかった。米国の軍事力に庇護された「商人(あきんど)国家」としてしか生きてはいけなかった。

経済、つまり「金儲け」が国策になり、唯一それだけが目的の国家になった。米国に貢ぎ、米国の代わりに他国に貢ぐという宿命を負わされ、なりふり構わずこの道に邁進する他はなかった。その結果、カネの匂いを追いかける国会議員だけが残ってしまった。

そのような国に、真の独立国としての国会議員が育つ筈がない。このような国の国会議員が国際政治の力をつける機会があるはずがない。「永田町に人物なし」は至極当然の帰結である。

では、この国の代議士たちはどのようなスキルが身につくのか。「利権」の匂いをかぎわける「利犬」のような鼻が発達するだけである。
次に、政局という「内輪喧嘩」が無性に好きになる。なぜなら、国民に政治のために汗をかいているような姿をみせられると思っているからである。

日本の国益を賭けた国際政治が出来る訳でもなく、国内政治すら毎年米国からの指令待ちである。この国には国会議員は必要でないとすら言えるのが実情である。

民主主義国家の体裁をとっているので、一応国会討議もどきの田舎芝居を打たせなければならない。そのための役者が必要なだけである。バカでもなんでもいい。なまじ頭がよくて能力があっても、結局はバカと同じことしかさせてもらえないのだから、芸能人でも格闘技あがりでもなんでもいい。これが実情である。

品格も知性も感じない若造の仙石氏が暗躍しているとか、大島自民党副総裁が偉そうなそぶりをしているとか、マスコミは連日報道しているが、このような国のマスコミが発達するわけがない。田舎芝居政治のチンドン屋かビラ配りがせいぜいであろう。

せめて、旗幟を鮮明にした「政界再編」をして欲しい。米国の傘の下である現実は動かせないながらも、冷戦構造が崩壊した刻下、どのような外交をするのか、内政はどうするのか、はっきりした政治的主張を聞きたい。それがせめてもの役割であろう。

国会の捻じれの前に、政党内の捻じれを整え、政治家個人の頭の捻じれを解消することだ。でなければ、「あなた方はいったい何者ですか?何をする人ですか?」と一人一人に質さなければならなくなっている。いっぱしの政治家ぶるのは止めて戴きたい。騒がしいだけであり、片腹痛いだけである。
.11 2011 未分類 comment0 trackback0

クッキング ザ ブレイン(脳を煮る)


 携帯電話が出始めた頃は大きくて重かった。自動車内に設置した本体から分離してとりだし肩から提げて粋がってわざわざ歩いたものだった。大した急用もない身なのに、若気の至り、今にして思えば汗顔の極みであった。

間もなく、小さなハンディーなサイズに進化し、持ち運びが便利になった。とはいえ、バッグを持つことが習性ではない男たちには収めどころがなく、便利ではあるが持ち重りのする厄介な代物ではあった。

そのうち、名刺大のサイズになり、厚さも2ミリ位の収まりのよい手ごろな者になると期待した。ところが、案に相違してますます重く分厚い代物になってしまった。現在の携帯電話の重さではスーツのポケットに入れるには少々つらいモノになった。

何キロもの重量だった無線通信機能(第二次大戦中の通信兵が背中に背負ったモノ)、メールと称する郵便機能、1000万画素内外のデジタルカメラ、インターネット機能、時計、歩数計、ストップウオッチ、メモ用紙に筆記機能、テレヴィ視聴、音楽鑑賞、井戸端会議のような無駄なお喋り機能、財布機能、辞書機能など普段割合使うモノ以外にもたくさんの機能が搭載されるようになった。

これさえ持てば、他に何も無くても大体のことは出来る。一つひとつの機器に分割して身につければ何十キロもの機器・道具を背負い、ぶら下げ、巻きつけて歩いている事になる。このことだけを考えれば、化粧品などを持つ必要のない男性(最近は例外の数も半端ではなさそうだ)にとってカバンが不要になり、外出が実に身軽になった。

好事魔多し。
「携帯電話は安全だ」という「安全神話」はここにも存在している。

欧米では、携帯電磁波の「健康への影響」は早くから指摘されていた。
電子レンジで応用されているように、マイクロ波にはモノを加熱する作用があり、人体が一定の強さ以上の電磁波に触れないように国際基準が設けられている。普通の主婦でも、キッチンに設備した電子レンジには接近しないし、子供が近づかないように注意して使用している。

しかし、加熱作用ではなく、「マイクロ波の非熱作用」がもたらす健康への影響が多くの研究者に懸念されている。脳腫瘍との関係においてである。毎日数時間も携帯電話で話すヘビーユーザーと脳腫瘍との関係が注目されている。

「電子レンジと同じマイクロ波を発する携帯電話を頭に押し当てるのは、基本的に“脳を料理する(クッキング ザ ブレイン)”のと同じこと。だから、通話する時はイヤホンマイクやスピーカーフォン等を使用して、電磁波から脳を防護すべきです」と、ブラック医師(ロサンゼルスのシダース・サイナイ病院脳外科部長)は言っている。

唾液の分泌をつかさどる耳下腺はまさに携帯電話を押し当てる部位にあり電磁波を多く浴びる。ヘビーユーザーの耳下腺腫瘍の発症リスクが約1.5倍になったとの報告がイスラエルのテルアビブ大学公衆衛生学の研究チームから出された。この調査を率いたシーガル・サデッキー博士は、
「携帯電話が人体に無害だといいきれる時期は過ぎた」と、07年の取材時に答えている。

マイクロ波は軍事用にも多用されている。レーダーである。米軍爆撃機に搭載された高感度レーダーは第二次大戦で大活躍した。しかし、その後、米軍のレーダー操作員の間で、白内障・白血病・脳腫瘍などの障害が多発した。

旧ソ連によるアメリカへの秘密攻撃にマイクロ波が使われたという説がある。世界的謀略説では良く取り上げられた説である。70年代の在モスクワ米国大使館の職員の多くに目の障害や脳腫瘍等の健康被害が多発した。旧ソ連は、10年以上にわたって、米国大使館近くに3本のアンテナをたて、微弱マイクロ波を照射し続けたという。この電磁波の強さがアメリカの国内基準以下だったためアメリカ政府はソ連に抗議しなかった。しかし、微弱マイクロ波でも長期間にわたって曝露すると健康被害を受ける可能性は否定できない。

携帯電話の発するマイクロ波の影響については、研究者の見解が分かれている。研究費の出所によっても違いがあることは明らかであり、「原発」と同じ原理が働いている。「携帯安全村」という村落が存在しているのであろう。

今年の65月31日に、WHO傘下の国際がん研究機関(IARC)が、「携帯電話の電磁波が(コーヒーやクロロホルムと同程度に)がん発症の原因となる可能性がある」と発表した。

携帯電話は安全とする研究グループと「懸念すべき」とする研究グループの力関係に変化があったのかもしれない。原発の安全神話の話と妙に平仄が合っている事が興味深い。

携帯電話は、常に電磁波を直接人体に浴びせながら使う家電製品であり、電磁波の防護がなされていない特殊なモノである。剥き出しのマイクロ波照射器である。

「ただちに人体に障害をもたらすものではない」という言説が官房長官や不安院ならず保安院の何にも知らない素人から発せられたのはつい最近のことである。

ただちに障害が発生するのは大量に被曝(広島長崎の被爆の如く)した場合のことであり、放射能被害やマイクロ波の被害は長年の積分の結果出てくる晩発障害が問題になるのである。これが、大問題なのである。

ごく少量のモノはどれも「ただちに障害をもたらすモノ」ではない。

日本においても、「携帯安全村」の研究者たちから疎外され、村八分にされている研究者も多かろうと推測される。そのような研究者の知見をマスコミはとりあげるべきである。そして、若者や子供たちへの適切な指導が急務である。

「健康」という大義の下、「禁煙」を強制して「麻薬ビジネス」を伸張させようとする勢力、便利便利の大合唱で人間の脳をマイクロ波で煮るビジネス、エコエコと経済的合理性の大合唱で原子力発電を推進する勢力、それらの裏に深く潜行する恐ろしい事実に注目しなければならない。

「携帯電話はあなたの脳を煮て、脳腫瘍などの障害もたらします」、「携帯電話機が発するマイクロ波はあなたとあなたの隣人にも健康障害をもたらします」、「胸ポケットにしまっていると心臓に障害が生じます」などの表示をタバコと同じように明記すべきでる。その安全が保障されるのなら、携帯電話が更に大きく重くなり、肩や腕や手の関節や筋肉に障害をもたらすものであっても・・仕方あるまい。
(注 週刊新潮 ‘11.6.16 P44-P47 「特別読物」WHO警告の「携帯電波」で発がんは本当か ジャーナリスト矢部 武氏の記事を参考にしました。一部文章の転載も致しました。矢部氏は『携帯電磁波の人体影響』(集英社)の著者です。)
.11 2011 未分類 comment0 trackback0

ふたりの トラスト ミー 

確認書に念の為サインをと求める鳩山元総理大臣に対して、「私を信じて下さいよ」と応じた菅総理大臣は背信した。鳩山氏は、「嘘をついてはいけない。それではまるでペテン師ではないか」と悔しさを滲ませた。一国の元元首が現元首を「ペテン師」と決めつける事の意味は大きい。

その鳩山元総理大臣は、米国大統領オバマ氏に沖縄の基地問題で「トラスト ミー」と、彼の耳元で囁き平然と反故にした。「鳩山はペテン師だ」とオバマ氏がホワイトハウスで喚いたとの話は伝わっていない。さすが米国大統領というべきか、日本国総理大臣の「言」など端から信用していないというべきか、このことの意味も大きい。

元日本の元首と現日本の元首が図らずも「信用がおけない卑劣漢」であることを内外に周知せしめた。国家と国民にとっての被害は計り知れない。我が国は、「原子力発電」による甚大な被害に引き続き、「卑劣漢の発言」によって国の内外にわたって、再び未曽有の被害を受けている。

「信じてくれ」の言葉の意味が分からないとすれば、知的に劣勢である。「信じてくれ」の重みが分からないのであれば、道徳的に劣勢である。当然国を託するに値しない人物であるとの烙印を押されてしかるべきである。

民主党政権になって、国会議員が、実は標準以下の人物の集合体であることが前景化されたと言えるのではなかろうか。なぜこのような悲惨な状態に陥ってしまったのであろうか。我々国民はこの事態を避けて通ってはならないし、深刻な反省が求められている。

国民が信用できる総理大臣、国際間で信用され敬意を払われる総理大臣を持つことが出来るのであろうか。寒々しい現実に戦慄を覚えざるを得ない。

街頭でインタビューを受ける善男善女が、間発を入れずに応じる「誰がなっても同じじゃない!」に、臍をかみながら苦々しい思いをするようになって久しい。

戦後65年以上経過した日本の民主主義政治はかくのごとき、つまり、「誰が総理になっても同じ」という浅薄極まる事態になってしまったという事である。「政治に無関心」、「政治家に無関心」、政治というのは国民の日々の生活と何の関わりがないかの如きものになってしまった。

当然であろう。
選出された国会議員に対して、「いいな。俺たちが『お前さん』を議員にしてやったのだからな。その事を片時も忘れるなよ。そうでなければ次回の選挙はないものと思うんだな」と地域選挙区で恩に着せられる。それに対して平身低頭して忠誠を誓う。

各種団体からは、「いいな。お前の役割は分かっているな。偉そうにすれば、次は『木から落ちた猿』になると覚悟しろ」と恫喝され、全国の団体の支部周りを強要され、人寄せパンダの役回りを強制される。地方巡業に振りまわされて喜んでいる。

国家国民の視点に立って国会議員らしい言説・行動をすれば「何を勘違いしているんだ。お前が大きなことを考える必要はない。そんなつもりでお前を国会に送ったのではない。業界の利益のために粉骨砕身すればいいのだ」と厳しく叱責される。

これでは、地域からも団体からも初手から有為な人材は排除されてしまう。議員でいるためには恥も外聞もなく要望に応じる人物。官僚にひれ伏してでも地域や団体の利益を引っ張り出す議員が有能な議員であり、国家国民のために仕事をする議員は「勘違い野郎」ということになってしまう。

これでは、「原子力村」と同じである。公約は守らない。官僚に逆らわない。国家国民等と大きなことは言わない。政治資金と称する献金は黙って受け取る。視察と称する物見遊山に五月蠅いことを言わずに参加して皆と同じように遊ぶ。さもなくば、「村八分」だ。

刻下の日本の政治の実態は、このような低劣な道徳レベル、知的レベルの国会議員がメインストリームを埋め尽くしているという重篤な病魔に侵されている事を、国の内外・満天下に曝してしまった。

この、政治的災害復旧も、福島原発事故の災害の復旧に劣らず深刻な事態である。日本国民は「二重の人災」によって極めて困難な状況の追い込まれたと言ってよい。

就任前から、就任当日から、「菅氏は総理の器に非ず」と叫び続けて早一年。日本の政治状況からみて、続く人材に展望がない。次が決まれば再び、マスコミの総攻撃が始まるであろう。日本の識者賢者は斜に構えて冷たい視線を送るであろう。また同じことの繰り返しとなる。次の総理も委縮してしまうであろうし、性質(タチ)が悪ければ菅氏のように居直るであろう。

総理選出の母集団を変えなければならないが、再び長い年月を要する。次の衆議院選挙で国民が誰を選びえ、マスコミがなにをキャンペーンするかに望みを託すばかりである。
.06 2011 未分類 comment0 trackback0

ご遠慮下さい 菅閣下

「パパ、総理大臣って嘘をついてもいいの?」
「なにしろ、閣下だからね、閣下は偉い人だから何をしてもいいんだよ」
「パパはこの間『嘘つき』だって、ママに叱られていたよね。偉くないからなの?」
「そうだよ。パパも閣下になれたら叱られないよ」
「総理んちのママは叱らないの?」
「そうだね。菅家は二人とも閣下のつもりだから平気なんだよ」

「この間、友達んちで『遠慮しないでね』って言われたからご飯を三回おかわりして、デザートのケーキを三つ戴いたら、イヤーな顔をされたよ」
「それはね、『ご遠慮なく』と言われたら遠慮するのがこの国のしきたりなんだよ」
「ではどうして『もうおかわりはしないで』ってはっきり言ってくれないの?『遠慮しないで』って言われたから僕は気に入られようと思って一生懸命頑張って沢山食べようと思ったんだよ。そうしたら、本当にイヤーな顔をされたので悲しくなったんだよ」

「じゃーパパ、『遠慮』ってどういう意味なの?」
「遠慮と言うのはね、
①遠い先々のことまで考えること。深い考え。
②人に対して言語・行動を控えめにすること
③公の秩序を考えて出勤・謁見・祝い事などをを差し控えること。
④それとなく断ること。辞退すること。
⑤江戸時代の刑の一つ。微罪ある武士・僧尼に対し、門を閉じて籠居させたもの。(以上広辞苑)
という意味なんだよ」

「難しいんだね。『遠慮しないで』って言われたり、『遠慮して』って言われたり、僕は迷ってしまうよ」
「そうだろうね。パパたち大人だって困ることが多いんだからね」

「公園で、『立ち入りはご遠慮下さい』って書いてあったから僕は遠慮して立ち入らなかったけれど、友達は『俺は、遠慮したくないんだ』といって平気で遊んでいたよ。遠慮した僕はとっても損をした気がしたよ」
「そのようなことがこの国には多いんだよ。でも、この国では『止めてくれ』と言わないで『遠慮して』という言い方をするのが昔からのやり方なんだよ」

「では、『遠慮する場合』と本当に『遠慮したほうがいい場合』の区別はどうするの」
「常識であったり、その場の『空気』というものがあったり、微妙な判断が必要だね」
「難しくて分からないよ。では、人によって違う場合もあるんだね」
「その人の知性や教養や育ち方によってもおおいに違うね」

「じゃー、きのう、きょうの『日本の総理大臣』の進退に関する騒ぎはいったいどうなの?」
「遠慮の話と似ているね。鳩山さんたちは総理のメンツを保ってあげて穏やかな表現で総理大臣に辞めるように進言したんだよ。しかも、花道という名誉ある撤退が出来るように配慮したんだよ」
「でも、総理大臣閣下は『シカトして』約束を破ったんだね」
「そういうことだね。だから皆があきれて大騒ぎをしているんだよ」
「でもパパ、鳩山さんたちの表現が曖昧だったのが原因じゃないの?」

「それは言えるね。しかし、菅総理は一連の動きと空気を読めば、『辞めなさい』と言われている事は分かるはずだし、自分のために配慮してくれている事は分かるはずなんだから辞めたほうが賢明なんだけれどね」
「ということは、菅総理は一連の動きを読めないし、吸っている空気が違うんだね」

「どうやらそうらしいね」
「こんな総理大臣が許されるのなら、僕たちも今度から『遠慮しないし』、『遠慮すると損だ』ということにしたいな。だって、日本で一番偉い人が模範を示してくれているんだから。公園で『遠慮しないで芝生』でサッカーをした友達がやり得だったという事なんだね」
「うーん、困ったね」

「それにパパ、たくさんの偉いおじさんたちが『菅は辞めろ』と言ってたし、マスコミもそうだったのに何故辞めなかったの?」
「菅総理であることが都合のよい偉い人たちもいっぱいいるし、誰がなっても同じだと言う人もいっぱいいるんだよ」
「それにしても、いい度胸だね」
「気が弱くてお腹を壊した閣下もいるし、プッツンした閣下もいるよ」
「その方が普通だよね。菅総理は図太いね」

「そんなことはないと思うよ。もう菅総理の心身はズタズタだと思うよ。それでも閣下の席にしがみついているのは何か理由があると思うよ。ただし、国家国民のことは念頭にないと思うよ。思わず転がり込んだ閣下の地位がもたらす心地よさの快感に酔いしれているだけさ」
「そんな人が総理大臣でいいの?そんな人を辞めさせられない大人ってたいしたことないね。僕たち子供から見ても情けないし、外国の人に恥ずかしいよ」

「申しわけないね。子供たちに示しがつかないことは確かだと思っているよ。でも、いつの間にかこんな国になってしまったんだよ。でも、決してこのままでは済まないよ。だから、君たち子供はちゃんとした考えを持って成長してほしいし、今のような大人たちではない大人になってこの国を本当にまともな国にしてもらいたいよ」
「そりゃ無理だよ。だって、一番偉い人を見習っていれば間違いないと思っているんだから。でも僕は菅総理みたいな人間にはなりたくないね」

「パパにもう一つ尋ねたいのだけれど、菅総理は物理屋さんで鳩山さんは数学屋さんでしょ?しかも立派な大学を出た科学者なんでしょ。どうしてあんな曖昧な話しかできないの?もっと、論理的な話がなぜ出来ないの?」
「それにパパ、文系と言われる勉強をした偉いおじさんたちの言葉はますます分かりにくいんだけれどどうしてなの?」
「政界遊泳術の忍者になったり、腹芸の達者になったり、先輩の政治家の真似ばかりしているうちに、上っ面の芸ばかりが身についたからだろうね。それに、文系のおじさんたちの言説はやたらと修飾が多くて、自分の言葉や文章を高尚に見せようとして小難しくしてしまい、肝腎な論点がボケてしまっているからだよ。さらに、はっきりしたモノ言い方をするとどんな災難が降りかかるかもしれないことを恐れて逃げ道だらけの言説をするからだよ」
「ふーん、頭がいいのか悪いのか分からないね。度胸がないことは確かだね。大人になると度胸がなくなるんだね」

「そうだね。マスコミだってそれで食べているのだからどこか弱気だし、偉い評論家のおじさんたちも安全に生きていたいからどうしても弱気になるね。でも、日本ではこの程度で一流を張れるし賢人ぶっていられることは確かだね」

「ではパパこうするよ。とにかく『曖昧』であるという事を大切にするよ。文科系を出て言説の徒となれば決して旗幟を鮮明にしないよ。科学者になっても必ず曖昧な結論を出すよ。友達にも『止めろよ』とは言わないで『遠慮してよとか、身を捨ててくれないか』なんて言い方をする大人になるよ。この日本の中で安全に生きていけて、しかも偉そうに振る舞えるためにはそれが一番のようだね。つまり、『やっている振り』を上手にすることなんだね。それでいいんだよね。そして、いざとなったら『居直り』だね。それでいいね!」
「うーん、違うんだけどなー。それじゃいけないんだけどなー。困ったなー。自分の子供の教育をどうしてよいのか分からなくなったよ」
.04 2011 未分類 comment0 trackback0
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プロフィール

Author:須藤文弘




歯科医師(1942年2月生まれ)
医事評論家
歯科医療コンサルタント
NPO法人日本歯科保健機構 理事長
東京医科歯科大学 昭和43年卒

 

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