脱・感情依存

代表選に向けて菅氏の目が輝き始めている。分かりやすい目先の目標が設定されると急速に闘争モードに入ったように見える。一方、小沢氏には表面的にはそのような激変は感じられない。一見、捨て鉢にさえみえる。

トロイカ体制でスタートした民主党新政権の瓦解はこの時点ですでに見通せた。このような体制が成功したためしはないし、この三者の権力闘争が早晩起きることは想定されたからである。これが、現代の日本の政治家の実像であるし日本人の性向であるからである。

米国の指示といういわば外圧に動かされ、官僚の頭脳と手腕に全面的に依存してきた我が国の国会議員の主たる仕事は次の選挙で当選することでしかなかった。

官僚依存が国民の目に鮮烈に映った一例として、第二次と第三次の小泉内閣の法務大臣に、看護師団体から推薦を受けて参議院議員だった南野智恵子氏が2004年から2005年にかけて第75代と第76代の法務大臣に任命されたときである。そして、さらなる驚きはとりあえず形の上では務まったという事である。

法務大臣に相応しくない出身団体と大臣就任後の本人の言動から、「この国の大臣は誰でもやれるのだ」という事と、「このような異常な人事がまかり通るのは、周りを優秀な官僚が固めているゆえに可能なことであり、所管内容に無知蒙昧な人物でも大臣を引き受けることが出来るのだ」ということがいやがうえにも明々白々となったことである。

任命する方もする方なら受ける方も受ける方だという驚きを一切封印せざるを得ない、典型的な日本の政治の実態が赤裸々に曝け出された法務大臣人事であった。

国民を愚弄し、官僚には冷ややかな侮蔑の笑みを誘導するこのような大臣人事が横行し続けて今日に至ったという事は、国際的にも国内的にも日本の政治家はその矜持を失って久しいというよりも「矜持」そのものを喪失してしまっているという事である。

さて、9月14日の民主党代表選であるが、「誰でも総理になれる」の典型をさらに鮮明にさせているといえよう。

一国の総理としてのキャリアも力量もない、ただただ総理になりたかった菅氏に対する、総理としては失格の烙印を押された鳩山氏の支援を受ける、何をしたいのかきわめて不明瞭な小沢氏の対立の構造となった。

出自からいっても総理に相応しいと錯覚した男が退陣した後は、総理なれそうな時期到来とばかりにヒラメのごとく難局の嵐をを無責任にやり過ごした結果転がり込んだ総理の椅子にしがみ付く男と、何がやりたくて「党を割ったり、新党を作ったり、あちこちとくっついては離れした」のか皆目判然としない男の「首班争い」となったのが今回の民主党代表選である。

戦後65年、民主党政権下で、良質な成長を遂げ得なかった日本の民主主義と、悪平等という深刻な病巣を肥大化させながら今日至った日本の平等思想という環境の中で、生物としての淘汰と、民主的選挙という淘汰を繰り返した結果今日の日本の政治家が存在している。

その政治家たちが、まさに戦後の日本の民主主義と平等思想の弊害を体現しているという驚愕の事実に唖然とせざるを得ない。国会議員たちのほとんどは、「俺でも総理になれる」と思っているが如き言動を見るにつけ、あるいは、新聞TVの受け売りのような言説を吐く国会議員を見るにつけ、この国の国会議員たちの国会議員としての当事者能力の欠如にあらためて慄然たる失望に打ちのめされる。

「刻下の円高に対して打つ手がないわけではないが、何しろ政治主導だと言っているのだから我々はあえて何もしないさ。先生方のお手並み拝見だよ」と嘯き、拱手傍観を決め込んでいる財務官僚がいる。有能も、行わなければ結果は無能。無能が無為無策なら狂脳とでもいうのであろうか。国民の拠り所はすでにナシである。

この国には、国会議員による政府と官僚による政府の「二つの政府」があると言われている。国会議員による政治の権能を奪回しようという民主党の主張(実際は情けない話ではあるが)がよしとしよう。

しかし、ころころ顔ぶれは変わるは、年々無能化していくはという国会議員の質を考量すると、「脱官僚依存」は極めて悲観的な展望しか抱けない。そのような「脱官僚依存」をしようとする国会議員が完璧な「官僚依存」のもとでしか活動できないのが実態だからである。我欲と権力への執念以外の「国会活動」はみえてこない。

民主党というコップの中の内向きな争いである首班選挙で、これ以上の無能を暴露しないように、トロイカ体制内の感情的な対立に終始しないよう、あるいは、マスコミなどの誘導で個人的な権力闘争に矮小化されないようにしてほしい。

つまり、日本という国をどうするのか、どうしたいのかという論点を前景化した、日本の首班を選ぶに相応しい品格と矜持を国民が感じ取れる選挙にして戴きたい。
スポンサーサイト
.29 2010 未分類 comment0 trackback0

 叩きあう日本人

 ・とにかく威張りたがる日本人。
・若輩者や弱い立場のものをやたらにいじめる日本人。それをちっとも注意しない日本人。
・異常に嫉妬深く、これと正義とを常に混同する日本人。
・あらゆる事柄を、ひたすら礼議論にすり替えたがる日本人。
 その態度は何だ、と発言の内容より相手の態度ばかりを気にする日本人。

・すぐに怒りだす、あるいは怒ってみせる、そうでなければ愛想笑いする日本人。
・問題を常に曖昧化したがり、責任をひたすら回避する日本人。
・ゴマすりか、あら捜ししかできない日本人。

・優しさと弱さ、強さと怖さが常にイクォールの日本人。
・男性を舐めるか怯えるかしかできない日本女性。
・サルまねと勉強を混同する日本人。

・異常な陰口人種。ジョークと陰口と嘲笑を混同する日本人。
・極限的に道徳心が強く、同時に異常に不道徳な日本人。買春ツアーに汚職、袖の下天国。
・禁止罰則を設けたがり、楽しもうとしない、あるいは楽しませようとしない日本人。
・親しくなることと軽視が常に重なる日本人。

われわれがここで俎上に乗せようとしている現代の日本人は、歴史の近代を俯瞰してみたときに、政治や文化の水面にはじめて浮上してきた、農民の特質を叩くという構造を誘導するのではないかと予感するわけです。この農民というのは、われわれ日本人総体のうちに根強くひそむ小作農のありようです。

以上は、「日本型悪平等起源論」島田荘司・笠井 潔 光文社文庫 1999年 より抜粋したものである。

第何波かの「日本人論ブーム」の中で出版されたものであるが、筆者が印象深く記憶していた、現代日本人の特質を的確に分類していると感じたものである。

このような日本人の心性は今こそ、その頂点にあるのではないか。

敗戦後の日本には、明治大正生まれの日本人が武士道や儒教の残滓をにじませながら指導的立場に多く残っていた。その後は、大東亜戦争に直接関与し生死の境をくぐり抜けた日本人が指導的立場にいた。

それに続いて、大戦中とそれを挟んで生まれた世代(筆者も戦時中生まれ)が日本をリードするようになったが、この頃に「日本が変になりつつある」と危惧の機運が高まり、日本人論が活発にたたかわされた。

それまでの日本人と対比して、やれ「宇宙人」だの「火星人」だのと、その頃から社会人となった若者を「理解しがたい者たち」として、日本社会がある種の「戸惑い」を表面化し始めた。ただ騒ぐのみで、なんら対処することもなかった。

いまや、我が国のあらゆる機構・組織において、このような心性の日本人が指導的立場に立ったというのが現在の日本の実情であろう。

政界・官界・実業界はもとより、法曹界・医療界・教育界から10数人の集まりと、あらゆる日本中の組織という組織がこのような日本人が中心の構造になってしまった。

その心性を支えるものはなにか。よかれあしかれ「平等」ということである。「アイツとオレに確たる差はない」という確信が支配する現代の日本の組織には、擁立され信頼される指導者が不在の時代となった。

政界の混迷をみてみると、「総理大臣」としてこの人以外には有り得ない、という人物がいなくなった。当然であろう。上記のような日本人の心性が横溢する組織の中を生き抜いてきたという事は、本来の求められる仕事の力量を磨くというよりは、「目立たぬよう」「出過ぎぬよう」「敵を作らないよう」「恨まれないよう」という組織内人間関係に精力の大部分を使い果しながら残った「抜け殻」のような人たちなのだから。

民主党・自民党を眺めてみても、国家を託すに相応しい人物が見えてこない。これが、現代の日本の実情であり、戦後罹患した病の症状が顕在化した姿である。

強力な指導原理を唱えれば叩きつぶされ、総理となって高邁な国家元首たろうとすると「勘違いするな」と引き摺り下ろされる。このような現代日本の実態において、次の民主党代表選(総理選出)において、誰に期待することが出来ようか。

小沢氏は、憎まれ嫌われ、多くの人に恨みを買っている。それだからこそ「恐ろしいけれどやらせてみたい」という心情があるようだが、その小沢氏にしても現代の日本人の心性の典型のような国会議員や官僚を牛耳っていけるのかというと、いささか疑問である。なぜなら、小沢氏すらも、この時代の淘汰をくぐり抜けて来た人なのだから。
.22 2010 未分類 comment0 trackback0

 官僚あっての「政治空白」

 小沢氏の出馬がありやなしや、巷間、喧しい状況になって来た。
「神輿は軽くてパーがいい」と言い放った当の本人が、「軽いパー」になり得るのか、興味津々と言っては不謹慎であろうか。

アメリカの実態をトクヴィルに問うてみたい。トクヴィルはアメリカを「変な国」だと思った。彼はアンドリュー・ジャクソン第七代大統領に会い、どうしてこのように暗愚な人物をアメリカ国民はあえて国家の指導者に選択したのか最初は理解に苦しんだ。この大統領は、文書にサインする際、all correct とすべきところを発音どおりに Oll Korrect とし、「OK」とスペルミスをして「OK」の語源(諸説あるが)となった人物である。

トクヴィルは合衆国に着くとすぐに、「私は被統治者の中に優れた人はいくらでもいるのに、為政者の側にはそれがどれほど少ないかに驚いたものである」と言った。とくに、「建国期には偉大な政治家が多かったのに対して、その後、傑出した政治家はいなくなった」と嘆く。議会についても、特に下院については、「ワシントンの下院議場に入ってみれば、この大会議場の俗っぽさに驚愕の思いをするであろう」と評している。

しかしながら、トクヴィルが重視するのは、アメリカという国がそれにもかかわらず問題なく動いている、という事実であった。

すなわち、アメリカの政治体制は、必ずしも政治家の個人的有能さに依存せずに運営されているという事実こそ、トクヴィルが着眼したポイントであった。

因みに公職に就く人間を律するにはいくつかの方法がある。アメリカにおいては、公職に就いた人間がその職務をきちんと果たしているかどうかをチェックするのは、その「上位に立つ監督者」ではない。それに代わって、アメリカでは、公職につく人間について大胆に選挙制を導入するという手段を選んでいる。公務員の行為をいちいちチェックするよりも、任期を限定し、その職に就く人間を交代させることによって統制するというのが、その趣旨であった。

さらに特筆すべきアメリカの制度は、公職に就く人間に対し選挙制を大幅に導入すると同時に、それに合わせて、司法権による政治のチェックを導入したことである。
すなわち、公職に就く人間の不正のチェックは、その行政行為によって不利益を被った「個人」が裁判所に訴え出ることによってなされるということである。

このような手法は公務員の行政行為だけでなく、立法に対しても適用された。
勿論このチェックは完璧ではない。チェックは個別の訴訟にしかなされないからである。アメリカの司法制度は、裁判所にあくまでも個別の訴訟に即してのみ判断する権限を許した。裁判所が示す判決は一般的原則を示すものではない。

しかしながら、アメリカのこの制度の独自な点は、日常的なたいしたことがないように見える訴訟の積み重ねによって、それが結果として政治をチェックするという仕組みを導入した点にある。

このことはさらに、公職に就く人間から貴族的あるいはエリート的性格を奪うことにもつながった。優れた少数者の知恵よりも、健全な利害感覚をもった多くの個人的な行為の積み重ねに期待するというのが、アメリカの政治制度の根本的な特徴である。トクヴィルは、この特徴を高く評価した。

翻って我が国ではどうか。明治新政府以来の長い歴史の中で培ってきた官僚制度。敗戦後も温存されたその制度の、いまや、隠然を通り越した顕然たる勢力は揺るがない。もとより、国民によるチェックシステムなど論外のことになっている。

民主党が「脱官僚依存」を唱えたという事は、従来の政治が「官僚に依存した政治」であったという事の政治家の正直な吐露である。

官僚による統制というのは、官僚にとってはこの上ない愉悦であろうが、統制される側にとっては自由が奪われ、それぞれの職域にとって、自由闊達な思想や行為が著しく阻害されている。例を挙げれば枚挙にいとまがないほどである。

我が国の各方面の「気概」を奪い、「やる気」が減弱され、ひいては国家の衰退を招来している事はもはや看過できない事態に立ち至っている。

選挙と政局しか能がない我が国の政治家の現状は、肝心な政治を行う権限を奪われてしまった政治家たちに残った唯一の「政治もどき」の行為かもしれないが、これでは、政治家とは言えない。

どんなに、「政治空白」を生んでも、眉間に皺をよせて全精力を注いでやれることが「政局ごっこ」や、政治家間での「利権争奪戦」では国民は浮かばれない。

現在の先生方の在り様こそが「官僚」あってものもであり「官僚依存」そのもであると、国民は嘆き悲しんでいる事を知って戴きたいものである。
.21 2010 未分類 comment0 trackback0

暑中「三原則」

溶鉱炉の中に居るかのごとき猛暑に襲われた今日、盆休み中の筆者は自宅の一室の「防空壕」ならず「防暑壕」に避難中。

出掛ける所用無きにしもあらずにも拘らず、ひたすら「熱射・熱波」を避けて、「深層の麗人」ならず、「深層の老人」となっている。

「出掛けず・出掛けたがらず・出掛けさせられず」の「非出掛け三原則」
「誘わず・誘われず・誘わせず」の「非誘惑三原則」
「読書せず・読書したがらず・読書させられず」の「非読書三原則」

伯母の供で信州に秘書に出掛けた豚児をはじめ、避暑地に過ごす人々を
「羨まず・羨みたがらず・羨ませられず」の「非羨望三原則」

暑さに苦渋の表情を浮かべる歌人には、クーラーを
「つけず・つけさせず・つけさせられず」の「非冷却三原則」

不覚にもワイフと顔を突き合わせることになったが、ワイフとは、
「衝突せず・衝突されず・衝突させず」の「非衝突三原則」

車でなら、なんとかゴルフ練習場くらいには行けそうだが、車を
「運転せず・運転したがらず・運転させられず」の「非車三原則」

椎間板を守るため、出来るだけ横になって過ごすことをモットーにしている筆者だが、このような日は、最低限の運動をする以外は、
「重量に逆らわず・逆らわされず・逆らいたがらない」の重力に「非逆らわず三原則」

普段無沙汰の友人知人に手紙でも書こうか、という時間的余裕はあるが、この暑さで、必要以上に内容が「熱く」なっても困るので控えることにする。では、ブログでもと思うが、うだるような熱気の中で書きあげたものは、その文章自体が汗をかきそうなので、
「書かず・書きたがらず・書かされない」の「非書く三原則」。

煮えたぎる脳はときとして人間に想定外の言動を強いることがある。取り返しのつかない事をしでかさないように、よく冷えた保冷剤等を頭に当てて冷却したのちに、言動するよう冷蔵庫内に「保冷剤」を、
「欠かさない・欠かさせない・欠かさせられない」の「非欠く三原則」
また、取り返しのつかない「恥」を
「かかない・かかされない・かきたくない」の「非かく三原則」

政治に怒りを感じて「菅菅(侃侃)諤々」となりやすいところであるが、誰もが暑いのであるから、政治に対しても、
「腹を立てず・腹を立てたがらず・腹を立てさせられず」の「非立腹三原則」
といきたいが、これだけは例外になるかもしれない。霞が関の「煮沸した脳」が何をしでかすか分かったものではない、という懸念がある。

ついつい手が伸びる「冷たい飲み物」だが、ここは我慢のしどころと、「温かいお茶」等を摂るようにする。腹に入れるものは量を少なめにし、「避暑に行けない消化器」を労る。熱帯夜などで不眠になりやすいが、十分な睡眠をとることがとても大切。
「寝た分だけ起きていられる」を信奉する筆者は、
「冷えた飲み物を飲み過ぎず・飲みたがらず・飲ませられない」の「非冷食三原則」
「過食しない・したがらない・させられない」の「非過食三原則」
「夜更かしをしない・したがらない・させられない」の「非夜更かし三原則」

以上のような「三原則」をたてて寓居に蟄居を決め込んでいるが、この暑さにも拘わらず仕事をしなければならない諸氏には、まことに「申しわけなく」て、読まれたくない。これは、半引退老人の戯言以外の何物でもないことをおことわりしたい。

「非・・三原則」は、密約する必要もなく、手軽に出来る「行動自粛三原則」として方法論的にはよく利用する。しかし、なかなか守りきれないところが情けない。いや、殆ど唱えるだけで実行される確率は低い。だが、「非核三原則よりは、その実態は明らかである。

暑さにはくれぐれも逆らわない「三原則」をたてて、この猛暑を切り抜けて戴きたい。

(追記)
諸氏に「日傘」の使用をお薦めしたい。お内儀なり娘さんの「廃物利用」でも構わない。強烈な太陽を遮り、日々劣化する「脳」を、強烈な太陽の猛攻から少しでも防御するに欠かせない用具として、「男性用日傘」が公認されることが必要である。
一人では、なかなか勇気が要る案件であるがゆえに、皆さんのご同意を懇請したい。
.17 2010 未分類 comment0 trackback0

無党派層は日本の「知性派層」か

 細川元総理のことをウイキペディアから引用する。政治改革関連法案が曲がりなりにも成立し、高い内閣支持率もそのまま維持した。2月、これに意を強くした小沢一郎と大蔵事務次官の斎藤次郎のラインに乗った細川は、消費税を福祉目的税に改め税率を3%から7%に引き上げる「国民福祉税構想」を発表した。しかし、これは深夜の記者会見で唐突に行われたもので連立与党内でも十分議論されていないものであったため、世論はもとより武村正義内閣官房長官や社会保障を所管する厚生大臣の大内啓伍民社党委員長、村山富市社会党委員長ら、与党内からも反対の声が沸き上がり、すぐに撤回することとなった(ウイキペディア)。その後、総理を辞任、今や泥を捏ねて「陶芸三昧」。

「小沢切り」で支持率が急回復した菅総理は、先の参院選で消費税の5%アップを打ち出した。恐らく財務官僚の掌で踊らされたのであろう。選挙の形勢不利とみてすぐさまトーンダウン。選挙後は、消費税については深く潜行させ、密室政治の様相を呈してきた。国民を如何に謀(たばか)るかの日本型の「例のヤリカタ」になってきている。

細川氏にしても菅氏にしても、ご本人の脳が「捻じれて」いようが「よじれて」いようが一向に構わないが、国民にとっては看過できない病状である。

これでは、政治に関心が高い「無党派層」や「浮動票」が年々増加していくのは必然の結果である。この「無党派」や「浮動票」とされている国民の真意を見誤らないことが肝要である。高齢者の中にも「無党派層」が漸増しているし、若い世代に圧倒的に増えているのは当然である。

寄り合い所帯の政権の基盤の脆さは、細川元総理・羽田元総理が充分にみせてくれたし、あろうことか「自民党と社会党の連立政権」という、節操もなければ定見もない醜態を演じた日本の政治の実態を見せつけられたまともな国民が、深く傷つかないはずが無い。選挙民の知性を見誤ってはいけない。

その後の政権与党の不甲斐無さが、さらに政治への信頼を失墜させ、一部国民の中に政治への関心を失わせた。国民のレベルを問う前に、政治家のレベルを問う事のほうが先である。

国民は知ってしまったのである。
親米と反米ということがどういうものなのかを。公共事業という名を借りた税金の纂脱のシステムを。「天下り」というものがいかなるものなのかを。官僚たちの税金収奪の隠微な遣り方を。二世三世議員の人間の資質の実態を。小泉政治が、いかにこの国を破壊してきたかを。自民党も民主党も「捻じれに捻じれた」政党であることを、社民党の論理矛盾と論理破綻を。公明党の正体を。マスコミと政官財の連携プレーの実態を。TVや新聞に登場する「学者・評論家」の正体を。「みのもんた」やその他のタレントたちの役割と使命を・・・。

守る気もない公約(マニフェスト・アジェンダ)を絶叫する政治家の滑稽な姿と、国会における寸劇もどきの芝居に冷笑を浴びせている国民が激増している事を真剣に捉えなければ、日本の政治に明日はなくなるであろう。

国会の捻じれは、現在の政治家にとっては真剣に討論しなければ法案が可決されないという試練が与えられた、という効能もあるだろう。これが、機密費などを駆使して、かっての国対政治が復活して「寝技・裏技」が横行する事態になれば、日本の政治は国際舞台から退場せざるを得ない程の後進性の烙印を押されてしまうことになる。

政治家個々の資質云々や劣化を言う前に、各政党の政治理念の整合性を求めたい。要するに、「自民党」は、「民主党」はどのような政治をする政党なのかを明確にすべきである。国内にとってのみならず、国際的にも必要なことである。

明確になれば、政治家の言葉も行動も国民に分かりやすくなり、政治家自身も政治を語りやすくなるであろう。愚昧だの暗愚だのと言われ放題の政治家たちもその本来の才能を発揮できるし、「有能な政治家」であることが立証されことになる。

この摩訶不思議な政界を志し、厳しい選挙を勝ち抜いたという事の意味は大きい。なまじっかな人士ではないといえる。しかし、代議士にさえなれればどの政党からでも構わないという人たちがいることも事実である。

これは、政党自体が「捻じれ捩(よじ)れ」しているからでもある。この混迷極まりない政界で「総理」になりたい人は「ただただ総理になりたいだけの人」か、あるいは「総理となって、政治の混迷を正し、国家と国民のためにまっとうな政治を取り戻す」との決意を胸に秘めた有徳にして勇気ある人のどちらかである。

今の総理はどうやら「・・になりたかっただけの人」のようだが、9月の民主党の代表選に期待したい。そして、各政党は「親米」か「親中」か、あるいは「保守」か「その他」かを、明らかにしてほしい。
国民は、日本がおかれている国際的立場をよく知っているのだから、政治家のほうが追いつかなければならない。
.12 2010 未分類 comment0 trackback0

「も~、遠慮しない」人たち

 
このところ政・官や「偉い人たち」のスキャンダルが新聞・TVで、あるいは週刊誌・日刊紙で毎日の如く社会に散布されている。どうあれ多くの国民にとって、茶の間の話題レベルにまでなってしまった意味は大きい。

何年か前、NHK朝ドラの主役の女優が「隣のオネーサン」レベルになったことが話題になったことがある。以来、ドラマの主人公の女優が、隔絶感のあるミステリアスな女優(原節子など)のイメージから、親しみやすい何処にでも居そうな「女の子」になった。

大女優が姿をあらわしたときは「やんごとなきお方様」を拝観するように、遠巻きにその麗しきお姿を垣間見ていた時代とは雲泥の差がある。「・・チャーン」と呼びかけ握手をし、言葉を交わすようになったのだから。場合によっては、誰もが「自分の娘のほうが綺麗で可愛い」とすら思える普通の女の子になった。

もはや、女優も男優も高根の花でもなければ霊験あらたかな存在ではなくなって久しい。現代は、マスコミが、そのスターたちの日常を暴き毎日のように茶の間に届けてくれるし、あろうことか、彼らの「閨房の秘密」さえ面白おかしく、脚色までして公開してくれる。

あそこのバカ息子・娘が医者になった、あのウスボンヤリが教師になった。あのボンクラがお寺を継いだ、あのグータラが市会議員になったし、あの女たらしが県会議員になったという話は全国に満ち満ちている。

今までは敷居が高くて、とても入れないと思っていた「レストラン」や「高級ジュエリー店」に、「高級ブランド店」もなんのことはない「カネさえ持っていれば、アナタは大事なお客様!」になれることがわかった。

しかも驚いたことに、高級店で働いている「あの気取った女店員」はさぞかし「いいところの娘」だろうと、密かに羨望の眼差しで見ていたのだが、なんのことはない田舎の友達の娘だったということがわかった。

な~んだ「高級店の実態」とはこんなものだったのかという事に目覚めた後は一気呵成。少々敷居が高そうなところにも怒涛のように多勢の人たちが、「札束を握りしめて」殺到するようになった。

高級店に高級なお客をお迎えする心得を教授された店員たちも、茫然自失、なす術を失ってしまう程の大衆化が起きてしまった。さらには近年「中国からのお客様」も増大し、似非高級路線も転轍機の切り替えを余儀なくされて来ている。

つまり、大衆は「上品にお高くとまっている諸々」が、実はカネさえあれば門戸を広く開け、満面の笑みで迎えてくれることに気づいてしまった。

人の「蒙の啓かれ方」は、高度の教育を受け、読書と思考を重ね、高い教養を身につけることばかりではなく、TV雑誌等を通じて「事実を知っている」という事で「安上がりに啓かれる蒙」があるようだ。

こうなれば、多くの人たちは「自分がみたいものを見、聴きたいものを聴くし、自分が欲しいモノを求める」という酸素を吸い、「自分がイヤなモノコトには目を反らし、聴きたくないモノには耳を塞ぐ」という炭酸ガスを排出するという「呼吸法」を、我が生き方として堅く信じて疑わないようになった。

しかも、弱者が著しく大切に扱われるという「妙薬」の存在に気付いた人たちは、都合のよい時はいつでも弱者になれる術を覚えてしまった。この世にはマスコミという強力にして強権な味方が付いていて、そのマスコミのご都合次第では、国家や各種権力と「代理戦争」までしてくれることを知った。

この世に恐れるものはない。子供の教育とか社会人としてのモラルもなにも必要なし。ただただ「カネ」だ、「カネが全てだ」という「理論武装(?)」で身を固めてしまった。

自分に頭を下げてくれなくてもよい。自分が所持している「カネ」に頭を下げてくれさえすれば「充分に幸せだしいい気持になれる」。
知性だの教養だの社会人としてのモラルなど「よく目に見えない訳のわからんもの」より「カネ」が一番分かりやすい。

このような人たちの各方面への参入は今後ますます旺盛になり、その「欲望」と「不満」のマグマが列島に充満し、大きなうねりとなって蹂躙して回る。

安部元総理が唱導した「美しい国」というのがあった。現在が、あまりにも醜いが故に唱導されたのであろうが、焼け石に水の役目も果たし得なかった。

さて、どこから手をつけるのか。「隣のニーチャン、ネーチャン」である日本国の為政者や行政官にじっくりと聞いてみたいものである。
.08 2010 未分類 comment0 trackback0

丸善ジュンク堂渋谷店の開店(9月2日)を言祝ぐ

 新宿・池袋に比して、同じターミナルながら、渋谷に大型の書店が無いのには、長らく寂しい思いと悔しい思いをしていましたが、やっと大型書店の開店(ワンフロアーでは都内最大!!)が実現することになりました。しかも、1100坪という規模の書店ですから、溜飲下がる思いです。私は、渋谷ファンで、頻繁に訪れる大好きな街なのです。

その渋谷に大型の書店が無いという事の寂しさは何とも云い難いものがありました。都内ターミナルの中で「知的レベル」が最低とでもいいますか、渋谷の文化レベルが問われるゆゆしき問題でした。

学生時代から渋谷に馴染みがあり、ターミナルの規模としても新宿や池袋ほど大きくなく、親しみやすさでは一番です。「コンクリートからコンクリート」の時代を象徴するかの如き超大都市型のターミナルとは一線を画す渋谷の規模は救いです。

新宿・池袋・八重洲等に行くと、そのコンクリートに威圧され、ある時は疲れ果て、ある時は妙にハイになってしまい、はやくこの非人間的環境から脱出したいという気持ちが先に立って、落ち着きをなくすのが常です。

その点、渋谷は長年の慣れのせいかもしれませんが、余所に比べ、自分を保ちながら街を歩くことが出来ます。
ただ、チンドン屋のような若いのが闊歩するセンター街には神経がささくれ立つのを感じますが、所定の用事がすめば、散歩がてらに「表参道」まで足をのばせば少しホッとできます。

表参道は、原宿駅界隈の「お子ちゃま劇場」にさえ足を踏み入れなければ、まずまず大人の雰囲気があります。しかし、日曜祭日は観光地と化し、地方からの若者の「ハレの舞台」となります。若い頃一時期、青山(当時は路面電車が走っていました)に住んでおりましたので、閑静で上品だった表参道に頻繁に通ったものですが、静謐さを失って既に久しく、昔とは大違いです。

大きくなった街路樹と幅の広い歩道の両脇に立ち並ぶ「超有名ブランド・ショップ」が異国情緒を醸し出していますが、いまや、その香りを感じながら通り過ぎるだけ。

大胆にして鮮やかな色彩感覚に彩られたショウウインドウに目が釘付けにされますが、「ただそれだけ!」です。少し寂しいような、肩の荷が下りたような、複雑な気分に襲われます。

渋谷で購入した「本」を抱えて、表参道にある馴染みの「茶店」で読書をして帰宅する。休日の至福のひと時です。

以下、「丸善ジュンク堂書店」開店の報せをネットから転載して、「渋谷に大きな本屋を」とお思いの方々にお報らせ致します。

東急本店に「丸善&ジュンク堂書店」今秋オープン-渋谷に大型書店復活へ
ジュンク堂書店(兵庫県神戸市)は9月2日、丸善(品川区)と共同で渋谷最大規模となる大型書店「丸善&ジュンク堂書店 渋谷店」を渋谷・東急百貨店本店(渋谷区道玄坂2)7階にオープンする。7月2日に明らかにした。

 同社は昨年3月、大日本印刷(以下DNP)との資本提携を発表。同じくDNP傘下の丸善と業務提携し、グループ内の共業による効率化とサービス向上を探ってきた。6月29日には、DNP傘下の持株会社CHIグループが同社の完全子会社化を発表し、今秋の同店出店に向けて着々と準備を進めている。

 新店舗は東急百貨店本店7階の全フロアを使い、売り場面積は1,100坪(3,630平方メートル)。専門書から一般書、雑誌、学参、児童書、コミックまで蔵書数は約130万冊を予定するほか、万年筆など高級ステーショナリーを扱う文具スペース(70坪)、喫茶コーナー(30席)も設ける。文具コーナーでは、夏目漱石など文豪に愛用され、大正初期に丸善で販売されたオリジナルインク「アテナ」を復刻販売するなど、渋谷店限定商品にも力を入れる。

 ジュンク堂書店の営業本部長・岡充孝さんは「ブックファースト渋谷店の移転縮小で500坪を超える書店が渋谷から姿を消した現在、渋谷エリアで最大規模の大型書店となる。ワンフロアの大きさとしては恐らく都内最大では」と意気込む。さらに、「『電子書籍元年』と呼ばれて書店・出版業界が苦戦する中、専門書の品ぞろえに定評のあるジュンク堂書店と、長い歴史を持つ丸善がリアル店舗で培ったノウハウを合体し、お客さまの声や意見を取り入れた読者目線の書店づくりを目指したい」とし、「本屋に行く楽しみ、本を選ぶ楽しみを提供したい」と加える。 営業時間は10時~21時。
以上です。

渋谷東急文化村の一角に出来るのですから、書籍、映画、芝居、歌劇を愉しむことはもとより、「お茶するところ」「食するところ」には事欠かず、ショッピング(ウインドウ)もできる充実した大人の「遊び場」になります。      
どうぞ、お楽しみに!!
.08 2010 未分類 comment0 trackback0

過去が未来を照らさない闇の中を生きる(トクヴィル)

「過去が未来を照らし出さないので、人々の精神は暗がりの中を歩んでいる」というトクヴィルは、たしかに過去からの伝統が消滅することで、自分たちがいまやきわめて見通しの悪い時代を生きていることを、不安や戸惑いと共に、正直に語っている。

現在、「アメリカの古典」としてまずあげられるのは、『ザ・フェデラリスト』と『デモクラシー』である。『ザ・フェデラリスト』はアメリカの建国の父による古典であり、アメリカ憲法体制の創設者たちの考えという特別な権威をもっている。一方、『デモクラシー』は、一外国人(フランス人青年貴族)が特定の時期のアメリカ社会を観察して書いたものに過ぎない。にもかかわらず、『デモクラシー』はやがて外国人の著作であることを意識されなくなり、アメリカ人にとって、各時代において自らの社会を再確認するための“鏡”の役割を果たすようになった。

そのトクヴィルの『デモクラシー』の中の一節を引用してみよう。
トクヴィルは平等社会においても不平等は残ること、しかしながら、平等社会における不平等は、不平等社会における平等とは全く違う意味をもつこと、そしてさらに、平等社会における不平等はなくならないが、その不平等に対する異議申し立てによって、平等化に向けての新たなダイナミズムこそが歴史を動かす、近代社会に最大の特徴であると考えた。

『デモクラシー第二巻』におけるトクヴィルの叙述は、具体的なアメリカ人の観察というよりは、トクヴィルが考える(民主的人間)の抽象的な考察という色彩が強い。トクヴィルにとって(民主的人間)とは、「アリストテラシー」(王制・貴族制)の社会における伝統的な諸関係の紐帯から切り離された人間である。

彼らは独立的であり、自立的である。その目から見て、他のいかなる個人も、自分と決定的に異なる存在ではなく、従って特別の権威をもつものではない。そうである以上、(民主的人間)が何事も自分で判断し、選択したいと思うのは当然である。

トクヴィルはもちろん、このような(民主的人間)の思考を、それ自体としては肯定的に捉えている。彼らは、思考の惰性を疑い、新しい思考を実現する可能性をもっている。しかしながら、同時にトクヴィルは、このような(民主的人間)の思考法の危うさについても敏感にならざるを得なかった。

トクヴィルにとって近代人は
・全て疑うが、そのことによってつねに不安定な立場へと追い込まれざるを得ない存在
・自分の外部に絶対的な根拠を見出せない以上、個人は自分のうちへと放り返えされる
・何事も自分で判断し選択することは、(民主的人間)にとっての誇りであるとともに、
 不安と困惑の原因ともなる。
・(民主的人間)とは、自分の内面へと視線を向け、そこに埋めるべき空白を見出してしま。った、根拠の不確実な存在である。

アレクシ・ド・トクヴィル(1805~59)が、ニューヨークに上陸したのは、1831年5月、彼が25歳のときであった。「ジャクソニアン・デモクラシー」とよばれた時代のアメリカを視察し、帰国後三年後に出版したのが『アメリカのデモクラシー』の一節である。当時のアメリカは合衆国憲法制定(1787)から40年あまり、独立宣言(1776)から数えても半世紀を僅かに超える頃である。フランスの青年貴族トクヴィルが僅か9ヶ月の視察旅行を終えて帰国したときはまだ26歳の若さだった。

さて、近年日本においては「平等思想」の普及は怒涛の如くであり、社会のあるゆる局面でその功罪が表面化してきた。

「全ての人間は平等である」という思想は「平等の権利の主張」が何よりも優先し、トクヴィルがアメリカ社会の将来を憂慮した以上の社会的混乱を今の日本に生じさせているとも言えるのではないか。

学校教育の場における「教師と教師の関係」「教師と生徒の関係」「教師と父母の関係」の変化に起因する「校内暴力」。特に秀でた生徒を歓迎しないという疑似平等が優先の教育現場。求められる個性以外の個性は規格外として排除される「個性を育てる教育」という摩訶不思議な教育方針。

家庭における「親の権威の失墜」に起因する「家庭内暴力」或いは、家族が互いを無視するという人間関係の崩壊。

厚生労働省の指導による「患者さま」思想の普及による「医師と患者の関係の崩壊」による、院内暴力(患者による医療関係者への暴力)。

政治家や官僚の地位の下落に伴う、それぞれの「職業倫理」の低下。また、政治家の人間的の資質の下落傾向。高潔で高い理想の政治家は、「妙に気取ったイヤな野郎」として大衆から忌避される。「隣のニイチャンやオッサン」のような人間でないと親しみを感じてもらえず、票が取れないという現実。選挙民と同じ土俵に立って、「国民目線」で政治を行うということが、意味が取り違えられて、選挙民と同じレベルの人間しか容認されないという悲劇的結果がいまや永田町を覆っている。

自らが決定する権利を主張するが、決定する能力が欠如しているが故の若者の「ニート」の現象。外部の権威を認めることを拒否し、自らの決定に自らの将来を託したいにもかかわらずその決定すべき精神に生じた空白を埋めることが出来ない。権威を否定しているが故に、自分の外部に相談すべき権威を探し出せない。

頼るナニモノもなく、肥大化した欲望という腫瘍を脳内にかかえ、「カネと自由という尺度」しか持たない 若いモンスターたちが 狭い洞窟に引きこもり 呻吟している。
自由と平等という 甘い果実と飲み物を与えっぱなしで放置されたまま、社会と関わりをもちえない多数の若者たち。

強力に進行した「平等意識」が生じさせた、「日本社会の空白」と「個人の心に生じた空白」を埋める術を失った日本人の焦燥感は、これからますます社会の各方面で暴力性を増大させ、日本社会の活力を殺いでいくことになるであろう。

180年前のアメリカを視察した若きフランスの青年貴族が遠望した「デモクラシー」社会の危険性が、日本の場合は、敗戦後60数年で前景化してきた。

米国による「敗戦国日本」の「武器なき占領政策」と、その片棒を担ぐことに嬉々としたマスコミの「日本弱体化」政策はその勢いをますます増大させ、さらなる「日本弱体化」を推し進めている。

鎌倉時代に端を発する日本仏教界の堕落は久しく世界の宗教界の嘲笑の的である。日本の宗教は日本人の心を救えない。ますます激化する平等思想の蔓延がもたらす「秩序紊乱」は、日本社会の活力を減殺し、誰も手をつけられない暴挙へと繋がっていくのかもしれない。

解決策の一つは、「らしく振るまう」ということにあるのではないか。「政治家らしく」、「官僚らしく」、「僧職らしく」、「教職らしく」、「学生・生徒らしく」、「父親・母親らしく」、「男または女らしく」・・。失った日本社会の美点は、この「らしく振るまう」の復活に求めるのも一案であろう。気品があり、活力のある「民主主義的、自由平等社会」を復活させたいものである。その「らしく」は、日本の歴史と伝統文化の中に存在しているはずである。
誰もが知っていて、あえて目をそらしている事の中に確実に息づいている筈である。

「過去が未来を照らさない闇の中を生きる」ことのないような日本でありたい。
.06 2010 未分類 comment0 trackback0

児童虐待・育児放棄 女の本音

暑中お見舞い申し上げます。
・気象庁のソフトボール大会が雨で延期されたそうでございます。
                  -桂 枝雀「落語で枝雀」(ちくま書房)
さすがの気象庁もここのところは面目を保っているようです。
夏に「夏が好きか」と問われれば「冬が好き」。冬に「冬が好きか」と問われれば「夏が好き」と応える筆者ですが、「夏は夏らしく」、「冬は冬らしく」が一番ですね。「暑くて繁盛する商売」、「寒くて繁盛する商売」。「晴れて喜ぶ商売」、「雨が頼みの商売」がある以上、天は公平になるように配分してくれているようですが、「暑過ぎ、寒すぎ!」「晴れ過ぎ、降りすぎ!」には困ったものです。くれぐれもご自愛ください。

さて、このところ減少傾向かと思われた、鉄道に身を投げての「自栽」が増加に転じた一方、子育ての義務を放擲したが故に乳幼児がその生命を断たれるという、まことに痛ましい事件の報道に接することが多くなった。

このようなこと(児童虐待)は古来頻繁に行われて(方法は様々だが・・)きたことである。最近はマスコミが大きく取り上げ、親の責任と同時にそのような親たちをつくりだしている行政や地域社会の責任を問う、という傾向が目立つ。虐待の加害者自身が児童虐待の被害者であるという展開になっていくこともある。そういう展開も一面の真理を衝いているとは言えるが、それらの主張が結果的には「加害者である親の免罪」という方向に世論を誘導することがあるとすれば、それはやはり慎重な一考が必要であろう。

筆者は愛読書として「旧約聖書」を座右に置き、とりたてて読みたい本がない時は何となく目をとおしているが、昔から気になって仕方がない事の一つが「イサクの燔祭」である。内田樹氏が同じ疑問について記述しているので引用する。

アブラハムは一人息子のイサクを生け贄に捧げることを命じられる。「生け贄としてイサクをわたしに捧げなさい」と言われたアブラハムは、いそいそとモリヤの丘までイサクを伴い、イサクと共に祭壇を整えた後「自分の子イサクを縛り上げ、祭壇の焚き木の上に置いた。アブラハムは手を伸ばし、刀をとって我が子を屠ろう」とした。「創世記」には、アブラハムが「悩んだり、躊躇った」という記述がない。主の命に従うか、親としての情に従うかという深刻な葛藤が記述されていない。聖書には、「創世記」にも「出エジプト記」にも「申命記」にも長い戒律の箇条書きがあるが、「子供に対する親の愛と保護」についての戒律の記述はない。(内田樹 街場のアメリカ論)
ここに、西洋人の子供に対する基本的姿勢が伏流しているのかもしれない。

エリザベート・バダンテールは西洋の中世における親子関係が、われわれ想像するものとはずいぶん違ったものであることを「母性という神話」の中で、豊富な事例をあげて説明している

中世に、教会と国家が、それまでの親の子に対する懲罰権に次第に介入するようになった。教会は「子は神からの授かりもの」であるから、親は子供を私物のように扱うべきではないと説き聞かせた。教会は「子供を殺す権利」を親から奪おうとしたのである。教会という宗教的権威が介入しなければ、その「子殺し」の権利を制限できなかったのである。

18世紀末のパリの子育て事情については以下の如くであった。ブルジョワの家庭では子供を母親が育てず、乳母を雇うか、金銭をつけて里子に出すのが普通であった。この階級の女たちは、「子育ての他にすること、したいことが沢山あるから」と公言して憚らなかった。その一方で、貧しい階級の家庭では子供の存在そのものがただちに親たちの生存を脅かすもであったから、親たちは生活が行き詰ると「子供を墓地に送る」様々な方法に訴えた。
(エリザベート・バダンテール、『母性という神話』鈴木晶訳、ちくま学芸文庫、1989年)

アメリカでは、建国以来、「自己実現の阻害者は暴力をもって排除していい」という「暴力に対して寛容」な国柄であるから、児童虐待が社会問題になったのはつい最近になってからである。現在でも、アメリカでは親子は対立関係にある。

日本でも最近、母親たちが、「子供は可愛くない」、「母性愛は幻想だ」、「子育てに縛られるのはもうたくさんだ」とカミングアウトしてきた。「配偶者を愛していない」「自分の親が嫌いだ」という、公言を憚られていた言葉が堰を切ったように語られるようになった。これらの思想の卸元はアメリカである。

ウーマン・リブ運動で最も印象に残るのは、「母親が母性愛によって子供を本能的に愛さずにはいられないというのは父権制社会が女性を従属的な地位に留めておくために作りだした『性イデオロギー』である。現実には、子供を愛するだけの物質的余裕がなく、子供は自分を脅かす邪魔ものと考えている母親はいくらでもいる。そのような母親が子供を殺すまでに追い詰めたのは、母性愛という幻想を振り撒くだけで、育児への物質的支援を怠って来た父権制社会の責任である」というものである。この主張は日本社会でも広く受け容れられた。(内田樹 街場のアメリカ論)

実は、日本の女性も、西洋中世の女性と同じ考えであり、アメリカの女性と同じであることが明らかになった。 

「男女共同参画」といい「少子化対策」といい、欧米の考え方を輸入しみたものの、どこからどう手をつけたものか皆目見当がつかない状態であるというのが、日本の担当者の真相であろう。端っからそのセンスがないのだから仕方がなかろう。

それらの担当大臣ポストを新設し、「女性大臣」に担当させているところに姑息極まりない日本の政治の貧しい実態が曝け出されている。「目には目」と言わんばかりの「女には女」という単純な莫迦丸出しの手法である。

その上、目まぐるしく大臣が替わり「元・少子化担当相」などという、何にも出来なかった無能者に肩書きばかりを与えて来たに過ぎない。
その間に、「児童虐待」と「子殺し」の事実が積分されていく。何ら手を打てない行政。

日本の歴史と伝統、日本の善き慣習を平然と捨て去ることこそ「近代化」であり「グローバル化」であると、単純でわかりやすい頭脳がリーダーであった「ツケ」が一挙に噴き出している。あるいは、「カネが尺度」の格差社会を創出してきた単純莫迦に政治を託してきた「ツケ」に苛まれる事態が到来したと言える。

「子育てってイヤなことなんだ」とか「子供がいると自分のやりたいことが出来ないんだ」とかの思念を深く心に着地させてしまう「少年少女たち」の存在の増加のほうが、政治的対策をはるかに上回る速度で進行している。

このような考え方は「家庭の教育」によるところが大であると筆者は考える。しかし、労働力不足補うのに好都合とばかりに「女性の社会進出」を使嗾し、納税者の増加を同時に図った結果は、「家庭と家族関係の崩壊」という泥沼にはまった。数百年の歴史を踏まえた文化を失うのに十年あればよし。回復するには、これから数百年かかるという深刻な局面に遭遇した現在、「打開の妙手はない」というのが実態であろう。

現在の「無責任に浮かれまくっている老人」の教育から始め、父親母親の教育、これから婚期を迎える世代への教育、青少年少女に対する教育。誰か本気に考えているのであろうか。恐らく、いないであろう。

部局を新設し、大臣を量産するという「愚」を重ねながら、衰退の一途を辿るのか。
「修正民主主義」とか、「修正平等思想」。あるいは、「修正資本主義」などを夢想してみるしかないのか。悲観的にならざるを得ない。
.05 2010 未分類 comment0 trackback0
 HOME 

プロフィール

須藤文弘

Author:須藤文弘




歯科医師(1942年2月生まれ)
医事評論家
歯科医療コンサルタント
NPO法人日本歯科保健機構 理事長
東京医科歯科大学 昭和43年卒

 

最新トラックバック

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR