軽くて儚い仙菅ヤマト

これから暫くの間、石に齧り付きながら水没していく軽装備船「仙菅ヤマト号」のプロセスを見なくてはならないとは、国民にとって筆舌に尽くしがたい冬物語である。

今回の朝鮮半島の有事ともいえる事態に対し、「報道で聞いて知った」などとコメントするのみで、宮中行事に気も漫ろのあり様には、いつものこととはいえ呆れかえってしまった。

「神輿は軽くてパーがいい」とは一面の真理を衝いてはいるが、周りに「重くて賢い人たち」が居てはじめての真理であろう。この周りが輪をかけて「軽くて・・」では話にならない。

「脱官僚依存なんて言わなきゃよかった」などと口にした枝野元幹事長などは民主党の恥を体現している非見識の極みとも言える人物である。政権交代を果たした民主党と現在の民主党が同じ党だとは到底思えない。政権交代の特効薬と称する偽薬の販売をどこかの広告代理店の販促のエキスパートに依頼してサービス頒布しただけだったのではないか。
今の執行部は民主党でもなんでもなく、政権党に潜む何でもありの政権亡者たちなのであろう。

思えば、この20年余りの間まともな総理が一人でもいただろうか。「軽くてパー」を装いながらしたたかに全軍を見事に指揮した名称軍のような宰相が一人でもいただろうか。名実ともに「軽くてパー」であり、それを地で行く迷宰相に国民はどれほど煮え湯を飲まされたかを思い出すだに腹立たしい。

奇妙なリーダーシップを発揮した国売り宰相小泉氏は中でもひときわ目立った存在であったが、あのブッシュ氏の前で「幇間もどきの愚挙」に及び我が国の品位を貶めてしまった。大統領就任時には「ブッシュは日本がどこにあるのか知ってるのかな?」などと米国のエリートが不安に思って口にしたほどの賢人とは程遠いブッシュ氏が、小泉氏のあまりのバカバカしさに呆れかえったと言われたほどであった。

露西亜のエリチェンに抱っこされてやにさがっていた元総理もいたが、恥ずかしくて報道の写真を正視できなかったことを思い出す。

当分は「菅辞めろ」「仙石辞任しろ」の大合唱が続くのだろう。
「持ちあげて叩く」という日本のマスコミのワンパターンに愛想が尽きるし、新聞紙面に躍る「叩きの定型句」にうんざりする。TVの知的芸能人とも言うべきコメンテーターの渋面などの見え透いた演技と定型フレーズには逃げ出したい衝動にかられる。

明治の初期、「有司専制」「汚職政治」「藩閥政治」に果敢に挑み、佐賀の乱で散った江藤新平の如き政治家を望むのは不可能だとしても、「命を賭して」日本の政治に取り組む政治家の出現はどだい無理な話なのであろう。

平和で安全、そして豊かな生活が一番のサラリーマン国会議員ばかりでは国会議員の待遇改善と歳費のアップが一番の狙いであろう。
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.26 2010 未分類 comment0 trackback0

日本政治の断末魔 

政権担当能力とは何か。政権を名実ともに担当し執行していくことが出来る能力なのか、あるいは、政権を担当することを国民以外の何者かに許される能力なのか。

建前としては、民主的選挙で多数を獲得した党が政権を担当してきたはずであるが、どうやらそうではなかったのではないかという事が顕わになってきた。

その疑問の淵源は、小泉政権の出現であり、更に遡れば、「冷戦体制の終焉」であったのではないか。実は戦後政治の発端の段階からすでに疑惑に満ち満ちた政治が行われていたのであるが、バイアスがかかった報道や、何者かに恐れを感じながらの政治評論と巧妙な政治家たちの実態隠蔽工作が、いかにも政権担当能力があるかのごとく偽装されて今日に至っていたのではないか。

幸か不幸か、小泉政治、あの劇場型政治が国民の政治への関心を一気に増大させたことは記憶に新しい。「自民党をぶっ壊す」と主張し、鞍馬天狗かロビンフッドの如く登場した小泉政権は、参謀竹中平蔵氏とともに果敢に行ったのは、「郵政三事業」「日本道路公団」「住宅金融公庫」の解体であった。

つまり、自民党の解体という旗印の下で行ったのは、田中角栄元首相の派閥であった旧田中派とその流れをくむ経世会であり平成研究会が金城湯池とした牙城を破壊したにしか過ぎなかったし、米国資本にさらに大きく門を開いたことであった。

その頃、米国を中心とした日米経済の構造についても情報が溢れるようにもなり我々国民はその文脈における日本の位置と役割について知るようになった。「年次報告書」なる物の存在も明らかにされ、政治家や官僚がどこを向いて政治を行っているのかも多くの国民が知るようになった。

そのような自民党政治に倦んでしまった国民は、小沢一郎氏、鳩山由紀夫氏の民主党の掲げる「対米隷属外交を排し」米国に対して堂々と日本の主張をし、「市場原理を排し」国民の生活が一番の共生重視の経済政策を実行し、天下りの廃止等の「官僚の利権の根絶」を含む官僚依存の政治から政治主導の政治への転換に熱狂的にシフトし、民主党への政権交代を許したし、大きな期待を寄せた。

その民主党は政権獲得から僅か11ヶ月で、その殆どの公約(マニフェスト)を放棄し、あろうことか「消費税の早期導入」などいう国民を謀るような政策路線の変更を選択し始めた。自民党と何ら変わり映えのしない民主党になってしまった。

この一連の流れは、国民にたいして、より深く我が国の政治の実態を暴露してくれているし、現状ではどの党が政権を担当してもいつの間にか軌道修正の力学が作用して、日本の政治が進むべき指定路線に乗せられて行くのだという事を見事に教えてくれている。

さらに、隣国中国の驚異的台頭と言う状況が新たなファクターとして加わった。これまで、二国間の外交できわめてわかりやすく推移してきた外交が三つ巴となってしまった。ここにきて、ロシアの復活が著しく対ロシアの外交も土俵に上がって来た。

米国の一極支配に甘んじて来た日本の外交が極めて難しい様相を呈してきた現在、政治家は無論のこと外務省の外交官たちも茫然自失状態で何をどうしたら良いのか五里霧中なのではないか。

日本の外交官は、米国に指示を仰ぎながら、中国やロシアあるいはその他の国の大使館で王侯貴族のごとき生活を第一に考えていれば良かった時代は終焉した。しかし、この困難なゲームに対処するスキルも叡智もなく、下手をすればこの複雑な外交の基本的なルールさえ分からなくなっているのではないか。

日本国民は、概ね日本の実態については見えて来ている。
ここで、今必要なのは、本当に日本の政治を託す事の出来る政治家であり、公僕たる認識を新たにした優秀な官僚であり、国益に沿って事業展開する財界である。

まずは、政治家としての資質を有する政治家による政治家集団、それを「党」と称してもよし、「グループ」と称してもよし、国民から嘲られ愚弄されないような、日本国家のために心おきなく仕事が出来る集団の編成を行ったらいかがか。

他国に捻じ曲げられた歴史認識の中で、自らを欺きながらの政治活動に国民は納得していないし、政治家自身もその不整合ゆえに政治活動に自信が持てないであろう。そのいきつく先が「利権漁りと私利私欲」あるいは、菅直人氏の如く、官費による高額(高級)料亭における美食がせめてもの役得という浅ましい総理大臣では日本国の恥辱である。

菅直人総理の後任が誰かの問題ではもはやない。強国の脅しに右往左往しない確たる日本を甦らせる意思と意志を持った政治家が結集しなければ、国家の国難を乗り切ることはできまい。政治家ゴッコをしているような「無駄な政治家」は隅に追いやり、真っ当な政治家が結集するべきトキである。
今が、日本政治の断末魔であり「底」であろう。これ以上の醜態は御免蒙りたい。
.26 2010 未分類 comment0 trackback0

「遺憾に思う」は「遺憾」ではないか?

柳田法務大臣の、非見識な発言が「国会を誹謗する失言」として非難されている。辞任にまで発展する程とは本人の意識にはなかったであろう。ただただ、溢れるサービス精神と地元民に対する軽いジョークの積りだったのであろう。

高度成長期や右肩上がりの日本経済の時期は、「この度、図らずも社長に推挙されました。右も左も分かりませんが、皆様のご指導を得て、勉強しながらこの重責を果たして参りたいと存じます」などと挨拶されても、ごく一部の人を除けば概ね謙譲の美徳を発揮した挨拶とらえられた。謙遜どころか、実際に無能なつまらぬ社長であっても、組織システムが盤石ならばそれでよかった時代であった。

しかし、現在のような激動期においてはそれでは務まるまい。しかるに、政界はいまだにそのようなことがまかり通っていると見える。かつて、「看護婦出身法務大臣」が誕生した時に仰天したことを思い出す。

「何にも分かりませんが、よろしく」のような就任挨拶を聴いて力が抜けた想いがしたものだ。この元大臣は、その後「ダンマリ」を決め込んだ分、まだ利口だったのかもしれない。何が何やらさっぱり分からないうちに夢のような時間が経過し、大臣交代期を迎えたのだと思わざるを得ない。

官邸主導で操りやすい大臣を任命する遣り方は、この国では常套手段となって久しい。このこと自体が革まなければならない。失言があってはじめて「辞任だの罷免」などと大騒ぎする国会議員はもとよりマスコミも評論家もどこかおかしい。

官僚にドップリと首まで依存しているからこその愚挙であり愚行であることは明白ではないか。ましてや、「政治主導」を掲げた民主党のやるべきことではない。柳田氏は失言以前に「失格大臣」であり「相応しくない大臣」であるはずだ。なにを今更と呆れざるを得ない茶番である。

国防を他国に委ね、官僚に政治の実権を握られている日本の政治家の甘え構造が、このような素人大臣を多数生んだのであろうし、総理大臣に相応しくない人物を輩出させたのであろう。根っから、政治を軽く捉えている証である。これでは、地位と俸給にしがみ付き、国費で美食に明け暮れする亡国の政治家が後を絶たないであろう。

さて、筆者が、かねがね不可解だったのが、総理や閣僚が応える「定型句」とも言える「遺憾に思う」問う表現である。
この「遺憾」という言葉をあらためて辞書に問うてみたところ、以下のようである。

広辞苑によると、
遺憾・・思い通りにいかず心残りなこと。残念。気の毒。遺憾に思う。遺憾の意を表する。
遺憾千万・・物事が思い通りにいかず、この上なく残念に思う事。
遺憾なく・・申し分なく。充分に。・・「実力を遺憾なく発揮する」(以上、広辞苑)

新明解国語辞典によると、
遺憾・・充分な結果が得られず、心残りがする様子。
「遺憾に存じます」・・相手の期待に背いたときの言い方。
「万遺憾なきを期されたい」・・一つも手落ちがないように注意してほしい。
 [a:釈明。B:軽い非難]の意を表明する/「遺憾千万」
「遺憾なく」(副)後になって悔やまれる点を何一つ残すことなくなされる様子。
「実力が遺憾なく[=余すところなく]発揮された」(以上、新明解国語辞典)

国際間の事件・閣僚の失言・不測の災害発生時等の折に、マスコミの質問に応えて曰く、「遺憾に思います」が答弁として果たして適当なのであろうか。

筆者には、ある時からこの言葉を遣い始めた総理大臣か閣僚が居て、それに倣いながら、重々しく「遺憾」という表現が定型句化したのではないかと推測している。以前に、「国民の皆様にお訴え致します」という言説に対して、総理大臣が国民に「お訴え」してどうするのだと述べたことがあるが、特殊な永田町言語なのではないか。

この「遺憾」という言葉も、いつのまにか永田町に根を生やしたものだろう。「遺憾に思います」と言った本人は、「俺もやっとこの言葉を遣える地位に登ったか」と、一人悦にいっているだけで、「何を問われたのか、なんと応えなければならないか」についてなんら確たる認識はないのではないかと思わざるを得ない。

「円高の推移については引き続き注視する」とか、「尖閣の中国漁船の事件については、調査機関の報告を待って判断したいと思います」なども、国家首脳としての歴史観もなければ緊迫感も危機感もない「そのうちなんとかなるだろう」式の無責任なサラリーマンのような気分なのではないか。

「遺憾」などと、殿上人の戯言のような言葉を口にし、マスコミはそのまま「遺憾だそうだ」と報道している。なんとまあ、長閑で平和で、「お花畑」のような「緩~いお国であることか」と、嘆息する他はない。
.22 2010 未分類 comment0 trackback0

人材の発展途上国ニッポン

世界のグローバル化が進行する状況において、市場の商品のみならず、人間にもグローバル化が求められてきている。しかし、日本のエリートと自他ともに容認されている(と思っている人たちを含めて)人たちの立ち遅れが顕著になって来た。

永田町や霞が関には、選挙によって選ばれ国政を託されたエリートや、東大法卒で国家公務員試験の上級職に合格した勉強エリートが、「佃煮」に出来る程集まり鎬を削っている。

昔は、地方の小都市や山村から一高東大に合格すれば、町村の誉れとして、一町一村の期待を一身に背負い、幟を持って集まった大勢の見送りを受け、小さな駅から栄達の希望に胸を張り裂けんばかりの選良意識を持って上京したものだという。

江戸期の身分階級の色を濃く残していた、明治大正と昭和の初期には、出身階級による文化的軋轢は当然存在したであろうが、発展途上にある日本国家の人材は払底していて、そのようなことで選別している余裕のある時代ではなかった。

赤貧洗うが如き家庭から、あるいは、高等教育等など思いもよらない家庭環境にもかかわらず苦学力行した若者は世間を挙げて賞賛され、各方面のエリートとして配属されていった。どのような過程を経ようと、個々の学生たちがエリートとしての自らの使命感に燃え、国家の役に立つという強固な信念を持っていた時代でもあった。

戦後、経済的復興が唯一の国家的目的となり、米国の誘導の効果もあり、経済大国(と世界から呼ばれたのかどうかは定かではないが)と称するようになったことは、勤勉な日本人であり優秀な頭脳の日本人の不断の努力の結果であった。

その経済成長の結果、大学の数も増え、世の中が多様な才能を求めるようになってきてから人間の評価基準が変化してきた。事業の種類も多様化し、かつてのような一元化された評価基準では到底やっていけなくなって来た。

「東大を出てりゃいいってもんじゃない」とか「暗記秀才ではとても太刀打ちできない仕事だよ」などという言説が実際問題として無視できない世の中になって来た。東大の定員もいつの間にか4000人規模ということになれば、東大といえども日本国内の現在の試験制度の中で一番入学するのに難しいというだけの大学になってしまった。

最近は、東大のゼミでももう学生同士の話題が噛み合わなくなってきているという。音楽の話とか文学や美術の話になると、そういう話には全くついていけない学生と、そういう話は当然とする学生の間にははっきりとした断層が出来ている。

子供のころから自宅に政治家や芸術家が出入りしている、あるいは、留学していて外国語が堪能であるとか、小さい頃から芸事をやっているとか、海外に親しい友人が居て頻繁に行き来しているとか、昔ながらの上流社会の「リベラルアーツ」を自然と身につけて育ってきた若者が一方にいて、小さい頃から塾通いで目一杯勉強だけしてきて、本も読まなければ音楽にも親しまず、美術に触れる機会もなく・・という学生が他方にいる。その断層は最早埋め難いものとなってしまっている。

無論、貧しい家庭や片田舎であっても文化資本がそれなりに豊かであり、豊かな経済力がっても文化資本的には無残な家庭もあることは当然である。

つまり、育った環境(階層とは今の日本では言い難い)における文化資本の差が明確になって来た。東大合格時をピークとして疲れ果てる人と、たいして勉強している風ではないのに平然と合格する人との差が顕著であり、そうでなくても豊かな文化資本に恵まれた人と、受験勉強以外何もしなかった人の断層は深い。

欧米では、このような文化資本と頭脳に恵まれた人たちに更に、「演技力」や「エクリチュールや喋り方」などの教育を施すという。東大に受かった、それも法学部に受かったというだけでエリートであると自認し社会も容認する日本との逕庭は大きい。

そういう観点から、菅直人総理は、到底世界の舞台に出せる人物ではない。それは、菅総理が参加した世界レベルの会議での情けない挙措に明らかであるし、日本の代表になれるレベルではないことは充分に認識された。

一方、仙石(弁護士)官房長官は、東大3年生の時に司法試験に合格して東大を中途退学した。その、合格時に暗記秀才としての力量は実証されたが、さらなる文化資本を拒絶したところにこの人物の限界があると言わざるを得ない。即ち、早く弁護士になること、早く代議士になること、早く権力を握ることに全精力を傾注させたという事であろう。

国会審議を法廷論争の如くとらえて、弁護士の遣り口で乗り切ろうとするところに如実に表れている。法律を盾にした喧嘩腰は柳腰とはいえなかなかの手腕のようであるが、一国の最高権力の座にある人物として相応しいか否かを問われれば否であろう。

現在の日本国家の政治指導者と世界が注目する日本の国家元首に求められている基準には到底至っていないというほかはない。人材の発展途上国日本の課題は大きい。
.17 2010 未分類 comment0 trackback0

首脳らしくないお二人 

 13日に横浜で行われた、日本が言う「日中首脳会談」、中国が言う「中日首脳交談」を興味深く注視した。実際に交わされた話の内容は、政府が発表しマスコミで報じられた範囲でしか分からないが、両首脳の態度、振る舞いに感ずるところがあった。

菅総理は、一国の首脳としての矜持と貫録において根本的に失格である。何かに怯えているようなオドオドしているような挙措には、日本国民として情けない思いをさせられた。まず、重要な会談であり、日本国民のみならず、世界が注目する会談に臨む役者ではないことが衆目に曝されたと言えよう。

原稿を膝にして、その原稿に目を落とし、胡錦濤氏の顔を直視していない。目はしょぼしょぼさせるは、たまに顔を上げて胡錦濤氏の方に向けても、目は床の上を這い回っているという体たらくであった。一国を代表する者どうしの会談における相手ではないと侮られても仕方がないであろう。

一方、胡錦濤氏の挙措態度にも失望した。来日直前に、例の尖閣における映像が世界に流された後であるから平静な態度ではいられないことは十分に察しが付くが、案外小心な人物であるとの印象を受けた。

尖閣における、常識では考えられない暴挙を敢行した中国漁船の行為は、4000年の歴史を誇り、今や世界第二の経済大国にならんとする国家元首としての威厳を保ちえない程のダメージであったのだと推測される。しかし、今回の日本の領土領海における中国漁船の暴挙は日本にとってはまさに「奇貨」であり、この事態を如何に外交に利用できるかを日本国民は注視している。

胡錦濤氏は中国国内に在り、多くの同志に囲まれた状況では、中国特有のレトリックを駆使して堂々たる威風で辺りを払いながら中国固有の論理で日本を糾弾するのであろうが、横浜に集まった各国首脳に、国際法を蹂躙するような暴挙を映像として認識されてしまった直後では、個人的には充分に常識や礼儀を弁えている胡錦濤氏としては、針の筵を歩む心境であったろう事は容易に推察可能である。

しかし、胡錦濤氏のあの硬い表情は、筆者にはバツの悪さをひたすら押し隠す自信なさそうな表情に見えた。氏はもともと童顔であるせいか、強がっている表情がかえって痛々しそうに映った。ましてや、大国の元首としても、外交官としても一流ではない。

多数の国が集まった外交の舞台である。両首脳は、心中がどうあれもっと一国の外交のトップとしてもっと洗練された立ち居振る舞いが出来ないものか。中国側も「首脳会談」は拒否するなら断固として拒否すればいいのであり、日本側も一度申し入れて拒否されたのならそれ以上追いすがる必要はないのではないか。裏舞台で、外交実務者が走り回って状況を整備し、首脳会談に相応しい舞台が整ってからの会談であってもいいのではないか。

両者が相まみえた会談の場における、菅総理の「場違いの人」のような情けない挙動と、子供が拗ねたような胡錦濤氏の子供じみた挙措は、間違いなく「野暮にして狭量で、社交のセンスを欠く」、ただただ急速な経済成長を遂げた「商人国家」レベルであると嘲笑されているであろう。

社交のセンスを欠いた覇権主義の国と、総理の席に元来相応しくない人物を配した両国が相対しては危険な事態になりかねないと心から憂慮せざるを得ない。国際的舞台での立ち居振る舞いがまだ身についていない両国首脳の直接会談に危機意識を募らせざるを得ない。

金ばかりかけた「素人劇団」が、百戦錬磨の「国際的玄人劇団」に伍して舞台に上がったものの「大根役者」ばかりであることが暴露され、日本も中国もまだまだ世界の大国との評価を得るにはとても至っていない。

今回の、菅直人総理と胡錦濤国家主席を観察して、どっちもどっちとの印象を受けた。

日本の外交官は外交のプロかといえば、これがまた何をしているのか分からない。政治家も外交官も、「国内での身の栄達」と「幸せな生活」を追求することも結構だが、もっと外交のイロハから真剣な取り組みを行い、国際的な恥をかかないよう、国益を損じないようにしてもらいたい。
.14 2010 未分類 comment0 trackback0

「日本などという国は20年後には消えてなくなる」by.李鵬

1995年頃、李鵬(1928年10月20日-、中華人民共和国共産党の政治家。中華人民共和国国務院総理(首相)、全国人民代表大会第9代委員長(議長)などを務めた)は、日本について、オーストラリア首相であったポール・キーティングに、「日本という国は40年後にはなくなってしまうかもわからない」あるいは「30年もしたら日本は大体つぶれるだろう」といった内容の発言をしたとされている。また、1995年に「日本などという国は20年後には消えてなくなる」と発言したと、テレビ番組「TVタックル」(テレビ朝日系)で紹介された。しかし、そのころオーストラリアを訪問した記録はなく、どこで発言したか不明であり、発言が一人歩きしている感はある。

中国の領土的野心は昨日今日始まった事ではなく、毛沢東の時代から戦略を積み重ねて来ている。今回は、アメリカの経済力と軍事力の低下と日米関係の不安定さが顕在化してきた時期を的確にとらえて、米国の出方と日本の対応を計る絶好の機会とばかりに、探りを入れて来たのであろう。

日米関係における米国要人の発言を思い出してみよう。

1953年に国務長官になったジョン・フォスター・ダレスは、その2年前に、各国代表に向かって、アメリカが日本国内に基地を保有する所以は、日本の自衛権に攻撃能力の開発を許さない為であると説明した。これが、アメリの根本方針だった。

以来、日本は侵略に対してはアメリカの協力で排除出来ると思わされた日本は、独力で国防するという思想が育たず、なんとなくアメリカを頼らされて今日に及んだ。そのアメリカの要人が日米安保・・とくに尖閣問題・・について近年どのような発言をしたかを追ってみよう。

1996年、クリントン民主党政権当時のモンデール米駐日大使が「尖閣諸島は日米安保の対象ではない」と発言した。このモンデール大使の発言を打ち消したときに、アメリカ政府は、1996年11月26日付のロイターを引用すると、「尖閣諸島は日本の管轄下にあり、安保条約の対象ではある。しかし、領有権については日中のいずれ側にもつかないと述べた」とある。つまり、この問題では日中いずれにも与しないと言明した訳で、このような報道は、日本のマスコミを通して日本国民は知らされていない。

1996年11月5日付の日本外務省のホームページに報道官談話として次のような質疑が載っている。「問―先週、尖閣諸島の領有問題に関して、米国政府が日本政府に公式に通報し、米国はいずれの国の立場をも支持しないと報道された。これに対して詳しく見解を述べていただけますか」
それに対する答えは次のとおりである。「答えー米国は従来より尖閣諸島について自己の立場は表明してきている。米国国務省バーンズ報道官は、過去においてもタケシマ島の主権について、いかなる立場もとらないと述べている。われわれは米国の立場を承知し、理解している」と。

米国はその後も一貫して尖閣の領有権では日中いずれの立場も支持しない立場をとっており、2004年3月24日、エリア国務省副次官補は、次の立場を表明した。「1972年の沖縄返還以来、尖閣諸島は日本の管轄下にある。1960年、安保条約第五条は、日本の管轄地に適用されると述べている。したがって、第五条は尖閣諸島に適用される。尖閣の主権は係争中である。米国は最終的な主権問題に立場をとらない」としている。

つまり、いまは実効支配しているから尖閣諸島は日本のものである。これは客観的認識である。だけれども武力で支援するかといったら、必ずしもそんなことはない。第五条が適用されると言っているけれども、自動的に米軍が軍事行動に関与するとは言っていない。「具体的な行動方針」は「客観的な認識」とは別だと言っていることになる。

最近、前原外務大臣がニューヨークでクリントン国務長官と会談したのに前後して、温家宝の演説があり、そのなかで強烈に日本を威嚇する発言があった。その後、クリントン長官は「尖閣諸島は安保条約の適用内である」という発言をし、同日、マレン米統合本部議長が記者会見で同様の発言をした。また、ゲーツ国防長官も会見で、「同盟国としての責任を十分に果たす」と述べた。

それに大事なことは、安保条約第五条は、自国の憲法上の規定及び手続きに従ってアメリカは行動すると規定している。つまり、アメリカは日本の防衛に負っている義務は、議会の意向に従うという事である。議会が決めるという事であるから、その結果は予想が出来ないし、緊急有事には到底間に合わないことが予想される。

2005年5月15日に署名された日米同盟「未来の為の変革と再編」では、役割任務について基本的な考え方が述べられていて、「日本は島嶼部への侵略は自ら防衛する。島の防衛は日本の役割である。日米共同の任務ではない」

孫埼享氏(外務省出身)の『日本人のための戦略的思考入門』(祥伝社)には次のように記載されている。「中国の尖閣諸島攻撃を想定しよう。中国は当然、占拠できると見込む戦力でくる。この時は自衛隊が対応する。初期の段階で米軍は参戦しない。自衛隊が勝てればそれでいいが、負けるとどうなるか。管轄権は中国に移る。その際には日米安保条約は適用されない。つまり、自衛隊が勝っても負けても米軍は出る必要がないということで、見事ではないか」

要するに、尖閣諸島をめぐる主権論争で、日中のいずれ側にもつかない。他方で、軍事的に日本を支援するという姿勢は放棄しない。しかし、中国との戦闘に巻き込まれる危険性は避ける。非常に巧妙なレトリックというしかありません。

鳩山氏が総理になったときに、「友愛の海にしよう」と国連総会で発言し、2酸化炭素の25%削減を宣言した。その前後にオバマ米国大統領が中国を訪問して、日本をあざけるようなことを言ったと聞く。その言葉は、「大いに日本を揺さぶって、カモにしよう」ということだったと謂われている。あの善人面の本性が即ち米国の本音である。

冷戦構造が崩壊して以来の日米中の関係は大きく変化してきている。いまや、米国国債の最大保有国となった中国は米国にとって重要な相手国となった。また、13億という市場を持つ中国は極めて魅力的な経済の相手国である。関心は日本から中国にシフトした。

領海領空の拡大路線の中国にとって、尖閣諸島ひいては沖縄は東シナ海のみならず、太平洋を望むにあたり何としても欲しい島嶼である。一方、米国にとっては、中国と政治経済で互恵関係を保つ上で、日本の地政学的魅力は計り知れない。中曽根元首相が「日本は対ロシアの米国の不沈空母」だといった表現が、いまや、対中国の不沈空母に本当になりかねない。

尖閣の不安定な状況は、米軍の駐留経費の増額の格好の理由にされているし。中国が積極的に尖閣諸島を脅かせば、さらに、日本は米国にかしずかざるを得ない。しかも、中国が尖閣諸島を領有すればそれを認めるのが米国の立場であるとなると、日本は貢ぐだけ貢がされるということになる。「思いやり予算」などという莫迦げた表現は止めるべきである。

この好機を逃してはならないとばかりに、ロシア大統領が北方領土を視察し、その領有権をアピールし始めた。中
露がタッグを組んでいるとしか考えられない。米国の弱体化が好機なのか、中国の日本に対する積極的な行動が功を奏しそうな勢いに遅れまいとしているのか、北方四島がますます遠のく情勢である。

尖閣諸島と北方領土双方の危機にあたり、日本の外交はいったい何をどうしようとするのか。自民党政権時代から、強固な国家観に基づく国益の観点に立っての外交を行えず、土俵の上で押されるがままに済ませてきた。ここに至って、いよいよ土俵際にまで押し切られ、土俵を割る処にまで来てしまっている。
中国に脅され、米国にいいように甚振られ、日本という飴はどれほどしゃぶられ続ければいいのか。自前の戦闘システムを放棄させられた国の惨めな姿をいつまで曝していくのか。米中両国、それにロシアまでが加わって、日本という国の金がある間散々弄び、パワーゲームを繰り返すのであろうか。

冒頭の、「20年後には日本という国は消えてなくなる」という話に戻ってみよう。自主防衛力を持つことを認められないままだとすれば、中国の自治州(中国にはメリットあり)か米国の一州(米国にはメリットは少ないといわれている。しかし、対中・対ロの要塞としては価値がある)となり果ててしまうのか。

日本政治は、肝心の問題には気付かぬ振りをして、今回の、ヴィデオ流出の件の如く、常に問題を矮小化して小手先の政治しかしてこなかった。だが、最早、事態はそれを許さない時期に来ているし、手遅れとすら感じられる現実である。

官僚叩きは、米中には大歓迎であろう。官僚は叩くのではなくて、不正を正し、公正で強力な官僚組織を作り上げるべきであろう。政治家はそれを上回る力を持たねばならない。日本という国家を強力にするには、優秀な政治家と有能で公正な官僚と国際競争力のある産業の育成である。

自主防衛力がない国家の政治家は、国内の政局とやらの内輪喧嘩を、いかにも政治をしているような錯覚に陥らざるを得ないし、国民に政治をしている如く演技するだけの芸人のごとくなってしまった。国際的な重要な案件ですら、政治家個人の利権とする才覚しか発揮してこなくてもよかった時代を貪りすぎたといえよう。

管氏のように、国家観もなく政策もないのに、総理大臣になりたいだけの総理を選出するという、危機感のない日本の政治家と国民。少しでも早く打てる手を打たなければ国際政治と歩調をそろえることは困難である。

民主党・自民党という二大政党と言えば聞こえはいいが、人材が払底している党はすでに機能不全状態。米国に屈するか中国に屈するか、例によって米中に鵺のようにこびり付いていき両国から軽蔑されつくすか。

今の日本は、多数の政党はいらない。子供じみた表現をするなら、「米国に頼りにされ、中国やアジア諸国から一目も二目もおかれるまともな国家を立ち上げられるのなら『強力な一党』でいいのではないか。米国に、中国に、ロシアに魂を抜かれ尻尾を振って国を売るような『不健全野党』なら、ない方がいい。乏しい人材が多数に分かれ埒もない議論を繰り返し、国家をますます衰退に向かわせるような野党ならない方がいい」

世界に並び立つ国家・日本を構築せざるを得ない瀬戸際にあるときに、漏えいヴィデオの犯人捜しなどは、担当者に任せればいい。毎日の新聞トップをそのようなことで飾る必要はない。機密保持の再構築は関係部署が秘密裏に確実に仕上げればよい。国会議員とマスコミがやらねばならないことは他にあるはずである。

自主防衛、自力抑止力を保有することの困難から逃げながら政権を担当できる事態ではなくなった。戦争が出来る国家にするというのではない。「普通の国家」になってほしいだけである。

当てにならない「甘言」に翻弄され、難しい隣人から蹂躙されても「ひきつった笑顔」でノラリクラリの「狡い外交」はもはや通用しなくなっている。党としての「綱領」すら定かでないような「烏合の衆・議員」の民主党では、とてもとても対応できるような時代ではない。(西尾幹二・青木直人 尖閣戦争 祥伝社新書より一部引用したことを付記する)
.09 2010 未分類 comment0 trackback0

爽快なるかな!女性専用車両

田園都市線は最後尾車両が午前9時半まで女性専用であり、長年そのことは 身体に染み込んでいる。 ところが、東横線では5号車あたりにそれがあることを、数ヶ月前に夕方の通勤ラッシュ時に間違って5号車の列に並んだところを女性に厳しい表情で注意されたことで知っていた。実に厳しい言い様で不快なものだった。

今朝は、田園都市線から大井町線に乗り換え、自由が丘から東横線に乗り換える時に間違いを起こしてしまった。9時半を過ぎていたし、最後尾車両ではないから大丈夫だと身体感覚が教えてくれていたので何の躊躇もなく、5号車であることも意識しないで扉が閉まる間際の急行渋谷行きに乗り込んだ。11月04日午前9時45分頃の話である。

中目黒で日比谷線に乗り換え、恵比寿に行くためである。

乗り込んでから居住まいを正しホッとしたところで目の前の女性と目があった。特に非難がましい眼差しでもなく、最近よく感じる、いかにもニュートラルな感じでいて何事かを伝えている微妙なメッセージを含んだ眼差しである。しかし、なんとなくただならぬ感じがした。次いで強烈な脂粉と香水の香りが鼻をつき、本能的に危険を告げた。周囲を眺め回してみると、女・女のすし詰め状態。ついにやったか!と、臍を噛む思いがした。

右前の30歳台とおぼしき落ち着いた感じの女性に「これは女性専用車両なんですね」と話しかけた。「そうなんですよ、間違いやすいですよね」との返事に、なにか救われた気がした。パニックになりかねない状況が瞬時に柔らかくなった。
うっかり間違えてしまったことを、身振りと表情と語感で彼女と周囲の女性達に伝えて、なんとかその場の非難と排除の気を必死で散らした。

次の停車駅の学芸大学前でほうほうの態で降りて「申し訳なさ」を表現しようかと思案したが、自由が丘からの短い時間に周囲の許諾を得たこの車両に何故か居心地の良さを覚えてしまった。

学芸大学駅で降り難いほど混んでいたわけでもなかったが、この千載一遇の心地好さを大事(?!)にすることに素早く方針を転換し、例のこの場での最大の理解者である女性に「中目黒までお邪魔します」と許しを請うた。すると、「どうぞどうぞ」と笑顔で応じてくれた。

気のせいか、周りの固い表情だった女性たちも頷いているような気配だった。
それから中目黒までの旅は、大奥3000人後宮3000人の世界を夢想しながらの至福のひと時であった。まったく「お目出度い」奴だ。将軍か皇帝に己を擬しているのだから。

これも気のせいか、筆者の周りは好意的な女官達によって柔和なる包囲網が出来あがり、「この爺さんは私達が認めた人よ」と謂わんばかりに友好的であったと思ったのは、例によって筆者の大いなる勘違いであったのかもしれない。ワイフに話せば、「莫迦ね!彼女達の心のなかは『この馬鹿なボケ爺、気持ち悪いんだよ。早く飛び降りて消えてしまえ』と思っているわよ」と言うだろう。きっとそうなるだろう!

ところが、なかなかそうでもなさそうだったところに、主観的解釈の差があるようだ。
中目黒で降車する際、「お邪魔しました」と謝意を表したところ、例の「お局」ともいうべき救い主のような女性は大きく深い笑顔で見送ってくれ、他の女性たちはソフトな身振りで道を空けてくれたような・・気がする。おかげで、鳴りを潜めていた男性ホルモンの分泌が旺盛になったのか、なんとなく身体が軽く感じられ、足取りも軽やかになったのが我ながらいじらしい。

剣呑な表情とつんけんした立ち居振る舞いの若い女性が多くなったことに批判的であり、適齢期の若い男性の心痛たるやいかばかりかと案じる文章を方々に書いた筆者としては、少々認識を新たにしなければならないと思った。いまの若い女性たちの器量も捨てたものではないと認識を改めねばなるまい。

女性車両にはかねて一言批判的な意見を持っていたが、そんな狭量な思いは雲散霧消してしまった。どころか、世の中から「不愉快なもの」がひとつ無くなった爽快感さえ味わった気がする。

これからは、若い女性たちの少々の無礼は大目にみる度量を示さねばなるまい。そのような女性たちも、状況においては礼儀正しくて優しい、良い意味での「大和ナデシコ」の気質は十分に発揮されることを知ったからだ。

大仰な反応かもしれないが、普段、「近頃の若い女性たち」に批判的な立ち位置にある筆者としては、偶然とはいえ、思わぬ経験が、頑ななものの見方を反省させてくれたようだ。

帰路の電車の中での、高齢女性たちの傍若無人さが殊更気になった。人から、「詰めて戴けませんか?」と促されるまで、平然と傍らに荷物を置き、4人分のスペースを二人で占領する厚顔にして無知無恥した60歳代と思しき女性たちだった。

追記: 今日、仙石「菅忘長官」という表現を「日刊ゲンダイ」で知った。「仙菅ヤマト」などの表現を見るが、この「仙石・菅忘長官」は実に穿った的確な言葉である。金賞!
.04 2010 未分類 comment1 trackback0
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プロフィール

Author:須藤文弘




歯科医師(1942年2月生まれ)
医事評論家
歯科医療コンサルタント
NPO法人日本歯科保健機構 理事長
東京医科歯科大学 昭和43年卒

 

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