歩きゴルフ

今月は3回ゴルフをしたが、3回ともキャディ付きの歩きゴルフだった。久しぶりにたっぷりゴルフを満喫したような思いです。

カートを一台貸与され、GPSを頼りにあーでもないこーでもないと手探りならぬパネル探りで気忙しいプレーをすることが最近は多い。

頭は混乱したまま、身体は不完全燃焼、スコアは逃げ出したくなるような結果でいまだにゴルフをした気にならない。

大量生産の安価な商品を生産するベルトコンベアに乗せられたようなもの。

すこしでも遅滞するとマーシャルがカートをすっ飛ばしてかけつけ遠巻きに威嚇する。

気の弱い従順な日本的紳士達は急にソワソワしだしてマーシャルに怒られないようにプレーのスピードを上げる。

すると、マーシャルはニンマリ(多分)して引き上げる。

私たちのような、日本的には不遜な輩と決めつけられる者達の場合は、暫しマーシャルと睨み合いが始まる。

好んで、或いは意図的にプレーを遅滞させていないのだからなんら萎縮する謂れはない。

私は、マーシャルを手招きして呼びつけ、「これこれしかじかで少し遅れている」と説明したあと、「邪魔だから姿を消しなさい」と追い払う。

多少強面の男がマーシャルをやっているようだが、彼等は十分役得を感じていることだろう。
なにしろ従順な人達が大部分だから。
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.24 2018 未分類 comment0 trackback0

外国人に道を訊く

昨日、新宿で人との待ち合わせ場所が今ひとつ分からずにすこし焦り気味になった。

有名な建物なのでこの辺りだとは分かるのだが定かならず。

通りがかりのご婦人に声をかけた。顔の前で手を振って分からないという仕草をされた。
韓国人か中国人だったらしい。

次に、適当な男性に狙いを付けて尋ねてみた。再び、no no という仕草をされた。
この人も、韓国人か中国人だったのだろう。

日本人と彼等の区別はできるという人がいるが、私は全く分からない。

電車の中などでは耳をそばだてて会話を聞いて初めて「韓国人か」と分かるが、早口だと韓国語と中国語の区別はつかない。

オリンピックを観戦していても彼我の区別はつかない。
根は1つなんだなー、と今更ながら思っている。

そう言えば、都内で韓国人らしき人に道を尋ねて no no されたのはこれまでで3回ほどあるように記憶している。

これからの日本もヨーロッパのように人種の区別が日常的に困難になるのだろう。

目鼻立ちや皮膚の色の違いは彼我の区別をする上では有難い特徴となる。

ますます面白い時代になりそうだ。
.24 2018 未分類 comment0 trackback0

歩き方その後

貴乃花流「鼻持ちならない歩き方」を真似るようになってかれこれ10日ほど。

周辺に対する目配り気配りが行き届くようになりました。

前のめりになって、目的行き先ばかりが念頭にあり気ぜわしい歩き方をしなくなり、道中の景色が一変した思いがしています。

追い越されても一向に気にならない。一歩一歩踏みしめながら、足指の動きを感じ取りながら、時には脚の筋肉に負荷をかけたりもできる。

心拍を高めたり、汗で体を冷やすようなこともなくなり、体に対して過剰な負荷をかけることもなく、総合的に安全な歩き方が出来ている実感があります。

先日、由緒あるゴルフ場に行きました。キャディーひとりとプレーヤー4人で18ホールズを歩いてプレーしてきましたが、この歩き方はプレーのリズムをとてもよくしてくれました。

カートを使ったセルフプレーが多くなったのですが、これは気ぜわしくてならない。

4人のプレーリズムの違いがもろにぶつかり合い、苛立ちや怒りを抑えるのに苦労することが多い。

この点で、歩きのゴルフはリズムが保たれ、思考もできるし、戦略も立てやすい。

好感のもてない貴乃花。その貴乃花に似た人物が貴乃花になりきったような「鼻持ちならない」のみならず嫌味な嫌悪感すら覚える「その歩き方」。

その歩き方にヒントを得た、我が歩き方のシフトは今のところ好結果をもたらしているようです。

好ましいものだけでなく、嫌いなことの中にも真似るべきものはあるのだと、妙な感心をしている次第です。
.12 2018 未分類 comment0 trackback0

老人たちのゴルフ

ジムの練習場でたびたび一緒になる88歳の元気な老人が、胃がんの手術をしてご入院。

エージシュートをひたすら追い求めながら、目的の半ばで倒れられたことになる。

紳士であり、その真摯なゴルフへの向き合い方に尊敬の念を抱いていた方なのですが、残念でなりません。

一方、昨日は、「ストウさんまたまたお願い」と懇願され、82歳の老人に付き合いヴィクトリアというショップに行ってきました。

この方は、飽くなき飛距離の探求者で、ドライバーの買い物にこれで3度目のお付き合いになります。

それも、一年の間にですから、「飛ばし」に対する執着はかなりのものです。

どうやらゴルフ倶楽部のメンバー仲間に練達のライバルがおられるようで、その方との長年の対決が何よりも楽しみであり、日々の研鑽の強い動機のようなのです。

かくのごとく、80歳代のご老人たちが、それこそ目の色を変えて取り組むゴルフというものは、一体何なのだと考え込むことがあります。

ゴルフをやれる健康に恵まれ、良き仲間に囲まれ、腕を上げたいという気力が持続し、経済的には不自由なしという幸せな老人たちがたくさんおられます。

とはいえ、明日はやれないかもしれないという切迫感というか強迫観念が胸中大きく巣食っていることも確か。

「一寸先」の一歩手前で全身全霊をゴルフに向けている在り方もまた素晴らしい人生なのだと、今の我が身であり明日の我が身と他人事ならず観ています。

件の老人は、私と同じピン社のドライバーを求められました。

これでまた「教えてくれ」攻撃が待っています。
でも、なんとなく可愛らしくもあり楽しくもありです。
.12 2018 未分類 comment0 trackback0

歩き方を真似る

例の男の歩き方を真似ることを思いつきました。

貴乃花やあの男の様に180センチ超えのの体格の良い男ではない私には、彼らの様な悠揚迫らぬ悠然とした雰囲気は出せません。

脚も短いので所詮チョコまかした歩き方になるのでしょうが一考に値すると思ったのです。

最近、通勤時の道路や駅のコンコースでの歩行時にドンドン追い越されて惨めな老人の悲哀を感じることが度々です。

そこで、背伸びして競争するより、ゆったりとしたペースを自分歩き方にした方がなにかと良いのではないか。

大股で早いペースで歩く方が健康増進には良いと勧める向きもありますが、これには些か疑問もあったのです。

年齢体力を無視して健康増進歩行をして蹴つまずいて転倒しては様にならないし本末転倒。

そこで、貴乃花と件の男の歩き方を真似てみた次第です。

すると、これがなかなか良い。

背筋をすっと伸ばし、顎を少し引く。その姿勢を保てるペースで歩く。その範囲で無理のない歩幅を保つ。

そうすると、自分の視界に注意を払う十分な余裕ができる。一歩一歩を確実に意識できるし、足の指の動きも感じ取れる。

心拍に無理がかからない。少々の凹凸に蹴つまずく不安もない。

足指の動きのみならず、足脚の筋肉の動きも感じ取れる。歩きながらそれらに力を入れることすらできる。

この勿体ぶった歩き方にこんな素晴らしい効果があるとは思わなかった。

多少時間はかかるが、時間貴族の昨今、何もで苦にならない。時間に余裕を持てば済むこと。

時間に追われる様な歩き方をしていた頃と違い、時間のことは意識しなくなった。
すると、案外早く目的のところに到着していることに気付く。
.07 2018 未分類 comment0 trackback0
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プロフィール

須藤文弘

Author:須藤文弘




歯科医師(1942年2月生まれ)
医事評論家
歯科医療コンサルタント
NPO法人日本歯科保健機構 理事長
東京医科歯科大学 昭和43年卒

 

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