久しぶりの歩きゴルフ

最近は平日のセルフプレーを専らとしていますので、18ホールズの歩きゴルフは久しぶりとなりました。

雨にも降られる陽気でしたので熱暑に打ち拉がれるプレーとはならなかったのが幸いでした。

セルフプレーの日も、残り150ヤード辺りからはパターを含め4〜5本のクラブを持って歩くようにしていますので一万歩ほどは歩きますが、この日は2万歩近くになりました。

今月はもう一日歩きゴルフを予定してますが、八月末の残暑、それも猛残暑にならなければ良いがと願っているところです。

75歳になってゴルフをしている自分を想像したことがありませんでしたから、プレーのたびに健康に感謝しつつも、猛暑下と極寒下のゴルフは未知との遭遇で、どのようになるのかその都度不安があることは否定できません。

悪条件の中、プレーに出かける前夜はもしもの場合の対策を一通り済ませているつもりですが、万全の自信はありませんので不安は残ります。

とは言え、コースに臨むと私よりはるかに高齢と思われる人たちが矍鑠とプレーなさっておられる。

紫外線に焼かれて老化が進み、私より若い人を私より高齢者だと見誤っているのかもしれませんが、明らかに80歳代の人ともプレーをしますのであながち見誤っているとは言えません。

このような大先輩とプレーするときは、予め救急処置や応急処置の心得を確認したりもしますので、かの人に何らかの変調を感じ取ったりしたときは自分ゴルフどころではありません。

なんだかんだと不安を抱えながら、自分も80代半ばまではプレーしたいと願っているのですから気違いの1人かもしれません。
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.14 2017 未分類 comment0 trackback0

隣の奥方

昨夕、前方から見たようなご婦人が危なっかしく歩いてくるのを目に止めた。

止まって確認したら確かに隣家の奥方に間違いない。
大概ご夫妻でお出かけになるのか通例なので、夕方のこの時間お一人というのは珍しい。

訊いてみると、「もう、主人と一緒に歩きたくありません」とのこと。

このご夫妻に限らず、ご夫妻打ち揃っての散歩やウオーキング姿を見かけることが多くありますが、その都度心配なことがあります。

それは、早歩きのご主人の後を小走りで追いかける奥方。というケースが殆どなのです。

夫唱婦随の典型なのですが健康のためのウオーキングという観点からは疑問だらけです。

もっとも反対のケースで、婦唱夫随のケースも増えました。

前者の場合は後続の奥方への忖度はあまり感じられませんが、後者の場合は夫への忖度に溢れ、さながら幼児の歩行練習を見守る優しい母親の如しです。

介護者なしで歩ける状態ならば、健康のためのウオーキングは夫婦別々に行った方が良いと思います。

夫に合わせて呼吸するわけにはいかないのと同じで、歩きのペースもそれぞれです。

聞くところによると、夫側の希望で夫婦で歩きたがるケースが多いそうですが、甘えるのも良い加減にしろと言う話ですね。
.14 2017 未分類 comment0 trackback0

李下に冠を整す

いつの頃からかこの国では、李下に冠を整し、流した汗は身体に戻るようになったらしい。
つまり、「綸言汗の如し」という意味での綸言は無くなったらしい。

総理大臣の発言は綸言ではないということらしい。総理大臣は李下で冠を整してもよいし、何を言っても責任をとる必要はない程度のものとなったということらしい。

さらに、財務省に倣うならば、必要書類は廃棄処分して平然と白ばっくれることが許されらしい。

流した汗は必ず乾燥する。
乾燥すれば、汗をかいたことはないと嘯くことはできるがその皮膚は不潔極まりない。

「記憶にない」、「見たことない」、「言ってない」と言えば、それらを証明する文書は「怪文書」であり、録音された音声証拠は「怪音声」となる。

日本国総理大臣が、「驕りがあったのかもしれない・・・」と国民に謝罪して数秒間頭を下げてその職に留まる。

不思議な国になったものだ。

国民に頭を下げても総理大臣の座に居座ることができ、地位が高い者の発言は「綸言」でなく、地位が高い者の不利になる文書魔の破棄は許される。

「記憶にない」が伝家の宝刀のごとく罷り通り、それを平然と言い続けることができることが国家貴顕の必須の条件となってしまった。

国家の為政者に失望し無関心となるわけにもいかない。
しかし、関心を持てば失望する。

炎天下に歩けば、外からの灼熱ばかりか、己が体内に燃え盛る怒りの熱が吹き出し、殷の紂王の「炮烙の刑」にあっているようだ。
.07 2017 未分類 comment0 trackback0

猛暑お見舞い申し上げます

老後は灼熱地獄だとは想像だにしなかった。
毎日、役所から「水を飲め」だの「激しい運動はしないように」などの注意がスマホに届く。

何をしていても水を手放せない。
水を飲むために生きているような気さえする。

「のどが渇いた」と感じた時には既に遅い。
その前に水分を補給するようにと専門家のアドバイスもある。

さらに、年寄りは水分不足のセンサーの感度が鈍っているので30分から1時間ごとに適量の水を飲むようにとの注意もある。

いつの頃からなのか定かではないが、ここ2、3年とくに騒がしくなったような気がする。

コンクリートジャングルとは懐かしい表現だが、都心の異様な暑さは尋常ではない。

鉄筋の団地で独り住まいの年寄り、しかも身体不自由となれば逃げ場のない焦熱地獄の如しであろう。

異常気象による大雨や地震の多発。
地球温暖化は地球上の生き物の営みによるものなのか、宇宙の自然の営みによるものなのかはわからないが、人間によるものならば打つ手もありそうだがそれも既に手遅れの感無きにしも非ず。

脱水症対策には、水と塩分の補給が一番のような気がしている。

飲料水産業の誘導には乗らない方が健康全般のためには良さそうだ。

私も、炎天下のゴルフをする大バカ者ですが、水とビタミンCと塩分補給でなんとか無事に過ごしている。

効能をうたった数多の飲料水は飲めば飲むほど飲みたくなり水分補給過剰だけでなく、その他の糖分や防腐剤の摂取過多になりそうです。
.07 2017 未分類 comment0 trackback0

日傘雨傘

雨の降る日、上下の雨着に傘があれば躊躇いなく出かけられる。
電車にも平気で乗るし、都心のビル街を平気で歩く。

こんな合理的な雨対策はないはずなのだが、多くの人はどこか無理をしているとしか思えない。

日傘はここ5年使用に慣れてきた。
他人の目も気にせずに済むようになった。いまだ、男の日傘は広く認められていないというか、使用する者は少ないどころかほとんどいない。

ある研究機関によると、35°の暑さの日に無帽で陽に当たると頭部は50°を越す高温になり、日傘をさすと30°くらいとなるそうだ。

日陰の効用恐るべし。

この炎天下、遮る毛髪とてまばらとなっているのに無帽で歩く老人の無謀が心配だ。

バンカラを気取った年頃もある。
だが、そのバンカラに心ときめかす大和撫子乙女の存在があった。

歩く古木となり、息する使用期限切れとなった今や、猛暑の中で今にも崩れ落ちたり蒸発してしまいそうな無残な姿を晒して、誰もときめいてくれないのに無理をすることはない。

おそらく、無理をしているわけではあるまい。
日傘をさす意識が皆無であり、多少あっても面倒くさいのであろう。

習慣とか慣習というのは大したものでいつまでも人の意識の中に住み着いて離れない。

いい悪いはともかく、私はこのような習慣慣習を時折、自分の中から排除する「習慣」を持っている。

その行為が行き過ぎて世間から浮いてしまうことがままある。それについては軌道修正することはやぶさかでない。

ともかく、
猛暑の今日この頃、高齢爺さん諸兄に「日傘」をお勧めしたい。

炎天下、眉間シワも伸びて晴れやかに快適に歩けることは請合いますよ。
.31 2017 未分類 comment0 trackback0
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プロフィール

須藤文弘

Author:須藤文弘




歯科医師(1942年2月生まれ)
医事評論家
歯科医療コンサルタント
NPO法人日本歯科保健機構 理事長
東京医科歯科大学 昭和43年卒

 

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